ソード・アート・オンライン デュエル・オブ・オナー 作:TTオタク
翌朝、朝食を済ませた私たちは再び剣術の練習をする事になった。以前の練習と同じく、バックソードと軽装での練習となった。
しかし、今回は座学からという事で、ダニエーレは黒板の前に立っている。
「さて、今日の訓練だが。時間の概念と強弱の概念について説明しようと思う」
「時間? 強弱?」
本当に剣術の概念なのか疑いたくなるような単語。どちらかと言えば音楽用語と言った方が信じられそうだ。
私の疑問の言葉に、ダニエーレは答えた。
「まず時間についてだが、これは武術の中心を成す概念だ。四つに別かれていて、手の時間、体の時間、足の時間、歩の時間に別れている」
ダニエーレはそれらを黒板に書いていく。
「これらの時間についた名前は、その箇所を動かす事にかかる時間を指している。手を動かすのが手の時間。胴体を動かすのが体の時間。一歩進むのが足の時間。複数回歩くのに必要な時間が歩の時間だ。ここまではわかるか?」
私は肯く。ダニエーレは解説を続けた。
「かかる時間は、手・体・足・歩の時間の順に遅くなる。つまり、動かないで攻撃するのが一番速いという事だ。昨日の訓練も、まさにその実例だったろう」
「昨日って、私が棒手裏剣を投げてやられた時のこと?」
そう言うとダニエーレは肯き、剣を構えた。
「あの時君は、踏み込んで突きを放っただろう。あれは、手・体・足の時間を使用した攻撃だ。攻撃完了にかかる時間は一番遅い足の時間が完了する時間になる」
ダニエーレは私が昨日行ったように、大きく一歩踏み込んで突きを放つ。確かに、言われてみれば踏み込み攻撃は体が移動しないと命中しないので、いくら手の行動が早く終わっても、結局踏み込みが終わるまで攻撃は当たらない。派手に動いているから素早く見えるが、実際にかかっている時間は長かった。
「それに対して私があの時行っていたのは突きのみ。手の時間のみだ。実際、あの時の行動の開始は私の方が遅かった。だが先に命中したのは私の方だろう」
「なるほどね」
───さすが剣術指南役。こうして学問的に教えてくれるのはありがたいわね。
だが、そう思うと同時に、自分の不勉強に苛立ちが行く。私がもっと真面目に対人剣術について模索していたら、感覚的な事ばかり重視する相手に出会わず、こうして理屈を学べたのではないか? そうすればアキラに屈する事なく、ノンナは生きていたのではないか? そういう疑念が絶えず頭に上った。
私の雰囲気を察したのか、ダニエーレは気遣うように言う。
「正直、君は優秀な方だと思うぞ。最後の一撃の瞬間の反応を見るに、体感的に時間の概念を理解していたようだし、強弱の概念も使いこなして見せた」
「使いこなしたってどういう事?」
「俺が君のバスケットヒルトの隙間を狙った攻撃をした後、俺から君の右脇腹に攻撃しただろ。その時君は、鍔元で攻撃を受け、なおかつ攻撃線から逃れて見せた
まだ慰めているのだろうか? あれはただ単に攻撃される場所に、防ぐ時に一番力が入りやすい場所を重ねただけだ。防御に関しては誰だってやる事だろう。
「別に、普通の事じゃない? 鍔元に力が入りやすくて、鋒に力が入りにくいのは当たり前よ。初歩的なテコの原理だし、だれだって経験的に知っているわ」
ダニエーレはかぶりを振る。
「違う。俺が褒めたのは君が今説明してみせた強弱の概念。つまり鍔元は力が入りやすいが移動量は少ない防御向きの部位であり、鋒側は力が入りにくいが移動量は大きく攻撃向きの部位である。その概念を理解した上で、攻撃線を理解し防御した事なんだ」
「攻撃線?」
今までの言葉よりも軍事的な色合いを感じる言葉だった。どことなく部隊指揮の戦術的用語のように感じたが、実態は違うようだった。
「攻撃線は自身と敵を最短距離で結んだ線で、これは武器が通った場合真先に的に命中する線だ。これを
そうしてダニエーレはガーダントの構えをとる。
「この構えは攻撃線を遮断する事に長けている。見ての通り、この構えは正面の防御に強く、攻撃線を通る刺突、斬撃を防ぐ効果を持つ」
確かに、正面からの攻撃には強い構えである。だから私は対人や人型Mobとの戦闘に使用していたのだが、あくまで経験則から何となくそう思っていただけであった。しかし、こうも論理的な言葉で説明されると、自分の構えの効果を再認識するしかない。
「なので俺はそれを避けるために、君の右脇腹を狙った」
ダニエーレは昨日の斬撃をトレースする様に、左から右へ剣を振るった。
「当然それを読んでいた君は、斬撃に合わせて防御するのではなく、斬撃が来る位置に剣の鍔元を置き、カウンターへの予備動作とした。その上で、君は俺との直線上から外れるために左へ一歩進んだだろう」
「ええ」
確かにそうした。もしあの状態で破れかぶれに剣を動かされたら、勝利は確実になるが、私の足も傷つく事になる。それを避けるための移動だった。
「自信は攻撃線から逃れ、相手に確実に攻撃を当てられる姿勢を取る。それが攻撃線を理解していた証拠だ。おかげであのカウンターは完成された、私は逃げるしかなかった」
ダニエーレは言葉を区切り、手を叩いた。
「さて、講義はここまでにして実戦訓練といこう」
「わかったわ」
おそらく、今後もこうして座学と実技を交えて教えるつもりなのだろう。きちんと概念を説明し、実技でそれを証明する。なんだかんだ、私は優良な師と出会えたようであった。
†
昨日は一日を訓練に費やしてしまったので、今日は採掘を行うとの事だった。なので、私たちは42層の《夜空の洞窟》へと来ていた。
「足元、気をつけろよ」
ダニエーレが先頭になり、ランタンを持って進んでいる。彼が現在握っている武器はロングソードで、それを片手剣として扱っている。
───それにしても薄気味悪い所。
不快なジメジメとした感覚と、なにやら小さな生き物が動き回るような音。暗がりで狭い視界と来れば、誰だってこの場所が嫌になるだろう。少なくとも、私はここで夜を越したいとは思えない。
コツン、コツンと足音だけが響く。そんな状況が嫌になり、私は言う。
「ねぇ、ダニエーレ。ここって虫とか出たりしないわよね。私大きな虫が嫌いなのよ。小さな虫も好かないけど」
冗談のつもりだった。ここの洞窟に出るMobはダニエーレから聞いているし、出たとしてもパニックになるほど私はかよわい乙女ではなかった。
「出ない───らしいぞ」
曖昧な返答。出発前は散々この洞窟の情報を私に暗記するよう要求したくせに、自分は自信がないようだった。
「ちょっとダニエーレ。今更言ってなかった情報があるとかやめなさいよ。情報は命に関わるのよ?」
「別に言ってない情報があるわけじゃない。
歯切れの悪い口調でダニエーレはそう言う。
───もしかしてジョークとか言おうとしてくれたのかしら? だとしたら申し訳ないわ。
だが、実際はそうでは無かったようで、ダニエーレは言葉を続けた。
「剣術訓練の休憩中、部下から聞いた話だったんだが。その部下のフレンドに金メッキ一式の装備を好む輩が居るそうだ。そいつがこの洞窟に来た際、なにやら奇妙な空気の流れを感じたと思うと、突風が吹いて穴に落下したらしい。落ちた先はなんと人間よりデカい幼虫の群れの中だったらしくてな、糸を吐きつけられて身ぐるみを剥がされたようだが、無我夢中で逃げ出すうちに何とか帰還できた。と言う話だ」
「なるほど」
まさに噂話。雑談の種といった内容だった。
「まあ信憑性は低いわね。私も聞いたことないし」
私がそう言うと、ダニエーレは心配そうに聞く。
「ところで、本当に虫がダメなのか? なら本当に幼虫が出る前に、君だけでも引き返すべきじゃないか?」
煽るわけでも、バカにするわけでもない、心配そうな口調。どうやら本気で私の虫嫌いを心配しているようだった。
「別に、大丈夫よ」
そう答えはしたが、実は不安であった。確かにパニックにならない自信はある。きっと冷静にいつも通り戦えるだろう。しかし、あいにく私は記憶力が良い。虫を自分の剣で切り刻んだ映像を食事中に思い出す悲劇は演じたくは無かった。
ダニエーレは急に立ち止まる。
「どうしたの?」
「足元気を付けろ。ここから右手に大穴がある」
ダニエーレがランタンをかざして言う。そこには光をすべて飲み込んでしまうような穴があった。
「ここからしばらくはこの大穴が続く。落ちるなよ」
「落ちないわよ」
一応、なるべく左の壁に寄るように注意する。アインクラッドは一応落下ダメージは存在する。しかもかなり大きな。その大きさは、自殺者の死因のトップが落下ダメージが占めることが証明していた。
そうして私たちは、なぜか天井が薄明るい広間に出る。目を凝らしてみると、天井に無数の光が星空のように輝いていた。
「ああ、ここ綺麗だろ。なぜか副団長はこの場所嫌いらしい。俺は好きなんだけどな」
ダニエーレは独り言のように呟く。その言葉より、私はこのシチュエーションが気になっていた。
───薄暗い洞窟。星空の天井。幼虫の大群。まさか!
「これまさか、土ボタルだったりしないわよね?」
「土ボタル?」
ダニエーレは聞き返す。
「天井からぶら下がって発光する虫よ。その風景がこの景色に似てる」
だんだん気味が悪くなってきた。条件が整いすぎている。だがダニエーレは呑気なままだった。
「なるほどな。でも大丈夫じゃないか? あの光の小ささを見るに、大した大きさじゃないだろう」
「まぁ、それもそうね」
私は一抹の不安を残しながら先に進む。すると、分かれ道に出た。
「左は行き止まりだ。マップにも書いてあるだろ」
「いちいち言わなくってもいいわよ」
マップには分かれ道、と錯覚してしまうほど大きな横穴があると書いてった。横穴の先は縦穴になっており、登ることは不可能だったそうだ。
すると、妙な匂いがした。生臭いような、ドブのような悪臭。
「ねえダニエーレ。何か臭くない?」
「そうか? まあ洞窟が臭いのは当たり前だろう。先に進もう」
ダニエーレがそう言い、先に進む。私も後に続こうと一歩を踏み出した瞬間、考えた。
───この悪臭、風に乗って漂ってないかしら?
そう、この悪臭は横から。この横穴から風に乗って来ているように感じた。
「ねぇ、ダニエ───」
私はダニエーレに質問しようとしたが、それは遮られてしまった。なぜなら、突然横穴から飛び出た何かが、私の体を何かが殴り飛ばしたのだ。
「───!」
言葉も出せず、私は右手にある大穴へと落下する。私を突き飛ばした存在が、突風であった事に気づくのはのちの話であった。