世界怪異調査特別機関(World Oddities Organization) 作:_Aster_
「一応到着しました……けど……」
『ご苦労。歯切れが悪いな?』
「いや、えー……」
アタシの歯切れが悪かったのは、先ほどまでは晴れていた天気が、目的地に着いた瞬間から急に豪雨へと変わっていたからだった。天気予報も今日は晴れで、明日が雨だったはずだ。
乗ってきた黒いバンの中から外を見る。この調子だと外に十秒もいればビショビショになってしまいそうだ。
「一応傘はありますけど、どうしますか?」
「……センパイ、一人で行くっていうのはーー」
一応、通信先である上司に聞いてみる。
『ミズノ。お前後輩ちゃん一人に行かせるつもりか』
「でーすよねー……」
「あの、私なら大丈夫なので、ミズノさんがアレだったら一人でーー」
「ごめんごめん、冗談。わかったわかりました行きますよー」
センパイにそう言われ、後輩にまで気を使われてしまったので、仕方なしにやる気を出す。雨とはいえ、風はそこまでないし、傘もある。単純に雨量が多いのが気になるが……聞き込みはなるべく車での移動を心がければいいだろう。
「それじゃあ悪いけど、とりあえず聞き込みできそうな家まで車出してくれる?」
「はい!」
運転席の彼女に声をかけて、アタシ達二人は山間の川ひとつない村へと入っていった。
『調査結果は?』
「概ねセンパイの予想で当たりです」
数人の村人への聞き込みを終え、車の運転は後輩に任せ、アタシはセンパイと通信をしていた。
本来の調査であれば、数人程度の聞き込みだと話にならないが今回はモノがモノだった。
「遠回しにそれっぽい話に誘導したり、やんわりと聞いたりしても全く乗ってこないし、避けようとしている風ですらありました」
『やっぱりか……』
今回、調査の対象は聞き込みをする前からわかっていたのだ。
村単位で隠そうとしている祠がある、それが事前に聞いていた情報だった。
「ミズノさん。目的地付近に到着しました」
「……それでその祠がここ、と」
『厳密にはもう少し歩いていかないとだがな』
アタシ達の車は、村の端っこかつ山へ入っていく林道の近くに止められていた。
「村の端にある林道を進んだところにあり、村人は外部の人間へ決して伝えようとしない祠がある……これほんとに大丈夫です?」
『それを調査するのが俺たち……ひいては派遣されたお前の仕事だろう』
「くーっ……アタシっていうのを強調しましたねまた!」
「あの、ミズノさんはここで待っていても……」
「あぁ、ごめんごめん。大丈夫大丈夫。仕事だしね」
声をかけてきた彼女に軽く返す。根っからの真面目ちゃんなこの子は、アタシとしては少しだけ扱いに困る節があった。車の運転や調査しかり、仕事や大変なことを自分から請け負おうとするのだ。……この仕事向いてないんじゃないのかな。
『ともかく、そういうことで調査は頼んだ。後輩ちゃんの世話もしっかりな』
「イエッサー」
センパイはそれだけいうと通信を切った。まだ別の仕事が立て込んでいるのだろう。
まぁ仕事にペアで駆り出された以上、先輩であるアタシが面倒を見るのは道理だろう。昔はアタシもそうしてもらっていた。
「それじゃあ、行こっか」
「はい!」
アタシ達は傘を差し車を後にすると、林道へと足を踏み入れた。
…………アタシのスニーカーが……新しかったのに……
ソレは意外にも、隠されているということもなく、林道の途中に普通にあった。
見た目はちょっとした石造りのドーム、と言ったところだろうか。そこに簡易的に木製のドアがついていた。ドアは既に腐りかけで、叩けば崩れてしまいそうだった。
怪異のキッカケは何かわからない。アタシはそれを慎重に開けた。
「うっ!?」
「? どうしましたかミズノさーーッ!?」
開けた瞬間に中から立ち込める異臭。例えるなら、生ゴミや牛舎の匂いだろうか。いや、それをもっと圧縮したような……ともかく、人を不快にさせるには十二分な匂いだった。
匂いを除けば、中は地下へと続く石造りの階段がある、シンプルな構造だった。
「……行く、か……無理しなくてもいいよ」
「大丈夫、です。私も行きます……」
明らかに頑張っている声だったが、そう言いだしたのを無理に止める必要もない。アタシ達は、ゆっくりとその階段を降り始めた。
中は静かで、ヒンヤリと冷たかった。
「一見なんの変哲も無い村に、こんな場所がね……」
「結構ありますね……2、3メートルはあるでしょうか」
「ぽいね」
鼻と口元を手で抑えながら、ゆっくりと階段を降りていく。やがて、入ってきたドアからの光が弱まってきた頃、足に伝わる感触が変わった。少しひらけた空間に出たらしい。ひらけたと言っても高さは2メートルなく、奥域も3、4メートルと言ったところだろうか。暗くてよく見えないが、奥には何かあるようだ。
「ライトとか、ある?」
「あ、はいっ。ひゃっ!?」
「っ!?」
咄嗟に振り向く。何かあってからでは遅いのだがーー
「ご、ごめんなさい。手が滑って落としちゃって……」
「あぁ、それなら良かった」
「よい、しょっーー」
「……どうかした?」
床に落ちたペンライトを拾おうとする動きがピタリと止まる。何か嫌なものを見てしまったかのように。
「……ミズノさん、ここ」
やがてゆっくりと立ち上がった彼女は、若干引きつった顔のまま、床を拾ったライトで照らした。
「……ッ」
今まで暗くて見えなかったものが、浮かび上がる。
……小動物の骨だ。それが何の骨かまでは分からないが、所々にある手や頭の骨が数匹程度の死骸ではない、ということを嫌が応にも分からせてくる。
「ライト、借りていい? 後輩ちゃんは後ろ見てていいから」
「……はい。すみません……」
明らかに気分が悪そうになってしまった彼女には後ろを見ていてもらうことにした。
借りたライトで部屋内をゆっくりと照らしていく。
部屋中に転がっている小動物の骨。あまり詳しく無いが、特徴的なのは蛇の骨、だろうか。それに蛙らしい足や頭骨もあった。
「…………」
壁も照らし、ソレを見てより気分が悪くなる。ボロボロの木が疎らに打たれた壁に、点々と刺さっている杭。その杭には、骨やまだ骨になりきっていない動物の頭までもがぶら下がっていた。
ここに入った時からしている生ゴミを凝縮したかのような匂いに、この光景。いよいよもって吐き気まで催してくるが、まだ見ていない場所があった。
小さな空間の最奥。何かがそこにあるのは、光がなくてもぼんやりと感覚でわかっていた。
「ふぅ……」
空気は悪いが、我慢して呼吸を整える。今までもいくつか調査はしてきたが、今回はかなりきつい。意を決すると、奥へと光を当てた。
「ッーー」
そこにあったのは、石でできたと思われる仏像だった。この異様な匂いと雰囲気に似合わず、至って普通なものだ。……逆に言えば、ソレがチグハグで目立っていた。仏像の周りはやけに小綺麗で骨も転がっていなかった。
「……ミズノさん?」
「……一旦ここ出よっか」
至って普通だと感じたはずの仏像も、よく見てみれば不満そうな、悲しそうな顔をしているという一点が妙だった。仏像といえば柔和な笑顔が一般的なはずだが……
アタシは何故か、階段を上がって仏像が見えなくなる直前までその顔から目が離せなかった。
「はぁ、今日は晴れて良かったですね!」
「そうだね」
翌日。アタシ達は髪や体にこびり付いた悪臭も完全には落ちきらないままに、またあの場所を目指していた。
昨夜は隣町のホテルで一泊した。車中泊でも良かったのだが、この悪臭が嫌だったのもあるし、何よりもこの村でゆっくりと寝れる自信も無かった。ホテルには臭いで迷惑をかけてしまったかもしれないが、そこは機関経由で謝罪を入れておいてもらおう。
同じ場所への調査に出向いているのは、昨日の情報だけでは怪異とは断定できないからだ。十分異様ではあるが、あのままだとただの気味が悪い祠があるという報告になってしまう。
「……着きました」
着いた瞬間からテンションが下がってしまった後輩を車に置いて、アタシは早速林道の前に立った。
「ミズノさん?」
「あぁごめん。行こうか」
林道をぼうっとみていると後から出てきた後輩ちゃんに声をかけられる。
昨日とは打って変わって晴天の空に、天気予報もあてにならないなと思いつつ、アタシ達はまた林道を進んでいった。
「それじゃあ、開けるよ」
「ふーっ……はい。大丈夫です」
何事もなく祠に到着したのは良いのだが、開けた瞬間の悪臭を知っているだけに開けるのをためらいながら、アタシ達は息を整えていた。
息を整えて、ドアを開く。
「…………?」
身構えていた分、気が抜ける。昨日の悪臭が無臭まではいかないとしても、かなり抑えられていたのだ。
「……ミズノさん」
「……入ってみようか」
逆に警戒は強めたまま、階段をゆっくりと降りていくことにした。
やがて陽の光が弱くなってくる。いくら晴れとはいえ、奥まで光は届かないようだ。それでも、ライトを使わずともぼんやりと部屋の中が見える。
「骨が……」
「なくなってる、ね」
床にも壁にも、動物の骨はもうなかった。ということは、誰かがここに入ったということだろうか。……そして最奥には、影が見えた。
「……もしあれだったら、後ろ向いててもいいよ」
「大丈夫、です。匂いも、骨ももうないみたいですし、覚悟も決めてきました」
「……そっか」
後輩に声をかけてから、持ってきたライトを取り出す。そして無言で再び顔を確認し、ライトを奥の暗がりに当てた。
「ーーッ!?」
「ひっーー!」
そこには確かに仏像があった。ただし、その顔はベッタリと赤い液体か何かで濡れていた。仏像の足元には、骨が転がっていた。これは、嫌でもわかるーー
「人の、骨……」
まだ体の一部は残っている。かなりグロテスクな光景だ。
すっかり怖じけずいてその場所から動けなくなってしまった後輩を後ろ目に、ゆっくりとアタシはソレに近づいた。
そして、気づいてしまった。
「後輩ちゃん、帰るよ……早く!」
「はっ、はいっ!」
後輩の腕を掴んで出口へと向かおうとした直後、ガタガタと音が鳴り出す。
「なっ、なんですか!?」
「……ッ! とにかく、急いで! 早く階段を登って!」
「……はいっ」
後輩を急かし階段を上らせる。明らかにガタガタという音は大きく、近づいてきていた。
急いで、それでいて足を滑らせないように階段を駆け上がっていく。
「っ!」
後輩が階段を上がり切ったのを確認して後ろを振り返ってみる。
ソレは、すぐ近くまで来ていた。
真っ赤な液体を付けたままニタニタと悪魔のような笑顔を浮かべる。
それは確かに恐怖心を煽るが、何故か不思議な感じでまるで惹き寄せられるようなーー
「ミズノさん!」
「ーーッ!!」
視線を切って、残り僅かの階段を駆け上がる。そのまま木でできたドアを勢いよく閉めた。ーーあの音はもう、していなかった。
「報告ご苦労。いやぁ、お前はよくホンモノと当たるな」
「勘弁して欲しいですよホント……あの後なんでかアタシだけ臭いもすっごいついてて!三日は取れなかったんですから」
「ははは、気に入られちまったのかもな」
「笑い事じゃないですからホント……」
アタシは、本部でセンパイ相手に報告を済ませダラダラしていた。
「そういえば後輩ちゃんは?」
「今は休憩中だ。刺激が強かったらしいな」
「あー……」
確かに慣れていないであの感じだとトラウマになってしまうかもしれない。なんとか仕事には復帰してもらいたいものだが……
「そのままやめちゃったほうが、いいんですかね」
「ま、そういう奴もいるだろうな」
あの祠は、要調査ということになった。今後は更に慎重に、交代で調査していくことになるのだろう。
不思議と、晴れの日より雨の日の方が多いあの地域の祠を。