ソード・アート・オンライン デュエル・オブ・オナー 作:TTオタク
「ンヴッ!」
長い落下を経て、私は地面に叩きつけられた。衝撃こそ伝わってくるが、被ダメ時の痺れる感覚は存在しなかった。
「一体何なのよこれ」
背中から落ちたので、目を開くと上を見上げる形になる。落ちた時の崖は全く見えず、本当に長い距離を落下したことがわかった。
上体を起こし、あたりを見回す事にする。だがしかし。
「あれ? なんで?」
上半身が動かない。拘束具で固定されているというより、まるで全身がゴム質の物と一体化してしまったような、弾力のある拘束。
かろうじて動かせた首を回してみると、左手には異様な光景が映っていた。
「なんなのよ、これ」
そこには先ほど見た洞窟内の星空と同質の光があった。視界が利くほどの、青白い光。だが、そこは問題ではなかった。問題は、光を発する存在が私より遥かに大きい事にあった。
天井から吊り下がった、大きな球体。青白く発行したそれは、まるでシャンデリアのように、広大な地下空間を照らしていた。数えきれぬほど、たくさんの量が。
発光していた事もあって、私はすぐにその発光体の正体に気がつく事ができた。
「
途端に自分の背中のゴム質のソレがおぞましくなる。発光する繭は、糸というより樹脂的な何かで構成されていて、まるで自分を拘束するそれと同質のように思えた。
私は急いでアイテムウィンドウを開き、拘束解除のポーションを使用する。使用した途端、拘束は溶けて消えた。
私は抜剣する。念のためだが中型の円盾をストレージから取り出して構えた。いよいよもって、あの噂の存在が確信に変わったからである。
───あの良くある噂話と全く同じ状況。おあつらえ向きに配置された衝撃吸収場所。そして巨大な繭。ここまで来て何もないというわけがないわ。
あの繭のサイズを見るに、成虫はとんでもない大きさになるだろう。しかも攻撃パターンも能力も知られていない。だとすると、ダニエーレと逸れてしまったのは痛かった。彼は攻略組として、未知の敵と戦った経験が豊富である。私も多少は攻略組に出入りするが、あくまで下っ端。状況判断能力においてはダニエーレの方が遥かに優れているだろう。そんな彼の助けが無いのは痛かった。
明るいとはいえせいぜい薄明るい程度である。そこまで頼りにならない視界の補助のために、時折立ち止まって聞き耳スキルを発動する。
それを繰り返していると、私の耳がなにかの音をキャッチした。反響を繰り返した音なので、雑音まじりになってしまってはいるが、明かに動物が動く音である。
近くにつれ、音は次第に明瞭になる。それはまるで地面に杭を連続で叩きつけるような音。その音を聞き、このフロアにいるMobの形状が大まかに推測できた。
───たぶんここにいるのは幼虫タイプじゃなくってムカデ型ね。クソでかい幼虫ってのも単にムカデ型の敵を見間違えたんでしょう。この連続で地面を叩く音は幼虫型もクモ型にも出せないでしょうし。
なぜ繭を作るのにムカデなのかは知らないが、この音から察するに相当な大型で、噂通りなら複数いるだろう。関わる理由がなかった。
私はムカデから距離を取りつつ、出口を探して歩く。しかし、この部屋は長方形になっているようで、どんどんムカデたちの足音が大きくなっていく。
索敵のために足を止め、聞き耳スキルを使用する。相変わらず信じられないような
片手剣スキルの単発技最高峰の威力を持つ、突進突きソードスキル《ヴォーパルストライク》。そのソードスキルの発動音だった。つまり、巨大ムカデと現在進行形で戦っているプレイヤーがいるという事である。
それもそうだ。自分だってこの場所に来れたのだから、他のプレイヤーが来ていてもおかしくはない。私より先に来ていたってなんら矛盾は無いのだ。
考えてみれば奇妙な事だ。虫の巣の中心部に来たはずなのに、未だ目撃しているのは繭だけ。居ないということは、留守にする用事があったという事に他ならなかった。
私は走った。今はそのプレイヤーにムカデはかかりきりだが、倒してしまえば私を殺しにかかるだろう。そうなれば土地勘のない私は出口すら見つけられずに死ぬだろう。幸い現在戦っているプレイヤーは、大勢のムカデ相手に冷静にソードスキルを発動できる腕を持っているようだ。きっと私が出口を探す時間くらいは稼いでくれるだろう。
私は死ぬわけには行かない。ノンナの仇を討たなければならないし、ここで死ねばダニエーレとの約束を反故にする事になる。
ああ、
だからこそ。私は音源へ向けて全力で駆けた。
───危ないから? 今逃げれば助かるから? だから何。そんなもの、何一つ逃げる理由にはなりはしないわ。今困難と戦う者がいて、自分がそれを助けることができる力を持つのなら、助けない理由はない。それが
『高貴さとは、行い続ける事である』父が私によく言い聞かせた言葉だ。貴族とは生まれながらにして高貴なのではなく、日々その力を困難に打ち勝つために使用してこそ高貴な存在となるのであると。行い続けてこその存在なのだと。
既に政治的には意味のない血筋ではあったが、先祖より継いだ在り方はちゃんと私の心に根付いていた。
†
私は走り続け、ついに現場に到着した。そこは地獄のような有様だった。10メートルはあろうかという巨大なムカデが6匹も一か所に向けて攻撃していた。
ムカデと言うにはあまりに異質な外見である。ムカデのように硬質な外殻に守られているのではなく、幼虫にそのままムカデの足が生えたような外見だった。口にあたる部分は岩盤掘削機のようになっており、グロテスクな暴力性を強調させていた。
このムカデ、図体に比べてとんでもなく素早い。口のソレを振動させながら突進するのが主な攻撃方法なようで、回避されたら反転して攻撃を仕掛けるようだった。たちの悪い、反撃のし辛い攻撃である。
それを6匹が絶え間なく続けており、中のプレイヤーは絶望的かと思われた。しかし、攻撃と攻撃の合間に、プレイヤーの姿が覗く。
視界が悪く、あまり見えないが小柄な影であった。彼は片手剣一本の装備で、四方八方から迫りくる巨体を回避するのに手一杯なようだった。
助太刀が必要だ。だが無闇に突撃したところで、攻撃パターンを変化させて彼の回避をより困難にするだけだろう。だが、遠距離攻撃はせいぜい私の棒手裏剣くらいで、投剣スキルはそこまでの大ダメージは出すことはできない。
仮に投げたとしても、せいぜいこちらに気を引くのがせいぜいで、私まであの乱闘に巻き込まれてるだけだ。これでは二人とも遅かれ早かれ死ぬだろう。
ならば方法は一つしかない。一番使いたくは無かった奥の手。
───本当は決闘裁判まで隠しておきたかったけど、やるしかないわね。
私はシステムウィンドウを開き、盾を収納する。そして、ホルスターを出現させた。
銃のそれではない、多数の棒手裏剣を差し込んだ、弾帯を思わせる物である。それを、両腕・腰。太腿の分を装備する。
そして剣を鞘にしまい、両腕のホルスターから三本づつ抜き取り、両手の指に挟む。
そして両腕をクロスするようにして、ソードスキルを起動する。投剣スキルにはない、異質な構え。幸にして相手の肉質は柔らかそうであった。
私は加速中のムカデ目掛けて、両手の棒手裏剣を投擲する。右手と左手の標的をそれぞれ別にし、2匹に分けて命中させる。もっと打ち分けることもできたが、3本命中させないと効果が出ない恐れがあった。
命中後、2匹のムカデは急に体の自由が効かなくなったかのように滑り込んで止まる。
だが、今の攻撃の特別性は麻痺効果ではない。スローイングナイフやピックに毒効果や麻痺効果を付与するのは、専用のアイテムを使えば簡単に行える事だった。
投剣スキルには両手同時に発動するスキルはない。先ほどのように、両手に投擲物を持ち、投擲するスキルは存在していない。なので、今のソードスキルはあってはならない物である。
───どうか、彼がその事に気づきませんように。
救出相手の彼が私のスキルの異常性を認識しなければいいが。そう願いながら、6匹全てに投擲を命中させる。麻痺効果が発動し、全てのムカデは沈黙した。
普通のモンスターでは、まずこうは行かなかっただろう。普通だったらまずここまで命中しない。ムカデが通常Mobにしては異様なほど大型で的が大きかったから当たったのだ。その上、肉体の装甲値は有ってないような物で、雑な当たり方をした棒手裏剣が弾かれる事がなかった。驚異的な結果のように見えたが、相手が良かっただけである。
「おーい。貴方大丈夫?」
私は抜剣し、突撃を受けていた彼に近づく。ムカデにトドメを刺すのも大切だが、それ以上に救出相手の容体の方が大切だった。
「ちょっと!」
しかし、彼は私の言葉を無視して走り出した。いくら何でも急ぎすぎである。まずはHPの回復が先のはずだ。彼は駆けつけざま《ヴォーパルストライク》を叩き込み、続け様に《ホリゾンタルスクエア》を打ち込み、ムカデのヒットポイントを全損させる。
「ちょっと貴方。HPは大丈夫なの?」
私の言葉を無視し、彼は2体目を殺しにかかる。頭上のアイコンはプレイヤーのようだが、その姿は会話への反応が設定されていないNPCのようだった。
私は言葉をかけるのを諦め、ムカデにトドメを刺そうとする。しかし、ふと立ち止まる。聞こえないはずの音が聞こえたためだ。
地面を高速で杭が乱打するような音。それも複数。全てがこちらに向かっているようだった。
「チッ! また来たか!」
今までムカデを切り刻んでいた彼が初めて口を開く。彼は手早く2匹目のHPを全損させながら、こちらに叫ぶ。
「おいアンタ! 死にたく無かったらついて来い!」
少年らしき声に似合わぬぶっきらぼうな言葉。だが今はそんな事は言ってられない。私は納剣し、彼の後を追う。
背後から迫る乱打音は徐々に大きくなり、否が応でも追いつかれつつある事実を理解する。
すると、先頭を走っていた彼がいきなりスライディングをした。そして膝ほどの高さしかない穴に綺麗に収まる。
「おい! こっちだ!」
やるしかない。私は走りながら剣を装備欄から外し、やったことも無いスライディングを敢行する。しかし、素人芸はうまく行かないものだ。
「───ッ!」
姿勢を高くしすぎたのか、顎を強打して首だけが外に出る。衝撃で
───土煙って、まさか!
土煙が晴れると、その全容が明らかになる。ブヨブヨとした白いモノ。それがムカデの頭周りであることは瞬時に理解した。そして、すぐに自分に攻撃が加わる事も。
ムカデは壁に刺さった口を引き抜くと、下を向いた。私の方向である。口のグロテスクなドリルが、私の頭をかち割るために振動を開始する。
絶体絶命だ。私は腕で体を押し込もうにも、この穴の入り口の壁は存外厚く、私の肩から肘までを完全に押さえていた。足は空を切るばかりで、ひっかけられそうなものは何も無い。
ムカデが頭を引っ込め、反動をつける。まさにギロチンで処刑される罪人だ。しかしギロチンとは違い、頭はミンチだろうが。
そして、ムカデの口が私の頭をミンチにする直前───
「セイァッ!」
穴の内部から気合を入れた声が響き、私が引っ張られる。頭上で轟音が響き、間一髪であった事を悟る。頭がミンチになる事態は避けられたようだ。
そして私を引っ張った主と目が合う。今までは薄明かりの下だったので、お互いの顔がわからなかったが、ここで初めてお互いの正体を知った。
「驚いたわ。まさかこんな所で貴方と会うなんてね、キリトくん」
私と対面したのは、攻略組として常に最前線を進み続けており、なおかつ情報を独占する悪のベータテスターことキリトだった。
私自身、攻略組に参加した事がない訳ではないので、キリトとは面識があった。といっても、ノンナが挨拶まわりを敢行した時に付き添いとしてだったが。
しかし、キリトが発した言葉は穏当な挨拶や救出の礼ではなかった。
「あのソードスキル。一体何だ? 投剣スキルに両手同時に6本のピックを投擲するスキルは無い。どうやった」
コミュニケーションを意図しない、情報のみを求める言葉。コミュニケーションは苦手そうではあったが、以前会った時もここまではひどく無かった。
「その前に、立ってもいいかしら? 女性を倒したままにするつもり?」
キリトは何も言わずに退く。私は立ち上がり、言葉を続けた。
「それに、年上には敬語を使いなさい。前会った時の貴方の方が幾分か紳士的だったわよ」
キリトはせいぜい13。高く見積もって15だろう。声を聞かなければ女子にも見えそうな顔立ちのせいでわからないが、多分間違ってはいないはずだ。
「わかりました。それで、あのソードスキルは一体何です? 教えていただけますか?」
敬語にはなったが、教えろの一点張りだった。無論、タダで教えるつもりはない。
「貴方ね。タダで教えるわけがないでしょ? 私にメリットが無いわ。相応の対価を提示して頂戴」
キリトは無表情のままだ、予測していたのか、すぐに反応する。
「金でどうです。言い値で出しますよ」
「論外ね。金で売れる情報じゃ無いもの。今貴方に言って広められたら、私は明日には大勢に詰め寄られているわ」
大勢にスキルの取得条件など聞かれるなりするのもやっかいだが、決闘相手のアキラに知られるのは避けたかった。
その反応を見て、キリトは少し間を置いてから言う。
「同等価値の情報ならどうです?」
「同等価値?」
思わず聞き返してしまった。私のこのスキルと同等な価値を持つ情報とは一体何のことだろう。
私の食いつきを見て使えると確信したのか、キリトはさらに札を切ってくる。
「そのスキル。なんの前触れもなく追加されませんでしたか? 習得条件がわかる訳でもなく。ある日突然に、唐突に」
驚きを隠すだけで精一杯だった。なぜこのスキルが突然スキル欄に追加されていた事を知っているのだろうか。だが、今の言葉で確信した。
「キリトくん。貴方、私と同じ状況って事かしら?」
キリトはしばし沈黙し、答える。
「少なくとも、同等の情報はお返ししますよ。満足がいかなかったらいくらでも金を支払いましょう」
「明言は避けるって訳ね」
ボカした言い方。彼もまた、何かしら知られたくない事情があるのだろう。まあ、敵の多い彼からしたら当然かもしれないが。
「なるほど。まあ、わかったわ。貴方の情報も気になるし。ただ、こっちからの条件も提示させて頂戴」
キリトはコクリと頷く。
「まず一つ、お互いの情報は絶対に口外しないと誓う事。二つ、互いが納得するまで情報を聞き出して良いとする事。三つ、情報が期待通りではなかったからと言って、自分は情報を言わないとかしない事。以上よ、大丈夫かしら?」
「大丈夫です」
キリトは即答する。所詮は口約束だが、逃げられないこの一対一の状況で、約束を反故にするなんてことは無いだろう。
「わかったわ。私のスキル、あのムカデを麻痺させる時に使ったスキルだけど、名前は───」
瞬間、少し迷う。キリトは約束を破ったからといって失う人間関係は無い。そのうえ、レベルも彼の方が上だ。逃げようと思えば強行突破はたやすいだろう。だがしかし。
───ここで別の条件不明のエクストラスキルの情報を聞き出せれば、決闘に役立てられるかもしれない。
その思いに駆り立てられ、私は口にする。
「───手裏剣術。スキル欄にはそう書いてあったわ」
明言した。これで洗いざらい情報を吐く契約に乗ってしまった。もう戻れない。腹の決まった私は、キリトに提案する。
「ここでもいいけど、もう少し奥で話さない? ここは少し君が悪いし狭いわ」
どうやらここはMobのポップしない地帯のようで、そのうえ奥には休憩できそうな部屋があった。
「わかりました」
キリトが了承し、私たちは奥の部屋に向かった。