ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
今年ももう最後の月に入りましたね……あっという間です。
さて、今回も新しいキャラクター参入。
楽しんでいただけると嬉しいです。
翌朝、ルークは妙な感覚に誘われて目を覚ました。
「ん……」
ベッドから体を起こし、軽く頭を振って眠気を払う。
ある程度意識が明瞭になってくると、入り口の方へ訝しげな目を向けた。
「何か、騒がしい……?」
天幕の外から、昨日野営地についた時とは違う騒々しさが聞こえてくる。
聞こえる〝音〟は一様に不安定なものになっていて、大勢が困惑しているのが感じ取れた。
体感と室内を包む冷たい空気から、時刻はまだ早朝であろう。こんな時間から何事かと首をかしげる。
「確かめに行くか……」
原因を探りに行く為、ルークはベッドから出た。
神聖術で生み出した水素で顔を洗い、寝間着を以前カセドラルで入手したものに着替える。
復活と共に修復されていた長衣を羽織り、腰に《白竜の剣》を差すと天幕を後にした。
外に出た途端、分厚い幕で遮られていた喧騒が一気に増大。
僅かに残っていた気怠さを吹き飛ばすには十分なそれに、思わず顔を顰める。
しかし、次々に何処かへ走り去っていく人々の切羽詰まったような表情ですぐに異変を察知した。
「ルーク! 起きたのか!」
「リッター」
偶然目の前を通りがかった学友は、まさに必死といった表情で口早にまくし立てた。
「何があった?」
「なんでも、
「竜が?」
「ああ、警戒して騎士様達が集結している! 君も来た方がいいんじゃないかな!」
「あ、ああ」
竜と聞いて、何か自分と無関係ではないような予感を感じながらも頷く。
そうして、恐怖と好奇心が半分ずつ同居したような目のリッターと一緒に現場へと急行した。
肉体面では比較的貧弱な学友を気遣いながら、広い野営地の中を走ること十分。
竜が集まっているという場所に到着すると、そこには既に大勢が集まっていた。
まるで昨日の焼き直しをするように、何重もの人垣ができて行く手を塞いでいる。
「すまん! 通してくれるか!」
神聖術で飛んでもよいが、これ以上混乱を強める可能性を危惧して大声を上げる。
近くにいた数人が胡乱げな眼差しで振り返るが、ルークだと分かると驚いて道を開けた。
そんな仲間に気がついて他の者が振り向き、またルークの存在を認知して引き下がっていく。
一連の流れが幾度も起こり、結果的に最前列まで一直線に道が出来上がってしまった。
「ど、どういうことだこれは? ルーク、君は一体彼らに何をしたんだい?」
「何って……ああ。昨日あの場にいなかったんだな、お前」
疑問符を浮かべるリッターに苦笑しながら、ありがたくその道を通らせてもらう。
一応ついてきた彼と共にいよいよ丘の上に到着すれば、そこにはアリス達がいた。
「アリス! ライオットも!」
「兄さん!」
「やっと起きてきやがったか」
ひとまず近くにいた二人に声をかければ、彼女達は既に完全武装状態だった。
すぐ側にはカーディナルと、ベルクーリを筆頭にした他の整合騎士も集合している。
皆、これ以上ないほど真剣な眼差しで丘の下の河川をじっと監視していた。
「キリトは?」
「天幕に置いてきました。スワロウ殿がついてくれています。竜達の前に連れてくるよりかは安全でしょう」
「そうだな。で……」
彼らが見ているものへ、ルークも視線を投じる。
そこには、夥しい数の飛竜が密集していた。
数頭などという生易しいものではない。目に見えるだけでも百以上、空に滞空するものを含めれば数百にも及んだ。
種類も豊かであり、騎士達の駆る種族だけでなく全く異なる見た目の竜も渾然一体となっている。
その為非常騒がしいことになっており、中には喧嘩をする個体もいるようだが概ね大人しかった。
おそらくは、彼らの中心に鎮座する、ひときわ巨大で立派な竜が理由なのだろう。
しかし、竜など騎士達の従えるもの以外見たこともない兵士達の間には不安が立ち込めている。
「あれは、西帝国の竜の巣の主……どうしてここへ?」
「西帝国のだけじゃねえ、こりゃ人界中の竜が集まってやがるな。ライオット、お前が呼んだのか?」
「冗談よしてくださいよ団長。それができるならルーリッドから帰還した時に連れてきてる」
「……当然、我でもない」
即座に否定したライオットとバルドに、ふむとベルクーリが唸る。
そして、最後にこの場へやってきたルークに顔を向けるのはある意味自然な流れだった。
「とすると、お前さんか? 坊主」
「たぶん違う、と思いますが……」
断言できなかったのは、目覚めた時に感じた妙な予感が原因か。
実は今この瞬間も、あの竜達を見て胸の中に不思議な疼きが存在しているのだ。
そんな彼らに答えをもたらしたのは、他でもない竜達だった。
話し声が聞こえていたのか、何体かの竜が丘の上へと視線を向ける。
そしてルークを捉えた瞬間──一斉に空に向けて咆哮を上げた。
まるで何かを知らしめるかのようなそれは他の竜にも伝播し、次々とルークを見つけて声を上げる。
極めつきには、主がゆっくりと翡翠の瞳をルークへと定めたではないか。
「これは……!?」
「どうやらお前をご所望らしいな、坊主」
「……みたいですね。行ってきます」
「気をつけろよ、兄弟」
「兄さん、どうか油断しないように」
ライオット達に一つ頷いて、何が何だかわからず立ち往生しているリッターのことを任せる。
素早く式句を唱え、空中飛行の神聖術を発動させると一人で竜達の元へと降りていった。
音もなく空へと浮かんだルークを見て、兵士達が大きくざわめく。
未だにその力を疑問視していた騎士達も、最高司祭にのみ許されたはずの術を行使する姿に唖然とした。
大勢の視線を背に受けて、竜達の目をも一身に集めたルークは、少し迷った末に主の前へと降り立つ。
「……お前が、竜達の主か?」
「………………」
数メルも上方から、湖のように凪いだ瞳が睥睨する。
その目を見上げたルークは、間近に見る主の美しさに心の内で感嘆のため息を吐いた。
(なんて綺麗な竜だ)
すらりと流線的な体躯は周囲の竜達と比べても一線を画して大きく、十分な迫力がある。
限りなく白に近い淡青色の鱗は光沢を帯び、端正と言える顔立ちには気品さえあった。
それとは裏腹に、鋭い形状の角や前肢と一体化した翼の雄々しさ、揺れる尾の太さは別格。
心意の力強さもまた、四聖竜を除けばなるほど竜の頂点に君臨するに相応しいもの。
「お前達は、どうしてこんなところに? 俺に何か伝えたいのか?」
重ねて問い掛ければ、主は僅かに口蓋を開いた。
──ィイイン。
刹那、馴染み深い音が耳の奥で反響する。
そして次の瞬間起きたことに、ルークは心から驚愕することになる。
《貴殿が、新しい白き竜……聖なる守護者ですか》
心の中に響く、艶やかな女性の声。
深い知性と落ち着きを感じさせる声に、数秒ほど理解が追いつかずにその場で立ち尽くす。
しばらくして、ハッと目の前の主を食い入るように見つめた。
「……もしかして、お前が話しているのか?」
《聖竜様には遠く及びませぬが、ワタクシも百の齢を重ねている身。人の言葉を解しております》
おそらくはグウィバーの力で通じているのだろう、主の心の声。
アリスと雨縁の様子から意思疎通が可能なことは分かっていたが、ここまで明瞭なものともなると驚嘆するばかりだ。
その感情は意思を介して向こうにも伝わっているのか、主の顔が僅かに綻んだように思えた。
《ご降臨より数日、その存在を常に感じておりましたが、浮き立つ同胞らを纏めあげるのに時間を要しました。ご挨拶が遅れたこと、お詫び申し上げます》
「挨拶って、一体何のこと……」
予想外の事態に動揺するばかりのルークを前に、主は薄く目を閉じ。
そして、優雅な動きで頭を下げた。
前肢の鉤爪を合わせ、長い首を曲げて自分の前に立つたった一人の人間に平伏する。
それを見た他の竜達も、彼らに近いものから外に広がるようにして鼻先を地面に擦り付けたではないか。
空の者達も一様に頭を下げ、圧巻の光景はさながら空想小説に描かれる神話の光景のよう。
「なっ……!?」
《我らが王、新たなる竜神よ。この女王クィーニ、貴方様に
「俺が、王だって……!?」
《ワタクシの配下三百、そして各地より謁見に駆けつけた同胞六百余り。全て、貴方様の忠実なる
あらゆる竜の意思を代弁し、王竜クィーニは偽りなき心意を捧げる。
周囲の竜達から感じる本能的な意思も、揃って純粋な畏敬の念を送ってきた。
王などと呼ばれたことがあるはずもないルークは、それに狼狽えるばかり。
誰しもが、それを目撃した。
人界において権威と力の象徴たる整合騎士が操り、あらゆる生物に勝る最強種たる竜。
彼らでさえ調教の末に心を通わせる無敵の怪物達が、あの少年一人に絶対の忠義を誓ったのだ。
今の彼を知らぬリッターが、一夜明けてなお疑問視していた兵士達が、そして誉れ高き騎士達が。
皆が一様に悟った。あそこにいるのは紛れもなく人界の希望、その一人なのだと。
「へぇ。こいつは面白いことになった」
「思わぬところで強力な助力が得られたの」
「ハッ。流石は俺の好敵手、これくらい派手に度肝を抜いてくれなきゃな」
「……ライオット殿、やけに嬉しそうですね?」
予想だにしない戦力の参入に、最高指揮官たるカーディナルとベルクーリが笑う。
皆の反応を見て得意げに胸を張ったライオットの隣で、呆れたようにアリスが半目になった。
「………………」
一方、彼らから少し離れた場所で様子を見ていた騎士が一人。
イーディスは、竜達の心を一身に引きつける彼の姿に、どこかぼうっとした気持ちでいた。
「何よ……また凄い所、見せつけてくれちゃって」
頬が少し熱い。胸当てに乗せた手へ、自分の鼓動が脈打つ音が伝わってくる。
正体がわからないその感覚の中で、どうすればいいのかわからずに困った顔をする彼を見つめて。
何故か、その慌てふためく様子にさえ強く心臓が跳ねた気がした。
「い、いや、急に王だなんて言われても……俺は大切な人達を守る為に、この力を手に入れただけなんだ」
《それで良いのです。竜とは己が欲を何より優先するもの。あるがままの貴方様に、ワタクシ達は付いてゆきましょう》
面を上げたクィーニが唸れば、同意するかのように他の竜も嘶く。
本気で言っているのだと理解して、ルークは難しい顔をした。
彼女の言葉が聞こえている訳ではないが、竜達はどのように対応するのか皆が固唾を飲んで見守る。
しばしの間黙考したルークは、ゆっくりと口を開いた。
「……こうして出会ったばかりの君達に、俺の都合で命を賭けろと無責任なことは言えない。それは、俺の誇りが許さない」
彼の言葉から竜が参戦の申し出をしていたと理解した途端、ざわめく観衆。
ダークテリトリーとの絶望的な戦力差の中、折角これ以上ないほどの戦力が手に入るというのに。
むざむざそれを手放すような所業に一部の者が声を荒げようとしたが、立ち上った二つの覇気に即座に飲み込んだ。
「「黙って見ていろ」」
最強の騎士達から揃えて告げられた制止──否、命令に、全員が口を噤む。
一括したベルクーリとバルドは、目線を交わすとルークに意識を戻した。
《では、ワタクシ達の力はいらぬと?》
「いや。そこまで自惚れるほど愚かでもないつもりだ。だから、一つ約束してほしい」
そう言って、ルークが右手を伸ばす。
不思議そうに目を細めたクィーニを前に、彼はその場の全ての竜へ宣言した。
「君達が俺に力を貸してくれるというのなら、それはもう共に戦う人界の仲間だ。つまり、
だから、とルークは不敵に笑って。
「俺が出来うる全ての方法で、一体でも多く君達を守る。こんな小僧を王と呼んでくれる以上、グウィバーの名に誓って守護してみせるよ」
《…………!》
「クィーニ。俺の為じゃない。君達の未来を掴む為に、共に戦ってくれないか?」
寄り添うような笑みでルークが言い切った時、静寂が訪れた。
詭弁だ、と誰もが思った。
どれだけ言葉を変えても、竜達をダークテリトリーの軍勢と戦わせるという本質は変わらない。
珍妙なことを、と一笑に伏す者がいた。呆れる者も、折角の希望がと悲嘆に暮れる者もいた。
「大した弁舌じゃの」
「ああ、だが……」
だからこそ。
「──その詭弁を貫く者こそが、担い手たりうるのだ」
目を見開いていたクィーニが、再びルークの前に頭を伏せたことに、息を呑んだ。
唖然とする彼らを嘲笑うかのように、兜の下でバルドは薄く笑う。
そんな彼の心には、溢れんばかりに息子を誇らしく思う気持ちがあった。
《謝罪いたします。貴方様を試すような真似をしてしまいました》
「いいさ。貴女も竜達の命を預かる身、警戒して当然だ」
クィーニの鼻先に触れて、ルークは快活に笑ってみせる。
「俺を助けてくれるか、竜の女王クィーニ」
《──御意。冥府の底までもお側に、我が王よ》
彼女が答えた瞬間、周囲の竜達が一斉に甲高い鳴き声を上げた。
まるで彼らの協定を祝福するかのように上機嫌なそれに、ほっと野営地の面々は安堵する。
ともすれば竜達の機嫌を損ね、ダークテリトリーとの開戦前に壊滅する可能性もあったのだ。
張り詰めていた空気が弛緩していく中で、クィーニは至近距離からルークを見て目を弓形に細めた。
《しかし、残念です。御身が真に竜となられていたのであれば、ご寵愛を賜りたかった》
「は?」
そして、心の内でそんなことを言いながらルークの頬をひと舐めした。
騎士達が息を呑む。それは飛竜が番となる相手にする、最上級の求愛行動だったのである。
「………………」
「い、イーディス殿? その、顔が些か……」
「何か言ったかしら、エルドリエ?」
「い、いえ、なんでもっ!」
凍てついた雰囲気を纏い、妙に迫力のある笑顔を作るイーディスにエルドリエは引き下がった。
当の本人も、何故自分が
できないのだが、頬をルークに擦り付けるクィーニを見ていると妙に不快だった。
「…………先輩」
「シャーリー、大丈夫?」
「たくさん人がいるし、気分が悪くなったらすぐに言ってね」
「……うん」
喧騒に包まれる観衆の中で、一人の少女が友人に寄り添われ、ぽつりと呟くも周囲の声にかき消される。
──ほう。妾の伴侶が宿る男に言い寄ろうとは、あの小娘良い度胸じゃな
「うおっ!? いきなりなんだ!?」
突然激しく震え始めた琴剣に、ライオットが声を上げている。
彼方も此方も尋常でない雰囲気に、カーディナル達が何とも言えぬ苦笑を見せ合った。
「ちょっ、俺普通に恋愛対象は人間だから。それに今、好きな人がいるんだよ」
《ええ、ですので諦めましょう。代わりに、これからはワタクシにお乗りください。貴方様であればどこまでもお連れいたします》
「わ、分かった。そっちはありがたく好意を受け取っておく」
《ふふふ。末長くよろしくお願いします、我が王》
そんな混沌とした空気などつゆ知らず、ルークはクィーニに気圧されるのだった。
嫉妬したり、心苦しがったり。
読んでいただき、ありがとうございます。
あと三話ほどで序章は終わると思います。