ソード・アート・オンライン デュエル・オブ・オナー 作:TTオタク
リズベット武具店を出た私たちは、素材収集に出るには遅い時間であると考え、血盟騎士団本部に戻ることにした。
───リズはとても良い子だったわ。あの年で一人で店を切り盛りしていて、なおかつあんなに真面目で礼儀正しいだなんて。今度店に行く時に何か手土産でも持っていってあげようかしら。
そんな事を考えつつも、ダニエーレに言うべき事を話す。
「ダニエーレ。それで私はいくら渡せばいいの?」
「何をだ?」
ダニエーレはわかっていない様子だった。仕方がないので直接言うことにする。
「私は決闘の装備の何割を払えば良いのかしら? 7割? それとも8割?」
血盟騎士団の金銭的支援がある以上、全額支払う事にはならないだろうが、今後の資金繰りのためにも金額は聞いておきたかった。
「いや、前金は全額支払ったが」
「それは知っているわ、あの場で折半したら貴方のメンツが立たないでしょ」
仮にも出資先の前だ、懐具合が寂しいと思わせる行動は避けるべきである。
ダニエーレはその言葉でようやく合点がいったようで、説明を始める。
「まさか君は俺が金銭を請求すると思っているのか? 安心しろ、君からは1コルたりとも取らんよ」
ダニエーレの言葉は意外だった。私は血盟騎士団にとって部外者である。部外者のためにギルド資金をこれ以上使用するのはよろしくないと思う。
「あの装備結構な額になるでしょ? わざわざ素材を受注側が持ってくるって事は、素材も一般の物じゃないでしょ。加工費だってバカにならないわ。部外者の私のために、ギルドの資金をそこまで使うのは、組織として健全とは思えないわ」
まして、血盟騎士団のように少数精鋭方針のギルドとなれば、経済規模から自由に使える資金も限られてくるだろう。貯蓄の少ない新生ギルドであれば尚更だ。
ダニエーレはさして悩むわけでもなく返答する。
「それに関しても問題はないぞ。ギルドの資金は使っていない。俺と団長の私費によるものだ」
「は?」
思わず声が出てしまう。私費だと? それこそ部外者に対しての待遇ではない。
「ダニエーレ。私費って貴方、お人好しが過ぎるわ。いくら折半とはいえ、そう簡単に支払える額じゃない。どうせフェアモードよ、鉱石のグレードを下げるべきだわ」
「お人好しだなんて事はない。俺も団長も、君を支援する理由はある。俺は君にアキラを殺してもらわなくてはならない。そのための支援なら、なんらおかしな事はない」
「じゃあなんで良い鉱石で受注したの? 安物の鉱石にしておけば、発注のみで生産できるじゃない」
今回の決闘裁判で行われるフェアモードでは、装備の性能が低ければ上方修正され、高ければ下方修正されるのだ。わざわざ高い装備を持ち込む必要はない。
ダニエーレは少し悩んだ後に言う。
「フェアモードの性能修正はあくまで数値的な修正に過ぎない。言ってしまえば欠点を含めた状況はそのままとなるわけだ。この修正は結構雑な物でね、安物の鉱石を使用した場合の強度の歪みをそのままに強化してしまう。君も強度が不均一な剣など、まして防具など使いたくは無いだろう?」
「なるほど。たしかに戦闘中に武器が爆散するのは勘弁願いたいわね」
最もな指摘だ。この浮遊城アインクラッドにおける装備の破損というのは、現実よりも悲惨な意味合いを持つ。例えば現実で剣が折れる、曲がるといった事になっても、武器自体は存在している。しかし、この世界では、耐久度が0になった瞬間に、光になって爆散してしまうのだ。折れた剣があるだけ現実の方がマシだろう。防具など、一部の故障ではなく装備そのものが消え去るので被害が大きい。
「それに、剣も鎧も使用者が命を預ける物だ。そこに安物で作ったという妥協が加われば、その装備に対しての信頼感が薄れてしまう。実戦ではではそれが生死を分ける事になりかねない」
「そういうものかしら?」
私にはその感覚がわからない。剣も鎧も、結局は道具なのだ。美術品だったり先祖伝来であれば話は変わるかもしれないが、実用なら別だ。職人が全力で制作した以上、
私が理解できていない様子を見て、ダニエーレは肩を
「君のように鋼鉄の理性を持っている剣士であれば、本能に頼らなければいけない事など確かに無いだろう。まあ、そこはおいおい説明していく」
それきり、私たちは無言のまま歩く。しばらくは無言のままの歩いていたが、私は忘れるはずのないある声を聞き、立ち止まる。
「よお、モニカじゃねえか。奇遇だな」
まるで十年来の親友か何かのように声をかけてきた相手。それは、想像する限り最低の相手だった。
───
その顔を見た瞬間に、日本語に変換をする事すら忘れた罵声が飛び出そうになる。しかし、私はあくまで冷静に、震える怒りを抑えながら言った。
「あら、決闘相手様がお出ましとは。面白いこともあるわね。もしかして殺されに来てくれたのかしら?」
ダニエーレは私の言葉を待っていたらしく、それに続いて言う。
「よく俺たちがわかったなクソ野郎。理性の欠けた脳でも人間の判別くらいはできたか」
ダニエーレの態度が急変したのがわかる。私からは彼は背になって見えないが、今すぐ斬りかからんばかりの殺気を感じる。
しかし、ダニエーレほどの大男に凄まれても、アキラは特に同じた様子は見せなかった。
「おいおい、俺は今モニカと話してるんだぜ。少しばかり黙っててくれ」
「ええ、少しだけ話をさせて。言ってやりたいことがあるから」
私とアキラの双方から黙るように言われ、ダニエーレは怒りを飲み込む。
「それで、言いたいことってなんだ」
アキラは私にそう言う。譲ってくれるなら言わせてもらう。
「ええ、貴方を殺す前に聞いておきたかったのよ。貴方が死んだ場合って貴方の所持品は誰のものになるのかしら?」
するとアキラは破顔して言う。
「ハハッ、なるほど。自分が死ぬ気はないって顔だ。やっぱりお前を残して正解だったぜ」
回答になっていない言葉。楽しそうな口調が私の神経を逆撫でする。
「貴方、質問には回答で答えるって習わなかったのかしら?」
「ああ、いや。習ったぜ。そうカッカすんなよ。そうだな、お前が勝ったら全部くれてやってもいいぜ。どうせ俺の死後だしな。まあお前の場合───」
アキラはそこで言葉を区切って、ストレージから綺麗なロケットを取り出す。
「欲しいのはコレだろ? 正直に言えよ。恋人とのお
アキラはニタニタと、性根の
「恋人? まったく品性のない輩はすぐに色恋に結びつけようとする。単に私がノンナに揃いで送っただけよ。決闘の時はその下劣な脳味噌を掻き出して軽くしておくことね。役に立たない荷重だわ」
本当は唾でも吐きかけてやりたいが、私は下品な存在になるつもりはなかった。
もう用件は済んだ。別れも言わず、無言で立ち去ろうとする私を、アキラが呼び止めた。
「おいおい待てよ。自分だけ質問して立ち去るってそりゃないぜ。俺の質問にもちゃんと答えろよ」
「何よ」
怒りを抑えるのもそろそろ限界が近づいていた。今すぐにでもこいつを斬り殺してやりたいが、ここは圏内。斬ってもHPは1ミリたりとも減りはしない。
アキラは私の背中に、疑問半分、興味半分の声をかける。
「なあ、人殺しって嫌なものか?」
意味不明なセリフだった。だが、私には皮肉な事に意味がわかってしまった。
「嫌なことよ。ええ、嫌いなこと。これで十分?」
「ハハッ!」
アキラは楽しそうに独特な笑い声を上げる。
「やっぱりな、大当たりだよ。お前は
やはり、普通は意味不明なセリフを言う。心底嬉しそうに、楽しそうに。
「それじゃ、邪魔したな。会えて嬉しかったぜ」
アキラは背を向け、転移門のある方角へ歩き出す。
「おい待て!」
ダニエーレは叫ぶが、まるで聞こえていないと言った風で無関心に歩き去っていった。
怒りを滲ませるダニエーレに対し、私は言う。
「あれに何を言っても無駄よ。それより剣術の訓練をしたいわ」
「だが───」
ダニエーレは怒りを滲ませる。きっと彼もアキラに何かしら酷い目に遭わされたのだろう。だから、私は言う。
「大丈夫よダニエーレ、私は奴を殺すわ。必ず、刺し違えても。神に誓っても良いわ」
ダニエーレは沈黙する。
「さあ行きましょう。時間がもったいないわ」
私は血盟騎士団本部へと歩き始めた。