ソード・アート・オンライン デュエル・オブ・オナー 作:TTオタク
リズベットは快活な雰囲気を崩さず、言葉を続けた。
「貴女がダニエーレさんの言ってたモニカさんですね。私の事は気軽にリズって呼んでください」
リズベット、もといリズはそう言って右手を差し出す。日本人はあまり握手をしたがらないというのは知っている。もしかしたらこちらに合わせてくれたのかもしれない。
「ええ、そう呼ばせてもらうわね。リズ」
そうしてリズの右手を握る。身長差の分だけあって小さな手に感じたが、力強く握り返してくる感触は彼女の人柄を連想させた。
私たちの握手が終わった頃を見計らって、ダニエーレは言う。
「リズベット。今回設計してもらう剣と防具についての製図がまだでな。製図台を借りてもいいか?」
「あ、はい。もちろん大丈夫ですよ」
リズは背筋をピンとさせて答える。その姿はダニエーレに怯えているというより、頭の上がらない人物に対しての態度に思えた。
ダニエーレが製図台を使うために店の奥に行ったのを見計らって、リズベットに話しかける。
「ねえリズ。ダニエーレとはどういった関係なの?」
なるべく優しそうに、フレンドリーに話しかけることを意識する。私は身長も相まって冷たい印象を与えがちとノンナにも指摘されていた。これから世話になる鍛冶師に嫌われる事は避けたかった。
「あー、えっとですね。スポンサーと言いますか、ほぼパトロンと言いますか。正直頭の上がらない額を支援して貰っている関係ですね」
───なるほどね。優秀な鍛冶師を囲い込むために経済支援をして恩を売ると。しかもリズの態度を見るに、血盟騎士団としてではなく私費での援助をしているっぽいわね。正直どこまで抜け目のない男なのかしら?
「それより、モニカさんとダニエーレさんの関係ってどういう事なんですか? その、今から発注する剣って
リズはやはり決闘裁判の件も知っているようだった。それも当然だろう。大事なパトロンが関わっている事件なんて彼女にとっては、今後の生活に関わりかねない出来事だ。むしろ知らない方がおかしいと言えるだろう。
「もちろん───」
協力者、と言いいかけたが、思えばダニエーレとの契約はあまり明るいものではなかった。ダニエーレからアキラを殺せと持ちかけてきたとはいえ、この少女にその事を暴露するのは酷だ。なので穏便に済ませることにした。
「私の指導役よ。剣術指南役をしている彼が適任だっただけ。貴女に人を殺すための剣を作らせるのは酷い事だとは思うけど。仕事だと思って諦めてちょうだい」
「はい」
リズの顔が曇る。ダニエーレが人死にが出る出来事に関わっていることが嫌なのか、それとも殺人剣を製作することが嫌なのか。どちらかは測りかねるが、せいぜい15歳くらいの少女にそれを背負わせると言うのも確かに酷いことだ。
「そう落ち込まなくてもいいわ。仕事だもの、嫌だったら断ればいいわ。ダニエーレに頭が上がらないなら、私がこの鍛冶屋が気に入らないって事にしてこの仕事を無しにするから。いつでも言ってちょうだい」
するとリズは驚いた顔をする。私が気遣うような発言をするのがそんなに意外だったのだろうか? まあ人情のかけらも無い人間に見られがちなのは今に始まった事ではないが。
「い、いえ。仕事が不満だった訳じゃないんです。ただ、最近ダニエーレさんの元気が無くて、その矢先にこの出来事だったので、もしかしたらモニカさん関連なのかな? と思いまして」
ダニエーレの元気がない。そう言われても彼と面識を持ってから2週間も経っていない。だが、元気がないと言うのは気になった。
その時、店の奥からダニエーレが出てくる。
「終わったぞ。剣と防具について説明するから、二人とも来てくれ」
†
リズベットにとってモニカの第一印象は冷酷な美人であった。身長は少なくとも170cmを超えており、容姿端麗ながら無表情の威圧感が凄い。美術品の彫刻のような印象を受ける人だった。
ダニエーレが図面を前に説明を始めた今も、腕を組んだ姿勢で無表情を貫いていた。
「まず剣についてだが、モニカの戦闘スタイルに合わせた物にしたい。剣身は全体的にやや細身で、背の部分の刃を延長しよう。バスケットヒルトは金属板で構成し、取り回しを考えて重心を手元にする。今のところでの反論は?」
するとモニカは眉間にシワを寄せた。一般的に見れば怒っていると思われるかもしれない、そんな表情。
「私は剣身を細くするのは反対よ。相手が同じ軽量剣ならいいけれど、相手は両手剣の名手として名高いアキラじゃない。途中で武器が破壊されて死ぬのはごめんだわ」
綺麗で好き通っているが、どこか高圧的で冷たく、高飛車な印象を与える。リズはモニカの声をそう感じ取っていた。
───仲、悪いのかな? モニカさん、プライドが高そうだから馬が合わないとかそういうのかも。
リズは内心、そう思う。しかし、リズの内心をよそに議論は続いていく。
「その事に関しては、剣身の根元を幅広にする事で解決する。君の技量なら問題はないだろう」
「それだと手元重心になりすぎて防御の仕方が限られるわ。背の刃を延長した以上、受け損ねた場合や相手の力が強かった場合に自傷する可能性がある。賛成できないわ」
「自傷の問題に関しては、今後の訓練と防具で防げる。投擲と刺突を中心として戦う以上、この剣の形が最適だ」
ダニエーレは断言する口調で言う。双方の語気は強く、リズの心労を加速させた。
「わかったわ。今のプランで行きましょう」
モニカのその言葉に、リズはほっと胸を撫で下ろす。大人2人が強い語調で言い合っている場は、やっと16歳になったばかりのリズには刺激が強かった。
「リズベット。君は何か反論はあるか?」
リズは急に会話の矛先を向けられ、戸惑う。
「は、はい。問題なく作成できます」
「そうか。次は防具についての解説だが」
そう言ってダニエーレは別の図面を広げる。そこには綺麗なドレスが描かれていた。
「防具についてだが、このドレスを中心に作っていきたいと思う」
瞬間、リズは部屋の温度が数度下がったように感じた。無論、その空気の発生源はモニカである。
モニカは語調は一切変わらないまま、冷たい怒りを
「ダニエーレ、貴方。相手が笑えない冗談はただの奇行よ。それがわからない訳ではないわよね」
リズとしては今すぐこの場所を立ち去りたい気分だった。
───というかアタシここに居る意味ある? ストレスで吐きそうなんだけど。
リズが必死にストレスに耐える中、ダニエーレは理由を説明する。
「何も遊びでこのような格好を提案した訳ではない。ちゃんと理由があるとも」
「へぇ、じゃあ説明してもらえるかしら?」
未だ解けやらぬ氷の怒りを滲ませつつ、モニカは言う。
「まずドレスである理由だが、スカートを付けるための方便に過ぎない。スカートがあっても不自然でない格好かつ、君が着ていても不思議でない格好を選んだ結果だ」
鈴の音のような音。システムウィンドウを開いた音だ。音の主はダニエーレで、彼は自分のストレージから全長がリズの身長に届きそうなほど長い細身の両手剣を取り出した。
「まずスカートが必要な理由だが、それはアキラの剣術にある」
そう言ってダニエーレが両手剣を構えた所でリズは慌てて止めにかかった。
「待ってください! この店の中でそんな長い剣振り回したら物が壊れます!」
「ああ、すまん。物に当てるヘマはする気はなかったが、配慮がたらなかった。じゃあ2人とも、窓から見るように」
そう言ってダニエーレは両手剣を肩に担ぎ、外に出た。外に出たダニエーレは剣を構えた。
右足を前に出し、体を鋒と同じ方向に向ける。右手は腰の位置に当て、鋒は顔のたかになるように構えている。短槍を連想させる構えだった。
「あれ見たことがあるわ。両手剣の防御の構えの一つよ」
「そうなんですか?」
「ええ、正面からの攻撃に備える構えよ。手の操作一つで腰から上半身をカバーできる構えだから、似たような構えをとる人が多いのよ」
そんな会話をしていると、ダニエーレが動き始めた。何かの攻撃を弾くように右から左に剣を払う動作をする。そしてその勢いを殺さぬまま、剣と共に体を回転させつつ、ワルツのステップのように飛びかかる。
そして放たれたのは、ここまで風切り音が聞こえてきそうな程強い一撃。しかし、それで終わりではなかった。今の攻撃の勢いを殺さぬまま、今度は剣のみを腕で回転させながら、低い位置を切り裂く。
その二撃は数秒の間に行われており、両手剣が遅いという印象を与えない速さを持つ技だった。
「すごい。ソードスキルなしでもあんな動きができるんだ」
リズは感心したように呟く。二撃目は下半身を狙う技だったのは彼女も理解し、あるひらめきが浮かんだ。
───下段攻撃にスカート? ああ、もしかして!
ダニエーレはストレージに両手剣を納め、戻ってきた。
「せっかく広いところだったので攻撃を弾くところから実演して見せたんだが、スカートがなぜ必要か分かってくれたか?」
その言葉に、リズは反射的に答える。
「スカートを防具の偽装に使うんですか?」
リズの言葉にダニエーレは驚いた顔をしたが、すぐに特長的なニヤッとした笑みを浮かべた。
「流石だなリズベット。やはり君に頼んで正解だった」
ダニエーレは言葉を続ける。
「今の技のように、両手剣は基本的に動きを止めずに回し続ける攻撃が多い。向きは変えられないから上下に打ち分けたり、時折突きを挟む。その過程で、アキラは太腿を狙った攻撃を放つことが多い」
太腿は大きな血管が通る急所であり、それはSAOでも再現されている。下半身は防御が薄くなりやすく、太腿程度の低さであれば、剣を下げた事による上半身の無防備も許容範囲で済むだろう。なにより、脚を傷つければその後の戦闘が大いに有利になる。
「なるほど。下半身をあえて打たせて、こっちは胸なり首なりを狙うって訳ね」
モニカも納得した様子だった。
「それでリズベット。ドレスを元にした鎧を作成する事はできるか?」
「ドレス系統の鎧はドレスを素材に含めれば可能ですよ。
リズの言葉にダニエーレは安心した様子だった。
「ありがとうリズベット。後は必要な素材と料金の見積もりを教えてくれ」
「えっと、片手剣と鎧一式となると───」
リズはメールに文字を打ち込み、ダニエーレに送信する。
「以上になりますね」
するとダニエーレは金貨袋を取り出し、リズに差し出した。
「了解した。とりあえず前金にこれだけ渡しておこう」
リズはそのずっしりとした感触に、喜びと後ろめたさの両方を感じる。普段からかなりの支援を頂いている相手から金を取るのはやや気が引けた。だが仕方ない、これも商売だとリズは気合いを入れる。
「ありがとうございます。では次は素材と料金を持って来てくださいね」
「了解した。素材収集が終了し次第メールで連絡する。ではまた」
そう言ってダニエーレは出口へ向かう。モニカもそれに続くのだろうとリズは考えたが、モニカはリズに近づいてきた。
───へ? アタシなんかしたっけ? もしかしてお金とっちゃ不味かった?
リズは内心の怯えを隠し、渾身の営業スマイルをキープする。身長の高い相手の無表情というのはそれだけで威圧的だった。
モニカが口を開き、リズは身構える。
「お店、頑張ってね。私で良ければまた何か買いに来るわ」
モニカは今までの表情からは想像できないほど優しく笑って、そう言う。その後は振り返らず、店を出て行ってしまった。
「へ?」
かけられた言葉と表情が信じられず、リズはしばしポカンとする。接したのは短い時間だったが、あんな優しい言葉をかけるタイプには見えなかった。
───でも、笑うとすごく優しい顔をするんだ。モニカさん。
「よぉし! 仕事頑張るぞ!」
リズは再び工房に戻り仕事を再開した。