ソード・アート・オンライン デュエル・オブ・オナー 作:TTオタク
音を途切れさせる事なく鳴る風切り音。一つの風切り音で終了するのではなく、強弱を伴いながら止むことなく鳴るそれは、私にとって毎朝の目覚ましの代わりとなっていた。
私は上体を起こし、短槍を振りまわしている相手に言う。
「今日も朝から精が出るわね、ノンナ」
しかしノンナは返事をせず、槍を振り続ける。いつもの事だった。しばらくして、ノンナの練習が終了する。
「あ、
ノンナはイタリア語で私にそう言う。ノンナは私に気遣い、2人きりの時はイタリア語で会話してくれていた。
「貴女曇りでもいい天気って言うじゃない。気象予報士だったら懲戒ものよ」
「いや、曇りも天気の1つなんだから、悪い天気って言うのも変かなって思ってね。えへへっ」
ノンナは快活に笑う。大きな目が細め、白い歯を見せる笑い方は、どこか子供っぽい雰囲気を
「悪いのがなかったら良いのもないじゃない。まあいいわ。それより今日はどうするの? 欲しい素材が有るって言ってたけど」
「えっと、今日はいいかな。レベリングにしとこ」
「わかったわ」
私は寝巻きからいつもの金属鎧に着替える。前線を張るアタッカーにしては重装備で、籠手の手の部分が無いことを除けば、フルプレートアーマーと言っても差し支えない装備だった。ただ流石にタンクが使用しているような隙間を極限まで減らしたタイプではなく、機動性確保のために空いたスペースを
「いつも思うけど重装備だよね。私には無理かな」
そう言うノンナの装備は革製一式で、動きやすさを第一としているのは明らかだった。
「防具は重さと防御力の最適値で装備すべきよ。速度を殺してはいけないけど、回避にだって限界はあるわ」
いつも口酸っぱくノンナに言っている理論だったが、ついぞ受け入れられた試しはない。まあこの感覚派の天才には何を言っても無駄なのかもしれないが。
「まあいいじゃん。さあ行こ。朝ごはんはサンドイッチ用意してあるからさ、歩きながら食べようよ」
ノンナはそう言って私を急かしながら、ドアの前で足踏みする。この光景もいつもの事だった。
───今日も食べ歩きか。お父様が見たらなんて言うかしら。
脳内でそう愚痴りつつも、私はノンナと外に出る。時刻はちょうど7時、街が動き始める時間だった。
「はいこれ」
ノンナがサンドイッチを渡してくる。肉のスライスが入った、ボリュームのあるサンドイッチだった。私はそれを一口かじる。
「ん、今日もおいしいわ。あとソース変えた?」
「当たり! やっぱりお嬢様の舌は誤魔化せないな。私も精進しないと」
ノンナは外食時以外、毎食手作りをしてくれていた。生産職に興味を持たない彼女だったが、料理だけは熱心だった。
歩きつつサンドイッチを食べ終わると、ノンナは手を差し出してきた。私は無言で彼女の手を握る。私より一回り小さい手、働き者の温かい手を握りながら、私は言う。
「手繋いでると歩きづらくない? 無理しなくてもいいのよ?」
「なにを! これだから高身長は。別に小さくたって歩幅合わせられないわけじゃないやい!」
ノンナが頬を膨らませながら反論する。ノンナの身長は日本人女性の平均身長から考えても小さめで、145cmだった。176cmある私とは30cm強の差があり、手を繋いでいるだけでかなりの身長差を感じる。
「身長が小さいってだけでみんな私を子供扱いするんだ。だいたい私もう20だよ。立派な大人なのに」
ノンナはぶつぶつ文句を言う。その様子が可愛らしく感じられて、笑みが溢れてしまう。
「ふふっ。大丈夫よノンナ。背が小さくても大人にはなれるわ」
「なんだと!」
ノンナはそれほど怒っていない様子で、繋いでいない右手で私をポカポカ叩く。
「いいもん。背高くておっぱいも大きいことなんて、別にうらやましいなんて思ってないし」
ノンナはほぼ言っているような愚痴を零してそっぽを向く。
「ごめんって。さ、転移門に着いたわよ。機嫌直して」
私たちはいつものように会話をしながら、転移門を使用する。だがこれが、ノンナにとって転移門の最後の使用になった。
†
「ノンナ! そっち行ったわ」
「オッケー。せいやっ!」
ノンナは単発技両手槍スキル《スイフト・ランジ》を使用し、正面のトカゲ人間を
ノンナは、体格差上切り下ろしになる斬撃を、槍を横にして両手で防ぐ。
「よっと!」
そして、上半身をひねるようにして、石突き側をトカゲ人間の側頭部に叩きつける。槍はそのまま回転させ、穂先を前方へ向ける。
たたらを踏んだ所を、槍を構え直したノンナが、喉に刺突を叩き込んだ。その一撃を受けて、光の破片となって爆散した。
「相変わらず見事な技ね。本当に槍術習ってなかったの?」
私の称賛の言葉に、ノンナは照れ臭そうに後頭部を掻く。
「別にそんなんじゃないよ。SAOに来てからの我流だってモニカも知ってるじゃん。1年も槍を振ってたら、誰だって上手くなるよ」
ノンナは槍の名手だった。親友の
「私より凄い人はいっぱいいるよ。ほら、前挨拶したキリトくん。彼の動きなんて超すごかったじゃん。ボス相手に攻撃をパリィし続けて近距離で殴り合うなんてさ、私には真似できないよ」
「そう言って貴女。その時にMob4体相手して完勝したじゃない。あれやられて謙遜されても真実味に欠けるわ」
「別に、周りをちゃんと見て動けばできると思うんだけどな」
そう言ってノンナは小首を傾げる。自分が優れているという自覚はまるでないようだった。私はやれやれとかぶりを振る。
「実際にあちこちから勧誘来てたじゃない。青龍連合も解放軍も幹部直々だったし、血盟騎士団に至ってはヒースクリフ直々に勧誘されて。これで優秀じゃなかったら、誰が優秀なのよ」
実際、攻略組に参加するたびに勧誘の声をかけられている始末だった。しかし、それも当然だろう。数少ない女性プレイヤーな上、可愛らしい容姿をしている。そして触れることすら叶わぬ回避能力とそれと表裏一体のカウンター。まるで全ての動きが攻撃と錯覚するノンナの動きを見れば、誰だって仲間に誘うだろう。
「うーん、ギルドに誘われてもなぁ。私、集団行動って嫌いだし。私いっつもみんなの事怒らせちゃうから、そんな私が凄いはずないと思うんだけどな」
たしかにノンナに対して辛く当たる人も多いだろう。彼女の行動が、いわゆる「ぶってる」と取られやすいのも知っているし、純真故に空気を読まない面や、愛らしい風貌が嫉妬を買ったりする。そういう事が多いのも理解できるが、彼女の自己評価の低さには納得がいかなかった。
「ノンナ、貴女は凄い人よ。真面目で、努力家で。才能に
「そんな、モニカ言い過ぎだよ」
ノンナは赤くなった両頬に手を当てて
「えへへ、じゃあ行こっか」
狩りを再開すべく、私たちは歩き始めた。ノンナは私の前を意気揚々と歩き、鼻歌まで歌っていた。
───ああ、幸せだな。
モンスターが出るとはいえ、木漏れ日の心地よい森の中、最愛と言ってもいい親友と2人歩く。友と言える存在を持たなかった私にとって、ノンナとの日々はかけがえのない物だった。
きっとこの胸に去来する感情を、愛と呼ぶのだと思う。祖母にも感じていた、強く暖かい感情。未だ慣れない物だったが、私にとっては真冬の暖炉の熱のように心地よく感じられた。
しかしそんな幸福も長くは続かなかった、私の聞き耳スキルが遠くからの戦闘音をキャッチした。
「ノンナ。東の方で誰か戦ってるけど、様子見に行く?」
「うん、様子だけでも見にいこっか」
そうして戦闘音のする方へ向かうと、ある一団がトカゲ人間の群れと戦闘しているのが目に入った。あまり戦況は芳しくないようで、苦戦を強いられている。
「わ! すごい苦戦してるよ。助けようよモニカ」
即座に助けに入る事を進言してくるノンナ。だがしかし、私は別の疑念に駆られていた。
───あいつ、アキラよね。あんな腕のいいプレイヤーが居て、なんで苦戦するのかしら? それに、複数名対人慣れしてる奴がいるのに、あきらかに手を抜いてる。
理由がわからない。あの場面で手を抜く理由は無いはずだ、なのにどうしてだろう? その疑問が私の頭の中でぐるぐる回る。
「ねえモニカ。早く助けようよ。危ないよ」
ノンナが切羽詰まった様子で言う。たしかにHPが危なそうなプレイヤーは居る。だが、手を抜いてる以上、キナ臭さが拭えない。
「モニカ、早く」
決して独断専行をしないノンナだが、この時ばかりは今にも走り出しそうだった。そんな友の様子を見て、私は仕方なく言う。
「わかったわ。でも助けたらさっさと別れるわよ。どうにもキナ臭いわ」
「うん!」
私の言葉が言い終わるが先か、返事と共に駆け出すが先か。そんな様子でノンナは疾風のように駆け出す。私もややあって後を追う。
この時、ノンナを意地でも止めていたら、それより以前に血盟騎士団への入団を勧めていたら、話は変わっていたかもしれない。私はそう後悔する事になった。死ぬまで、おそらく死んでもずっと。