カルデアにはそれぞれの部屋以外に談話室、というものも勿論存在している。
大抵は六~七人が座れるような、そこそこの広さのもので、大人数のそれこそ宴でもやるような広さはない。
職員はともかくとして、
そのおかげか、職員たちもちらほらと利用する事が多くなっていった。
かくいう自分は、というと。
利用する殆どを私室の代わりにしていた。
午後の三時ほどになると大多数が食堂に集まるため、談話室が空いていることが多いから、だった。
「……ナニコレ」
適当に入った、六人掛けの談話室に恐ろしい程の洋菓子の山があった。
自分も嗜みこそするが、これほどの量は見たことがない。
つまるところ、誰かしらがここを予約しているということである。
「つーことは、誰か来るのか。……帰ろ」
戻ってこられる前に立ち去る方がお互いのため、そう思っていたのに。
「きゃあっ」
「うわっ」
自動ドアが急に開き、危うく誰かとぶつかりそうになる。
「ごめんあそばせ、職員さん。貴方もこの部屋に御用?」
「いいえ、間違えただけですよ―――――王妃サマ」
「まぁ!王妃だなんて、間違ってはいないけれど、ここではマリーと呼んで頂戴な」
フランス王妃、マリー・アントワネット。
音楽家のアマデウス・モーツァルトに求婚される程の美しさを持ち、フランスとオーストリアの国交のため、幼いながら未来のルイ16世に嫁いだ。
民を愛し、国を愛し、子を愛し、人を愛した、フランスに燦然と輝く白百合の花。
最後こそ断頭台の露と消えたが、その美しさは英霊になった後も変わりはしない。
「分かりました、マリー。……えぇと、それではこれで」
「あー、悪いけどオタク、どけてもらえる?」
「え、あ、ああすまない、ロビンフッド」
「分かってもらえればいいんですけどねっ、と」
漸く出られると思った矢先にこれである。
後ろにロビンフッドが立っていたのに気が付かなかった。
ドルイド、または森の狩人。
イングランド王、ジョン失地王の時代の義賊。ロビン・フッド。
森に住み、村の人々を愛せずとも、村の生活を愛し、守らんとした狩人。
死に瀕し、放った矢が落ちた場所―――――すなわち、イチイの木に葬られた、ロビン・フッドたる“誰か”。
あくまでも、ロビン・フッドたるというだけで、彼は複数いる内の一人、ということらしい。
……つまるところ、フランスの王妃がイギリスの一般人、それも義賊を供にしているという、ちんぷんかんぷんな状況になっているのである。
「えぇと、職員さん。職員さんはこの後お暇かしら?」
「え、あ、ま、まぁ」
元々資料やらレポートやらの整理をしたかっただけなので、暇かと云われれば暇である。
「なら、ちょっとしたものではあるけれど、お茶会に参加して頂きたいの!」
これがちょっとした、とは流石フランスの王妃である。
輝かんばかりの瞳を向けてくるマリーから逃げる様に、ロビンフッドに視線を投げる。
ロビンフッドはチラリと視線を合わせた後、目を伏せやれやれと苦笑した。
……どうやら、参加した方が吉、らしい。
「……えぇ、いいですよ。丁度、休憩したいと思っていたので」
「本当?うれしいわ、すぐに用意するわね!」
「いや、自分で」
「いいの、いいの、座ってらして。私こういうことをするの、意外と好きなの。だから、座っていらして!」
と、マリーは嬉々として支度を始めた。カップ、サーバー、茶漉し。
非常に手際よくこなしていく。
王妃であったのにも関わらずこういったことをこなせるのはひとえに、彼女の性質によるものだろう。
「はい、どうぞ。ああ、ロビンのはこっちね」
「はいはい、頂きますよ」
それぞれがカップを持ち、誰からともなく。
「頂きます」
琥珀色の、よい匂いの紅茶を口に含んだ。
鮮やかな琥珀色と、それ以上のインパクトを与える華やかな香り。
少しの砂糖の甘味も、それをより際立たせていた。
「これは」
「こりゃあ、イギリスのものでも日本のものでもないですね。どこのです?」
流石イギリス人、紅茶の違いがよく分かる事分かる事。
「やっぱりお分かりになるのね!」
マリーは嬉しそうに、頬を少し赤らめた。
マリー曰く。
「アマデウスはどれも同じというし、サンソンは恐縮して来てくださらないの」
これはひどい、何が酷いとはいえないが、これはひどい。
「今日の茶葉はフランスの二ナス―――――生前、私が良く飲んでいた茶葉なの」
「ひえ」
危うく紅茶を零しそうになった。
フランスの場合、イギリスとは違って日常的に飲まれるのはコーヒーだ。
嗜好品としているフランスのものは、日常的に茶を嗜む日本のものとは違い安価ではない。
それが、マリー・アントワネット――――フランスの王妃が愛飲していた茶葉ともなれば、我々一般人からすれば目玉が飛び出る程の値段でも可笑しくない。
「一体どこでこの茶葉を?」
サーヴァントも利用できる共用の茶葉類にそんな大それた高級品はない。
レイシフト先の物は持ち帰る際に逐一報告される物だし、現代にレイシフト、なんて聞いたことがない。
「フランス出身の職員の方がいらっしゃって、紅茶の事でお話が合ったの!それで少しだけだけれど、分けて頂いたの」
フランス出身というと、ムニエルあたりだろうか。
彼ならサーヴァントに対し友好的な方だし、フランス出身ともなれば喜んで協力するだろう。
だが彼に――――ムニエルにそんな趣味があっただろうか。
思い出そうと頭を捻っていると、顔が自然と険しくなっていたのかマリーが心配そうに此方を見ていた。
「御口に……合わなかったかしら?」
「い、いえ!そんなことはないですよ、非常に美味しいです」
「そう?よかった、心配していたの」
イギリスの方は、茶葉に厳しいと伺っていたから―――――とマリーは言った。
どうやら、自分はイギリス人だと思われていたらしい。
「あの、お聞きしてもよろしいですか」
「えぇ、何かしら?」
「どうして、私を誘ったのですか」
ただの一般職員である自分は、サーヴァントと関わることは本来少ない。
やるべきは書類整理にデスクワーク。
あの
「貴方が、
マリーはカップをソーサーにおいて、鮮やかな琥珀色の水面を見つめた。
「マスターはいつも美味しいって言ってくれるし、貴方達のお話をいつも楽しそうに話してくれるの。お祝いの話、ご飯の話、レイシフトの話――――――本当に沢山、話してくれるの」
微笑みながら、マリーは再び紅茶を口にした。
「私も、それはうれしいの。でも、マスターは自分の話はなさらないの。ひとつも、ひとつもよ?―――――だから、
彼女が、あまりにも困った顔をするものだから。
「……いいえ。私の主観――――少ないものですが、それでも良ければお話しますよ」
「本当?うれしいわ!――――あ、こちらをお食べになって!とっても美味しいのよ!」
「クグロフですね、頂きます」
「えぇ、えぇ!沢山お食べになって!」
彼女は嬉しそうに、
これが“
たったひとりの、
「じゃ、俺はここらで……」
ロビンフッドが、カップをおいて立ち上がろうとした。
「あら、どこにお行きになるの?」
お暇だったのでは?とマリーはキラキラと変わらず輝く目で問いかけた。
ロビンフッドは、う、と小さくうめき声をあげると前とは反対に、逃げる様に視線をこちらに投げてきた。
「……美味しいですねー」
自分は、笑顔で無視した。
「あー……スイマセン、オカワリイタダケマスカ」
「ええ、もちろん!あ、こちらも―――――」
結局マリーに押し負けたロビンフッドは、この不可思議なお茶会が終わるまで、王妃から逃げることは叶わなかったのであった―――――――。