ホグワーツ創設物語   作:奈篠 千花

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■第1章 魔法学校の創設 後編■

 

 

新年があけて、次の月も近くなろうかというころに、次の学期は始まった。

遅いというなかれ。

後世、ホグワーツ特急ができるまでは、学校にたどり着くまでに最大で三分の一が行方不明になることもあったと語られる、学校に行くだけでそんなに危険な魔法界である。

ましてや、スコットランドからイングランド東部、ウェールズまでは当時命懸けの旅だ。

保護者の庇護があっても1月中にホグワーツに戻ればいいという規定が厳しいものだったとは、当時の世相を鑑みても言えないだろう。

なぜか東より南より、物理的距離は近かったはずの西のペベレルが一番最後に戻って来たところで、後半の学期が開始されることになったのだが、その前に彼らにはやるべきことが発生した。

 

ホグワーツのそばには広大な森があって、後代にはそこは禁じられた森と言われるようになっていたが、今は全く禁じられてはおらず、前期にはゴドリックがしょっちゅう狩りに入っている程度には皆が立ち入っていた。

だが冬の寒い季節に1ヶ月以上城を開けて戻って来たときには異変が起きていた。

城の維持はハウスエルフが行なっていたので問題はなかったのだが、農場や森の辺縁を管理していたエルフから異変の訴えがあったのだ。

「なんだか森の様子が妙なのです。

冬眠しているはずの動物が農場まで降りてきたりして、森の方が落ち着きません。

何かあったのではないでしょうか?」

ホグワーツを建てたとはいえ、元はロウェナの所領である。

何か危険生物でも発生していてはことだと、子供たちには森の立ち入りを控えるように言った。

 

授業は前期通り午前中、午後は森が立ち入り禁止なのと、単純に寒いのもあって皆、大広間に集まって城の改造計画を建てるのに夢中になった。

動く階段や、手順を踏まずに開けようとすると叫び出す扉、後に肖像画に役目がとって替わられたが、最初女子寮の入口に置いてあったのは大理石の彫像だった。ちなみに男子寮にはそもそもまだ鍵がなかった。

後世では、創設者が男子より女子の方が信用できるから男子は女子寮に入れないなどと言う人々もいたようだが、それは全くの誤謬である。

思春期の男女を集めたら、女子寮の方の防備を固めるのは当然の成り行きだ。

ともかく、子供が思いつくアイディアは奇想天外なものも多かったが、ロウェナは研究者気質で、面白そうとちょっとでも思うと、籠もりだして研究して実現させるので、ある意味一番油断がならなかった。

「ロウェナ?あまりやり過ぎると、我々自身の通行に影響が・・・。」

サラが、ロウェナのやり過ぎにこめかみを押さえていると

「まあいいじゃねえか、これはかなり面白いぜ!」

と笑って肩を叩くゴドリックがいるので、なかなかストッパーがいない。

 

「ロウェナ、ちょっと厨房の使い勝手が悪いんだけど、変えてもらいたいところがあるのよ。」

ヘルガは常識的かと思いきや、興味のあること以外には意外と無頓着なので、止めてくれはしないのだ。

「ヘルガ、そういえば提案なんだが。

だいたい大鍋で煮る料理と焼く料理が多いだろう?

うちに大陸料理のレシピが残っていたから、写させたんで活用してもらえればと思うのだが。」

サラザールの提案に、ヘルガはやや気を悪くしたように見えた。

何人もの子供を育て上げた主婦として、家政に口を出されるのは気に障るのだろう。

「なんだい、それ?

私が出させてる料理に不満があるっていうこと?」

不満ならある、目一杯ある。

まずいという訳ではないのだが、ヘルガの料理の基本は中世ウェールズの料理であり、肉は焼く、野菜は煮る、の一点張りである。

現在普及している南米産の野菜(代表はトマト)はひとつもないし、スパイスの大々的な普及もノルマン人が来てからなのでまだない。

おまけにサクソン人が肉を食べるのが良い!的思考を広めたため、上流階級ほど野菜が不足しがちなのである。

美食ローマにルーツを持ち、マグル界とは別に美味しいものを食べて育ってきたサラザールとしては、蒸し料理ひとつない塩味一辺倒かつ、甘味はフルーツに頼る食生活はそろそろ飽きた。

ちなみにこの辺やっぱり大陸にルーツを持つブラックとレストレンジも全く同意見である。

 

「いやいや不満があるわけじゃないんだ。

ただ子供たちがな。

家に帰ったとき、家のご飯を懐かしがっててね。

なにしろ実家が遠いじゃないか?

郷土料理を出してあげられたら喜ぶかと思ってね。」

サラザール、子供を出汁にした。

自分の味覚のためなのに、目的のためなら手段を選ばない狡猾なスリザリンである。

「なるほど、そうね。

考えてみるわね。」

子供のことを言われてヘルガも納得してレシピを受け取った。

ヘルガが立ち去った後、やり切ったという顔をしたサラザールの脇には、アルタイル・ブラックとロドリウス・レストレンジがしたり顔で寄っていっていた。

 

 

 

森の話は、どうやら奥の方に大型の危険な種が入り込んでいるらしいというのが、奥地にいるヒグマまでが浅いところに出てきたことで推測された。

ただでさえ、マグルの乱獲で数を減らしているのに、冬眠を邪魔されて気の毒なことである。

ヒグマは、ゴドリックが喜んで狩るかと思ったら不機嫌に逃がしていた。

サラザールが理由を聞いたら

「負けて逃げてきたような奴を狩っても名誉にはならん。」

だそうで、今ひとつ理解できなかった。

 

ともかく、森の方は雪が溶けて足場が確保できるようになったら対処しようという話になって、とりあえず、午後の整備事業は図書館の開設に取り掛かることになった。

図書館については、部屋は用意してあった。

問題は中に所蔵する本だ。

この当時、活版印刷などはない。

羊皮紙に全部手書きである。

マグルの間では王侯貴族しか流通するものではなかったが、魔法族はそういうわけにはいかない。

なにしろ、魔法を効率的に運用するには呪文という言語によって事象を規定するのが一番なのだ。

杖も補助としては有効だが、呪文には勝らない。

サラザール自身は杖がなくとも呪文を唱えずとも魔法を使えるが、ひどく疲れる。

魔法族は羊皮紙の製作をハウスエルフに委託することができるが、大量生産は難しい。

また、非常に有能な魔法使い、例えば創設者の四人や第一期生たちの親レベルなら呪文で書写をすることもできるが、一冊を正確に写せる魔法使いが希少な部類に入る。

 

この時代にもロンディニウム(ロンドン)はすでにあって、つまり、ダイアゴン横丁の原型はもう形を為していたので、マグルに気取られないように、目眩ましと[[rb:人>マグル]]払いの呪文を掛けられて、薬屋や本屋や魔道具屋などがひっそりとあった。

本はそこでサラザールが買い求めて来たものもあったが、基本、この時代、本当に貴重な本は受注生産、それも手書きなので、こと魔法の本のことになると各家に書き継がれてきたものを期待する方が成果を期待できた。

そこで、前期の終わり、自分たちの子どもを迎えに来た彼らに、各家の長が出してもいいと思った本についてだけ貸してもらえないか、教育に役立ちそうなものはないか尋ねたところ、この後期の初め、彼らは今まで自分たちの家系の子弟の教育に使っていた本や魔法初等教育に使えそうな魔法原理の本をそれぞれ持参してくれた。

 

写した後、順次、必ず返すことを約束して、彼らはまず、それぞれ一冊ずつ写本を作った。それらは自分たちの供出した蔵書も合わせるとこの段階で既に百冊を超えたので、相当に大変な作業だった。

原本は返却のため図書館の生徒立ち入り禁止にした区間で大切に保管され、まず、初めに写した一冊から、最初の教科書に出来そうな本を選び出し、それを人数分に増やして、教師と生徒に配った。

文字(ルーン)と呪文、占星術と数秘学、薬草と魔法薬、錬金術と魔法陣。

後のホグワーツではだいぶん細分化されていたが、おそらく、系統だって「教科」と「教科書」が用意されたのはこの年が初めてだった。

 

「・・・ペベレル、この本はお父上が用意してくれたのかい?

ホグワーツに持って行っていいって?」

ひとつだけ意外だったのは、何冊かdark arts--闇の魔術に属する本が持ち込まれたことで、出所は西の荒野のペベレルの親からだった。

冊数が多く、受け取ったときに内容を精査する時間が取れなかったのだが、命と引き換えに誰かを呪うとか、死を逃れるためにはどうしたらいいかとか、やけに禍々しい内容が克明に書かれている。

サラザールの問いに、フロドリーはこくんと頷いた。

「父さんが叔父さんと喧嘩してました。

なんか、変な研究するのはやめろとか、さっさと嫁をもらえとか・・・。

そのうち、父さんがこんな本があるからいけないんだって言い出して、全部ホグワーツに持ってけって。」

サラザールは状況が把握はできたが、理解は出来なかった。つまりこれらの貴重な本は兄弟喧嘩のとばっちりでここに来たと?

いつの間にかそばに来ていたゴドリックが、何か納得したような顔をしている。

「あ~、あそこの弟は偏屈なんだよなァ。

魔法使いとしては間違いなく一級品なんだが、『感情など無駄でしょう』『恋など一時の気の迷いです』とか、すーぐ言うんだよな。

・・・なんだ?

アイツがこの本を読んでやがったってのか?」

不意にゴドリックの声音に何かざらついたものが混じったような気がして、サラザールは赤髭の男を振り返ったが、ゴドリックは次の瞬間にはいつもの軽い調子を取り戻して、またげらげらと笑っていた。

 

子供達の初年度に教えるのにあまりに不適切だろうと思われる内容の本は、一応書写はされたが、教えるとしてももっと魔法に習熟して分別がついてからだろうと生徒立入禁止の棚に仕舞われた。

この時、マグル出で持ってくる本がないと小さくなっていたイドワルと、収めるべき本は全部母親が収めてしまっているから自分には何もないと、ヘレナが萎縮していたのには、担当であるはずのロウェナ自身が持ち込まれたうちの稀覯本に夢中になって気づいていなかった。

 

 

 

彼らがその年、気づかなかったことがもうひとつあった。

つまり、ポルターガイストと呼ばれるもののことで、後年ピーブズと呼ばれるものの核がこの年、Pensieveを置いた部屋の上あたりで発生した。

ピーブズはしばしば人の精神が死後とどまったゴーストと混同されたが、実際には、彼あるいは彼女は、まだ満足に魔法が制御できない年齢の子供たちが多く集まったために、余剰に蟠る魔法力とでもいうべき力が擬似的に人格を持ち、結果的にゴーストと似た形を取ったものだ。

 

何か不思議な気配があるのに、実は生徒の中でオッファンは気付いていたが、魔法族と不思議な現象は、常に隣り合わせの事象だったので、彼は「なんかある・・・?」くらいで大人に言わず見過ごしたが、正直、この時点で大人に告げていてもピーブズの発生を防げたかは疑わしい。

子どもが多ければピーブズのような特殊なポルターガイストが生まれるかと言ったらそうではない。

やはりそこにはホグワーツという子どもの雑多な想念を集める力場があり、その集まった想念に「行動パターン」という枠を与えることがあったからこその発生であった。

ペンシーブは記憶を扱う魔道具で、それには多くの理不尽な恐怖、原始的な怒り、幼稚な衝動、子供が虫の羽を毟るような幼く残酷な愉悦を特に記録に残しやすい。

強烈な記憶の断片は、混沌とした魔力に形を与え、衝動的で愉快犯的な行動を繰り返すポルターガイスト、ーーピーブズをいつしか生み出したが、それはまだ形を持たぬ萌芽だった。

それが形をなすのはもっと生徒が増え、溢れ出した魔力が更に蟠る時代だが、例え原因に気付いたとしても、歴代の秘宝として校長室に鎮座するペンシーブが原因なのであればいかんともしがたかったろう。

 

「ほら、イグ。

あそこ、何かあるの、分かる?」

担当教師は違うが、オッファンはこういう冒険のときには、イグネイシャスを誘うことにしている。

メドレイアは普段は気になるほどではないが、探検や冒険という話になると途端に頭が固くなって

「そういうのは先生に言わないと!

勝手にしちゃあいけないわ!」

というのが目に見えるようだ。

ポルターガイストは、まだちょっとだけ渦を巻くようで、明確な形になっていなかった。

イグネイシャスも、

「うーん?

なんだろな?

けど確かになんかあるな!

ちょっと観察してみるか?」

と赤い頭を傾けた。

「ね、気になるよね!

オッファンはのんびりではあるが、気になることがあったら追求したい。その辺はまごうことなく魔法界気質かつやんちゃな男なのである。

「そうだな!

こりゃあ男同士の秘密だな

オッファン他の奴らには黙っとけよ!」

そしてイグネイシャスも友達との秘密と謎は大好きな類が友を呼ぶ友達だった。

こうやってポルターガイストの発見は悪気なく闇に葬られ、ついでにこの年頃の少年達はそのまま忘れた。

 

 

 

冬が終わり、春が来た時に、森に潜んでいた危険の正体が明らかになった。

本来であれば、スコットランドの最北部、もっと北が生息地の凶暴なドラゴン、ヘブリデス・ブラックという種類が一頭彼らにとってみれば南のこの地域に現れたのは、例外的なできごとであったが、どうやら棲み着いたのは繁殖期の雌争いと縄張り争いに敗れたハグレと呼ばれる個体のようで、ロウェナが所有している三百年くらい前の古い本に、やはりヘブリデス・ブラックが一頭だけ現れた記録が残っていた。

 

どうして、異変の犯人がこのドラゴンだと分かったかというと、それは意外なところからの協力要請があったからだ。

後世の呼び方で「禁じられた森」というので、この時代単に「森」と呼ばれていたこの森を、以降「禁じられた森」と呼称するが、この森には数世紀前から密かにケンタウルスが棲んでいて、いくつかの集落を作っていたのだが、どうやら、その集落のうちのひとつがヘブリデス・ブラックに襲われたらしい。

ケンタウルスが三人、人の習慣に則って、使者の旗を掲げながらホグワーツを訪ねてきたときにはちょっとした騒ぎになった。

──主にハウスエルフが。

真偽のほどは分からないが、ケンタウルスは好色で野蛮で悪食だから、捕まったら食べられてしまうという言い伝えがあったらしい。

 

「この人間の城の主は誰か。

差し迫った危険について話したいことがある。」

朝、城門前でそう呼ばわれて、顔を見合わせてサラザールとゴドリックが出ることにした。

ハウスエルフの話をすべて信じるわけではないが、魔法族の側にもケンタウルスが人には非友好的な話は伝わっている。

女子供を出して攫われでもしたら目も当てられない。

城の前の広場で聞いた話は、ヘブリデス・ブラックのことで、ケンタウルスも森の向こうの山頂に巣を構えて飛来してくるドラゴンには手を焼いていることが分かった。

「ふうん?

退治には協力してやってもいいぜ?

ま、でも、ただじゃねえよなあ?」

にやりと笑って対価を要求しようとしたゴドリックを杖で殴って、サラザールはドラゴンのいる山の位置を聞いた。

「そのドラゴンがいる山の方向は分かるか?

分かるなら、三日で掃討の準備をするので案内して欲しい。」

頭を抱えて悶絶していたゴドリックだが、立ち直りは早い。

「おっまえ、サラ、何しやがる!

なんでそんなただ働きなんざしようとすんだ?!」

 

微妙な視線をサラザールはゴドリックに送った。

「何をするんだはこっちのセリフだ。

お前、ヘブリデス・ブラック種のドラゴンの好物は知ってるんだろう?」

「当たり前だろうが!

にん、げ、ん・・・。」

ゴドリックの声が歯切れ悪く途切れる。

サラザールはケンタウルスの方に向き直る。

「聞いての通り、ヘブリデス・ブラック種がこの学校の存在を嗅ぎ付けたら、私たちも他人ごとではない。

掃討には協力しよう。」

ケンタウルスの中で一番年長に見える男はあからさまにほっとした様子で、彼らがあらかじめ用意してきたであろう対価を口にした。

「礼を言う。

我々の部族は大きくなく、ドラゴンに立ち向かうには手数も足りない。

人と関わるのは禁忌だが、この掃討が終わったなら、我々は人間のうち、この城に属するあなた方とあなた方の妖精と家畜に手出しをしないと誓おう。」

「なんだそれだけーーいてッ!」

いらぬことを口走りそうだったゴドリックを再び殴って、サラザールはケンタウルスの誓いを受け入れた。

実際、それは得難いもので、ケンタウルスが人の引いた所有の境界を認識せず、ハウスエルフの管理する農場から大地に生きるもの程度の感覚で豚を持ち去っていくのは十分にあり得ることだったために、彼らがホグワーツの存在を認めたことは画期的なことだったのだ。

 

ゴドリック個人が守ったかはさておき、ケンタウルスとの協定のため、禁じられた森の奥深くにはあまり行かないよう定められ、いつしか呼称は禁じられた森になった。

 

 

 

サラザールとゴドリックが戻ってこの話を伝えると、ロウェナは自分もその貴重な現場に居合わせたかったと憤慨した。

彼女はどこまでも研究者気質で、友好的なケンタウロスなどというものに、ものすごく興味があったのだ。

「それにしても、うちの領内にそんな半馬人 ( ケンタウロス)が住み着いてるなんてね。

彼らって元はギリシャ出身よね?

いつのまに来たのかしら?」

サラザールはロウェナのセリフの微妙なニュアンスを汲み取って、やわらかく注意を促した。

「ロウェナ、頼むから彼らの前で迂闊なことを言うのはやめてくれよ。

彼らの半身が本当に馬でも、彼らは半馬扱いをされると理性を激昂して理性を失うんだ。

そうなったらもう殺すしかない。」

サラザールもこの時代の人間として、決して平和主義者ではないので殺すと言った単語に忌避はない。

ただ、狩猟が趣味なゴドリックと違って、別に無用な殺戮は好きではないし、無駄だと思っているのだ。

「そうねえ、言葉が話せる相手は馬肉って考える訳にもいかないしねえ。

今回みたいに、困った生き物が住み着いたのを教えに来てくれるなら、まあ、奥地に巣を作っているくらいいいんじゃないの。」

ヘルガも相槌を打つ。

彼女も酷いことを言っているように聞こえるかもしれないが、思い出して欲しいのはここは現代の基準で言うと、野卑で野蛮な中世であり、平等の概念もなければ慈愛の意味もかなり狭義に限られる世界であるということである。

ケンタウロスとまともに会話をしていきなり駆除に走らないだけ、彼らは一応文化人なのであった。

 

「ヘブリデス・ブラックか。

ありゃあ、十分強いからなあ、餓鬼と俺だけじゃちょっと厳しいかな。」

まだホグワーツは小さく、十分に全員が集まれる広さだった大広間で、昼食を食べながら、ゴドリックが呟いた。

呟くと言っても、ゴドリックの声は大きく、銅鑼のように全員に聞こえた(なんと内緒話に向かない男だろうか。)。

「先生!

俺もそのドラゴン見てみたいです!」

よくゴドリックの狩りに喜んで同行するイグネイシャスが、元気よく手を挙げていた。

「ダメですよ、危ない。」

ヘルガが一蹴するが、やや怖がりの気のあるヘレナが苦いものを飲み込んだような顔をしていた以外は、メドレイアまで含めた全員が好奇心で顔を輝かせていた。

「・・・なんとかなるんじゃない?

魔法の絨毯は12人乗りだから、子供たちをみんな絨毯に乗せて、ヘルガが防御に徹すれば見物はできるんじゃないかしら。

ゴドリックとサラと、私が攻撃に回れば三人ならなんとかなるんじゃないかしら。」

だがここで敵の技倆を甘く見ることのないゴドリックが、珍しく懸念を示す。

そこで見極めるから、最強の決闘者とまで言われたというのもあるし、案外とこの男は負ける戦いはやりたがらない。

「渡り合うだけならな。

だが、相手はヘブリデス・ブラックだ。

あいつは魔法耐性も攻撃性も耐久性も高いし、トドメを刺すまでにこっちに被害が出ないとも限らない。

見物人がいちゃあ危ないんじゃないか?」

 

「いや・・・、なんとかなるかもしれない。

要は、ヘブリデス・ブラックを、ホグワーツの手の届く範囲外から追い出せばいいんだろう。

まだ研究途中だが長距離移動用の魔法の大規模魔法陣が使えるかもしれない。」

サラザールが研究していたのは、なんとか生徒が危険なく長距離を移動できないかという、ポートキーに似た魔法陣だったが、誰でもを送ってしまわないために、また移動先の安全を確保するために、まだまだそれは研究開発の途中のものだった。

「え、ちょっと、何、その魔法陣すごくない?

ちょっと見せて!」

描いた魔法陣の大きさにより、大抵のものが輸送できるが、行き先の微調整ができない。

だが、相手がことドラゴンとなると、駆逐すればいいだけなので、むしろ話は簡単だった。

「計画なんだが、とりあえずヘブリデス・ブラックになると大抵11ヤード(約10メートル)を超える。

だからまあ、動きも考えて、30ヤードくらいの大きな魔法陣を開けた場所に描く。

森の奥で、そういう場所がないときはいくらか切り開かないといけないだろう。

で、中心には等身大の人形を置く。

魔法で生きてる人間に見えるようにしてな。」

サラの計画に、ヘルガが感心したように頷く。

「あの種の好物は人間だものねえ。

おびき寄せて、魔法陣でポイするわけね。

どこに送るの?」

「ベスビオ山の火口とかどうだ、奴さん、暑いのは苦手だろ!」

調子に乗ってゴドリックが魔法界的冗談を言うと、サラザールがまなじりを押さえた。

「ーー噴火させる気か。

北でいいだろう。

海の向こうよりはるか北に氷だけの島があるらしいから、そこでどうだ?」

要するに北極である。

 

彼らはそれから、3日の間に、魔法の絨毯の点検をし、生徒全員がそれに乗って透明化の魔法と防御の魔法を重ねがけできるか試した。

そして、ゴドリックは慎重に森の奥地にちょうど頃合いに開けた平原があることを探し出した。

魔法陣は、そう言ったことが得意なロウェナが最新の注意を払って50ヤードもの大きさがあるものを描き、さらにそれが夜露や風で損なわれないように、強固な保持魔法を掛けた。

サラザールは、発動の呪文を再確認し、絨毯の上にいる以外の自分たちにかける保護魔法と飛行魔法にアラがないか調べた。

ゴドリックは、ドラゴンを挑発して魔法陣まで誘導するついでに、鱗の一枚二枚、できれば珍しいドラゴンのツノなどが手に入らないか夢想していて、

「ドラゴン相手にするチャンスがあるんならなあ。

この剣じゃちょっとなあ。

ゴブリン製の剣が手に入りゃいいが、あいつら売りたがらんからなあ。」

と呟いていたのだが、この時点でサラザールは自分の分担に集中していたので、ゴドリックの呟きは聞き逃し、代わりにアルタイルが妙な顔をしてそれを聞いていた。とりあえず、ゴドリックの独り言は音量がでかいのだ。

 

 

 

3日後。

朝からケンタウロスが姿を現した。

弓と矢を携えた彼らを見て、サラザールは密かに、弓と矢でどうやってドラゴンに対峙する気なのかと思ったが、それがケンタウロスにとって激しい侮辱すると捉えられることは理解していたので、口には出さなかった。

ケンタウロスは魔法の絨毯を見て奇妙な表情をしていたが、彼らも魔法のことを魔法使いに尋ねて理解できる解答は得られた試しがないのか、言葉を喉の奥で飲み込んでいた。

サラザールとゴドリックとロウェナは、それぞれ天馬 (イーナソン)に鞍を置いていた。

彼らは階級社会の嗜みとして皆乗馬ができたし、天馬であればケンタウロスに追いつけ、いざとなれば飛べるので便利がいいと思ったからだ。

唯一の心配は、天馬が竜を恐れるのではないかということだが、それについては軍馬として躾けられた彼らの勇気を信頼するしかない。

「出発しようか。

準備は万全なんだな?」

彼らが到着した時に計画は説明してある。

「おうよ!

ぶち殺すんじゃなくて追い出すだけなら完璧だ。

お前らも森が荒れない方がいいんだろ?」

サラザールの発案をまるで我が事のように誇るゴドリックを流して、サラザールは馬の轡を引いた。

「先生、気をつけてくださいね。」

「ね。」

絨毯に乗る前に、アルタイルたちに袖を引かれて、サラザールは苦笑した。

「大丈夫だ。

魔法陣も完璧だし、心配はないよ。」

サラザールはアルタイルとロドリウスの頭のてっぺんにキスをして彼ら二人を絨毯の方へ押しやった。

魔法陣の点検に余念がない母親が、自分を振り向きもしないのと見比べて、ヘレナが寂しそうにしているのを、イドワルがこちらも黙って見ていた。

 

それは狩りだった。

サクソンはそう言ったものを誇りにしていたが、サラザールには楽しみのためだけの狩りは野蛮に感じられた。

だがサクソンが大勢を占める中でそれをはっきりと表明するのも危険だった。

運動は身体を鍛え健康にするためのものであるはずだったが、サクソンは楽しみとして獣を狩り、それをトロフィーにして手柄を自慢するのが好きだった。

サラザール自身の、おそらくローマを経た血筋はすでに彼らが引き揚げて行って何世紀も経つ今、本当は彼自身も血統的にはサクソンやブリトンや、事によるとデーンやノルマンの血も混じっているのだろうが、それでも彼は自分の家が大事にして来た古典ラテン語による思考を大切にしたいと思っていた。

だが、同様に、今やこの島を覆う暴力的な志向に満ちたサクソンの手合いは決して無能ではなく、さらに貪欲で全土に広がり、とても遠ざけておけるものではなかった。

だから、彼は慎重に、常に自分の身の回りに注意して信頼できるものを選ぶよう血の家族を尊ぶよう、自分が大事にしている家族の子供らも含めて、教えることをやめなかった。

 

ともかく、ケンタウロスは巧みに弓と矢を使ってヘブリデス・ブラックをおびき出した。

弓と矢は、確かにドラゴンを苛立たせ、理性を失わせ、彼らの思った方向にドラゴンを仕向けるのに役立った。

「ゴドリック、来たぞ!」

「おうよ!」

サラザールがざっ、と天馬 (イーナソン)を羽ばたかせる。

魔法陣の中心にはロウェナを模した等身大の生きているように精巧な像があり、ゴドリックとサラザールが天馬 (イーナソン)で飛び立ってわざと目を惹く。

魔法の絨毯の上の集団は十分に離れたところで息を飲んで見ていて、ロウェナも、魔法陣が万が一破損したらすぐに修復できるよう同様に離れて隠れていた。

ドラゴンは魔法耐性が高く、まともな呪文ではかすり傷しかつけられなかったが、ともかくドラゴンも有能な魔法使い二人に傷をつけることはできなかった。

ドラゴンは、そのうちに、地に立っている(ように見える)ロウェナ(の像)に気付いた。

 

[天馬 (イーナソン)を駆る個体より与し易そうな餌がある、とドラゴンは感じたろう。

ドラゴンはそれに向かって急降下し、それにかぶりついて今日の獲物にすることに決めた。

「ゴドリック!

魔法陣の指定範囲から出ろ!」

でなければ北極圏に飛ばされる。

ゴドリックなら自力で戻って来れそうではあるが、楽しい経験ではないだろう。

サラザールは、魔法陣の上方にあるものを指定の場所、北極圏に飛ばすために、呪文の詠唱を始めた。

長い呪文ではなかった。

そもそも呪文を短縮するために魔法陣を構築しているのだ。

方程式で言えば、長い長い計算式をいちいち書くのを省略してXだけを入れればいいようにしている形だ。

唱えた呪文は期待通りの結果を生んだ。

 

ヘブリデス・ブラックはまるで断末魔の悲鳴のような声とともにその姿を揺らめかせて消えた。

 

生徒たちは目の前で繰り広げられた魔法活劇に夢中になり、絨毯から飛び出してきて、歓声を上げて跳ね回っていた。

この年の竜退治はこのように概ね順調だったし、ケンタウルスとの不可侵も取り付けることができた。

そしてこの年、校訓が“Draco dormiens nunquam titillandus.”(ラテン語: 『 眠れるドラゴンを擽る可からず。』(ねむれる ドラゴン を くすぐる べからず))、と、なった。

これは、最初は石碑に刻んでいたが、のちに校章に刻まれることになった。

実際のところ、これはドラゴンの鱗を剥ぎ損ねたゴドリックが、わざわざスコットランド北部まで行って竜狩りをすると言い出したのを止めたときのことばだが、現代までに由来は忘れられた。

 

これらが一年次に起こったことである。

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