世界怪異調査特別機関(World Oddities Organization) 作:_Aster_
コツン、コツン、とただ広い空間に規則的に音が響き渡る。
私ともう一人の調査員は、直属の上司からの指示でとある今はもう使われていないトンネルを訪れていた。
『何か異常はあるか?』
「いえ、今のところは特に何も」
山中のトンネルであるにもかかわらず、電波は通っているらしい。私は上司との通信回線を繋げたままトンネル内を進んでいた。
「センパーイ。もうずっと調査から歩きっぱなしですし、休みません?」
「キッツイ力仕事と比べたらまだ良い方でしょう? それに、こんなトンネルの中で一休みだなんて気分にもなれない」
「それもそうですけど……」
ぶつぶつと愚痴を吐く後輩を尻目に、トンネルを先へと進む。早く調査を終えたいのは私だって同じだ。
周辺の村人から聞いた話だと、そんなに長いわけでもない、至って普通のトンネルらしい。調査前にみた地図でも、山を越えなくても済むよう開通された一般的なトンネルに見えた。
「こんな普通のトンネルに怪異なんてないですって」
「……だ、そうです」
『…………』
通信先の上司は黙ったままだった。
私たち極東支部は、機関の設立にこそ関わったものの、それから世界で起きる怪異に対しては目立った評価を上げられず、近年では組織としても縮小、要するにあまり評価を上げられていなかった。
私が先日行った調査でも、山中で恐ろしい物影があると言われ向かってみれば狸の見間違えであったとか、そんなものだった。
「はーぁ……オレ、入る場所間違えたのかな……」
……私が思っても言わないことをサラッと言うな。
「それにしても……先が見えないですね」
『そこまで長くはないはずなんだがな』
歩けどもトンネルの出口は見えない。途中で曲がりくねっているのか、光が見えてこないのだ。あるのはトンネル内のオレンジのライトだけだった。
「やっぱり、少しでいいので休みません?」
「うーん……」
トンネル内で休む気になれないのもそうだが、なかなか見えない出口に心も疲弊し始めたのも事実だ。だが、私は村人から言われたある一言だけがずっと引っかかっていた。
「よい、しょっと。ふぅー……」
「あっ、こら。ちょっと」
「まぁまぁ固いこと言わずに」
私が考え事をしていて歩調が遅くなったのをいいことに、トンネルの隅で座り始めてしまった。
様々な影響を考慮して、4、5回の派遣ののちに相方は変更される。この子とも既に4回目の調査なのでそろそろ入れ替えの時期だろうが、相変わらずこの緩い性格には慣れなかった。
異変が起きたのは、そんな彼に引かれて振り返り、私も足を止めたその時だった。
「マユズミくん。すぐに立って。そしてゆっくりでいい、私の方に歩いてきて」
「? どうしたんすーー」
「早く」
私の強くなった語調に、機敏に従う彼。私もそれと同時に、ジリジリと後ろへと下がり始めた。そして彼が私の近くまで来たことを確認すると、私はまたトンネルの出口のほうへと踵を返し、最初と同じ歩調で歩き始めた。
「……センパイ」
「何かおかしい。コレは本物かもしれない」
「ッ……」
彼も緊張し始めたのだと、空気を通して伝わってきた。私が感じたのは、彼が座ってから数秒後に起きた視界の端での違和感だった。黒い何かが蠢いた気がした。そのとっさの判断だった。
私もこの仕事を始めて短いわけじゃない。目の前で起きた違和感にはすぐに対処を。それが鉄則だ。
「ゆっくり。最初と同じでいい。変化をつけないで」
「……わかりました」
緊張を押し殺し、努めて始めと同じようにゆっくりとコツン、コツン、と規則的に音を響かせる。
違和感があったからには、何かキッカケがあったはずだ。今はそれを刺激しないために、始めと同じような行動をとる必要がある。
「異常を確認。気のせいかもしれませんが……」
『お前の気のせいはよく当たる。そのまま続けてくれ』
「了解」
上司と簡素に連絡を交わし、また歩く。出口は見えてこない。
私が振り向いたことは問題ないはずだ。怪異全般だとそれがきっかけになることもあるが、今回は違うだろう。それよりも私の頭の中では、先程から引っかかっていた村人から言われた一言がずっとぐるぐると回っていた。
「お前さん達。あのトンネルへ行くのかい?」
「えぇ。はい」
村での聞き込みをある程度終え、トンネルへ向かおうとしていた私達に、八十歳前後と思わしき老人が話しかけてきた。
「村であのトンネルのことを聞いてたらしいが……」
「はい。ですが、特に問題ないみたいですね? 車通りも皆無というわけはないみたいですし……」
「あぁ、そうだ。歩いて行ってもいいし、車でもいい。儂みたいなジジイでも問題ないよ」
「……?」
含みのある言い方だ。お爺さんの戯言とも思えず、耳を傾ける。
「だがな、止まっちゃダメだ。時間は五秒しかないんだ」
「……五秒経つと、どうなるんですか」
「そりゃな……………ドッカーン!」
黙りこくったお爺さんの声に耳を傾けようと意識を集中したところで不意の大声。私はビックリして呆然としてしまった。
「はっはっはっ! まぁ、あそこは暗い! 気をつけてな!」
お爺さんは満足満足、という顔をすると立ち去っていった。
「センパイ、やられましたね」
「……えぇ」
時間は、五秒しかない。あの時はお爺さんに遊ばれただけなのだと思っていた。だが、実際に体験して冗談の類ではないのだと理解した。
「そのまま歩いてて。ちょっと実験するから」
「えっ? わ、わかりました」
こういう時仕事柄物分かりが良いのは助かる。多かれ少なかれ、彼も怪異に遭遇したことはあるのだろう。
怪異に遭遇したら、それを調査報告するのが私達の仕事だ。ただ逃げるわけにはいかない。
「ヤジマさん、すいません。備品壊しちゃうかもしれません」
『構わない。あとで書類だけちゃんと書いてくれればな』
一応上司へ確認をとって、予備の通信端末をラジオ回線へ繋げる。ザーザーと砂嵐の音が響くが、今はこれで十分だ。
「……センパイ」
「大丈夫。気にしないで」
心配してくれたのか、声をかけてくれた彼に返事をする。私は音の鳴り響く通信端末を床に置き、ゆっくりと離れた。
ザー、ザーと鳴り響いていた音は、自分の中で数えて約五秒後、プツンと消えた。ずっと見ていたはずだが、気がついたら何もなかった。さっきまでの音も、端末そのものも無かった。
「これって……」
「……マユズミくん。これ持って」
「? はい」
私はさらなる調査をするため、決して止まらないまま準備をした。報告書にはこれくらいしないと書けない。
彼には四秒にセットしたタイマーを渡した。
「私が合図したら、タイマーをつけて」
「わかりました」
「ふーっ………………いまっ」
息を整えて、合図を出す。立ち止まり、目を閉じて、時間を数える。
1……2……
何かが近づいてくる。実際に音がしているのか、気のせいなのかはわからないまま、ザーッという音が聞こえてくる。
3……4……
おかしい。タイマーの音が、聞こえなーー
「センパイ!」
「ッ!?」
耳に飛び込んできた彼の声でハッとする。そして同時にかかった体への衝撃で、私はそのまま地面に倒れた。
「いっ、つぅ……」
「センパイ、早く!」
「ーーうん!」
伸ばしてくれていた彼の手を取ると、私は立ち上がる。そのまま数分、歩いていたのか走っていたのかすら覚えていないが、トンネルを抜けた。
「はぁ……」
「抜けました、かね……」
「ありがとう、ね」
「あ、いえ。タイマーが鳴っても動かないから、ビビりましたよ」
やはり、タイマーはしっかり動作していたらしい。となるとアレは……
「センパイ、難しいことは帰って報告書書くときにしましょうよ!」
「……そうね」
その時の感覚を未だ体の端にボンヤリと感じながら、私と彼はそのトンネルを後にした。
たまにはこんなのも面白いなぁと。
気が向いたら更新していきます