ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜   作:熊0803

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今回は二場面でお送りします。

楽しんでいただけると嬉しいです。


心を一歩、踏み出して

 

 

 

 

「軍議は午後から、か……」

 

 カーディナルら竜の群れについての相談を終え、野営地の中を闊歩する。

 

 クィーニ達はルークが責任を預かるところとなった。現在は、草原の空き地へ移動している。

 

 数が数だけに、騎士達が総動員しても抗することは困難な存在だ。その重大性は極めて大きい。

 

 そして、彼女達を新たに戦力として含めた開戦後についての作戦会議にルークは招集されている。

 

 

 

(現在は午前九時十七分。軍議の開始が午後六時。しばらく時間があるな)

 

 

 

《東の大門》の崩壊まであと四日。できる限りのことをしておかなくてはならない。

 

 物資の備蓄や、他の兵士の練度の確認がまず頭に浮かんだが、おそらく会議で詳細な情報は開示される。

 

 ならばもう一度、キリトの様子を見にアリスの所へ行くか。スワロウの診断も聞いておきたかった。

 

 より綿密な協調を図る為、クィーニや他の竜との対話も早急に対応すべき事の一つだ。

 

「いや……」

 

 ふと、一人の少女の顔が思い浮かんだ。

 

 シャーリー。未だに彼女との軋轢を解消できていない。

 

 目覚めて早々に衝撃的な事態となったことで頭から飛んでいたが、元よりの最優先事項はそれだった。

 

 

 

(開戦が近づくにつれ、状況は切迫する。話をするとすれば、今日しかない)

 

 

 

 数秒のうちに思考を纏め上げ、結論を出すと早速足の向きを変える。

 

 誰かに志願兵の天幕の場所を聞こうとした時、後ろから肩を叩かれた。

 

「どうした、何か困り事か?」

「ライオット。丁度良かった、聞きたいことが……」

 

 聞こえた戦友の声に振り返ると、言いかけていた言葉が尻すぼみに消えていった。

 

 そして、不思議そうに首をかしげるライオットの隣に目線をやる。

 

 

 

 

 

 彼の隣には、女神アドミニストレータの再来かと見紛うような絶世の美女が並んでいた。

 

 170セルチを超える長身は抜群の輪郭を描き、それを包み隠すのは東帝国風のやや扇情的な衣装。

 

 切れ長の蒼い瞳には圧倒的な覇気が満ちており、同じ色の紅が塗られた唇や、筋の通った高い鼻も整っている。

 

 だが何よりも目を惹かれたのは、彼女の目尻や肌に浮かぶ()()()()と、額から後ろへ伸びた一対の角だった。

 

「……ライオット、その女性は?」

 

 明らかに人ではない容姿をしていることから、少し警戒しつつも問いかける。

 

 それで得心がいったライオットは、一つ頷いて親指で女性を指し示した。

 

「紹介する。こいつが俺の神器に宿る蒼き大竜。レヴィアだ」

「彼女が、竜……?」

「この姿は心意の力で人に近いものに変じた姿なんだよ」

「然り。妾達は既に魂だけの存在。姿形なぞ意想次第で思うがままよ」

 

 初めて口を開いて紡がれた声も、また美麗。

 

 それでありながら無二の貫禄を感じさせる声音と、圧倒的な〝音〟に彼女が竜であるという確信を得る。

 

 グウィバーの生前の姿をそのまま作り出すこともままならぬ自分では、同じ芸当は不可能だろう。

 

「こうして言葉を交わすのは初めてじゃな、(わっぱ)。その節は我が伴侶が迷惑をかけた」

「あれは必要な事だったと今では思ってる。だから、もう何も思うところはないよ」

「……ふ。良い目をする。あの戯け者には勿体無いほどじゃな」

 

 即座に言い返すことに感心を唆られたか、レヴィアが薄く笑った。

 

 それさえも妖艶で、イーディスに心を定めたルークでも胸が高鳴る。

 

 

 

 

 

 ふむ、と呟いたレヴィアは、一歩踏み込むとルークをよく観察する。

 

 まるで品定めをしているように全身へ向かう視線に、無意識に背筋が伸びてしまう。

 

 最後に、もう一度瞳を覗き込まれ……満足げに笑った彼女は身を引いた。

 

(こころ)も澄んだ色だのう。彼奴が気にいるのもようわかる」

「あ、ありがとう……?」

「だが、少々実直すぎるきらいがあるの。これでは女子(おなご)は泣くじゃろうて」

「え」

「うむ、女難が降り注ぐかもしれぬの。故にこそ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃろう?」

 

 突然、柔らかな言葉の裏側に冷たいものが入り混じる。

 

 瞬時に体の芯まで凍りつきそうな声音に肩を震わせると、彼女は《白竜の剣》に目をやった。

 

「聞こえておるのだろう、馬鹿亭主。話がある、出てこい」

「出てこいって、まさか……」

 

 

 

 ──お前に命じられては、仕方があるまい

 

 

 

 脳裏に響く声。直後、《白竜の剣》が輝きを放つ。

 

 野営地のど真ん中で出現するつもりかと目を剥くが、予想に反して放出した粒子は少なかった。

 

 燐光はルークの隣に螺旋を描き、人型に固まってその形を得ていく。

 

 数秒の後、竜を彷彿とさせる兜と純白の全身鎧に身を包んだ偉丈夫が姿を現した。

 

「……ふむ。今の我が担い手の心意では、この程度が限度か」

「お前、グウィバーか!?」

「うむ」

 

 鷹揚に頷いた白鎧──人に近い姿を形作ったグウィバーは、レヴィアへと向き直る。

 

「して、我が妻よ。我に用向きがあるそうだな」

「……用向きがあるか、じゃと?」

 

 何やら得体の知れぬ鬼気を立ち上らせたレヴィアに、ルークの全身が総毛立つ。

 

 笑いながら怒る、という顔を蘇ってから何度も目にしたが、これほど恐ろしいものはなかった。

 

「貴様。肉体を失って幾星霜、再び(まみ)えた己が妻に対する言葉がそれか? 戯れておるのなら八つ裂きにするぞ」

「……承知した。心して話をしよう」

 

 本気でそうすると分かる凄みの効いた脅しに、重々しくグウィバーが頷く。

 

 一切口を挟めない雰囲気に黙り込んでいたが、少々不安げに半身を見た。

 

「担い手よ。お前はお前のすべき事をせよ。我は少々、時間がかかる」

「あ、ああ。その……頑張れよ?」

「うむ」

「そういうことじゃ。少し暇をもらうぞ、主」

「おう。好きにやれや」

 

 そうして、二人の竜人は何処かへと並んで歩き去っていった。

 

 堂々と伸びたグウィバーの背中は、どこか哀愁を漂わせているように見えたのだった。

 

「で。何か聞きたいことがあるんじゃなかったか?」

「あ、そうだ。学院からの志願兵が暮らしてる天幕ってどこにある?」

「それなら北区画の共用天幕だ。誰に会いにいくかは知らんが、後は行けばお前なら見つけられるだろ?」

「ありがとう、助かった」

「おう」

 

 気前の良い笑顔で頷いたライオットは、それから少し暇を意地悪い表情をした。

 

「まあ、レヴィアの台詞でなんとなく分かってるけどな。せいぜい後悔を残さねえようにしろよ」

「分かってる。アドバイスどうも」

「じゃ、また後でな」

 

 ひらひらと手を振っていくライオットを見送り、ルークは北の方を見る。

 

 決意を秘めた表情で、シャーリーがいるだろう天幕を探しにいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルーク先輩、凄かったね……」

「そうね。アリス様から聞いてはいたけど、まさかあんな力を手にしていたなんて……」

 

 共用天幕の中で、ロニエとティーゼは言葉を交わす。

 

 学生の身でありながら人界防衛軍に志願し、現在は補給部隊に所属している彼女達。

 

 つい今朝方見た光景は、彼女達の瞼の裏に焼き付いている。

 

「私、竜の大群を見て震え上がっちゃった……これから侵攻してくるダークテリトリーの軍勢には、竜に乗る騎士もいるって話なのに」

「仕方がないよ。だってあれは……どう考えても、別格だもん」

「…………そう。先輩は、特別。私達なんか、遠く及ばないくらい」

 

 そこに、一つの囁きが差し込まれた。

 

 二人は、一番左端のベッドで体を丸めた〝彼女〟に視線を投じる。

 

 ランプが作り出す影に溶け込むような彼女は、両手で抱えた膝に顔を埋めていて。

 

「シャーリー……」

「……昨日の事、まだ気にしてるの?」

 

 ロニエは隣へ、ティーゼは正面に立ち、問いかける。

 

 微動だにしないシャーリーだったが、その無言が肯定しているようなものだった。

 

 これでも、止めどなく嗚咽を漏らしていた昨晩よりはずっと回復している状態なのだ。

 

 しかし、ルークと竜達のやりとりを見てからというもの、打ちのめされように一層塞ぎ込んでしまっている。

 

「……私は、先輩を好きになっちゃいけなかった。あんなに凄い人が、振り向いてくれるわけがなかった」

「そ、そんな事ないよ! シャーリー、凄く頑張ってたじゃない! 学院じゃ、もう誰も敵わなくなってたし……」

「何もルーク先輩は、シャーリーのことが嫌いになった訳じゃないでしょう? ただ……」

「……ただ、選ばれなかった。私は、先輩が隣にいてほしいと思う人じゃ、なかった」

 

 整合騎士たるイーディス。そして、四聖竜を除けば最強の竜であるクィーニ。

 

 その他にも、今ルークの隣にいる人物達を思い浮かべるほど、シャーリーの心には影が差す。

 

 

 

 

 

 誰より努力してきたつもりだった。

 

 いつの日か救い出そうと決意し、神器まで手に入れたというのに、気がつけば遥か先にいる。

 

 追いつけないことは分かっていた。それでも彼への強い愛が、心を支え続けていたのに。

 

「……裏切られたとは、思ってない。先輩が愛する人を選ぶのは、先輩以外誰にも決められないから」

「…………うん、そうだね」

「けど……だけど、もう私は…………剣を、握れる気がしない」

 

 いつか、彼は言った。真に剣を極めるに必要なのは屈強な肉体でも、術技でもない。

 

 意思だ。唯一無二の意思が、望んだ全てを叶える力をもたらしてくれるのだと。

 

 しかし、今のシャーリーは完全に挫折してしまっている。身体中に漲っていた剣力は霧散してしまった。

 

 これではもう、ルークへの思いを成就することはおろか、戦乱で生き残る事すら……

 

「……でも、いつまでもそうやっていて、本当にいいと思ってる?」

「ティーゼ!」

「っ……どういう、意味」

 

 唐突に投げかけられた、感情を伴わない声で初めて体を震わせる。

 

 知ったような口ぶりの友人に心がささくれ立ち、声音に怒りが宿った。

 

「好きな人に、別の好きな人ができて。その程度で諦めて、うずくまって。シャーリーの想いはその程度だったの?」

「やめなって! シャーリーだって、好きでこんな風になってるんじゃっ……!」

「……ティーゼには、私の悲しみは分からない」

「ええ、分からないわ。一度失恋したくらいで腑抜けてる、臆病者のことなんて」

 

 嘲るかのように積み重ねられる言葉に、ついにシャーリーの堪忍袋の尾は切れた。

 

「じゃあどうすればよかったのッ!? 全然自分が相応しいと思えなくて、苦しくてッ! ティーゼなんかに私の気持ち、分かる筈がないッ!」

 

 弾けるように立ち上がったシャーリーが、ティーゼに食ってかかった。

 

 その小柄な体のどこにそんな力があるのかというほど、彼女の胸元をきつく掴んだ。

 

 怒りと悲しみの雫で溢れていた瞳は──しかし、初めて見たティーゼの顔に見開かれた。

 

「……分かんないわよ。だって、私の好きな人はもう、二度と会えないかもしれないんだから」

「ティー、ゼ……」

 

 彼女が流していた、一筋の涙。

 

 

 

 

 

 それは整合騎士アリスによって明かされた、想い人が辿った結末が故のもの。

 

 最高司祭アドミニストレータに抗った〝彼〟は、その命を失う瀬戸際で一人の騎士によって封じられたという。

 

 物言わぬ剣と成り果て、このまま永久に目覚めず、話すこともできないかもしれないのだ。

 

「けど、ルーク先輩は生きてる。ユージオ先輩と違って、ちゃんと戻ってきて、シャーリーの前にいるじゃない」

「………………」

「ねえ、本当に、それでいいの? このまま、向き合うこともせずに終わって、いいの?」

 

 みっともなくいじけたままでいいのかと、厳しい言葉で親友を諭す。

 

 自分が永遠に失ったであろうその可能性を捨てることは、どうしても許せないから。

 

「もう、時間がないんだよ。これから始まる戦争で、今度こそルーク先輩はいなくなってしまうかもしれない。シャーリーの方がそうなることだってありうる」

「…………私は」

「お願い。伸ばせる手を閉じないで。シャーリーは……まだ、間に合うはずだから」

 

 彼女にだけは、同じ思いをしてほしくない。

 

 自分の胸を掴む、力の緩んだ両手をそっと包み込んで、真正面から視線を交わした。

 

 それに動揺していると、後ろから誰かの手が両肩に置かれるのを感じる。

 

「ロニエ……」

「私からもお願い、もう一回ちゃんと向き合って。そうしないと……」

 

 今にも泣き出しそうに瞳を潤ませるロニエにも、ハッとする。

 

 決してティーゼだけではない。彼女の想い人も生きてこそいるものの、心を失っていた。

 

 シャーリーだけなのだ。今この瞬間、見える希望があるのは。

 

 親友達はそれを気付かせてくれようとしていた。

 

「もう一度聞くよ。本当に、これで終わりでいいの?」

「っ……そんなの、嫌……!」

 

 吐き出すように、絞り出すかのような声音でそう答える。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、前と後ろから同時に抱きしめられた。

 

 驚いて硬直すると、くすくすとロニエとティーゼがおかしそうに耳元で笑う。

 

「やっと戻った。いつもの諦めが悪いシャーリーだ」

「……ロニエ」

「全く、嫌われ役なんてさせないでよね。私、こういうの苦手なんだから」

「……ごめん、ティーゼ」

「うん、許す。その代わり、わかってるよね?」

「ん」

 

 どちらからともなく離れた三人は、互いの顔を見合わせる。

 

「私、もう一度しっかり気持ちを伝える。それで、ちゃんと決着をつける」

「その調子だよ。頑張ってね」

「私達、応援してるから!」

「ん。私も二人のこと、応援してる」

 

 笑って頷く二人に首肯して、シャーリーは覚悟を決めた。

 

 最後にもう一度、彼女達を抱きしめると入り口の方へ駆け出した。

 

 

 

(もう、迷わない。私は、先輩のことが……!)

 

 

 

 垂れ幕を突き破るようにして払いのけ、外に出る。

 

 すると、目の前に誰かが立っていた。驚いて足を止めようにも、既に勢いがつきすぎている。

 

 危ないと口に出そうとした瞬間、力強い手つきで受け止められた。

 

「っと! すごい勢いだな」

「あ……先輩?」

 

 天幕の入り口にいたのは、ルーク。

 

 シャーリーを止めた彼は、やや苦笑気味に彼女の二の腕から手を離す。

 

「そんなに急いで、何か用事でもあったのか?」

「……はい。先輩は?」

「俺は……そうだな。俺も、ちょっとした用事だ」

 

 徐に口元を引き締め、真剣な面持ちになったルークは。

 

 

 

「シャーリー。少し、話さないか?」

 

 

 

 その問いかけに瞠目した彼女が頷いたのは、僅か一秒後だった。

 

 

 

 







読んでいただき、ありがとうございます。

決着は次回へ。
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