ソードアート・オンライン アリシゼーション Imagenary Fabricte ~光を照らす執行者〜 作:熊0803
今回はシャーリーの回。
楽しんでいただけると嬉しいです。
込み入った話になる為、二人はルークの天幕へ移動した。
ロニエとティーゼに見送られて、シャーリーは目の前にある大きな背中を見つめながら歩く。
(……もう一度、言う。今度はいきなりじゃなくて、正面から)
密かな決意を固めているうちに、昨晩来たばかりの天幕に到着した。
ルークは二重の垂れ幕を横にずらし、そのまま支えてシャーリーに振り返る。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
小さな拳を握り、薄暗闇へと踏み出した。
彼女に続けてルークも入幕すると、素早く神聖術を唱えて明かりを灯す。
「寒かったりしないか? 必要なら調節するけど」
「大丈夫、です」
「そう、か」
ぎこちない言葉を拙く交わし、沈黙。
視線を彷徨わせたルークは、うまい言葉が見つからなかったのか胡乱げな声をあげた。
「あー。とりあえず、どこか好きなところに座ってくれ」
「……はい」
互いに立ったままでは、落ち着いて話し合いもできない。
それなりにしっかりとした作りの椅子はシャーリーに譲る為、率先してベッドに腰掛ける。
だが、そんなルークの気遣いに反してシャーリーが座ったのはベッドの端だった。
少しだけ驚くも、俯いた彼女に立ち上がる気配がないのでひとまず納得する。
「「…………」」
再びの、沈黙。
まるで時間が止まってしまったかのような静寂が、天幕の中を満たす。
厚布の壁の向こうから聞こえる喧騒だけが、実感をもたらしてくれる。
だが、それに甘んじていても何も解決しないことは、ルークもよく理解していた。
恐れや後悔に震える心をぐっと抑えつけ、深呼吸をして心を落ち着けると、口を開く。
「リィ。俺は──」
「先輩」
乾坤一擲の気合いで放った言葉は、それ以上の質量が込められた一言で相殺された。
反射的に留めてしまうと、それを敏感に察した彼女はぐっと膝の上で両手を握りしめて。
「私は……ルーク先輩のことが、好きです」
絞り出すようにひどく小さく、微かに……だが、確かにそう口にした。
大きく息を呑む。あらゆる思考が堰き止められ、ただその四文字を受け止めた。
そこに彼女が込めた感情は、どんな優美に飾った言葉より強い力を秘めていたから。
「初めて会った時、本当は貴族達に囲まれて怖かった」
一言一言吟味するように語り出した彼女の言葉へ、静かに耳を傾けることにした。
「凄く不安で……学院に入ったら、上級の貴族達にもっと嫌な事をされて、大好きな剣も嫌いになってしまうかもしれないって。そう思ってた」
「リィ……」
修剣学院に入学するのは、そのほとんどが義務を課せられた貴族達。
ルーク達のような平民にも門は開かれていたが、その実情はさながら人界の縮図。
特権を持つ貴族達の傲慢な行いが横行し、ある種の無遠慮な悪意に満ちていた。
強かであるように見えて、とても繊細な心を持つ彼女はさぞ恐ろしかったことだろう。
「でも、先輩がいた。私が今も剣を握っていられるのは、先輩がずっと……側にいてくれたから」
そんなシャーリーにとって、ルークの存在がどれほど心の支えになったか。
類稀な容姿と剣才によって、妬みと色欲の目を向けられて育った彼女には、まさしく純白の光。
運命の出会いというものがあるのなら、シャーリーにとってあの瞬間だったのだろう。
大切な思い出のように、慈しみを込めた微笑みで語ってくれる。
その姿は、自然とルークにも同じ笑顔をもたらしていた。
「……少しでも支えになれていたのなら、嬉しいよ」
「……最初は、憧れと安心だった。けどその気持ちは、少しずつ強くなっていったんです」
そっと、自分の胸に手を置く。
ゆっくりと、今この瞬間も高鳴る心臓の鼓動。シャーリーの淡い心を表す恋文に等しいもの。
「ずっと一緒にいたい。他の誰より私がこの光の近くにいて、そして私の知った暖かさを返したい。そんなふうに、思い始めて」
日に日に積もる想い。心の中で紡がれ、結実していく感情の蕾。
大事に育て上げたその答えは──あの日、本音を全て打ち明けたのと共に花開いた。
「私は、きっと……貴方に恋をした」
「……!」
「置いていかれたのなら、追いつけるまで頑張ります。いつか並び立てる日まで、私は剣を握り続けるから」
だから、と彼女は大きく開いていた距離を一気に詰めて。
「私を、ずっと先輩の隣にいさせてください。貴方の一番に、なりたいです」
万感の思いを込めた瞳で、そう言った。
真正面から受け止めたルークは、じっと黙しながらも決して目線を逸らさない。
だが、内心ではとても驚いていた。
彼女の想いは、ルークがイーディスに抱いた愛にとても似ていたから。
(……まるで運命の悪戯だ)
そんな事を考えてしまうほどに、シャーリーの想いがどんなものなのか理解できて。
……だからこそ、ルークが告げる答えもとっくに決まっていたのだ。
「……すまない。リィの想いを受け入れることはできない」
「っ…………」
「勘違いしないでほしい。君が俺にとってかけがえのない、たった一人の存在だというのは紛れもない事実だ」
「ならっ……!」
「だけど、それは女性としてではない。キリトやユージオに抱くものと同じ……守りたい存在としてのものだ」
一秒たりとも目を逸らすことなく言い切れば、シャーリーの瞳が悲壮に歪んだ。
それさえも受け止める為に、怯える自分の心を押さえつける。
語った言葉に嘘はない。
彼女のことを何者にも、たとえルーク自身であろうと二度と傷付けさせないとあの和解の日に誓った。
その自戒があるからこそ、曖昧な返事や誤魔化しは、絶対にしてはならない事。
「リィの気持ちは分かる。俺もイーディスに、とても似た想いを抱いているから」
「先輩、が……?」
一度頷き、俯いたシャーリーの両肩に手を置く。
「追いつきたい、隣に立ちたい。この想いに一切の遠慮も妥協もしない。そう決めた」
「…………私も、そうです」
「それも知っている。だからこそ、どんなにリィのことが大切でも……答えは変わらないよ」
それをしてしまえば、きっと裏切るのは自分の想いだけではない。
否と切り捨てないでくれたイーディスを、母との約束を……何より、シャーリーを裏切ってしまう。
彼女を傷つけるのは、悲しませるのは、もうこれで終わりにしよう。
それで憎まれたとしても、ルークが一生背負うべき罪なのだから。
(自分勝手なのはわかってる。けど、今の俺にはこれ以上の答え方ができない)
震えそうになる指先を叱咤して、待ち続ける。
凍てつくような静けさが支配する天幕の中、シャーリーのことだけを見つめ続けて。
「………………わかりました」
「そう、か。……その、リィ。本当にすまな」
「だったら、私も諦めません」
ほっと安堵したのも束の間、続けられた言葉に動きを止める。
驚きの目で彼女を見下ろすと、顔を上げたシャーリーはいつもの無表情を湛えていた。
「先輩は、私も大切な人の一人って言ってくれた。それなら、可能性はゼロじゃない」
「い、いや待て。それは……」
「私の気持ちがわかるなら、簡単に手放せないのもよく知ってるはず」
「う……」
痛い部分を突かれた。
そんなルークに、弱々しさなど微塵もない眼差しを向けたシャーリーは宣言した。
「先輩は、あの騎士様を好きでいればいい。だけどそれは、私が今すぐ諦める理由にはならない。未来は、まだ決まってない」
ルークが彼女との明日を望むように、自分も立ち止まりはしないと、訴える。
精一杯の優しさを込めた拒絶は、むしろ彼女の心を燃え上がらせてしまったのだ。
狼狽えたルークのことを、今度はシャーリーが真っ直ぐに見つめる番である。
「いつか先輩に追いついて、守られるだけの存在じゃないって証明する。そして……あの人に向いた心を、私のものにしてみせる」
「なっ……!」
「覚悟して。私は……とても、負けず嫌い」
本気だ。
失恋したことへの強がりではなく、シャーリーは全力でルークを落とすつもりでいるのだ。
なまじそれが一目で看破できでしまう為、どこにも逃げ場が存在しない。
だが、何よりも問題なのは……
(……イーディスに出会っていなければ、こんな問答の余地もなくリィに心惹かれていたかもしれない、ってことだよな)
シャーリーという少女に魅力を感じないかと問われれば、断じて否。むしろ極上とさえ思えるほど。
守りたい者。それはルークにとって、これ以上ないほど愛する者ということも意味するのだから。
聡い彼女は、きっとそんな自分の内心さえも見抜いていて。だから宣言したのだろう。
私は、決して引くつもりはないと。
「少しでも望みがあるのなら、手を伸ばさずにはいられない、か……」
「? 先輩?」
不思議そうに小首を傾げるシャーリーを、じっと見つめる。
これが自分がした選択の結果だというのならば……やはり、受け止めるべきなのだろう。
一つの決意を固めて、諦めるように笑っていた表情を引き締める。
そして、強い光を称える紫水晶のような瞳を今一度見つめ返した。
「よく分かった。それがシャーリーの選んだことなら、俺にどうこう言う権利はない」
「ん。絶対、射止める」
「そう簡単じゃないぞ。何せ、生まれて初めての恋だ。絶対に成就してみせる覚悟がある」
「余裕でいられるのも今のうち。剣士として、女としても、もっと魅力的になって惚れさせるから」
強気な笑みを、互いに浮かべる。
なんとも奇妙な宣誓だ。誰かが聞いていれば、きっと呆れることだろう。
それでも二人の目に宿る意思は、これ以上ないほどに真剣なものだった。
しばらく睨み合いとも見つめ合いともつかぬ視線の応酬を続けた二人は、ふっと破顔する。
「そういえば、随分と背が伸びたな。髪も切ったのか」
「ん、変?」
「いや、似合ってる。シャーリーの活発さがよく出てるな」
「ありがとうございます。先輩もその目、綺麗です」
「ああ、これか。最初は自分でも驚いたんだけどな。父さんに近づけたみたいで気に入ってるんだ」
途端、これまでの空気を入れ替えるように和やかに語り始めた。
些細なすれ違いで生まれてしまった溝を埋めたあの日と同じ、柔らかい笑顔を浮かべて。
かつてのように、あるいは止まっていた時間を進めるような自然さで。
「先輩」
「ん?」
「聞きたいです。カセドラルに連れていかれてから……先輩が、どんな風に戦っていたのか」
「……分かった。でも、生易しいものじゃないぞ」
「ん。それでも、知りたい」
揺らがない目をするシャーリーに、ルークは頷いて語り出す。
自分がどのように戦い、苦しみ、失い……その果てに何を掴んだのかを。
そうして始まった談話は、長い間続いた。
読んでいただき、ありがとうございます。
ひとまず、戦前はこれにて一度区切りとさせていただきます。
つきましては丁度良いので、今年の更新はここまでで。
一年間ありがとうございました!
来年もまた、お付き合いいただけると幸いです!