ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

95 / 104



今回は丸々彼女とのお話。


楽しんでいただけると嬉しいです!


愛の発露

 

 

 

「寝床はここを使え。生憎と貴賓用って訳じゃあないがな」

 

 

 

 そんな軽口と共に、騎士長ベルクーリはルークに一つの天幕を与えた。

 

 発着場に程近く、ある程度の規模であるものの、確かに目立った装飾があるわけでもない。

 

 しかし、明らかに他の兵士達とは異なり、個人に一つの天幕を与えることからも整合騎士に匹敵する扱いを受けていることは明白だった。

 

「これは、期待大って感じだな」

 

 改めて己の双肩にかけられた大きな責任を実感しながら、天幕を見つめて苦笑する。

 

 既にバルドやキリトを伴ったアリスとは別れており、彼らも同じように天幕へ案内されている頃だろう。

 

 弟分の治療を試みると追随したスワロウには、どうかよろしく頼むと念押ししておいた。

 

 

 

(……ついに、ここまで来た。俺も、為すべきことを為さなければ)

 

 

 

 匂い立つ戦の気配に、いよいよ実感を得ながら天幕に入ろうと入り口に手を触れる。

 

 しかし、薄布と毛皮の二重となっている垂れ幕をずらしきる前に、耳がある〝音〟を拾った。

 

「これは……」

 

 入幕を中断し、〝音〟のした方へ体ごと振り返る。

 

 三千以上の心意が充ち満ちるこの野営地に、新たに降り立ってきたその二つの魂。

 

 それはルークにとって特別な人物の音であり、どれだけ大勢の人間がいようと聞き逃すものではなく。

 

 故に、自然と足が広場の方へと引き返していた。

 

 

 

 

 

 ものの五分で戻ると、新たに二体の飛竜が広場の上で寝そべっていた。

 

 大柄な濃青色の鱗を持つ竜と白みがかった美しい体色の竜は、長時間の飛行をした後なのか半ば瞼を閉じている。

 

 そして、二人の整合騎士が彼らの体から荷袋や鞍を外していた。

 

「ライオット!」

「ん?」

 

 その一方に呼びかけると、軽装に身を包んだ男騎士が緋色の髪を揺らして振り向く。

 

 つられてもう一方の女騎士も振り返るが、近づいてくるルークを認識すると大きく体を震わせた。

 

 手の中の荷物を取り落とすや否や、素早く竜の影に隠れてしまった彼女に騎士が呆れた目を向ける。

 

 ルークもやや苦笑いをしながら、彼の前へと到着した。

 

「よう、兄弟。やっと来たのか、待ちくたびれたぞ?」

「思ったよりも時間がかかった。これでもキリトの負担にならない限界で飛ばしてきたんだけどな」

「そりゃあ仕方がねえ。なんにせよ、元気そうで安心した」

 

 男臭い笑みを互いに浮かべながら、軽く前腕を組むルークとライオット。

 

 共にルーリッドを守り、より強固な友情を結んだ彼らは十年来の親友のような雰囲気があった。

 

 最初は罪人と騎士、次に同士となり、ついには竜に認められし聖なる騎士の同輩となっている。

 

 一瞬で奇妙な縁を想起しながら、腕を外したルークはある方向を見る。

 

「えっと……一応、貴女にも色々とお礼を言いたいことがあるんだけど。俺の顔は見たくないかな?」

「…………ちょ、ちょっと待って。少し心を落ち着かせるから、三分だけ」

「長えよ。何をビビってんだ」

「あっ、ちょっ!」

 

 抵抗虚しく、ライオットの手によって霧舞の翼の中から引きずり出されるその人物。

 

 ルビーのように赤い眼で恨めしげに彼を睨んだ女騎士──イーディスは、やや気まずげにルークを一瞥した。

 

「直に言葉を交わすのは、カセドラルで別れた時以来……かな」

「…………え、ええ。そうね。人間に戻れたみたいで、良かったわ」

「ん、昔ともちょっと違うから、自信はないけど」

 

 あはは、と指で頬をかきながら、おどけるように笑ってみせる。

 

 合わせてイーディスもぎこちない笑みを浮かべ、なんとも綱渡りをするような雰囲気だった。

 

 

 

 

 

 二人は今、ほぼ同一の気恥ずかしさに心を支配されている。

 

 ルークは、北の洞窟で襲いかかったことへの罪悪感、そしてカセドラルで何気なく言い放った一言に。

 

 全ての記憶を取り戻した時、当然あの時の会話も鮮明に思い出している。

 

 

 

(あれは、未来がないことを分かっていたからこそ本音を吐露したようなものだからなぁ……)

 

 

 

 こうして復活し、改めて顔を合わせると非常にむず痒い。

 

 結果的に、言いたかったことの一割も話せないまま膠着状態に陥ってしまった。

 

 

 

(なんで!? どうして彼の顔を真っ直ぐ見れないの!? 私なんかおかしくない!?)

 

 

 

 一方のイーディスは、同様にカセドラルでの会話と、ルーリッドでの騒動が尾を引いていた。

 

 最初に出会ってから半年の間、ずっと心の中で残留し続けていたルークの一言。

 

 あの時の彼には、自我の消滅という意味では死を間際にした男の、奇妙な力強さと迫力があった。

 

 その為か、騎士として鋼のように固めていた心に強く響いた無自覚の独白は、強く留まったのだ。

 

 

 

 そして、ルーリッドを襲った悲劇の最中での復活と再誕。

 

 

 

 あの時見たルークの横顔が、鮮烈に瞼の裏へ焼き付いて離れない。

 

 事あるごとに繰り返し脳裏に浮かび上がる記憶と、その度に激しく乱れる鼓動に振り回され、この八日の間ほど心休まる時がなかった。

 

 今もまともに顔を直視できない。一見平静を装った表情だが、視線がずれているし、口の端が引き攣っている。

 

 

 

(違うから! 私そんなにチョロくないから! 大体、話すのもこれで2回目だし!)

(……全力で心の音が俺から逃げてる。結構傷つくな、これ)

 

 

 

 動揺を隠そうと躍起になるイーディス、乱れに乱れた〝音〟を聞いて落ち込むルーク。

 

 それをずっと傍観していたライオットは、大きなため息を吐いた。

 

「いつまで見つめ合ってんだ、お前ら」

「いや、どう会話したものかと思って……」

「見つめ合ってなんていないわよ、別に」

「ったく、これから一緒に戦っていくってのにその体たらくでどうする」

「それは……」

「団長への報告は俺がしとくから、一回ちゃんと話し合ってみろ」

「あ、ライオット!」

 

 有無を言わさぬ口調で締めくくり、ライオットは本部のある方角へ歩き出してしまった。

 

 彼の姿が雑踏の中に消えると、残された二人は自然と互いのことを見る。

 

 視線がかち合い、先に逸らしたのはイーディスだった。

 

「……ライオットはああ言ってたけど、別に今度落ち着いた時でも」

「い、いえ。別に話しくらい、問題ないけど?」

「そう、か。なら……」

 

 これ幸いと口を開きかけた所で、ルークは周囲の様子に気がついた。

 

 つい先ほどひと騒動起こした為か、チラチラとこちらに目線が寄せられていた。

 

 遅れてイーディスも察知し、僅かに顔を顰める。

 

「えっと……ひとまず、場所を移すか?」

「……その方がいいみたいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 発着場から離れた二人は、野営地の端の河川に面した場所へ移動した。

 

「よっ、と。ここなら変に注目されることもないか」

「そうね。かと言って、あまり遠くにも離れることはできないし」

 

 距離としては、最も外周の天幕から数メルといったところ。

 

 緊急招集がかかっても即座に戻れる、少し他よりも小高い場所で二人は向かい合う。

 

「「………………」」

 

 しばらく、無言の時が続いた。

 

 時間を置いたことで先程より緊迫感はないものの、思うように話を切り出せない。

 

 そんな二人を見守るように、柔らかな風で草原が揺れている。

 

「まず、礼を言いたい。ルーリッドの皆を助けるのに協力してくれた事、ありがとう」

 

 数十秒に及ぶ思考の末、まず最初に言葉を投げかけたのはルークだった。

 

 そう言って軽く頭を下げるルークに、イーディスは小さく息を呑む。

 

 《雲上庭園》でアリスに謝罪していた時の記憶が蘇るも、それを振り払って返事をした。

 

「騎士としてすべきことをしただけよ。闇の脅威に晒されている人々を助けるのは当然だもの」

「貴女がいなければ、被害はもっと拡大していたかもしれない。あの時はいてくれて心強かったよ」

「そう。まあ……貴方も、すごく頑張ってたと、思う」

 

 顔を上げたルークがきょとんとした。

 

 賞賛されたことを遅れて理解し、照れ臭そうに破顔する。

 

「必死だったよ。ずっと尻に火がついたような気持ちだった」

「ふ、ふうん。そんな感じには見えなかったけど?」

「母さん達を安心させたくて、見栄を張ってたから。もう誰も傷つけさせたくないって思いでどうにか取り繕うのが精一杯で……」

 

 実際、ルーリッドを守り切った後にはあらゆる精神的疲労が襲いかかってきた。

 

 その消耗ぶりには、アリス達もひどく心配したものだ。

 

 どれだけ強大な力を手に入れようと、常に失うことに怯えるこの心はルークのままだった。

 

「でも、今はそれが恥ずべき事だとは思わない。これが俺で、そういう自分のままでいていいと言ってくれた人がいた。それを信じている」

「その人のこと、随分尊敬してるのね?」

「ああ。俺の恩人だよ」

 

 現の夢の中、彼女の背中に伸ばした自分の手をルークは見つめる。

 

 かつても今も、ルークに行くべき道を示し続けてくれた。

 

 それがなければきっと、自ら作り上げた心の牢獄から脱することは出来なかったに違いない。

 

「イーディス」

「何?」

「──ありがとう。北の洞窟で、俺を斬らないでくれて」

 

 そう言って、ルークはイーディスに笑いかけた。

 

 

 

 

 

 あの日交わした、最初で最後の約定。

 

 

 

 

 

 愛する人達さえ忘れ、獣に成り下がった時は断罪してほしいという願い。

 

 それを確かめにルーリッドへやって来たイーディスは、しかし彼を斬らなかった。

 

 何故見ているだけでライオットに加勢しなかったのか、未だに彼女自身も分かっていない。

 

 ただ確実な事は、あの結末を思えば傍観という選択は間違ってはいなかったのだろう。

 

「お陰でルーリッドを守れたし、大切なことに気付けた」

「大切なこと、って?」

 

 頷いたルークは、不意に腰に差していた《白竜の剣》に手を置いた。

 

 彼に害意がないことは理解している為、剣が引き抜かれるのをイーディスは静観する。

 

 西へ傾いたソルスに光に反射して、空に鋒を向けられた純白の刀身が輝きを放つ。

 

「この剣に、アリスを取り戻せるまでキリトとユージオを守ることを誓った。ルークという男は、その為の刃であり、盾であればいいと」

「……冷たい誓いね」

「使命であると同時に、この願いは贖罪でもあったんだ。そして事実、俺は身も心も潰えるまでその役目を全うし続けた」

 

 何もかもを捧げて、呪いのように自分へ言い聞かせ続けた宿命を成し遂げた。

 

 その滑稽な末路こそが、かつて犯した罪への報いのはずだったのに。

 

「だけど今、俺はここにいる。大事な人達に助けられ、支えられて、今度こそ正しく使命を果たす為に」

 

 友の制裁によって最悪の罪を犯すことを免れ、優しき母に諭され。

 

 最後に、〝彼女〟に背中を押されてようやく知ることのできた、一つの真実。

 

 それが今、ルークの心に新たな誓いとして刻まれている。

 

「愛は、決して一方的なものじゃない。愛することは愛されること。大切な人を守る為に、自分をも守り抜く事が本当にすべき事なんだと教えてもらった」

「…………そう。やっと、貴方を愛する人達の心に気が付いたんだ」

 

 憑き物が落ちたように純粋なその笑顔に、イーディスも目元を柔らかく緩めた。

 

 初めて自然な表情を見せた彼女に頷いて、ルークは今一度《白竜の剣》の感触を確かめる。

 

「この真実を絶対に裏切らないと、俺は決めた。今度こそ、愛する全てを守り抜く。それが俺の──竜騎士ルークの、誓いだ」

 

 二度と何かを諦めはしない。

 

 あらゆる喪失を背負いながらも、最後まで立ち上がった、あの黒の剣士のように。

 

 己が身の無力さに嘆きながら、それでも自分にできる精一杯をやり遂げた、青薔薇の青年のように。

 

 彼らの兄だと言うのなら、それに恥じない強い想いを。

 

 

 

 

 

 穢れなき純白の想いを掲げ、襲い来る絶望の悉くを乗り越えていく〝覚悟〟。

 

 それが、今のルークにはあった。

 

「良かったわ。これならアリスちゃんが、また悲しそうな顔をすることはなさそうね」

 

 儚く笑うあの少年の面影は遠く、己の在り方を定めた〝男〟の顔になった彼に笑顔を送る。

 

 精悍な姿に少さく胸は高鳴るが、今はそれが少し心地よいものになっていて……

 

「そうだな。俺はもう、自分に向けられる愛から逃げるつもりはない。そして……俺自身の愛からも」

 

 次の瞬間向けられた真剣な眼差しに、大きく心臓が跳ねた。

 

「………………どういう、意味?」

「ルーリッドでの事で、よく分かった。必ず続く明日なんてものはない。自分自身で踏み出さなきゃ、望んだ未来は決して実現しないんだと」

 

 一言一言、噛み締めるように言うルークに、イーディスの頬は熱を増していく。

 

 その先にどんな言葉が待っているのか、彼女は既に理解していたから。

 

「だから俺は、生まれて初めて芽吹いたこの想いから目を逸らさないことにした」

 

 それでも止める事が出来なかったのは。

 

 

 

 

 

 

 

「────イーディス。俺は、君に恋をしている」

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、激しく高鳴る鼓動のせいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んなっ…………!!?」

「いきなりごめん。でも、また君に会えたら必ず言おうと決めていたんだ」

 

 案外恥ずかしいものだな、と僅かに頬を朱に染めてルークがはにかむ。

 

 だが、イーディスはその比ではない。

 

 頬どころか顔全体を耳や首に至るまで真っ赤にし、何度も口を開閉させている。

 

 たった一言で思考を滅茶苦茶に乱され、ろくに言い返す言葉も浮かばなかった。

 

「分かってる。ダークテリトリーとの戦争を前にして、不謹慎だっていうのは。それに、まだほとんど初対面のようなものだってことも」

「ちょ、ま、待って…………」

「それでも、初めて北セントリア修剣学院で出会った時から思っていたんだ。──ああ、なんて美しい人なんだろう、って」

「ッ!?」

 

 ルークにとってその邂逅は、今でも昨日のことのように思い出せる。

 

 類稀なる容姿だけではない。魂の音を聞く彼にとって、彼女の心こそが何よりも美しいと感じた。

 

 運命の人との出会いというものがこの世界に存在するのであれば、まさしくあの瞬間だっただろう。

 

「与えられた使命ではなく、自ら人界を守護しようという誇り高い志も、アリスを妹のように可愛がってくれる優しさも…………俺の無茶な願いを聞いてくれる慈愛も。君という存在の全てに惹かれている」

「だ、だから一旦待ちなさいってばっ! 突然そんなこと言われても……!」

「勿論、今の俺程度が到底釣り合うとは思っていない。いくら竜騎士になったからと言って、あらゆるものが足りていないだろう」

 

 それでも、と強く続けたルークに、イーディスはぐっと口を噤んでしまう。

 

 制止の言葉を飲み込まされた彼女は、自分に向けられる銀色の瞳に宿る熱に沸騰しそうだった。

 

「もし人界を守り、平和を勝ち取る事が出来たら……その先の未来で、君の隣にいても恥ずかしくない男になれたなら。どうか、この愛を受け取ってほしい」

 

 最後まで臆することなく自分の気持ちを口にしたルークは、その場で跪いた。

 

 そして、まるでイーディスに捧げると言わんばかりに《白竜の剣》を地面へ突き刺す。

 

 

 

 

 

 そのまま微動だにしなくなった彼を前に、イーディスの思考は完全に止まった。

 

 誰も見た事がないだろう、怒っていいのか喜んで良いのかわからないような半泣き顔になっている。

 

 

 

(なんでこんなことになってるわけ!? い、いや、あの時変な質問した私が原因かもしれないけど! でも、本当にそうだとは思わないじゃないっ!!?)

 

 

 

 もし今の言葉を一字一句同じように、四帝国の上位貴族や皇族に囁かれても確実に一蹴した。

 

 容姿を誉められたのも初めてではないし、これでも数百年生きているので人格の良し悪しはすぐに見抜ける。

 

 だが、言っているのは他でもないあのルークだ。徹頭徹尾、心の底からの告白だろう。

 

 なまじアリスやキリト達に向ける愛の大きさを知っているだけに、その中に自分が入っていたことが予想外で仕方がなかった。

 

「……………………とりあえず、顔を上げて。そんなんじゃ、まともに話もできない」

 

 ロクに返事も作り出せなかったので、とりあえず反射的にそう言う。

 

 ゆっくりと立ち上がったルークは、ちょっと不安げな面持ちで口を開いた。

 

「やっぱり、俺みたいなのは好みじゃないか?」

「違っ……! と、とにかくお願いだから待って! 考える時間を頂戴!」

「あ、ああ。そうか、ごめん。なにぶん初恋だから、そういう段取り? っていうのが分からなくて」

 

 そんなことを言ってまたはにかむルーク。イーディスの胸がギュッとなった。

 

 自分を内心引っ叩きたくなりながら、爆発しそうになった感情をグッと抑えて身を翻す。

 

 静かなせせらぎを奏でる河川を穴が開くほど見つめて、なんとか心を落ち着けようと試みた。

 

 

 

(そりゃあ好きか嫌いかって言われたら、比較的好印象というか! 一度決めたことをやり通す律儀さとか、気遣いできるところとか、結構頭もいいみたいだし、実力もかなり…………って違うううううううううううっ!!)

 

 

 

 失敗に終わった。

 

 むしろ余計に混乱を深めることになり、とりあえず振り返って恨めしげにルークを睨む。

 

 不思議そうに首を傾げられた。整った顔の周囲がやけに輝いて見える。

 

「ぐぬぬぬぬ…………」

「だ、大丈夫か?」

「あんたのせいでしょっ!」

「す、すまんっ!」

 

 八つ当たり気味に一喝し、その場にしゃがみ込んで両手で顔を覆う。

 

 

 

 

 

 そのままの姿勢でいること約五分、ようやく彼女は立ち上がった。

 

 振り返ったイーディスの顔をルークが見れば、先程までの様子が嘘のように平静になっている。

 

 

 

(これは駄目……いや、心意の音は変わってない?)

 

 

 

 なおも荒ぶっているイーディスの魂を聞いたが、そっと胸の内にしまっておくことにした。

 

「ひとまず、貴方の話は分かりました」

「本当か!」

「た、ただし!」

 

 一歩踏み込んだルークだったが、素早く突き出された手に動きを止める。

 

「貴方もさっき言っていた通り、今は世界の命運を分ける戦争が始まろうという瀬戸際! 私達がそんなことにうつつを抜かしているようでは、兵士達にも示しがつかないわ!」

「あ、ああ。勿論そのつもりだ。だから……」

「だから、この事は()()()()! もし戦争が終わった時、互いに生き残っていたらもう一度話し合いましょう!」

 

 

 

 

 

 イーディスの宣言が、草原に木霊した。

 

 

 

 

 

 ともすれば野営地にまで届いてしまうほどの大声で告げられた言葉を、ルークは受け止める。

 

 じっと見つめてくる銀眼に気圧されて、イーディスは無意識のうちに生唾を飲み込む。

 

 まるで心を覗き込まれているような感覚に包まれていると──ふっとルークが破顔した。

 

「分かった。ありがとう、拒絶しないでくれて」

「え、ええ。せいぜい、ダークテリトリーの怪物達に殺されないで」

「必ず、生きて未来に」

 

 はっきりと頷くルーク。

 

 イーディスも首肯して、どうにか話を終わらせられたことに安堵し──

 

「最後に、一言だけ」

 

 

 

 

 

 次に瞬きした後には、目の前にルークがいた。

 

 

 

 

 

 もう一度跪くと、驚いているイーディスが伸ばした手を取る。

 

 

 

 

 

 そして、優しく手の甲に口付けを落とした。

 

 

 

 

 

「──竜は、狙った宝を逃さない。いつか必ず、君の心を手に入れてみせる」

「なぁっ…………!?」

 

 再び硬直したイーディスへ、悪戯げな笑みを贈って。

 

 そうして立ち上がると、野営地の方へと踵を返して歩き去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

「こっ………この卑怯者ぉ──────っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 絶叫が、草原中に反響した。

 

 

 

 

 

 






うちのイーディスさんはわりと恋愛方面クソザコ&ルークの精神年齢がかなり上がってます。

読んでいただき、ありがとうございます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。