ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
今回は新キャラ登場。彼女も出るよ。
楽しんでいただけると嬉しいです。
一人で野営地に戻ってきたルークは、周囲の目線へ非常に注意した。
それは偏に、途轍もない速さで鼓動を打つ心臓の音が聞こえまいかという不安によるもの。
(…………すごい事、しちまった)
気がつけば自然とああしていたが、こんなに気障な行為をしたのは生まれて初めての経験だった。
やはり周囲の言や自覚しているように、復活した際から思考や性格といったものに少し変化が生じている。
その所以は竜の力の継承によるものだろうが、積極的な自分というものがどうにも気恥ずかしい。
「しばらくイーディスの顔は見れないな……」
「おい! そこの君!」
どう心の熱を冷ましたものかと思案し始めた瞬間、声をかけられた。
すぐ近くから聞こえた為、足を止めてそちらに振り返ると自分に視線を向けている男がいた。
男はルークの顔を見て驚いたような表情をすると、小走りで駆け寄ってくる。
「やはりか! その特徴的な髪の色、もしやと思ったが!」
「…………お前、もしかしてリッターか?」
「うむ! 学院以来だな、ルークよ!」
そう言って、北セントリア修剣学院の高等錬士の制服に軽装鎧をつけた男は笑った。
名をリッター・ザードというその男に、ルークも親しげな笑みを浮かべる。
リッターは、まだルークが初等錬士だった頃に知り合った同級生だった。
とにかく力と知識をつけようと励んでいた当時、図書館で出会った事がきっかけ。
剣より学に全ての好奇心を捧げる彼はルーク以上の本の虫であり、よく居合わせることがあった。
座学の内容の理解に少し苦しんでいた折、リッターの方から話しかけてきた事が始まり。
最初こそ上から目線の語り方が鼻についたものの、真面目な気質なことを知って意気投合。
それから講義でも何かと話すようになって、共に勉学に精を出していたのである。
「驚いたぞ。まさかお前がこんなところにいるとはな」
「それは俺の台詞だよ、リッター。まさか人界軍の中に、お前がいるなんて……」
「うむ、知っての通り僕は弱い。しかし、色々とあってな……」
「色々?」
「端的に言うと、一番上の兄から兵役を押し付けられたのだよ。これでも四等爵家、貴族の義務からは逃れられない」
「それはまたひどい話だな……」
渋い顔をしてしまうと、まったくだとリッタも眼鏡の位置を直して嘆息する。
爵位が上位なほど、人格を構成する両親からの
四等ともなれば中級程度であり、その性質も強くなってくるのだが、リッターの兄はまさしくその典型例だった。
「君には昔話したが、全くうちの兄は二人とも馬鹿者でな。ろくに剣の鍛錬もせず、知恵を最低限以上に磨こうともしない。そのくせ貴族の誇りだけは一人前だと言うのだから、手に負えぬよ」
「保身に走った結果、三男のお前が身代わりにされた、と……なんというか、不憫だな」
「ふん、僕は剣士としては二流もいいところだ。戦場に出ては半刻も持たん。今は物資調達と管理の部門に身を置いている」
「懸命な判断だ。俺も数少ない友人に死なれるのは嫌だからな」
リッターはシャーリーやロニエ達のように、貴族でありながら好感を抱ける人物だった。
兄達の醜態を見て育った為か、下級貴族と近い価値観を養い、多少高圧的なことに慣れれば良き友人である。
様相からしても、きっちり整えた焦茶色の頭髪や伸びた背筋、理知的な顔つきには清廉さがあった。
もし上級修剣士になれなければ卒業後にうちの街へ来ないか、などと彼に誘われて曖昧に返事をしたのは、懐かしい思い出だ。
短くも楽しかった学院時代を思い出していると、不意にリッターが眉根を寄せた。
「そういえばルーク。君、罪人としてカセドラルに連行されたそうだな。何があった?」
「……まあ、色々とな。名誉の不名誉、ってやつか?」
「何だそれは?」
「俺が正しいと思ったことを貫いた。そういうことだよ」
「ふむ……正しいことを、か…………」
目を伏せて何事か思案を始めた学友に、少し不安になる。
ルークは一度たりともあの時のことを悔いてはいないが、他人がどう受け取るかは別問題。
長い間積み重ねられたアドミニストレータの支配によって、多くの人々は極端に法を破ることに否定的だ。
特に、この謹直さの塊のような男にどう判断されるかと様子を伺うが……
「そうか。ならば、僕は君のことを信じよう」
「……いいのか?」
「なんだ。やはり一方的に非道な行いをしたのか?」
「それは断じて違うと言い切れるが……」
「だったらそれでいいだろう。それに、君やあの二人組の傍付きが、どんなに悪し様に陰口を叩かれようと毅然としているのも見ていたしな。極悪人の側にいた人間が、あんな顔はすまい」
いっそあっけらかんとした程にそう言ってくれたリッターに、ルークは驚いた。
彼は、エルドリエやアリスのようにキリトに強い影響を受けるほど関わってはいない。
せいぜいがルークを介した学友という程度で、ほとんど会話をしていた覚えもなかった。
だというのに、その思考の柔軟性には目を見張るものがある。
「まあ、僕は最初から信じていたがね。君が理由もなく凶行に及ぶはずがないと」
如何なる原因によるものかと考えた矢先、少し視線を外して呟かれた言葉にハッとする。
(もしかして、俺と関わっていたから?)
キリトが現れたことで、自分が劇的な変化を始めたことは理解していた。
彼との二年以上に及ぶ交流はルークという知性に特別な刺激を与え、結果として
それは〝彼女〟や、このアンダーワールドを創造した神々が待ち望んだことだということも、今は知っている。
ではその自分が関わった他の知性には、キリトと接触した際に近似した影響が及ぶのではないか。
まさに今目の前にいる、リッターのように。
「ん? どうした、変に固まって。何か間違っていたか?」
「あっ……ああ。いや、そうじゃなくて。この半年色々と言われてきてさ。そういう反応はちょっと新鮮で」
「相変わらず変なやつだな。まあ、あれだ。僕と君は友人なんだから、信頼はするよ。一応ね」
「…………ありがとう、リッター」
「うむ。ではまたな。ここにいるということは、君も参戦するのだろう? せいぜい死ぬなよ」
そう言い残して、リッターは立ち去っていった。
彼の後ろ姿を見送りながら、ルークはふと真剣な面持ちとなる。
(…………今の俺が、これからアンダーワールドに与える影響。それはもしかしたら、竜の騎士であること以上の意味を持つのかもしれない)
まだ知らぬ、いつかの未来を想像しながら。
●◯●
紆余曲折を経て、やっと天幕まで戻ってくる。
運命的な再会が重なった為、一時間も経っていないのにようやくといった気持ちになる。
今度こそ二重の垂れ幕をどかし、しばしの我が家となるそこへ足を踏み入れた。
「へぇ……結構広いな」
内部は非常に暗い為、素早く神聖術を詠唱して光素を生み出す。
照らし出された天幕には、簡易ベッドが一つ、小さな丸机に椅子、床には真新しい羊革の敷物。
剣立てや木箱も設置されており、必要なものは全て揃えられているようだ。
「至れり尽くせりっていうところか……ん?」
興味深げに見渡していたところ、何やら布で覆い隠された大きな物体が一つ。
円錐型になった天井の中心に吊り下げられたランプに光素を定着させ、それに歩み寄る。
用心しながらそっと濃い青色の布に手をかけ、一息に取り払った。
「……鎧?」
隠されていたのは、整合騎士が身に纏うような全身鎧の一式。
光沢のある灰色に染め上げられたそれは美しくも力強く、高い防御力と天命を持っていることが一目でわかる。
肩当てから垂れ下がったきめ細やかな質感の布を留めるのは、四つの花弁を持つ花の意匠。
胸当ての部分には公理教会を示す聖十字ではなく、四聖竜と人界を示す紋章が示されていた。
素晴らしいその鎧に見惚れて、もう一度手を伸ばす。
胸当ての表面に指先を触れさせ、そのまま下へと伝わせながらじっくりと観察する。
そうすると、自分の体格にぴったりと合わせてあることを理解した。
「俺の為の鎧……でも誰が…………」
よもや、最高司祭カーディナルや騎士長ベルクーリはこんなものまで用意していたというのか。
だが、そうだとすれば何故紋章が四聖竜を示すものなのかと疑問を抱いていると、床へ広がった青布が目に入った。
「もしかして、ライオットか?」
口に出すと、急にそれが正解のような気がした。
このような最高級の防具を作る物質変換術を行使できるのは、竜騎士である彼だけだろう。
「ったく。何から何まで世話になりっぱなしだ」
自然と笑みを零しながら、布を拾い上げて丁寧に畳み、鎧の足元に置いておく。
(いつか、恩返しをしよう。あの時止めてくれたことも含めて)
天幕内の確認を終え、さてどうしたものかと思案する。
一度カーディナル達のところへ行くことも考えたが、思った以上に体が重い。
慣れぬ空の旅と、イーディスの件もあってそれなりに疲れているらしい。
「一眠りしておくのも手、か……」
自然とベッドへ目線が吸い寄せられ、ルークは腰から《白竜の剣》を外した。
剣立てに納め、ベッドに腰掛けた途端にどっと脱力感が解放される。
大きく息を吐き出すと、無事に到着できたことへの安堵が改めて湧いてきた。
そのまま横になろうとした時、ちりんと音が響く。
閉じかけていた目を開けて天幕の中を見渡すが、誰もいない。
「あ、呼び鈴か」
そこでようやく、入り口につけられた鈴の説明を思い出した。
ルークは一念発起して立ち上がり、来客を待たせぬよう速やかに入り口の垂れ幕を上げる。
すると、いたのは制服に軽装鎧を着た小柄な少女だった。
「…………先輩」
「リィ? 急にどうしたんだ?」
「お夕飯。持ってきました」
そう言って彼女が掲げたのは、蓋付きの小さな鍋。肘の所には質素な布がかけられたバスケットも下げている。
気がつけば随分と外は暗くなっており、もう夜のとばりが落ち始めているといって良い頃だ。
「シチューと、パンと、飲み物」
「持ってきてくれたのか。わざわざありがとう」
「ん」
短く答えたシャーリーに、ふとルークは眉を顰める。
自分を見上げてくる紫色の瞳を覗き込むようにして、何かを確かめた。
「……シャーリー、何かあったか?」
「……っ…………何で?」
「いや、何だかいつもより元気がないから。もしかして俺のことで、誰かに何か言われたか?」
口にするとややこしい事になるので控えたが、心の〝音〟も少し弱々しい。
到着したあの時は以前より遥かに強い〝音〟だったので、殊更に気になってしまう。
そんなルークから表情を隠すように、シャーリーはその場で俯いてしまう。
「…………大丈夫。問題ない」
「そうか? もし困った事があったら言ってくれ。ちゃんと相談に乗るから」
「……………………ん」
「あっ、ごめん。夕食だよな。受け取るよ」
両手を伸ばして鍋を取ろうとすると、指の中からすり抜けていった。
一歩後ろに下がったシャーリーに、ルークは不思議そうな顔をする。
「……やっぱり、少し話したい。中に、入っていいですか」
「あ、ああ。勿論」
どこか異様な彼女の雰囲気に気圧されて、しどろもどろになりながら垂れ幕を横へずらす。
地面を見たまま、シャーリーは天幕の中へと入っていった。
ルークも後を追いかけ、机の上に鍋とバスケットを置く小さな背中を見つける。
「…………ここで、いいですか」
「ありがとう」
やはり、何かがおかしい。
数時間前とはまるで違う様子から異変を察したルークは、嫌な胸騒ぎを感じた。
このままでは取り返しのつかない事が起こる。直感したルークは、反射的に言葉を紡いでいた。
「そういえば、驚いたよ。前とは少し見違えて……」
「──先輩」
……だが、それはあまりに遅すぎた。
ルークが何かをすべきだったとすれば、それは彼女が現れた瞬間だった。
得体の知れない迫力を内包する言葉に口を噤むと、振り返ったシャーリーは。
「先輩は…………あの騎士様のことが、好きなんですか」
どこか、深く沈み込んだ昏い瞳でルークを見つめてきた。
●◯●
ちりん、と鈴が鳴る。
キリトの様子を見ていたアリスは、顔を上げて入り口に目をやった。
「日に二度も来客とは……今度こそエルドリエでも来たのかしら?」
夕暮れにある少女達がやってきたことを思い出し、車椅子から離れる。
時間が時間なので用心しつつも、垂れ幕を上げれば……そこにはルークがいた。
「兄さん? こんな時間にどうしたのです?」
「よっ、アリス。ちょっとキリト達の様子を見に来た」
「ああ、そうですか。ではどうぞ」
一言断ってから、彼はアリスが支える垂れ幕を潜って中に入る。
アリスも戻る。そしてキリトの前に座り込んだルークを見た。
「よう、キリト、ユージオ。長旅ご苦労さん。疲れただろ、今日はゆっくり眠れそうだな」
アリスが知る中でも、格段に優しさに満ちた声音。
その横顔は慈愛に満ちている。復活してからいつも、ルークはこんな顔で彼らに語りかけていた。
だが、いつもより少しだけ影が差しているように見えるのは、ランプが天幕の中に作り出す陰影のせいか。
「あ…………」
一方、彼に左手を握られたキリトは少しだけ俯かせた顔を上げて反応した。
半年世話をしたアリスにさえついぞ引き出せなかったが、帰ってきたルークには即座に反応したのだ。
それは、片腕と共に彼が心を失った理由である親友が、生きてそこにいることを感じ取っているようで。
「あ……ぁ…………」
「そうか、晩飯は美味かったか。お前は食いしん坊だからな、アリスがたくさん食べさせるのに疲れたんじゃないか?」
「ちょっと、ルーク兄さん」
「悪い、冗談だ」
軽口を叩いた兄に嘆息していると、次にルークはキリトの手の中を見る。
車椅子の上で動かないキリトが、今も抱えているふた振りの剣。
未だ名を持たぬ黒き剣と……ユージオの魂が眠る、青薔薇と金薔薇の剣。
そのうちの一方、《青金薔薇の剣》に触れたルークは、そっと瞼を閉じて語りかける。
「ユージオ。今日も、キリトの側に居てくれてありがとう。俺の代わりにこのお転婆野郎を見守っててくれ」
懺悔するような、また、絶対の信頼をも内包しているように聞こえる言葉。
じっとそれを聞きながら、アリスはふとカーディナルに聞いた話を思い出した。
(ユージオは今、《青薔薇の剣》と融合することで少しずつ治癒している。そんな神の如き業、バルド殿以外には決して実現しなかったでしょう)
かつての
どんな夢を見ているのだろう。かつての〝アリス〟と、泡沫の世界で幸せに暮らしているのか。
心意を自在に、それこそベルクーリ達よりも十全に操る彼の言葉は、ユージオに届いているだろうか?
「……夕方に、学院の子達が来ました。キリトとユージオの、後輩だった少女達です」
「ロニエとティーゼもいたのか。彼女達は、どんな風に?」
「涙を流していました。傷ついた二人を見て嗚咽し、悲しんで……彼女達からは、強い愛を感じました」
「そうだな。あの子達は、キリトとユージオに憧れていたから……」
「…………?」
少し引っかかる部分はあるものの、アリスは小さく首肯する。
ロニエ達の涙が、キリトらが学院でどのように過ごしていたのかを雄弁に伝えてくれた。
きっと、カセドラルの外壁で自分に何度もバカと言って説得したように、誰より自由に生きていたのだろう。
セルカやルークの想い出話によれば優しく付き合いの良いユージオも、そんなキリトに振り回され、二人で騒ぎを起こしていたに違いない。
そんな二人をいつもうまく扱って、貴族達の悪意からはルークが守っていたのだ。
「……ルーク兄さん。私達は、彼らが目を覚ますきっかけがあるのではとここに連れてきました」
「…………ああ、そうだな」
「貴方がお母様や、村の皆の危機を前に蘇ったように。だけど、彼女達を見て……」
「不安になったのか?」
胸中を言い当てられ、一瞬言葉を詰まらせるも頷く。
「……私は怖いのです。具体的にどうするかもわからないまま、こんな危険な場所に二人を引っ張り出して、なのにどうにかなるという確信だけがある」
「…………帰ってくるさ。あいつらは、そういう男だよ」
「ええ、そうなのでしょうね……でも、だからこそ分からなくなる」
ロニエとティーゼには、勇敢な二人の意思を継いで人界軍に参加するほどの強い思いがあった。
ルークと彼らの間にも、血の繋がった家族よりも濃い、確固たる繋がりが存在している。
各々が彼らとの絆を胸に抱き、ここに立つ中で──では、自分は?
「私は、彼らと長く関わったわけではない。貴方達のような、無二の繋がりがない。だって私は……」
今ここにいるアリス・シンセシス・サーティという存在は、偽物なのだから。
本来彼らと友情を結んだアリス・ツーベルクの体を不当に占拠して、好き勝手している。
(それなのに、彼らを……キリトを待ち焦がれるこの気持ちは、何?)
人界の為に戦う以外の意思を持つことは許されないはずの心に宿る、淡い熱。
その正体がわからなくて、まだ知りたくなくて……だから、とても怖かった。
「…………心って、不思議だよな」
けれど、彼なら、いつも行く道を照らしてくれた兄ならば、答えを持つのではないか。
そんな風に思ったアリスの言葉を、ルークの沈んだ声が押しとどめてしまった。
「いつだって一つの想いじゃ纏まらない。大切なものがたくさん混じり合って、そのどれもを手放したくないと抱え込んでしまう」
「…………兄さん?」
「──俺さ。イーディスに〝君に恋してる〟って言ったんだ」
瞬間、凄まじい衝撃が心を突き抜けた。
思わずその場で尻餅をついてしまいそうな程の驚愕に、アリスは硬直する。
返事を待っているのか、ルークが黙ったことで数秒間の沈黙が生まれた。
「──っ!!? イーディス殿に想いを伝えた!? ルーク兄さんが!? い、いつですか!?」
それによってどうにか正気に返った彼女は、荒々しい足取りで詰め寄る。
「彼女が偵察任務から帰ってきて、すぐ。幸い保留にしてもらえたよ」
「で、ですが! 兄さんがイーディス殿と交流したのはカセドラルで僅かな間のはず! いつの間にそのような心境に!?」
次々に言いたいことが星のように浮かんでくるが、兎にも角にも思ったままに口にした。
兄のように思っている幼馴染と、姉のように接してくれた同輩の急接近に心穏やかではいられない。
「実は最初に出会った時から。彼女の心の在り方を知って、人生で初めて〝この人と生涯を共にしたい〟って思ったよ」
「な、なるほど……あの時もう既に…………」
熱烈な言葉の数々に、アリスはなんだか動悸が激しくなってきた。
これは応援すべきか、否、そのような情勢ではないと諌めるべきか。
悶々と巡り続けるアリスの思考に楔を打つかのように、ルークは「でも」と続ける。
「俺は新しい大切なものを手に入れるのと同時に、多分失っていたんだ」
「失っていた、とは……?」
「…………リィさ」
重々しく告げられたその名前が、最初誰のものかアリスは分からなかった。
しかし、あの日ルークに剣を届けに来た、今日力強い抱擁を交わしていた少女だと思い出す。
同時に……連行する際、彼女がルークに行ったことをも。
「俺はイーディスが好きだ。一緒にいた時間の長さなんて関係なく、本気で愛しいと思った」
「……しかし、あの時彼女は…………」
「……実は、話しているところを見ていたらしくてさ。さっき晩飯を持ってきてくれた時に問い詰められた」
「それは……」
「多分、想像している通りだよ」
色恋沙汰に疎いアリスでも容易に想像できる。それは恐ろしい空気となったのだろう。
連行した際の二人のやり取りはよく覚えているので、殊更に表情が引き攣る。
ここに来た時表情が暗いように見えた原因はそれかと、今頃納得した。
「俺は彼女に、イーディスと共に生きたいと打ち明けた。でも…………」
「もしや、あの子の想いに答えを返さなかったのですか?」
「言おうとはした。だけどその瞬間、前にリィを傷つけた時のことが思い浮かんで……」
また同じ顔をさせるのか。そう思った瞬間、ルークの口は糸で縫い付けたように動かなくなり。
これ以上自分にシャーリーを傷つける権利はないと……しかし、そうやって戒めたのが間違いだった。
「彼女は俺の前から去った。多分、今頃泣かせてしまっていると思う」
「…………どうするつもりなのです。人の心を悪戯に引き裂いたままにする事は、たとえ兄さんだろうと許しませんよ」
「当たり前だ。必ず決着はつける。…………この矛盾しきった心に、折り合いがついたらな」
伝えなくてはならないという決意と、傷つけたくないという恐れ。
決して互いに劣らぬその思いがルークの心を締め上げ、今もジクジクと胸が痛む。
「答えは知っている。もう決まっているはずなのに、心はバラバラの方向に向いてる……本当、厄介な代物だ」
そう言ってぼんやりと天井を見上げるルークに、アリスはハッとした。
(私はどうして、この人が完全完璧な英雄だなどと思っていたのだろう?)
彼もまた、己の想いに苦しむ一人であったのに。
どれだけ凄まじい力を手に入れ、大人びて見えようが、その心は十九歳の青年なのだ。
そのことをよく知っていたはずなのに、いつの間にか盲目的に彼の優しさを頼ろうとしていた。
「なあ、アリス。答えを出さなくちゃいけないんだ。俺も、お前も」
「…………はい」
「それがどんなに怖くて、未来がどう変わるのか不安でも……それでも、俺たちは」
進まなくちゃいけないんだ、という一言が、アリスの胸に強く染み渡っていった。
読んでいただき、ありがとうございます。
複雑な心境が絡み合っていきますね。