ソード・アート・オンライン デュエル・オブ・オナー 作:TTオタク
誤字脱字にお気づきになられたら、気が向いたらでいいですので知らせていただけると助かります。
コーヒーは良い。その存在は、私にとっては人類が生み出した三大発明以上の発見である。香りもよく、良い豆が良い腕で煎れられたコーヒーを頂くのはまったくもって至福のひと時である。
だが、SAOに、浮遊城アインクラッドには私を満足させるコーヒーは無かった。思えばこの世界に囚われて以来、一番不満を口にしたのはコーヒーの不在だったかもしれない。
無論、
今一度、本当に美味しいコーヒーを飲み、友とそれを分かち合いたい。
分かち合う友の亡き今、その願いは果たされる事は無いのだろうが。
そうして私は今日も今日とてコーヒーもどきを飲む。今の私の姿を見れば、さぞや陰鬱に映るだろう。もしくは苛立っているように見えるかもしれない。
「はぁ」
ため息が漏れる。やはり、やるせない気持ちは隠せなかった。
「すまんなぁ、モニカさん。SAOでの再現じゃこれが限界でよ」
不機嫌そうな私を見かねてか、この店の店主であるアフリカ系の巨漢、エギルが声をかけてくる。
「いえそんな、飲み物の事で機嫌を悪くしていたわけじゃないですよ」
私はなるべくの笑顔を浮かべてエギルに言う。店と言ってもカウンター席しかない露店だ。そんな距離の近い空間で機嫌の悪そうな客が居たら気にもするだろう。ましてそれが、現実での知人であったなら。
私の返答にエギルは
「その、ちゃんと飯食ってるか?」
「食べてますよ、その辺の資金も融通してもらえるのでありがたいです」
結局のところ、食事の代金などはダニエーレが有無を言わさず渡してくるようになった。曰く年長者は年少者に飯を食わせるもの、との事だった。
「そうか、そうならいいんだが」
エギルはそう言って沈黙してしまう。
もしかしたら私は邪魔なのだろうか? 思えば狭いカウンター席とは言え、あと数人は来ても良さそうだが、どうしてか人は来ていない。私が客足を遠ざけているのかもしれない。
「大丈夫ですよ、コーヒー一杯で粘ったりしません。待ち人と合流したら別の場所に向かいます」
「違う、別に出てけって言ってるわけじゃない。今日はPC・NPC問わず客が入らないように貸し切り設定にしてあるんだぜ。むしろ用があるなら俺が出るからここですませた方がいい。特に、人目を気にするような事ならな」
エギルはそう言って店のステータス表示を私に見せる。たしかにこの店は招待限定になっていて、他の客が入れない。密室になるように設定されていた。
「察しが良いんですね」
───本当に
「まあバーの店主も兼ねてたからな。人の悩みを見抜く自信はあるもんさ」
「店を集合場所にして良いか聞いただけなのにですか?」
「現実でも俺を頼るときって言うのは、大概が込み入った事情を抱えてる時だろ。まして、決闘裁判なんかに巻き込まれるってなれば、後ろ暗い事もあるだろうよ」
私は図星だとばかりに軽く手をあげる。まるっきり図星で、大手を振って会えるような人物ではないからこそ、秘密を死んでも守るだろうエギルに協力を頼んだのだ。
私がまだ現実にいた頃、ノンナと喧嘩した程度の相談から、私が乱闘騒ぎを引き起こしてしまった時まで相談に乗ってくれた人だ。正直な所、祖国にいる資産目当ての親戚もどきより、エギルの方がよほど親身になってくれる相手だった。
そんなエギルが、苦い口調で私に言う。
「なあ確認して良いか?」
「何ですか?」
「決闘裁判を今からでも辞退する事はできるのか?」
その言葉に私ははっきりと、断定する口調で答える。
「できません。それに、しませんよ」
エギルは眉間を押さえて首を振る。
「まったく、その頑固さは変わらんな。乱闘事件起こした時も、もう少し自分を大切にしろと言ったはずだぞ」
「あれは警察を呼ぼうとしたら、相手が私も取り押さえようとしたから殴り返しただけです。殴り込みに行った訳じゃないですよ」
「その結果、腹と額に何針も縫う傷を作ってノンナが大泣きしたのを忘れたのか?」
「っ!」
その名前を聞いた途端、寂しさと喪失感が胸に渡来する。私が傷つくと泣いてくれる彼女はもういないのだ。
「すまん。言葉を間違えた」
私の感情を察してか、エギルが謝る。私に注意する時、ノンナの名前を持ち出すのはエギルの癖だった。
「いいえ、気にしないでください。確かにあの事件は酷いものでした。ですが、ノンナを居ないものの様に扱う気は私にはありませんよ。要らぬ心配をかけてすみません」
私はまた笑みを浮かべる。するとエギルは、深いため息をついた。先ほどまでとは違う、どこか粗い、怒りの空気を漂わせたものだった。
『なあモニカさん。いや、モニカ。ここからは英語で話しても良いか?』
『もちろんよエギル。それでどうかしたの?』
エギルが英語で会話しようと言うのは今までもそれなりにあった。時に公言できない内容を話す時、もしもの盗聴に備えて英語で会話する事が多かった。敬語でないのは、本心を話してほしいからだとエギルは依然言っていた。
それ故に、ここからは大切な話だと言うことなのだろう。
エギルはどこか、聞き分けの悪い子供を叱る様に言った。
『まだ無茶を続けるつもりなのか?』
『無茶? べつにしていないわよ』
身に覚えのない言葉だった。その反応を半ば予想していたのか、言葉を続ける。
『聡明なお前ならわかるだろ。今までのお前の行動のどこが無茶じゃないって言うつもりなんだ?』
『だから無茶なんてしていないわよ。できる事をやってきただけよ』
私の返答に、エギルは盛大にため息をついた。そして言葉を続ける。
『じゃあ聞くが、お前にとって暴漢に刺された傷を自分で、市販のソーイングセットで縫うのは無茶じゃない、いたって普通のことなのか?』
内心、過ぎたことをほじくりかえすのはどうかと思ったが、恩義がある彼の話なので付き合うことにした。
『いたって普通とは言わないわよ。たしかにあの時はノンナにも貴方にも怒られたけど。あれは処置に有効な事で、私にとってできる最良の行動だったのよ。問い詰められる様な事じゃないはずよ』
少しばかり救急車が来るのが遅れそうな路地だったので、私は仕方なくノンナの持ち歩いていたソーイングセットで止血したのだ。本当は熱湯で器具を消毒したかったのだが、あわや失血死という状況ではそうも言っていられなかった。
私の回答に不満があったのか、エギルは苦虫を噛み潰すような表情になってしまう。
『じゃあ、親友を失って、人を何人も殺してしまって、他人から心ない言葉を投げかけられて。その上で事情を知らない大人たちに殺し合いをさせられて、それを拒否しないのは無茶じゃないって言うのか?』
『無茶じゃないわよ。悪評なんて今は関係無いし、事件の犯人が罰せられる可能性のある状況なだけまだマシだわ。それに、私はもう成人してるわよ。子供という訳じゃ無いわ』
エギルの表情が険しくなる。
『じゃあその上で、近しい誰かや、知り合いを頼ろうともしない事もか?』
『べつに協力者はたくさんとは言わないけど、理外の一致した協力者は居るわ。貴方の協力にも感謝しているし』
エギルが髪のないスキンヘッドの頭を掻き毟る。
『じゃあ、これだけの悲劇があって、理不尽があって。
『泣き言を言って事態は好転しないわ。辛い苦しいと言って神様が慈悲を下さるとでも? 神は自らを助くる者を助く、よ。そんな事は誰でもわかる事だわ』
いったいエギルはどうしたのだろう? 私が辛いと言うことを心配したいようだが、私は一切問題無い。四肢はあり、思考も正常、睡眠は多少は浅いが行動に影響を及ぼす訳では無い。
まあ人情家のエギルの事だ。きっとノンナの死を悲しんでくれているのだろう。それが私の今後に影響しないか、とも。相変わらず心配症な人だった。
『それで? 質問は終わりでいいのかしら?』
私の言葉に、エギルはかぶりを振った。
『じゃあ最後に、辛いと思って辞めようと思わない事は無茶じゃ無いのか』
『無茶じゃ無いわよ。たしかに今は辛いけど、さっきも言ったように辛いから、というのは物事を投げ出す理由にはならないわ。まだ動けるんだもの、できることをするべきよ』
『お前はそれを、本気で言っているのか?』
『さっき最後って言ったじゃない。まあ、本気で言っているわよ。貴方に嘘をつかないわ』
その言葉を聞いた瞬間、エギルはドン!とカウンターを叩くと、やるせないような、やりきれないような口調で言った。
『店を開ける。飲料は各種入れてあるから好きなように飲んでくれ』
『ちょっと!』
私が止めるよりも早く、エギルは露店を出てしまう。待ち合わせがある以上、私はここを動けなかった。
「エギルらしくないわね。どうしたのかしら?」
私はそう独り言をし、コーヒーもどきに口をつけた。
†
エギルにとって、それは最悪な事だった。嫌な予感が的中してしまったのだ。
しばし駆けて、噴水のある広場に腰を落ち着けると、エギルは頭を抱えた。
「クソッ!」
思わず悪態をついてしまう。それも仕方のない事だった。ノンナが───
エギルはその突拍子もない性質に、その時は気にしすぎだと陽毬を諭したが、いよいよもって現実味を帯びてきた。
「こんなんどうすりゃいいんだよ。このままじゃアイツ───」
恐ろしい予測がつく、それはモニカの合理性に偏重した考えに対する物であったが、危惧はまた別のものだった。
「もしも〜し。大丈夫ですか?」
成熟した色香を放つ声がエギルの鼓膜を震わせる。顔を上げたエギルが目にしたのは、声の妖艶さとは真逆に小柄な少女のような人だった。
「直接お顔を合わせるのは初めてね、エギルさん。私はマリアよ。以後どうもよろしくね?」
少女というには場慣れした所作でマリアは微笑み、礼をする。エギルにとって、マリアと言う名前は覚えがあった。
「アンタが今日、俺の店で待ち合わせをするっていうマリアさんか」
「ええそうよ。私があの子の協力者よ」
そう言ってマリアはまた微笑む。少女のような純粋さと大人の妖艶さが入り混じった魔性の笑顔だった。
「そうか、俺の店はあっちにある。早く行ってやってくれ」
エギルがそう言うと、マリアは上品な所作で笑った。
「ええ、知っているわよ。私がここにいるのは貴方を追ってきたからよ」
「俺を?」
「誠実な人柄で知られるエギルさんが、お得意先の客を置き去りにして駆け出すのだもの。きっと、何か一大事が発生したに違いないと思った次第でね。事情を聞いてもいいかしら?」
マリアは目を細めて笑う。その笑顔から、エギルはどうにも聞くまで返さないという雰囲気を感じ取ったが、モニカの事情である手前、踏み込んだ事は話せなかった。
だが、協力者である以上、モニカに関われる立場である以上、言っておいて損はないだろう。
「アンタ、秘密は守れる質か?」
「ええもちろん。あの子の秘密は独り占めにしたいくらいよ」
どうにも頓珍漢な答えだが、エギルは踏み込んだ事は避けて話すことにする。
「そうか。じゃあ単刀直入に言わせてもらうが───」
エギルは胸中にある無念を晴らすつもりで、口にする。
「モニカはこのまま止まらない。アイツの思う『正しさ』に向けて邁進するだろうさ。臆病で繊細な内面性に気づかないまま、な」
「どういう事かしら?」
マリアが首を傾げるが、モニカの内面をあれこれ言いふらすわけにもいかないので、続けて要件を言う。
「だからアンタにもモニカを止めてやる手伝いをして欲しい。どういう理由で協力するのかはわからんが、止めて損は無いだろう」
「?」
マリアがまた首を傾げるが、エギルは構わずに言う。
「詳しい要件は、モニカに『さっき何があったのか』とでも聞けば理解できる。さあ、行ってやってくれ」
「もう、つれない人」
マリアは一礼すると、待ち合わせの店に向かう。
その背中を眺めながら、エギルは独り言を言う。
「辛いからって止まる理由にならない? 冗談じゃない。それが親友の無事を聞いて大泣きする女の言葉かよ」
エギルは酒に酔いたい気分であったが、この浮遊城アインクラッドでは、コーヒーの香りと同じく、アルコールの酔いは失われていた。