ソード・アート・オンライン デュエル・オブ・オナー 作:TTオタク
「いや助かったぜ。ありがとな」
アキラが握手のためか、ノンナに右手を差し出してくる。私たちは戦闘に介入し、状況の悪かったプレイヤーを救出した。その結果、パーティーリーダーたるアキラが礼を言ってきた。
「いやそんな。当然のことをしたまでですよ」
そしてノンナは、その手を握った。彼女は照れた表情で、明るく笑っている。
握手が終わると、私に話しかけてきた。
「そちらのお嬢さん、たしかモニカさんだったろ。アンタもありがとな。いい腕だったぜ」
「別に、お節介にならなくて良かったです」
私は気を抜かず、アキラを見据える。どうにもこの男は気持ちわるい。普通に見れば、格闘家を思わせる
「そう警戒なさんな。別にとって食おうってわけじゃないんだぜ」
アキラはそう言って笑うが、私の中の警戒心は薄れる気配を見せない。
───なぜかしら。疑り深い性格だって自覚はあるけど、何度か面識があって、何か悪いことをした訳じゃない。攻略組として貢献しているアキラに、どうして私はここまで嫌悪と警戒心を抱くのかしら?
私が警戒の姿勢を崩さずにいると、ノンナがやんわりと注意をしてくる。
「だめだよ、モニカ。アキラさんだって別に悪い人じゃないんだから、もっと友好的に接しなきゃ」
「ノンナ……」
本当に考えすぎなんだろうか? たしかにまだアキラへの警戒を抱く理由がないが、それでも警戒を解く事ができなかった。
「まあいいさ。俺くらいタッパがありゃそりゃ怖く見えるもんだしな。悪いな、怖がらせちまって」
アキラは笑う。それに釣られて、彼の周囲のパーティーメンバーも笑っていた。なごやかな風景だった。
「それは置いといて、だ。ノンナさん、虫がいい話だが俺たちのパーティーの狩りを手伝ってくれねぇか? ここには新米のレベリングに来たんだが、どうにも手が足りない。報酬は弾むからどうか頼めないか?」
アキラは頭を下げる。ノンナは迷った様子で、私の方を向く。
「どうする? みんな困ってるみたいだし、私は助けたいなって思うんだけどな」
「私は反対よ。アキラさんは青龍連合の幹部だし、ギルドメンバーを連れて来ればいいじゃない。危機は脱したんだし、私たちが長々と付き合う理由がないわ」
言葉を言い切って初めて、自分の言った意見に驚く。私は別に普段はここまで排他的な人物ではなかった。普段は進んで人助けをするタイプだと自認しているし、この依頼の条件自体は悪くないように思えた。だが、それを踏まえた上でこの言葉が自然と出てきた。それほどまでに、アキラへの警戒と嫌悪は強かったのかもしれない。
「それができりゃもうちょいマシなパーティーで来てるさ」
私の言葉を聞いたアキラが、頭を上げて言う。
「どういうことです?」
アキラは苦々しい顔をして、その質問に答える。
「このパーティーは青龍連合の団員で構成されている訳じゃねえんだ。アイツは解放軍所属だし、コイツはそもそもギルド所属じゃない」
アキラが指差したプレイヤーはぺこりとお辞儀をする。なるほど、たしかに青龍連合関係者で狩りに来ていないのであれば、ギルドの権力を使用するのはまずいだろう。
「自分のギルドメンバーでもない相手のレベリングに付き合っているって訳ですか?」
「そうだ。後進を育てるのも先駆者の務めだろ」
一理ある、そう思ってしまった。アキラの考えは立派なものだ。ノブレスオブリージュを実行している彼の行動を否定する事はできまい。その行動を怪しいからと言って、非協力的な態度を取ろうとしている自分が急に浅ましい存在のように思えた。
「わかりました。そういう事なら、今日限りですよ。ノンナもそれでいい?」
「うん、ありがとモニカ」
私はため息をつく。呆れや気苦労から出た物ではなく、自分の中の疑念を吐き出すためのものだった。
「そうか。感謝するぜ。ありがとな」
アキラはもう一度頭を下げたあと、パーティーメンバーの方へ向かう。説明をしに行った様子だった。
アキラが向こうへ行ったのを見計らって、ノンナが近づいてくる。
「ごめんね、モニカ。私のわがままを聞いてもらって」
ノンナは落ち込んだ様子だった。嫌がる私を巻き込んでしまったと持っているのかも知れない。
「別に、私は自分の意思で決めた事だから。そんなに気に病まないでね」
「わかった。ありがとね。今度私がモニカのわがまま聞いてあげるからね。なんでも言ってね」
ノンナが笑う。それに釣られて私も笑ってしまった。
「ノンナ。それで私が無茶な事を要求したらどうするのよ。あんまりなんでもとか言っちゃダメよ」
私の言葉に対して、ノンナは少しも悩まずに言い返す。
「大丈夫だよ。モニカは私の嫌がる事しないもん。それに、私はモニカに何されても嫌いにならないから。だからなんの問題もないよ」
「っ!」
なぜか私は顔を背けてしまう。なぜだろう。顔が熱いような気がする。別にこれは照れている訳ではない。きっとそうだ。まっすぐ好意を向けられた経験がなかったから、慣れない感情に振り回されている訳では決してない。
「そういう無条件の優しさを利用する輩がいるかもしれないって意味よ。もう。利用されてからじゃ遅いのよ」
「はーい」
変わらず花の咲いた様な笑みを私に向けるノンナ。私はそれを見て、自分の心が癒されるのを感じていた。
†
私は敵Mobに対して刺突を放ち、絶命させる。戦闘は一段落したようで、おのおのが緊張を解いた様子だった。
その中で、私に話しかける男がいた。
「すみません、モニカさん。ちょっと聞いてもいいですか?」
「いいですよ」
彼は解放軍所属と紹介された、ワルサーという男だった。年の頃は30代半で、温和そうな人格が窺える容姿だった。
「モニカさんは何故、ソードスキルを使わないんですか? かなり戦闘慣れしてる様子なのに、何か戦闘の秘訣とかがあるのでしょうか?」
「別に使わない訳じゃないですよ。モーションアシストの感覚が嫌いなのと、システム補正頼りで戦う事に不安を感じるだけです。どうにも、私は神経質なタイプみたいで」
ワルサーは頷いて話を聞く。真面目な日本人らしい仕草だった。私の話が終わってすぐ、さらに疑問を口にする。
「システム補正頼りで戦う事への不安とは、どう言った意味でしょうか?」
「システム補正のある攻撃って、ある程度は軌道が読めるんですよ。ソードスキルなんかは出す技が決まっていて、構えと発光エフェクトで相手に使うスキルが伝わってしまいます。もしスキルを読み切れる相手とPvPをする事になったら、ソードスキル無しの戦闘ができないと勝ち目が無くなってしまいます。まあ、読めないように使用すれば良いだけの話なので、所詮は下手くその
私の言葉に大仰に首を振りながら、ワルサーは言った。
「いえいえ。物凄くお上手じゃないですか。特に武器防御の上手さは初めて見るレベルかもしれません。まだお若いのに、私よりずっと立派だ」
「貴方の片手剣術もいい腕ですよ。攻撃していいタイミングとしてはいけないタイミングをきちんと読んで攻撃できるみたいですし、これからきっと伸びますよ」
ワルサーは笑みを浮かべた。誠実なビジネスマンを思わせる表情だったが、どことなく人の良さを感じさせた。
「その、今日の狩りの間だけで良いですので、これからも質問をしても良いでしょうか? 私はどうしても強くならなくちゃいけないんです」
「良いですけど、なぜそこまで?」
ワルサーは命をかけた闘争を好むタイプの人間には思えなかった。無力である事を嫌う私や、とんでもないお人好しのノンナと違い、彼はごく一般の人物。命を賭してまで何かをしようとする人物には見えなかった。
「家族が待っているんです。妻と子供が居まして。子供はここに来る前に反抗期に入ってしまいまして、多感な時期だからこそ、そばにいてやりたいのです。妻も私が寝たきりでは苦しい状況に立たされているに違いありません。だから、一刻も早く強くなって、攻略に貢献したいんです」
ワルサーの表情に曇りはなく、確かな決意を感じさせた。この言葉に嘘はないのだろう。
───立派な人ね。アキラへの疑念はまだ消えないけど、ワルサーのような好人物に出会えただけ良しとしましょう。彼の手伝いをできるのは光栄だわ。
「なるほど。もちろん協力しますよ。そのかわりと言っては何ですが、無理はしないでくださいね。死んでは元も子もありません」
「ありがとうございます」
ワルサーは礼をし、自分のポジションへ戻る。私はその姿を見て、無様な戦いはすまいと決意した。