ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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ここ、原作でも指折りに胸糞悪いエピソードですよね。


楽しんでいただけると嬉しいです。


犠牲

 

 

 

 

「それにしても驚いたぜ。まさかあんな才能があるなんてな、兄弟(ブロ)

「必要だからやったまでだ。お前もそれなりに取り繕えるようになっておけ」

 

 わかってるって、と返すヴァサゴは、楽しげな笑みのままボトルの中身を煽った。

 

 現実では滅多にお目にかかれない、数十年ものという高級品をまるで瓶ビールのように飲み下す。

 

 その様を一瞥し、上品にグラスを傾けて舌を湿らせたガブリエルは窓の外を見た。

 

「素晴らしいものだな……仮想世界も、突き詰めればここまでのものになるか」

 

 オブシディア城最上階、皇帝の居室。

 

 開け放たれた窓の向こうには、闇夜の中で煌々と輝く城下町が浮かび上がる。

 

 その一際大きな街道を、城の門から西に向けて篝火が隊列を組んで進んでいた。

 

 あの広間に集っていた者達を含め、即座に暗黒界の全勢力へ出陣命令を出したガブリエル。

 

 兵站や装備、あらゆる物資を詰め込んだ荷馬車が進む様はいっそ壮観であり、手際の良さが伺える。

 

「楽しみだぜ。せっかくこんなリアルな世界での本格的な戦争だ、存分に殺らせてもらおうじゃねえか」

「用心しろ。その分、ここでは傷付けば血が出るし、痛みも感じる。ペイン・アブソーバーは導入されていないらしいからな」

「だからいいんじゃねえか」

 

 ニタリと笑い、傍らにある剣を弄ぶヴァサゴにガブリエルは小さく嘆息する。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、それも束の間のこと。

 

 ワイングラスをテーブルの上に置くと、神妙な顔に立ち戻り、あるものを操作した。

 

 中に浮かぶように存在する、紫色の半透明の板──システムコンソールのキーを素早く打ち、外への連絡をする。

 

 数秒の後、時間加速が等倍になる不思議な停滞を受けて、通話状態へと移行した。

 

「クリッター、私だ。無事作戦を開始した」

『隊長ですか!? 早いですね。こっちはダイブを見届けて、丁度メインコントロール室に戻ったところです』

 

 返事をした部下の一人に、ガブリエルは応用に頷く。

 

「そうか。やはり時間加速とは奇妙なものだな、こちらは既に一日目の夜だ。一両日中にユニットの配備を完了し、明後日には侵攻を開始する」

『流石ですね。いいですか、《アリス》、あるいは《ルーク》というユニットのどちらかを確保したら、すぐにここまで戻ってライトキューブをイジェクトしてください。その作業はここでしか行えません』

「分かっている」

 

 改めて、作戦の概要を思い返す。

 

 目的は真性人工知能、その中でもある特定のブレイクスルーを果たしたユニットの確保。

 

 現実世界で二十四時間以内、アンダーワールド内部では更に引き伸ばされるが、その間に作戦を遂行せねばならない。

 

 それを過ぎれば、依頼主が取り引きをして静観している自衛隊達が乗り込んできて、皆殺しだ。

 

『気をつけてくださいよ。メインコントロールのアカウント操作がロックされている以上、リセットはできません。一度死んだら、次は一般兵卒ですからね! ヴァサゴのバカにも言っておいてください!』

「うるせえな、聞こえてんだよクソ野郎」

「了解した。では、通信を終わる。次は《アリス》、あるいは《ルーク》を確保した後に」

『そうだと嬉しいですね』

 

 クリッターの憎まれ口を最後に、通信は切られた。

 

 

 

 

 

 再び時間加速が再開され、おかしな浮遊感が過ぎ去る。

 

 途端に、金属鎧を弄っていたヴァサゴは手甲を投げ捨て、ラフな格好で立ち上がった。

 

「んじゃあ、連絡も終わっところでちょっと城下に……ってわけにはいかねえよなぁ、やっぱり」

「作戦が成功した後にしろ。そうすれば時間を作ってやる」

「了解。それじゃあ俺は寝るとするぜ」

 

 ああ、とガブリエルが返事をすると、居室に隣接したベッドルームへと部下は去った。

 

 その後ろ姿が扉の向こうに消えるのを見届けて、彼はもう一度窓の外を一瞥した。

 

 数秒、自分の実在を確かめるように景色を眺めると、彼もまた専用の寝室へと踵を返す。

 

 精緻な装飾が施された扉を押し開き、中へ入り──

 

「…………何をしている」

 

 そこで一人、平伏していた人影に、ガブリエルは問いかけ。

 

「……私が、今宵の伽を務めさせていただきます」

 

 女は、静かにそう答える。

 

「ほう?」

 

 そう言われて、ガブリエルは女の容姿へと意識を向けた。

 

 成る程。確かにエキゾチックな魅力のある美女だ。さしものガブリエルでも少々目を見張る。

 

 その身に纏うネグリジェは限りなく薄く、女性として最低限の箇所を下着で隠しているのみ。

 

 灰青色の髪は後ろで結えられており、艶のあるうなじが露わになっていた。

 

 

 

(玉座の間から上階には誰も入るなと言っておいたはずだが……まあいい)

 

 

 

 後ろ手に扉を閉め、ガブリエルは豪奢なベッドへと腰掛ける。

 

「誰の命令だ?」

「いえ……これが私の役目であります故」

「そうか」

 

 短く答えて、体をシルクのシーツへと投げ出す。

 

 数秒の後、失礼しますと一言断ってから女がベッドの縁に腰掛けた。

 

 その両手が背中へ伸び、髪留めを外す様をじっと眺める。

 

 

 

(──なんと興味深い。人工知能とは、ここまでのことができるものなのか)

 

 

 

 心の中で、ガブリエルがそう呟いた時。

 

 十分な長さと量のあったアッシュブルーの髪のうちから、女が素早く一本のナイフを引き抜いた。

 

「シッ!!」

 

 振り向きざま、それを心臓へ穿とうとしてきた際の殺意に満ちた顔にほうと感心する。

 

 すなわち十分な余裕があることに他ならず、容易に突き出された右手首を押さえつけ、さらにはもう一方の手で首を掴む。

 

 女の脛骨をしっかりと掴み取ったガブリエルは、そのままベッドの上に押し倒すと動きを抑えた。

 

「ぐっ!」

 

 苦悶に顔を歪めながらも、なお女はらしからぬ膂力でナイフを突き立てようとする。

 

 それを寝技で押さえつけながら、ふむとよく鍛えられた女の体を見下ろす。

 

 筋肉の付き方が暗殺者のそれではない。全身に満遍なく鍛錬の軌跡が見られ、恐らくは騎士であろう。

 

「誰の命令だ?」

 

 今一度、同じ言葉で問いかける。

 

 僅かに首の骨を掴む指に力を入れ、眉根を寄せた女は、しかし剣呑な目つきで睨みつける。

 

「私自身の……意思だ」

「では、上官は誰だ」

「…………いない」

 

 大した胆力だ。これは恐怖で屈する類の精神構造ではないと察する。

 

 

 

 

 

 

 

 少なからず、ガブリエルは驚いていた。

 

 ヒューマン・エンパイアのユニットは、禁忌目録という無数の規則に縛られている。

 

 ラースの目的はそれをも凌駕する自律的思考を持った人工知能の想像だが、ダーク・テリトリーにも同様に掟があった。

 

 それはただ一つ、《力で奪え》。より優れ、より強いものがそれより劣るものを支配する。

 

 完全なる弱肉強食の世界。ルールに則って言えば、その頂点にいる自分に反逆などするはずがない。

 

 

 

(この女の中で私よりも別の者が上位にいるということか。だから命令も受け付けない。それは一体誰だ?)

 

 

 

 おそらく、女の上官は十人の将軍のいずれかであろう。

 

 一度、はっきりと力を示し、上下関係を示す必要があることを理解する。

 

 刹那の間に数多の思考をまとめ上げたガブリエルは、再び女を見下ろして質問をした。

 

「何故余を狙った。金を積まれたか? 地位を約束されたか」

「──大義のためだ!」

「ほう……?」

「貴様が戦乱を惹き起こせば、歴史は繰り返す! 二度と弱者が虐げられる、あの鉄血の時代に戻してはいけないのだ!」

 

 先ほどよりも強く、ガブリエルは驚きに包まれる。

 

 ヒューマン・エンパイアの人間ほどではないと言えど、この女も覚醒には至らず、ルールに縛られているはずだ。

 

 だというのにこれほどの自我を発する所以はなんであろうかと、その瞳を覗き込んでみる。

 

 強い敵意と覚悟。害意に染め上げられたその色の裏に悪されているのは──

 

 

 

(──ああ、そういうことか。ならばもう、用はない)

 

 

 

 もはや、これ以上時間をかける価値がないとガブリエルは判断した。

 

 そして、一秒の逡巡もなく、女の首を掴んでいた左手に力を込めていく。

 

「────ッ!!」

 

 大きく目が見開かれ、口から音もなく絶叫が発せられた。

 

 途端にもがき始めた体を押さえつけながら、女の首筋や骨が破壊されていく感覚を堪能する。

 

 本当に仮想世界なのかと思えるほどのリアルな感触に驚きながら、徐々に力を強めていき。

 

 女の抵抗が少し弱まった瞬間、一気に縊り殺そうと体を力ませ──

 

 

 

 

 

 

 

 キュィッ! 

 

 

 

 

 

 

 

 突如として現れた異音に、極限まで高ぶっていた感情は阻害された。

 

 

 

 

 

 反射的にそちらを振り向く。

 

 すると、寝室にも一つだけ備わった窓が開いており、そこに一羽の鳥が留まっていた。

 

 嘴から尾羽に至るまで、全てが純白のその鳥は、現実世界のツバメに酷似している。

 

「……興が削がれたな」

 

 呑気に囀っている白ツバメに肩透かしを食らった気分でいると、不意に女を見下ろす。

 

 既に死んでいた。だらんと脱力し、涙を零す瞳からは光が消え失せている。

 

 どうやら驚いた拍子に、殺してしまったらしい。勿体ない事をしたと無感動に考える。

 

「…………!」

 

 だが、それは一瞬のことだった。

 

 女の額から、虹色の雲が出現していたのだ。

 

 それは幼い頃、魂の所在を探求し、その一環として幼馴染の少女を手にかけた時に見たのと同じもの。

 

 アリシアというその幼な子を殺して以来、ずっと求めてきた光を、ガブリエルは大口で頬張った。

 

 

 

 恐怖、苦痛。それから生じた苦味。

 

 

 

 

 無念、怒りから絞り出される酸味。

 

 

 

 その後に、ガブリエルは不思議なものを味わった。

 

 小さな二階建ての建物。その庭で遊んでいた、様々な種族の子供達が笑顔で駆け寄ってくる。

 

 その幻覚が消えると、次に女を優しく抱擁する、屈強な胸板が浮かび上がり……

 

 

 

 

 

『愛して……います…………閣下…………』

 

 

 

 

 

 女のかすれた声。魂の最後の一片が残響し、そして、消えていった。

 

 それら全てが作り出した、えも言われぬ甘露に、ガブリエルは打ち震える。

 

 

 

(ああ、なんと……なんと、素晴らしい…………!)

 

 

 

 子供の頃以来、ようやく味わえたそれ。

 

 死にゆく女が最後に凝縮させた全てを奪い尽くし、感謝するように骸を抱きしめる。

 

 また、その歓喜はより多くの魂──愛を味わいたいという、底なしの渇望でもあり。

 

「もっとだ……もっと、殺さなくては…………」

 

 誰に聞かせるでもなく、己が獣欲を曝け出し。

 

 ガブリエルは、密かに哄笑を上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな男から遠ざかるようにして、窓辺にいた燕が飛び立っていく。

 

 暗黒界に似つかわしくない、穢れを知らぬ白い翼をはためかせて、オブシディア城の頂へと。

 

 天を穿つ刃のように尖った、城の天辺。

 

 もっとも空に近き場所へ至った白燕は、()()()()()()の差し出した指先へ停まる。

 

「ご苦労様です。よく囮をしてくれました」

 

 キィ、と一声鳴いた白燕は、翼を折り畳んで丸くなる。

 

 直後、小さな体から輝きが発せられ、丸い光の玉に変じて男の顔へ向かった。

 

 閉じられていた右の瞼の内側へ溶け込むように消えていき、数秒間待った末に男は目を開く。

 

 そこには燕に変じさせていた眼球が、確かに収まっていた。

 

「さて……間一髪、といった所でしょうか」

 

 言いながら、両手で抱えたものへと視線を投じる。

 

「助けられてよかった。カーディナル様への報告を済ませ、直ぐに様子を見にきたことは正解でしたね」

「ぅ…………」

 

 僅かに呻いたその女──()()()は、苦悶に顔を歪めていた。

 

 果たしてそれは、恐ろしき皇帝の冷酷な瞳を夢見てのことか。

 

 傷んでいる首に障らないよう、後頭部と膝裏を手で支えたスワロウは、微かに苦笑する。

 

 

 

(暗黒術師のミニオン作成コマンドと、アドミニストレータの編み出したフラクトライトのコピー技術を掛け併せた身代わり人形とのすり替え……どうやら、上手くいったようです)

 

 

 

 誰にも知られず、ガブリエルをも欺いて一人の女を助け出した使者は安堵の溜息を吐いた。

 

 同時に、カーディナルに仕える身でありながら魂を冒涜する術を使ったことへの、小さな悔恨が心を突く。

 

 

 

(しかし、彼女の命……唯一無二のフラクトライトに比べれば、私の罪悪感など軽いものに他ならない)

 

 

 

 アンダーワールドで唯一、スワロウはこの世界の人間が定めた法に縛られない。

 

 故にこそ、創造主より課せられた役目と、数百年に及ぶ学習によって己を律してきたのだ。

 

 しかし同時に、悪意ある現実世界からの介入によって人の命が脅かされるのであれば、躊躇なくあらゆる手段を用いる覚悟がある。

 

 それを迷いなく実行する程に、人界と暗黒界という分け隔てなく、彼にとってこの世界の人々は救うべき存在だった。

 

「……あるいは私も、彼らの言う真の人工知能に到達しているのかもしれませんね」

 

 そんな自嘲じみた皮肉を呟きながら、指を鳴らす。

 

 忽ち、夜風に当たるには薄着過ぎるリピアの体が外套に覆われた。

 

 加えて彼女の首へ簡単な治癒術を施し、傷を癒す。

 

「……閣、下…………」

「ご安心ください、レディ。一度救った以上、私も責任をもってなすべきことをなしましょう」

 

 

 

 

 

 そっと囁きながら、スワロウは背後へ開いた光の門へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 






読んでいただき、ありがとうございます。

共同製作者の願いと自分も好きなのもあって、今後活躍してもらうことになりました。
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