ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
今回で暗黒領域側、ラスト。
楽しんでいただけると嬉しいです。
イキシアに斬られた時、シャスターの中には不思議な満足があった。
それは彼が二十歳かそこらの若輩であった頃、同じように師を斬ったことに起因する。
先代の騎士団長でもあるその男は荒野にて最強の整合騎士、ベルクーリ・シンセシス・ワンと相見えた。
最強と信じた師が打ち合えたのは、たった一合。それだけで剣を握る腕が飛んでいた。
その時、師は見出したのだ。代々受け継がれてきた《無想の剣》とは対極にある、極限の《意思の剣》を。
これをシャスターに受け継がせるため、師は己の命を賭した。
師が放った〝心意の刃〟にて消えぬ傷を頬に受けた代償に、若きシャスターは見事そのとば口に立ったのだ。
(憎悪の念に満ちた、殺意の剣……それはかつて見た、奴の持つ強固な信念とは相反するものだった、か)
全霊を賭して託されたものを、シャスターは最後の最後に忘れてしまった。
だからこそ、ただ一人己の技を受け継がせることを許した義息に斬られるならば本望とさえ思えたのだ。
息子の本心など知れるはずもないが、そんな納得と、仇を討てなかったことへの無念と共に闇へ魂を落としていき。
「────システム・コール。ディセーブル・ディープ・フリーズ・コマンド。ID:4-8801」
流麗なその詠唱によって、蘇った。
昏い深淵に沈んでいた意識が、自分の体の中へ吸い込まれていくように奇妙な感覚。
石となった心の臓に血が通い、無類の寒さに侵された全身へ力が戻っていく。
パキ、パキ、という自分が石像から戻っていく音を聞き届けて……うっすらと目を開いた。
「……ん…………」
「閣下! ああっ、よかった!」
ぼやけた視界の中で、何者かが言葉を紡ぐ。
続けて全身に軽い衝撃が襲いかかり、それによってようやく意識をはっきりとさせた。
「……リピ……ア…………?」
「はいっ、リピアですっ! よくぞ、よくぞ無事にお戻りに……!」
「お前、なのか…………」
自分を抱きしめて泣きじゃくる彼女の肩に手を置き、ああそうかと悟る。
「私は……地獄へと、落ちたのだな…………」
「いいえ。貴方はまだ生きております。イキシア様の尽力により、九死に一生を得ました」
突然返答した謎の声に、緩慢な動きで顔を上げてそちらを見る。
すると、床に横たわっていた己のすぐそばに立つ、頭髪から靴に至るまで純白の男がいた。
しばらく朦朧としていたものの、男を見続けていた瞳が徐々に驚愕へと見開かれていった。
「お、お前は……!?」
「おや。こうして顔を合わせるのは初めてのはずですが。私のことを既にご存知で?」
「古文書の、〝神の使者〟…………!?」
「……ああ、なるほど。《鉄血の時代》の。当時の騎士団長様には、戦乱の平定にご協力いただきましたね」
懐かしいことです。そう言って微笑む男に、シャスターは一つの確信を得る。
暗黒騎士団には、《暗黒将軍》の座に着いた者のみに受け継がれる手記が存在する。
それは血塗られた《鉄血の時代》を生きた、当時の騎士団長のもの。
連綿と受け継がれてきた手記には、来る日も来る日も終わらぬ殺戮と絶望の日々が綴られていた。
悲惨という言葉だけでは到底言い尽くせぬかつての時代に、シャスターも涙を流したものだ。
だが、ある時一人の〝救世主〟が現れた。
原初より全てを観測する者。創造神達により、ただ一人この世界に残された傍観者。
課された役目の清純さを表すかの如く、その男は全てが純白の紳士であったというが。
まさに今、伝承の人物に巡り合った衝撃がシャスターを驚かせていた。
「では、改めて自己紹介を。私はスワロウ。この素晴らしきアンダーワールドを描き上げた御方より生み出された者です。以後お見知り置きを」
「本当に……貴殿は、神の使者だというのか…………」
「少々我が身には分不相応な呼び名ですが、ええ。破滅を嫌うと言うのならば、違いはありません」
躊躇なき肯定が、その言葉の真実性を助長する。
呆気に取られていたシャスターだったが、すんと胸の中から聞こえた鼻を啜る音で我に返った。
極力優しい手つきを心がけて彼女の両肩を掴むと、引き剥がしてその顔を今一度見る。
「そうだ、リピア! お前、死んだのではなかったのか!? ベクタの暗殺を企てて……!」
「私も、死を覚悟しておりました。閣下の理想に殉ずるのであれば、悔いはないと……! しかし、この御方に救われたのです……!」
「なんと……!? い、いやしかし、私は確かにお前の首をこの目で……」
「それは私が作った身代わりでしょう。ミニオンと同じ土塊の人形に仮初の魂を吹き込んだものですが、今頃消滅している頃合いでしょうね」
すかさず差し込まれた情報に、再び間抜けのように大口を開いてしまう。
そんなことは、暗黒領域最強の術師であるディー・アイ・エルですら到底手の届かぬ神業に違いない。
まさしく神の使者。その御業を唯一行使することを許された、尊き存在。
シャスターは、徐に下半身を起こすとリピアから少し離れる。
そして、じっと下からスワロウの目を見つめ……両の握り拳を床につけると、深く頭を下げた。
「心より……心より、感謝する! 愛しき女の命ばかりか、愚かな行いをした我が身まで救っていただき、敬服の念に絶えない! この御恩は生涯忘れぬと、我が師の名に誓おう…………!」
「閣下……!」
一筋の涙を零しながら、全身を震わせて訴えるシャスターに、感極まったリピアが両手で口元を覆う。
そんな彼らに、優しげな微笑みのまま膝をついたスワロウはそっと彼の肩に手を置いた。
「顔をお上げください。勇敢なる騎士、シャスター様」
「しかし……」
迷いのある表情で顔を上げたシャスター。スワロウは少し苦笑いしつつ言葉を返す。
「私はすべきことしたまで。感謝をするというのであれば、どうか勇敢な貴方の参謀へ贈っていただきたい」
「参謀……そうだ! イキシアは! 彼奴は無事なのか!?」
次に男の口から飛び出した言葉に、少しの間スワロウは動きを止めた。
僅かばかり目を見開き、驚きの眼差しで心底不安げな顔のシャスターを見る。
「お怒りにならないのですか? 貴方を背中から斬ったのですよ?」
「これでも私は、第二の父のつもりであいつを育ててきた。聡明なあの子が、意味もなく凶行に及ぶとは思わん」
第一、地位や名誉を理由に自分を斬ったというのであれば、石に変えた意味が分からない。
なんの因果か、生き延びてしまった今であれば、あれが全て故ある行動だと確信している。
「…………おみそれしました。どうやら私が解析していたよりもずっと、貴方は素晴らしい人物のようだ」
「……いや。未来への希望を捨て、恨みに走った私に貴殿のような人物からそう言われる資格はない」
「それは私も同じです。かつて、許されざる行いをしてしまいましたから」
「貴殿が?」
信じられないという面持ちのシャスターへ、先程より深い苦笑いで頷く。
これほどの聖人が侵した罪とは如何なるものかと考えていると、不意にスワロウは真剣な表情をした。
「貴方の仰る通り。あれは全て、シャスター様とリピア様の死を装い、皇帝ベクタの目を欺く為の策略でございます」
「やはりか……! となると、イキシアには辛い役目を負わせてしまった……!」
「立案したのは私です。恨むならばどうかこの身を」
「む…………いや、やめておこう。命を拾ってもらったのだ、文句など言えようはずがない」
「……私もです」
これしきのことでめくじらを立てては、イキシアの決断を踏み躙ることになってしまう。
シャスターは、そんな恥晒しになるつもりは毛頭なかった。
リピアも同じ考えを示し、スワロウに向けてはっきりと頷いてみせる。
両者の揺らがぬ意志を感じ取り、スワロウはふっと微笑んだ。
長い間、多くのことを〝傍観〟したが、生き続けてきたことは間違いではなかった。
彼を含め、多くの眩ゆい輝きを持つ魂の持ち主達と出会えたのだから。
(……これ以上自分を貶めては、彼らへの侮辱になってしまいますね)
その感動によって己を納得させると、今一度真面目な雰囲気を纏い直す。
「では、本題に入りましょう。現在、暗黒騎士団はイキシア様が新たな将軍となり、ベクタによる介入に目を光らせています」
「奴め、自ら獅子身中の虫となったのか。最も辛い役回りを受け持つのは騎士学校の頃から変わらないな……」
「ああ、彼奴は昔からそういう男だ。……して。そうまでして我々を生かした理由とは?」
「全て、ご説明させていただきます」
そしてスワロウは、彼らを救出した目的を明らかにした。
「一つは、ベクタへの切り札として。既に死人となったお二人への警戒はある程度薄れているでしょう。戦乱に乗じ、あの者をこの世界より退ける策の一つになっていただきたい」
「それはむしろ、望む所だ。リピアが生きていると知った今、我が剣に曇りはない。今度こそ奴を斬ってみせよう」
「力及ばずながら、私も。今度こそ使命を全うしてみせます」
「待て、リピア。お前には二度と同じことはさせんぞ」
「しかし!」
「私に、同じ絶望を再び味わう可能性を考えろというのか?」
「う……それは…………」
自分の行動の性急さは理解しているのか、リピアは押し黙ってしまう。
強い眼差しで彼女を諌めるシャスターへ、スワロウはひとつ咳払いをして意識を促した。
「ご安心を。これは三つの理由のうち、
「というと?」
「残る二つのうち、一つは人界と暗黒領域の戦争の後に果たしてもらうことになるでしょう」
「ふむ………………」
しばし、瞑目してその言葉の意味を熟考する。
十秒とかからずして、何かに思い至りハッと開眼した。
「そうか。和平交渉か」
「その通り。私は本来人界側に与する存在ですが、あらゆる策を講じてベクタを倒し、戦乱を終結させる準備を進めています。シャスター様にはこちら側の代表となっていただきたいのです」
「なるほどな。あい分かった、元よりそれは私の望みでもある。喜んで引き受けよう」
「ありがとうございます」
快く引き受けた彼へ、スワロウは一度感謝の言葉を述べた。
それから、不意にどこか柔らかさを残していた視線を鋭いものに引き締めて。
少しの間を置いてから、やや重々しい口調で最後の理由を語った。
「最後の理由。これはシャスター様とリピア様、両方に対することです」
「ほう……?」
「私にも、ですか……?」
「ええ…………お二人は、既に知っていますね? かの邪竜──
その瞬間、カッと目を見開いたシャスターから圧倒的な覇気が発せられた。
間近でそれを受けたリピアは思わず尻餅をつき、スワロウは揺れた髪を為されるがままにする。
しばし、シャスターはそれだけで子ウサギならば圧殺してしまえそうな眼光を放っていた。
そのうちリピアが怯えていることに気が付き、徐々に威圧感を収めると深く息を吐いた。
「……失礼した。少し、気が動転してしまったようだ」
「無理もないでしょう。しかし、その反応から貴方がどれほどかの存在を危険視しているかは理解させていただきました」
「ああ…………やはり、伝承は本当に?」
「残念ながら、既にその意思は覚醒している様子。その断片を人の身に潜り込ませ、神に等しい者達を操っています。覚えがありませんか?」
「覚え……」
シャスターは首を捻り、二度ベクタと見えた時のことを思い返す。
「依代とされた者は、血よりも赤い瞳を得ると言います」
「……! あの女か!」
ベクタの側に仕えていた執事服の麗女を思い返し、大きく声を上げた。
騎士に扮してリピアと共に彼を運び出した時に、ペーリッシュを見たスワロウも重く頷く。
「終焉は間近に迫っています。ベクタは降臨し、人界では四聖竜の力を得た騎士達が目覚めています」
「それは真か!?」
「ええ。そして、戦乱が始まってしまえば…………」
そこから先は聞かずとも、容易に察することができた。
蔓延る阿鼻叫喚。渦巻く怒りと憎しみ。
絶望の元に血の雨が降り注ぎ、その破滅は災厄を呼び起こす。
神々から世界の理を読み解く術を与えられたとされるスワロウが語ったとなれば、それはもはや確定した未来だ。
「かの邪悪が復活した時、一人でも多く強力な剣士が必要なのです。その為に、突出した実力と神器を持つシャスター様をお助けしました」
「しかし、私には整合騎士達のように摩訶不思議な絶技もないが…………」
「いいえ。貴方は既に、その力の片鱗を解放したはず」
「何?」
そう言われて、ふと脳裏によぎるものがあった。
凄まじい憎悪に支配されたあの時、手の中で愛刀朧霞が霧へと変じたことを微かに覚えている。
傍らに置かれていた朧霞に視線を投じて、あの時手の中に感じた〝何か〟を
「そうか……己の限界を超越するほどの激しい意志こそがあの剣訣の到達点……ベルクーリの親父が強固な信念で作っていた《心意の刃》も、それに起因するものだったのだな」
「世界を救う為です。私がその詳しい絡繰をお教えしましょう。しかし……」
「皆まで言わずとも良い、スワロウ殿。全てが終わった暁には、決して悪用しないことを誓おう」
すかさず言葉を重ねれば、スワロウはそれも分かっていたように頷いた。
するとそこで、ずっと黙して話を聞いていたリピアがおずおずと手を上げる。
「あの……それで私は、何をすれば…………?」
「勿論、リピア様にもシャスター様と同じほどの力を得ていただきます。貴女には十分に素質があると、私は確信しておりますので」
「そ、その評価は嬉しいのですが……私は神器すら持たぬ上位騎士の末端で…………」
「ええ。
は? と、リピア本人のみならずシャスターまでもが声を揃えた。
スワロウが指を鳴らすと、彼のそばの虚空に光の波紋が浮かび上がってきた。
そこからみるみるうちに一振りの剣が現出し、リピアへと差し出される。
「これは四聖竜の秘宝が一つ。かつて史上最大の落雷を受け、その力を宿した、ある霊峰の頂点に屹立する岩より削り出された細剣。十全に力を引き出せれば、
「そんな……これほどの神器を、私に…………?」
「貴女に、覚悟がおありならば」
リピアは、戦々恐々とした面持ちでその剣を見つめた。
心の中に様々な葛藤が吹き荒れる。
やはり自分などでは相応しくないという劣等感、伝説の厄災を相手にするやもしれないという恐怖。
何よりも、邪竜と共に戦乱を巻き起こすあの闇の皇帝の冷徹な瞳を思い出し、全身が震え上がって……
「リピア…………」
不意に聞こえた声に、はっと右を見た。
そこには自分を心配そうに、諌めるか諌めまいかと悩ましげな目で見る愛する男がいる。
肩に置かれたシャスターの手の、小さな暖かさ。
それが、心の臓に突き刺さった、恐怖の茨を溶かしてゆく。
「……私、やります」
「リピア? お前……」
驚きに顔を染めるシャスターへ微笑みを向け、一転してスワロウの目をキッと見返した。
睨みつけているかのような鋭い目つきは、彼女の中で固まった覚悟の表れであり。
それを証明するように、両手で剣をしっかりと握りしめて受け取った。
「騎士、リピア・ザンケール。我が命運、我が心は、最後の時まで閣下と共にある! その為ならば、あらゆる苦難をも乗り越えてみせよう!」
「……素晴らしい。では、その《雷霆の剣》は貴女に」
「はっ!」
リピアは、再び力強く頷いた。
それからシャスターを見れば、彼もこれ以上の問答は不要と悟ったか、首を縦に振った。
喜色に頬を染めていくリピアと、彼女の手を握るシャスターを眩しそうに見ながら、スワロウは立ち上がる。
「色良い返事がいただけて、私も嬉しい限りです。それでは最後の贈り物として、この場所もお貸ししましょう」
「む。そういえば、ここは……」
そういえばと、シャスターは周囲を見渡す。
これまでは、驚愕に相次ぐ驚愕で場所を確かめる余裕もなかったが……またしても大いに驚くことになった。
自分達がいたのは、広大な屋敷の広間だったのだ。
天井に吊り下がるシャンデリアや調度品、壁や床の造形に至るまで、オブシディア城に迫らんばかりのもの。
窓の外には薄暗い洞窟が広がっており、ここが何処かに秘された場所であると察する。
「この館を、貴方達のお好きに使ってください。食糧や寝床も最上のものを十分に。《武装完全支配術》の術式は既に作成して修練場に。これは館内の見取り図です」
半ば唖然としたまま、スワロウから丸められた一枚の紙を受け取った。
「何から何まで、なんと感謝を述べればよいか……これほどの大恩、返せる気がせぬ」
「私もです……」
「このアンダーワールドが存続することこそが、私にとっての何よりの報酬でございます。その為ならばあらゆる苦労は惜しみません」
品の良い笑みを浮かべ、スワロウは踵を返して出現させた光の扉へと向かった。
慌てて立ち上がった二人は、その背中を目で追って素早く問いかける。
「あ、あの! 一体どこへ!?」
「貴殿、まだ何か用向きが!?」
「ええ。少々……
最後に一度振り返り、そう言葉を残してスワロウは光の中へと消えていった。
扉が消滅するまで見届けたシャスターとリピアは、早速目に活力を漲らせていく。
「リピア。私について来てくれるか」
「どこまでもお供いたします、閣下」
彼らの未来を掴む密かな戦いが、始まった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回の最初に少しだけ裏話を続け、ルーク達の方へ。