ソード・アート・オンライン デュエル・オブ・オナー 作:TTオタク
私たちはその後、25層にあるレストランへ向かう事になった。
「別に本当に奢らなくてもいいのに、直撃じゃかったんだから」
そう。ダニエーレは先ほどの訓練での発言を遂行し、私の食事を奢ろうとしているのだった。
「棒手裏剣が当たっただろう。あれは見事な技だった。一切ソードスキルを使わずにあそこまでやれたら大したものだ」
そう言って何やら満足そうにうなずく。私がその様子を
「そら、食事だ。とっとと食べてしまおう」
運ばれてきたのはナポリタン風のパスタだった。アインクラッドの料理はリアルに似た物もあるが、微妙に味が違う。
「食前の祈りがまだよ。少し待ちなさい」
私は目を瞑り、食前の祈りの言葉を呟く。
「Benedici, Signore, noi e questi tuoi doni, che stiamo per ricevere dalla tua generosità. Per Cristo nostro Signore.」
それを見て、ダニエーレは複雑そうな顔をする。
「この世界の食事なんて電子記号に過ぎんだろうに。イタリア人は
私はダニエーレがどこの出身なのかは知らない。名前からしてスペイン系かもしれないが、そもそもアバターネームを本名にするのは私ぐらいだろう。そう考えると、彼の出身はわかりづらい様に思えた。
「仮想の存在だからといって
これは私と、今は亡き親友のノンナの信条だった。少なくとも数年は閉じ込められるであろう世界を、仮想世界と扱い続けるのは虚し過ぎるだろう。
「まぁ、そういう考えもあるな。それじゃあ今度こそ食うぞ」
そういってダニエーレはナポリタン風パスタを食べ始める。その動作には品があり、彼が上等な環境で育ったことを表していた。
食事中の相手を見続けるのは失礼にあたるので、私も大人しく食事を開始した。だがしかし、それにしても───
「ナポリタンって、なんでナポリなのかしら? ナポリ要素全然ないじゃない」
私が日本に来てからの感じたことの一つだった。故郷の都市の名を冠しているスパゲティーだ。奇妙に感じないはずはない。
「ナポリにはトマトソースのパスタがあるそうじゃないか。それが元なんじゃないか?」
───意外とナポリの事知ってるのね。イタリアに来た事あるのかしら?
だがしかし、これも故国の料理問題の一つ。ここははっきりと断言せねばなるまい。
「あるにはあるけど、ケチャップを味の主役にしたりしないわよ。似たのがあるのは否定しないけど、ケチャップ炒めスパゲティーなんていう珍妙な物は断じてナポリ料理じゃない」
そうだ。ナポリにケチャップ炒めスパゲティーなんて物はない。断じて。おばあちゃんも作っていなかった。
「やるならせめて海産物を絡めてほしいわ。海一切関係ないじゃないこのスパゲティー」
ナポリは典型的な港湾都市だ。海産物もよく取れる。だから海産物を絡めるべきだ。たぶん。
「やけに熱心だな。君はナポリ人なのか?」
ダニエーレが呆れた様に言う。確かに今の流れならそう取られるかもしれない。
「違うわよ。具体的には言えないけど私は北部人よ。知り合いにナポリ人が居るだけ」
正確には知り合いではなく、私の母方の祖母がナポリ出身だった。私自身はミラノ出身だが、祖母の料理の味は今もよく覚えている。
「すると、君の金髪は地毛なのか? 正直、あまりラテン系の血筋には見えない顔立ちをしているが、北部人ならまあよくある話だ」
ダニエーレは髪の毛と同じく真っ白な無精髭をさすりながら言う。確かに、成人しても頭髪が金髪のままなのはイタリアどころかヨーロッパでもかなり珍しい部類だろう。
「当たり前じゃない。先祖から受け継いだ色を隠す理由がないわ。染める染めないは個人の自由だけど、みんな自分の色を誇ればいいのに」
このアインクラッドでは、意外と髪の毛や目の色を変更する人物が多い。私の様に金髪碧眼に変更する人や、現実ではありえない青髪やピンクに染める人もいる。いわゆるお洒落の一種なのだろうが、わたしには良くわからなかった。
「それだけ綺麗な見目をしていれば迷う必要なんか無かろうさ」
「へ?」
ダニエーレがいきなり浮ついた事を言い出すのでびっくりしてしまう。からかっているのだろうか。正直この手の褒め言葉は物心がついた時から言われていたが、彼のキャラクターに合わない言葉である様に感じた。
「驚いたわ。貴方、ちゃんとお世辞も言えるのね」
「まさか、世辞など言うものか。本当に綺麗だと思うぞ」
淡々としていてどこかからかうような口調。まるで私を子供扱いしているようだった。たしかに私とダニエーレでは最低でも親子ほど歳が離れているように見える。だが子供扱いされるのは気に食わなかった。
「からかってるの? 私、からかわれるのは嫌いよ」
それを聞くと、ダニエーレは心底おかしそうに笑った。
「見ればわかるよ、お嬢さん。さて、飯も食い終わったし出るとしよう」
そう言って、ダニエーレは話は終わりだとばかりに立ち上がる。
「なによ、子供扱いして」
私は小さく呟いた。
†
「この後どうするの?」
まだ時刻は昼間だ。やれる事は色々とあるだろう。
「剣を作りに行く。フェアモードとは言え、装備の形状はそのままだ。どうせ性能が制限されるなら、デザインだけでも使いやすい物にするべきだ」
それは一理ある。今回の決闘裁判で行われるフェアモードとは、両者のステータスを同じにし、武器の性能も一定の数値に固定されるルールだ。だが、武器の持ち込み自体は可能なので、好みのデザインの武器を使うことができる。
「それで、君の戦闘スタイルについてなんだが、聞きたいことがある」
やけに深刻そうな雰囲気でダニエーレは言う。何事だろうか?
「君はソードスキルが使えないのか?」
疑問と心配の混ざった口調だった。ダニエーレの心配はもっともだ。先ほどの訓練で、私は一度たりともソードスキルを使わなかった。そもそも、手裏剣を投擲した後に片手剣の単発突きスキルである《ヴォーパルストライク》を使用していれば、せめて相打ちに持ち込めたかもしれない。なのに、私はソードスキルを使わなかったのだ。不思議に思って当然だろう。
別にダニエーレが憂慮するような、使うのがやたらと下手くそだったり、ソードスキルの発動に関する障害があるわけではない。すごく単純でくだらない、意地に似た理由だった。
「
「嫌い?」
ダニエーレが不可解そうに言う。
───まあ当然よね。ソードスキルを使えば有利なのは当たり前だし、この世界の戦闘はソードスキルの使用を前提に設定されているのだもの。
だがしかし、私はソードスキルが嫌いだった。
「だって考えてもみなさいよダニエーレ。これだけ現実に近くて、五感を通して物事を感じられる、ほぼ現実と言って差し支えないこの世界よ。その中でああも現実的でない、あからさまにシステムの匂いを漂わせる行動をされると、どうしても現実感を削がれて嫌な気分になるのよ」
これは正直、認識の問題だと思う。この世界はゲームである以上、システムウィンドウであったり、ソードスキルであったり。いくらリアルを突き詰めたからとは言え、シミュレーターではない以上どうしても
ダニエーレはひどく困惑した様子で眉間に手を当てる。
「つまり君は、フルダイブ環境には問題がないながらも。嫌いだからという理由だけでソードスキルを使わないのか?」
「そうよ。まあ別に一切使わないわけじゃないわ。ストレージだって使うし、危なくなったらソードスキルだって使う。それでも、システム音やアシストが好きになれないのよ」
「なんともはや」
ダニエーレの困惑は呆れへと変わったようで、大きなため息をつく。
「アキラは好き嫌いをして勝てる相手じゃない。君だってそれは重々承知の上だろ?」
「そのくらい分かっているわ。この一ヶ月で貴方からソードスキルを織り込んだ剣術を学ぶつもりだもの。今日はただ単に、普段の私の戦い方を見せただけよ」
わかっている。このような状況になってはこのような情緒的なこだわりなど無用の長物だろう。少なくとも、アキラを討ち果たすまでは。
「ならいい」
その後は会話も無しに黙々と歩く。しばらくして、一軒の質素な鍛冶場付きの武具店らしき場所に到着する。
「着いたぞ。ここだ」
ダニエーレは扉をノックして言う。
「リズベット、ダニエーレだ。開けてくれ」
すると中からは明るい少女の声が返ってくる。
「そこ、空いてますから入っちゃってください」
───驚いた。まさか女性の鍛冶屋だなんて。
男女比の大きく偏ったSAOで同性と出会える経験というのは貴重だった。まして腕のいい鍛冶屋となると、その数はさらに絞られるどころかほぼいないに等しいだろう。
ダニエーレが言葉に従い、店内に入り、私もそれに続く。それと同時にバタバタと足音が店の奥から響いてきて、店の主が現れた。
やや茶色がかった髪とそばかすが特徴的な少女が現れ、明るい口調で言った。
「では改めまして。リズベット武具店へようこそ!」
これがなんだかんだ長い付き合いとなるリズベットとの出会いであった。