ホグワーツ創設物語   作:奈篠 千花

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■終章 千年のホグワーツ(完結)■

それからのことは、千年後を生きる魔法使いに知られていることもある。

卒業年の騒ぎの余波もあり、卒業前に一度ヘレナと話をしておこうと思っていたロウェナだったが、とてもそんな暇はなかった。

それが徒になった。

 

ヘレナは卒業したその足で、荷物をまとめ、家に帰ーーらず、そのまま出奔した。

ヘレナの出奔の知らせは、当然婚約者のイドワルの耳にも入り、イドワルはホグワーツに飛んできて、ヘレナを探して連れ帰ることを約束した。

この場合、不幸だったのは、ヘレナが魔法使いで、普通の良家の一人娘ならとてもドーバー海峡すら渡れていなかっただろうところ、護摩の灰も拐かしも追い剥ぎも全てを返り討ちにしてアルバニアまで逃げ切る実力があったことだろうか。

それとも、普通の者なら追い切れぬ魔法の痕跡を辿って、アルバニアまで追い縋るイドワルの実力だったのだろうか。

ともあれ、追いついて話して理解し合えるようなたちの二人なら、イドワルが在校していた5年間でとうに恋人になれていただろう。

 

結果は残酷なもので、まだ十代の潔癖さで、ヘレナは痛烈な言葉でイドワルを拒絶し、罵倒し、侮辱した。

イドワルは口下手な故に口論で済ませられず、また今までにない痛罵と拒絶に逆上し、ヘレナの命を奪った。

喪われた命は取り戻せない。

イドワルは、我に返って絶望して、その場で己の命も絶った。

当然、本来なら、縁故もないアルバニアの彼方から、彼らの消息を知らせる者などないはずだった。

だが、皮肉なことにロウェナと比較され続けたとしても、間違いなくヘレナは力に満ちた魔女だったし、イドワルもまた強い魔法使いだった。

彼らは死後、幽鬼(ゴースト)となるに十分な魔力と、十分に現世に思い残す理由があった。

彼らはアルバニアに肉体を残したままゴーストとなり、その姿でホグワーツに縛られた。

ロウェナは、彼らなその姿を見て、彼らが喪われたことを知り、ただでさえ、ゴドリックとサラザールの件で弱っていた心に決定的な打撃を受け、そのまま体調を崩して寝付いた。

 

サラザールとの事件の後、やや行動がおとなしくなった──、と思われたゴドリック・グリフィンドールだったが、目立つ行動が減っただけで、ホグワーツの長期休暇中、ずっと放浪していてさっぱり行方がしれないことにはなんの変化もなかった。

彼が姿を見せない間何をしているのか誰も知らなかったが、ゴドリックも、ロウェナの没後、それほど長く生きたわけではなかった。

彼はある時、ホグワーツの学期が始まる直前、ホグワーツ城に張り巡らされたまさにその境界のすぐ外で、こと切れて見つかった。

遺体は既に野生動物にいくらも食い荒らされていてひどい状態だったが、おそらく心臓がえぐり出された状態で、まともな死に方ではなかったのだろうことは容易に推察され、発見したのがヘルガの息子のグリフィス、職員であったこともあって、その死に様は職員以外、むしろヘルガとグリフィス、アルタイル以外の誰にも秘匿され、その時代としては異例ではあるが火葬して骨となった状態でのちのゴドリック・ホロウに返されることになった。

ただ、ゴドリック・ホロウにグリフィンドールの係累は生き残っておらず、ゴドリックは正式ではない状態の子息子女はいても、誰もきちんと彼の子供だと認められたわけではなかったので、縁が深かったぺべレル家が、ゴドリックの埋葬とグリフィンドールの屋敷の管理を預かることになった。

 

ゴドリック・グリフィンドールの蔵書はそうやってフロドリー・ぺべレルの元に渡り、彼は叔父のガラクタス・ぺべレルの蔵書も受け継いでいたから、彼の家系ーー、ぺべレルは暗い魔法の研究では英国一と言えるほどの蔵書と情報量を誇り、数世紀を経た時代には、『吟遊詩人ビードルの物語』の中の死の秘宝を手に入れたとして知られるアンティオク・ぺべレル、カドマス・ぺべレル、イグノタス・ぺべレルの三兄弟を生み出すことになる。

遠い千年後には、死の秘宝は、カドマス・ぺべレルの子孫であるトム・マールヴォロ・リドルーーヴォルデモート卿と、イグノタス・ぺべレルの子孫であるハリー・ポッターとの因縁の対決に絡むものとして重要な役割を担うのだが、それはまた別の話だ。

千年後の物語で、大きな役割を果たすアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアは、戦争後、ハーマイオニー・グレンジャーが出発した現代語訳『吟遊詩人ビードルの物語』の中で、死の秘宝は三人兄弟が『死』から贈られたのではなく彼らが作り出したものであろうという見解を述べていたが、それもまた真実は歴史の中にある。

これも証明されない風説の一つを紹介しておくと、アルバス・ダンブルドアは、ゴドリックが遺した正式でない遺児の子孫の系譜を引いているのではないかという説もあったが、それもまた分からないことだ。

 

ホグワーツそのものは、ロウェナの死後、遺言によって、土地と建物ごと『ホグワーツ魔法学校』としての団体に遺贈され、ロウェナの傍系の遺族が継ぐことになるレイブンクロー領とは結界で切り離されて、完全に独立することになった。

ホグワーツの創設者では、本当はヘルガ・ハッフルパフが最年長だったのだが、4人の中で最後に残されたのは彼女で、彼女は彼女の右腕となって支えた息子と、ほぼ後継者としてホグワーツの隆盛に力を尽くしたアルタイル・ブラックと協力し、ホグワーツ千年の歴史の礎を強固なものとした。

彼女は長く生き、最初期のまだ不安定さの残るホグワーツを、盤石なものにしたのだ。

 

ひとつ告げておくなら、サラザール・スリザリンの娘がホグワーツ魔法学校に入学したとき、入れ違うようにゴドリック・グリフィンドールは故人だった。

サラザールの娘は、パーセルタングの縁で、アルタイルからモーフィアス・ゴーントに紹介されることになり、成人後、ゴーントに嫁ぐことになった。

この家系は両親ともにパーセルタングであったためか、この後、度々、パーセルタングの子どもが生まれる。

 

ホグワーツ千年の間には様々なことがあり、クィディッチの隆盛、マグル生まれの受け入れ、ホグズミード村の建設、グリンゴッツ銀行の創立、聖マンゴ病院の設立、国際魔法使い機密保持法の条約批准、魔法省さえできて政治体制の根幹さえ変わった。

それら全てを語り尽くすことは、もちろん到底できない。

 

この物語はあくまで千年前、サラザールの身近であった人々の一場面を切り取って終わることにしたい。

 

 

 

 

 

 

 

ロンドン。

ユリウス暦千年の暮れ。

 

千年後の建物とは流石に様子が違うが、千年後にはグリモールドプレイス12番地と呼ばれることになる場所での出来事である。

サラザールの事件が起き、事態の収拾に奔走し、アルタイル・ブラックはここしばらく落ち着く暇もなかった。

アルタイル・ブラックは千年の夏に卒業し、秋にホグワーツの教師となった。

ホグワーツの5年、7年制を整える下地ができたので、首席と監督生制度を整備し、スリザリン最初の7年生の首席及び監督生はアルナイル・ブラックである。

まだ寮監制度という名前でもなかったが、この時点でサラザールとロウェナが不在のため、教師の中から各寮を担当する教師を決めることになった。

これらのことに、新任のアルタイルがどれほどの影響力があったのかと言われそうだが、アルタイル本人が優秀であることに加え、父親のカノープス・ブラックは創設者を除いて最大の出資者である。

また、学校制度、カリキュラムそのものが整っていないホグワーツの第1期生であった事実はそれほど軽くなく、在校という意味ではアルタイル以上にホグワーツに長いのはゴドリックとヘルガだけなのだから、発言権が大きくなるのは無理もないことであった。

 

ともかくも、職員として奔走して最初の年、新年の休暇のために、アルタイルは、弟のアルナイル、妹のペルセフォネと共に実家に帰ってきていた。

毎年、サラザールと共にわいわい言いながら送ってもらった記憶があるが、今年は教師となったアルタイルが引率して、兄妹三人だけで帰る。

家の門をくぐると、両親が心づくしのご馳走を用意して待ってくれていた。

ユールを過ごして、ある晩、カノープスから書斎に誘われた。

 

夜の灯りは貴重な時代だが、魔法使いには灯り(ルーモス)がある。

父親の部屋を訪れて、控えめに扉を叩く。

「どうぞ。」

と言われて、そっと部屋に入る。

部屋には、壁際に灯りの、全体に防寒の魔法が掛けてあり、外に向けた鎧戸は開かれていて月明かりが見えていた。

マグルの家なら寒くてとても開け放していられないだろうが、そのあたり、魔法使いは便利だ。

父親は、その時代では高級であるワインを用意していた。

 

「前の休みは、とても落ち着いて話すどころではなかったし、ねぎらってやることもできなかったからな。

アルタイル、よく頑張ったな。

あの男だけは許さんが──、結果的にお前がホグワーツに残ったことで、サラのやろうとしたことを無駄にしないで済んだんだろうからな。

これからまだ苦労は多いだろうが、お前ももう成人だ。

ブラック家としても、できるだけの援助はしていく。

アルナイルも、後継としての自覚が出てきたみたいだしな。

お前も、これから大変だろうが、ブラック家の誇りを忘れずにいくんだぞ。」

カノープスは、そう言うと、手ずからグラスにワインを注いでアルタイルに手渡した。

 

アルタイルは後継を外れたため、大々的に客を呼んでの成人の祝いを行うことはできないが、だからといって、親の愛情が減るわけではない。

これは、さほど特別なことはできなくとも、上質な酒で祝い、苦労をねぎらってやろうという親心でもある。

アルタイルは、それまで何処か張り詰めていた気分が一気に報われた気持ちがして、目が潤んだ。

ごく慎重に、カノープスからワインを受け取って、ゆっくり飲む。

「成人、おめでとう、アルタイル。

よく頑張ったな。」

カノープスのことほぎに、アルタイルが堰を切ったように涙をこぼす。

「父さん──、僕、僕、頑張ったよ。

あの男、あの男絶対許したくなかったけど、あの男を断罪したらサラおじさんが頑張ったことが全部無駄になるから我慢したけど──。

本当は今でもあの男八つ裂きにしてやりたい──!!」

 

カノープスは、ほとんど身長の変わらなくなったアルタイルをそっと抱いて、息子の顔を自分の肩に押し付けた。

「よく我慢した、アルタイル。

お前は正しかったよ。

本当は私だって八つ裂きにしてやりたい。

だが、お前が冷静に対応したから、サラが目指した魔法族の教育は残った。

あいつは何より故郷と家族を大切にしてた。

お前が復讐より、サラの理念とあいつが教えていた子供たちを守ったのは正しかったよ。

父さんはお前を誇りに思ってる。

──サラも、絶対にそう思ってる。」

 

この先、サラザールに代わり魔法族の子供たちを見守っていくアルタイルだが、この時はまだ二十歳にもならない若者だった。

彼はこの先、二度と泣かないと心に決めたが、その日だけは、声を殺して泣いた。

 

 

 

ホグワーツは、創設の志の通り、その後千年を栄える。

そして、千年ののちに、そこが戦場になることがあったとしても、ホグワーツはそれに耐え、また次の千年を迎えるだろう。

 

我々は、今、まさにその千年を生きている。

 

 


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