世界怪異調査特別機関(World Oddities Organization) 作:_Aster_
「あー……もう無理だ」
「ホスミさん、頑張ってくださいよぉ。今回はこっちがメインらしいんですから」
「俺の柄じゃ、ねぇんだよ」
読んでいた書類を横に置いて、前の座席へ脚をかける。
もう車へ一時間も缶詰め状態。
気持ち的にはもう限界だ。
「ちょ、っと。脚かけるのやめて下さいよ……じゃあワタシが読み進めるので、ホスミさんは外出てて良いですから」
「おっ? 言ったな?」
「はいはい言いましたー」
呆れた顔をするを尻目に、車の外へ出る。
小高い丘に停めておいた車の外からは、山間の村が見えた。
「普通の村にしか、見えないがねぇ……」
持っていたタバコに火をつけ、近くの切り株へ腰を下ろす。
……医者には止められてるが、やめられねぇな。
「ホスミさーん! あっ、また吸ってる!?」
半分も吸わないうちにお声がかかった。
「なんかあったか」
「先輩から連絡ですよーーうわっ、くさっ」
「寄るな寄るな。サンキュ」
相方を手で追い払いつつ、通信端末を受け取った。
タバコは吸ったままボタンを押す。
『ホスミ。ご苦労』
「ご苦労さんです」
『……タバコ、吸ってるだろ?』
「まさか」
上司にもタバコは禁止されている。
アイツにも悪影響だしな。
『後輩ちゃんには寄るなよ』
「……へいへい」
『調査資料は読んだか?』
「えぇ、まぁ」
相方へ目をやると、素早く資料を俺の方へ渡してきた。
鼻と口はしっかりとハンカチで塞いだまま。
『あー……今回の調査は、人の死亡件数が妙な村の調査だ。七年前の大量殺人事件をキッカケに、過去の死亡件数も調査した。その結果、妙な規則性が見つかった』
「規則性?」
『あぁ。三年ごとに、必ず人が死ぬか行方不明者が出てる』
「はぁ……」
正直、あまり驚かなかった。
人が死ぬのなんてどこでもあることだし、三年に一回だったら恐ろしく高い頻度ってわけでもないだろう。
『お前のことだ、疑問に思ってるだろう』
「……」
『別に咎めるわけじゃない。さっきの話に補足だが、老衰、殺人、行方不明、その他もろもろ全部合わせて日付も理由も問わず、三年に一人だけ絶対に、だ』
「なるほど」
そうなると話は変わる。
俺がさっき思った恐ろしく高い頻度ではない、というのは事件に限った話だ。
自然死も含め、必ず三年に一人、言い換えれば二人以上死ぬことは絶対にない。
これは妙な話だ。
『話は戻るが、このキッカケになった大量殺人事件。死者数は六人だ』
「うん?」
さっきまでの話と、まるで矛盾している。
三年に一回、そういう規則性じゃないのか?
七年前の大量殺人がーー
「……あぁ」
『……気がついたか。勘付いているとは思うが、七年前に起きたこの大量殺人事件依頼、死者は一人も出ていない』
話が見えてきた。
その仔細を調査するため、今回俺たちが派遣されたわけだ。
『ちなみに今の話は、全て今手に持っている資料に書かれていることだ』
「……なるほど?」
『……とやかく言うつもりはないが、後輩ちゃんにあまり迷惑をかけないようにな。それと連絡はこまめにとるように。以上』
「イエス、マアム」
通信が切れた。
相方の方へ目を向けると、何か言いたげにこちらを見ている。
「だから資料がメインだって、言ったじゃないですか。少しは内容を理解してやる気出ました? ホスミさん」
「ほら、車出すぞ。どうした? やる気出せやる気」
「なっ……! ワタシは元からやる気ですよ! ホスミさんと違って!」
むきになる後輩の背を叩いて、俺達は車へ乗り込んだ。
「よし、村の人間だな。聞いて見るか」
「はい!」
車を走らせ村へ着いた俺達は、早速そこらへんを歩いていた村の人間へ話を聞いて見ることにした。
「やる気満々だな。任せた」
「なっ……!? ホスミさん!?」
「ほら、早く行かないと怪しまれるぞ?」
「ぐっ……ぬぬぬ……覚えておいてくださいよ……」
捨て台詞を吐きつつも村人の方へ歩いていく相方。
仕事熱心で結構結構。
俺は俺で、車の中から様子を伺う。
相方が話しかけているが、村人の不審な動きもないし、特に異常はなさそうだ。
この分だと、今回はハズレか……?
一応資料を軽く見つつ、周りにも目を向けておく。
そうこうしてるうちに、聞き込みも終わったようだ。
「どうだった?」
「……少し、変かもしれないです」
車に乗り込むなり様子を聞いたが、俺の予想は大きく外れ、相方は話の中で何か違和感を感じ取ったようだ。
「何が変だって?」
「ワタシ、七年前の事件のことを単刀直入に聞いたんですよ。そうしたら、起きた場所のこととか、時期とかを教えてくれたんです」
「協力的でよかったじゃねぇか」
「いえ、その……それはそうなんですけど、なんというか……うーん」
妙に歯切れが悪い。
相方はゆっくりと言葉を探すように唸っていた。
「嬉しそう、って言うんですかね」
「嬉しそう? 事件の話でか?」
「はい」
こればかりは直接話したからわかるのだろうが、些かおかしな話だ。
「……もう少し別の人間にも話を聞いて見るか。次は俺が行く」
「わかりました」
俺達はもう一度、村の中をゆっくりと車で走り出した。
「何かあったら、連絡入れる」
「はい。ここから周りも見てますね」
役割を交代して、次は俺が車から降りる。
木陰で休んでいる老人に話を聞くことにした。
「すいません」
「あぁ、あれ? あんた、村の人じゃないな?」
「えぇ。仕事でちょっとここら辺のことを調べてるんですが……少しお聞きしたいことが」
「それはそれは、お疲れ様だなぁ。あたしで良ければ、答えるよ」
やはり近くで話してみても、特に変わったところは見られない。
なら、本題から入って見るか。
「七年前の、事件は知ってますかね?」
「七年前……? あぁ、アレかぁ」
流石に六人も死んだ事件だ。
話はすぐに通じるようだ。
「アレは、助かったなぁ」
「ーー?」
助かった。
その言葉に疑問を覚え、思わず会話を止めてしまう。
「失礼ですが、七年前の殺人事件の話ではなくて?」
「うん? だから、そうだろう? 六人死んだアレだよ」
認識の齟齬、というわけでもなく。
確かにあの事件だと認識しつつ、助かった、と言ったのだ。
違和感は充分だが、調査である以上もっと踏み込まなくてはならない。
「その事件についてもう少し詳しくお聞きしたいんですが……」
「あぁいいぞ。あの時は、村中が大騒ぎでなぁ。当日の朝のことも覚えてるよ」
やはり普通のリアクションか?
さっきの言葉が聞き間違えかと思い始めた時、その考えが覆された。
「実行したやつが捕まっちまったのは、残念だったなぁ。だけども、お陰であたし達は……ひいふう……あと十一年は大丈夫だなぁ。ありがたいありがたい」
「っ、……」
理解が追いつかない。
本当に今、事件の話をしているのか?
そうだとしたら、言葉が丸々ひっくり返って聞こえる。
捕まって残念だった。
あと十一年。
ありがたい。
思考がぐるぐると、行き場を探すのを感じた。
「でもあれじゃあーー」
「いや、結構。充分だ。よくわかりました」
「そうか? 調査してる人の助けになったんなら、良かった。それじゃああたしは、そろそろ行くかんなぁ」
手短に感謝を述べると、老人は手を振って歩いていってしまった。
思考と共に、その場へ置いていかれる。
気がついたのは、相方に肩を叩かれた時だった。
「ホスミさん? 大丈夫ですかー?」
話終わっても棒立ちでなかなか帰ってこない俺を変に思ったらしい。
いまだに頭の整理はついていなかった。
「何か、ありました?」
「……車出せ。村から出るぞ」
様々な仮説と予想が思考を巡る。
とりあえず報告書に書く『異常』は、充分だろう。
少し話を詰めすぎたかもしれません。
もう少し時間に余裕を持って書くべきでしたなぁ…