僕が僕であるために   作:なだかぜ

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序章:はじめの一歩
Prologue1:すれ違う二人


 ”プロローグのプロローグ”

 

 『第2☓回全日本中学選手権大会ジャイアンツカップ決勝。3対2とあかつきシニアのリードで迎える最終回、7回ウラ。ツーアウト二塁で迎えるバッターは帝王シニア4番の猛田!』

 マウンド上にいるのはオレ......ではない。

 

 『マウンド上のあかつきシニアのエース猪狩。球数は既に100球を超えていますが、まだ相手を圧倒しています。』

 もう、登れなくなってしまったあの場所。もう一度立ちたかったあの場所。

 

 『ピッチャー猪狩、カウントワンボールツーストライクからの第5球、投げたぁっ!』

 

 『詰まった力のない当たりはセンターの前へ。そしてセンター結城、前に突っ込んで飛び込んでとったぁ!!』

 

 『スリーアウト、試合終了っ!!マウンド上の猪狩が、珍しく小さくガッツポーズをしましたぁ!!』

 

 『そしてこの瞬間、あかつきシニアが5度目の優勝。そして大会初の連覇を成し遂げましたぁ!』

 

 そして優勝したあとに新聞でいちばんに強調されたのは、猪狩の熱投、そしてクールなキャラで通る猪狩のガッツポーズであった......

 これが世に言う猪狩伝説の始まりである。

 ”プロローグのプロローグ” 完

 

 

     ☆ 

 

 

 

 ~あかつきシニア。それは野球に携わったものだけでなく、いまや野球を知らない人にまで知れ渡るジャイアンツカップをを3年で2度制し、他にも日本選手権など名だたる大会で常に勝利を積み重ねてきた名門中の名門。

 

 そして今年高1になる世代を、人々はあかつきシニアのエースの名前をとって「猪狩世代」と期待を抱きながら呼んでいた~

 

「なんでお前が聖ジャスミンなんかに......頼む、この通りだ!あかつきに残ってくれ」

 ここは今にも日が沈もうとしているあかつきシニアの練習場、そして茶髪の少年がもう一人の少年に向かって夕日を背に必死に頭を下げていた。

 

 「...ガラにも合わないことをするなよ。もう良いだろう、猪狩(いかり)」

 猪狩と呼ばれた少年は顔を上げるが、なおも視線を離さない。

 

 そして、

 「なんで僕が認めるほどの才能を持ったお前がそんな元女子校に行かないと行けないんだよ、俊太(しゅんた)。あれだけの大会を制してきたんだ。それに僕とお前のダブルエースで甲子園に行こう、ってリトルのときからずっと言ってきただろう?」と続ける。

 

 「知ってるだろう?猪狩。オレは上からの推薦が取れなかったんだ。上でやるだけの才能がないってことだよ。だから俺はもうあかつきで野球はできない。」

 

 「答えになっていないだろう、それにあかつきは実力主義だ。監督だってお前ほどの選手を手放したくないはず...」

 

 そんな猪狩の言葉を遮り結城は呟く。

 「そんなこと言って、結果は変わらないさ。監督やコーチとも話しはした。どうせ推薦のないオレがあかつきに行ったところで俺は何もできない。マウンドに立てないどころか、レギュラーさえ取れないだろうよ、猪狩。そんな3年間二軍ぐらしの高校生活なんてまっぴらゴメンだ。だから、俺は聖ジャスミンに行く」 

 

 「くっ......でもっ!......あれっ?そう、そうだ。聖ジャスミンには野球部はないんじゃないのか!?」

 

 「だから良いんじゃないか。もうオレに野球は......」

 

 彼は未練ありげに呟くと、何も言い返せない猪狩を尻目に、こう言い残してグラウンドを去っていった。

 

 「そうゆうことなんだ、じゃあな猪狩」

 こうして、猪狩の目の前で最大のライバル、あかつき・結城は消えてしまった......

 

 

   ☆

 

 

 

 〜猪狩Side〜

 おい、俊太......なんで、なんでいなくなっちゃうんだよ......

 

 

 お前がいたから外野まで飛ばしてもいいと割り切って安心して投げられたのに、後ろに優秀なピッチャーがいるから全力で投げられたのに、そして四番にお前がいたからピンチでも勝負をしに行けたのに、お前がいたからあれだけの大会での優勝を成し遂げられたのに...

 

 あいつの名前は「結城 俊太(ゆうき しゅんた)」。僕に劣らない、いやもしかしたら僕より上の実力を持つ数少ない一人。

 

 球速こそ最速でも130km程で僕に劣るが、コントロールは僕よりもよく、なおかつドロップカーブ、スライダーそしてフォークという多彩かつどれも一級品の変化球を操る。

 

 これでしかも打者としてはチームトップの打率と打点で驚異的な勝負強さを持っているかと思えば、守備も安定している。冬に走り込んだ成果か足も速くなっていて走攻守に投まで備わった選手。

 

 1つあれだけ走り込んでも中3の夏は殆ど投げていないことが気になるが…

 

 野球は0点に抑えても1点も取れなかったら勝てないし、逆に何点差であっても勝ちは勝ち、負けは負けなのだから一人で野球なんてものはできない。その点で僕は何回あいつの打撃に救われたのかわからない。

 

 そんな奴をあかつきから手放すだなんて......

 ましてや名前も知らないような学校に行かせてあの稀有な才能を腐らせてしまうだなんて......

 

 そして、実力を認めているライバルがそのようなことをされているのにもかかわらず、何もできない自分がただただもどかしかった。

 

 「監督たちは何をしているんだ......結城を手放すだなんて......」

 僕は俊太がひょっこり出てくることを期待しながら誰ともなしに呟いた。しかし案の定あいつが出てくることはなかった。

 

 「あかつき高でも僕はお前と一緒に試合をしたかったよ、俊太......」

 届くことのない呟きをした僕は現実の厳しさを噛みしめながら、暗いグラウンドで一人唇をかんだ。病人のような青白い月が空に出ていた。

 〜猪狩Sideout〜

 

 

 

 〜俊太Side〜

 帰り道、オレはさっきあいつに俺があかつきに推薦をもらえなかった、いや推薦を断った理由を教えた方が良かったのか考えていた。

 

 まあ、でもあいつに教えてしまったら一瞬で野球部内に広まってしまいそうなのでやめておいて正解だったのかもしれない。

 

 しかし、あのプライドの高い猪狩がオレごときにここまでしてくれるなんて。

 

 そのことに正直オレは驚くとともに戸惑っていた。そして、そんな猪狩に答えたくても答えられない自分がいるということが悔しかった。

 

 ......でもこれでよかったんだよな。これであの事を隠せた。よし、オールオッケー。ナイスジョブ自分。ポジティブにいこう。

 そう、これで良かったんだ。たぶん。

 

 話を戻して、オレがさっき問い詰められた奴の名前は「猪狩 守(いかり まもる)」。猪狩コンツェルンの御曹司にしてあかつき中のエース。しかもイケメンというおまけ付きだ。

 

 投げては最速140km手前のノビのあるストレートとキレのあるカーブ、そしてスライダーを操り、野手としても規格外のパワーで中学通算本塁打数一位と、まるで才能が野球をしているような男。

 

 でもマスコミが抱いているイメージのプライドの高いクールな奴とは少し違った一緒にいて気持ちの良いヤツ。

 

 あれがなければきっとあかつき大付属高校でも、一緒に野球をやるはずだったんだろう。

 

 だがこうなってしまった以上、どう足掻いたところでその差は埋まらないばかりか広がっていくんだ。オレはもう一試合投げきることができない腕なのだから。

 

 ただ、あいつとだけはもう一試合、いや何試合でもずっと一緒に戦いたかった。それぐらい後ろで守っていても信頼できるような奴だったから。競い合いたいと思える相手だったから。

 

 そんな叶うことのない想像をしながら、俺は一人で家路をたどっていった。

 もし野球をしないのなら、高校で誰と何をすればよいのだろう?

 吐き出した息は、夜の闇と混ざっていつしか消えていった。今日も眠れない日々は続きそうだ。

 〜俊太Sideout〜




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