ソード・アート・オンライン デュエル・オブ・オナー 作:TTオタク
私はまず両足を肩幅に開いた。そして右足はやや前方。敵に向かって体は真っ直ぐに立てる。剣を持つ右手を頭上に持っていき、切っ先を字面に向けてそのまま右肩から左膝に向かうように構える。
───集中して。呼吸を整えて。
これが私の構え。この浮遊城アインクラッドに閉じ込められた私が好んで使う片手剣の構えだった。
しかしその手に剣は無く、ここはフィールドでも迷宮区でもなく、圏内にある薄暗くカビ臭い地下牢であった。カビ臭い空気が、私のやる気をヤスリのように削る。
───だめよモニカ。しゃんとしなさい。やると決めたことはやり通す。それがおばあちゃんの教えでしょ。
そう自問し、再び集中する。こんな場所でもやれる事はある。私は体に染み付いた動きを反復し、動きを忘れないように、より効率よくこなせるように磨いていく。
型の練習を繰り返していると、頭上からガチャガチャと耳障りな金属音が私の耳に届いた。
───マズい、看守だ。
私は居住まいを正し、背もたれのない椅子に座った。程なくして全身鎧に身を包んだ看守がやってきた。
「出ろ。時間だ」
アインクラッド解放軍(ALF)の派遣した看守は随分と私を警戒した様子だった。手に槍を持ち、なるべく高圧的な態度で私を牽制しようとしている。しかし僅かな声の震えが隠せていなかった。
私は逆らわずに牢を出る。すると、通路の脇に控えていた者たちが私の身動きを塞ぐように槍を向ける。私を中心とした円陣の
「振り返らず、急な動作もせずゆっくりと進め」
私は指示通りゆっくりと歩く。まるで爆発物か化学兵器のような扱いだ。ここ数日で慣れたものだったが、愉快なものではない。
前の槍に触れないようにゆっくりと、しかし後ろの槍に刺されないようにできる限り速く歩く。それでも時折腹部に発生する切り傷の異物感は囚人生活を送る私のストレスを大幅に増幅させていた。
そして階段に差し掛かり、私が速度を落とした瞬間、ひときわ大きい違和感と衝撃が私の腹部を貫いた。
「っ!」
私はそのまま姿勢を崩して階段に倒れこんだ。
「おっと悪い悪い。急に速度落とすもんだから刺しちまったぜ」
私を呼び出した看守とはまた別の軽薄な声。その口調からは微塵の反省の色も見受けられない。
「今抜いてやるからな。よっと」
右肩に衝撃が走る。私は声が出ないように、唇を噛んで耐えた。足で私の体を固定して槍を抜くという名目で私を足蹴にする。いつもの、慣れた虐待だった。
周囲の看守たちは黙ったままだ。それもそうだろう。彼らにとっては私は憎き同胞の仇だ。その仇が暴行を受けていたところで、誰が止めに入るものか。
やがて槍が抜け、足蹴にされた状態から解放されると、再び槍衾に囲まれる状況になった。
私を足蹴にしていた軽薄な声の男が言う。
「おらさっさと立てよ人殺し。殺されてないだけありがたいと思えよ」
半笑いの声。前々からわかってはいたが、この男だけは私への恨みゆえの虐待ではなく、単に楽しみとしていたぶっているだけらしい。
───このカス野郎が。覚えてなさい。自由の身になったらアンタの身ぐるみ剥いでやるんだから。
しかし、私は耐えるより他ない。今から始まる〈裁判〉へ向けて、弱点となり得るような欠点を晒してはならなかったのだ。
私はどうにか立ち上がり、看守の誘導する先へと向かった。
†
そうして私は25層の血盟騎士団(KoB)本部へ通された。場所は大きな会議室。いや、会議室というにはやや高圧的な半円状のテーブルが入室者を待ち構える部屋だった。
「モニカくん、よく来てくれた。席にかけたまえ」
そう発言したのは、半円のテーブルの中央を陣取るこの裁判の主催者である血盟騎士団の団長、ヒースクリフだった。
───相変わらず人間味のない人。
「はい、失礼します」
私は軽く一礼し、半円の中心にある席に座る。私の真正面に血盟騎士団の面々が
思ったよりも遥かにまともな裁判所だ。その関係も崩壊したとはいえ、かつて二大派閥を形成し争った解放軍と聖龍連合が一堂に解しながら静粛を保った議場に仕上がっている事がヒースクリフのホストとしての有能さを証明していた。
髪の毛の落ちる音さえ聞こえそうな静寂の中、ヒースクリフは普段通りの冷めた重低音を響かせて話す。
「会議を始める前に諸君に問いたい。今回の会議の議題はモニカくんの罪を精査し、罰則の内容を決める。そして、アキラくんの動向について明確な情報を共有し、彼がレッドプレイヤー達と繋がりがないか証明する。この二つで違いはないかな?」
会議、と銘打ってこそいるが、これは事実上の裁判であった。ヒースクリフは言っていないが、この会議は私ことモニカの殺人の罪を追求し、解放軍の私刑を許可するかが議題に含まれている事を看守の口から聞いていた。
即座に右手、聖龍連合のリーダーが声を上げる。
「ヒースクリフ。この会議を始める前に言っただろう。アキラは無罪だ。彼はモニカ等レッドプレイヤーに襲われた被害者なんだ。彼を疑うなんてどうかしてる」
その発言を、今度は中央の声が
「クライムさん。ここは情報を交換し互いの認識を一致させる場です。あなたの主観を主張する場ではありません」
冷たく、そしてよく響く女性の声。血盟騎士団副団長のアスナの声だ。わたしを除けばこの中で唯一の女性でもある。
「まぁ、確かにそうだな。悪かった」
クライムと呼ばれた男は大人しく引き下がった。
その後は反対を示す者がいなかったため、ヒースクリフは会議開始の音頭をとった。
「問題がなさそうなので進める。まず初めにモニカくんの口から当時の状況の説明を願おう。頼めるかな?」
決して命令しない。その態度に私は違和感を覚えた。思えばグリーンプレイヤーを手にかけたレッドなど即座に断罪されて然るべきなのに、ヒースクリフは私を罪人として扱っていないような雰囲気を感じた。
───ひょっとして、血盟騎士団は私の側についてくれるのかしら。
それだったら心強いことこの上ない。予定通り私はヒースクリフの言う通りに説明を行う事にした。
「はい、簡単に説明させていただきます。私は当時、私の友人のノンナとパーティーを組んで行動していました。そこにアキラ率いるパーティーが同行を要請してきました」
決して誇張はしない。下手な誇張は弁護側に疑念を生じさせる事になる。
「私たちはアキラ達とパーティーを組む事を了承し狩りを行っていると、レッドプレイヤーの襲撃を受けてしまいました。それでアキラ率いるパーティーは麻痺をくらって戦闘不能になり、私とノンナだけが残っていました」
思い出すだけで手が震える。思えばあの時に一瞬でも気を抜かなければ私はこんなところに立ってはいなかったのだ。
「私たちは背中合わせでレッドプレイヤーと戦いました。対人訓練は積んでいましたし、ノンナとは長いペアだったのでレッドプレイヤー達のHPバーがレッドゾーンに突入する程度には優勢に戦えていました」
───ああ、本当におぞましい。今すぐにでも殺してやりたい。あいつさえ居なければ今でもノンナは私の隣に居たのに。
私は震える唇を噛む。現実世界だったら血が出ていそうな、そのまま噛みちぎってしまいそうなほど強く噛んでいたが、電子上の仮想世界にあるこの体は一滴の血も流さないままだ。
「それでも、私たちは皆さんがご存知のようにレッドプレイヤー達に監禁される事になりました」
───モニカ、覚悟を決めなさい。今から私は、一族の名誉をかけて戦いを挑むのだから。
胸いっぱいに空気を吸い込み、はっきりとした発音で私は言う。
「それはアキラが、青龍連合の幹部であり私たちとパーティーを組んでいたアキラが裏切り、ノンナへ攻撃したからです」
私は、ただ毅然と前を向いた。