ホグワーツ創設物語   作:奈篠 千花

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■第3章 蛇の舌 前編■

二年目も夏の間は学校を休みにすることになった。概ね、7月、8月。

その間はサラザールとヘルガ、大抵の教師は地元へ帰る。

ロウェナはここが地元であり、帰るも何も、休みの間もせっせとホグワーツの構造を複雑化するのに血道を上げていた。

残るゴドリックについては、おおかたの人間が何をしているのか知らなかった。

彼は、ホグワーツ周辺をふらふらしていることもあったし、地元にも立ち寄るレベルで帰ってもいたが、それ以外は大体イングランドの全土を放浪して回っていて、賭事と決闘に明け暮れていた。

 

ゴドリックのことについては、彼が地元で友人の家、ハウウェル・ペベレルの家に立ち寄ったときの会話を少し記録しておこう。

ハウウェル・ペベレルは、彼のいくらか年長の幼なじみであり、彼の少年期の悲劇を克明に記憶に残している人物でもある。

彼は、声高に言うことがなくとも、ゴドリックの心のどこか大切な部分が、少年期の悲惨な出来事により破壊されたと感じており、まさかゴドリックが、魔法族の子どもたちのための学校創設に関わると聞いて、やっとゴドリックにもまともな感性が芽生えたかと喜び、自分の子供たちをその学校に通わせることに同意したのだった。

ハウウェルには、おそらく同じ事件で[[rb:闇の魔術>dark arts]]に傾倒するようになった自分の弟のことも頭が痛かったが、年下の友人のことも心配していたのだ。

ゴドリックは、ホグワーツという子どもを育成する有益で前向きな理念に適合し、一見、彼の情熱と慈愛を取り戻したように見えたが、久し振りに会ってみて、それほど単純なものではないかもしれない、とハウウェルは思った。

 

「少しは落ち着いたと思ったが、そうでもないのか?

相変わらず決闘ばかりしているらしいじゃないか。

──親父さんたちの墓参りには行ったのか?」

ぺべレルの子供達は久しぶりの休暇に近所の友達のところに遊びに行っていた。

なんにせよ、子供というものは通常、学校の教師と自宅でずっと一緒にいたいと思うことは稀だろう。

ゴドリックは彼ら生徒たちの父親の友人ではあったが、生徒の友人でも家族でもなかった。

 

「墓ァ?

あんなとこ行っても無駄だろ。

朽ちた身体しか埋まってない。」

ゴドリックのこの発言は、祖霊信仰を維持していたこの時代の彼らにも異端だったが、力の強い魔法使いであるゴドリックにどうこう言える者はおらず、現世利益的な刹那的な行動に苦言を呈した者は逆に決闘を申し込まれて相応以上に毟り取られるということがあって以来、この界隈でゴドリックに喧嘩を売る者はいない。

「物言いには気をつけろよ。

そんなんで、ホグワーツで他の面子と上手くやってけてるのか?」

ハウウェルも昔馴染みの気安さで不遜さは苦笑に流し、ゴドリックを心配する。

 

ゴドリックは杯を遠慮なく傾けながら、他の面子を思い出して、くくく、と笑った。

「心配すんな、レイブンクローはあれだ、巫女だし魔法馬鹿の変人だし俺のことなんか気にしちゃいねえよ。

ハッフルパフはあれだな、おばはんには勝てねえ。

ああ、スリザリンだけは最初、東の奴でスカしやがってって思ったが、なかなかどうして魔法の腕は立つし、大したもんだぜ?

髪が灰色なんだが、それでくすまないくらい顔もいいしな?」

 

ゴドリックの話はマーミッシュやドラゴンがホグワーツに現れた際、自分やサラザールがどのように対処したかの自慢話に移ったが、ハウウェルは(今さっきの、美醜の情報は要ったのか?)と思っていた。

ゴドリックが帰った後、ハウウェルは、まだゴドリックが12歳だったときに起こった事件を思い返していた。

ゴドリックには妹がいた。

当時8歳のリリアナという可愛い女の子だったが、近所のよしみで、ハウウェルの弟、まだ6歳だったガラクタスの手を引いて、遊びに出た。

彼らは、ごく普通に、日常的にそうしていたように、すぐ近くの花が咲いている場所に行こうとしていただけだった。

この当時、馬でなければ行き来できない距離を、マグルのどこぞの貴族のどら息子が無頼漢を気取って馬で駆けていくこと、そしてそこで無法を働くことは皆無ではなかったのだが、この土地の領主は財産や税収が減るという非常に実利的な理由で暴君ではなかったし、そこが大都会ではなかったために、そのように余所者が通るとは思っておらず、その日起こったことは、彼らの親にも予想外の出来事だったと言える。

 

ゴドリックの妹はその時、花冠を作るのに凝っていて、近くの小川の土手の花が咲いている場所で、花に埋もれるようにしながら、懸命に花を集めていた。

ガラクタスは最初のころは一緒に作っていたが、すぐに飽きて少し離れた場所で虫取りに興じていた。

しばらくすると、ドッドッドと、馬蹄の音が聞こえてくる。

慣れていれば危険に気付いたろうが、馬を飼っていない魔法族の子供であるゴドリックの妹は道の向こうから数頭連れ立ってくる狩猟帰りとおぼしき騎馬の若者を座ったままぼんやりと見ていた。

不幸だったのはリリアナの髪は灰色、服は生成でまったく目立つ色でなかったこと、座っていたこと、若者たちが狩猟帰りの高揚感で周囲をよく見ていなかったことが重なったことだろう。

 

先頭の馬の蹄が彼女の胴を引っ掛けた。

彼女は鞠のように転がり、続いた馬が彼女の心臓を踏み抜いた。

無論、若者たちが何も気付かなかったわけではない。

「おい、子供踏んだぞ。」

「何?どこの子供だ?」

「この辺りの領主には男子しかいなかったはずだぞ。」

「それならまあいいか。行こう。」

彼らは一瞬手綱を引いたが、それだけだった。

心臓を踏み抜かれた女の子を置き去りに、彼らは走り去った。

その様を少し離れた場所からガラクタスが悲鳴を上げることもできず、まばたきもせずに見ていた。

おそらくこれは彼にとって幸運で、見つかっていたら、彼も口封じに蹄にかけられていただろう。

 

彼は若者たちが去った後、リリアナに走り寄って泣き叫び、魔力暴発を起こして、自分の家へ転移した。

リリアナと一緒に出掛けたはずのガラクタスが泣き叫んでひとりで転移してきたのに、当然、大人は驚いた。

要領の得ないガラクタスの話から、現場に行ってみれば心臓を踏み抜かれた以外はまっさらなリリアナの亡骸があった。

リリアナを自宅まで連れ帰った後、父親がおもむろに剣を手にして出掛けていった。

縋る母親を引き離してのことだったが、次の日、父親は隣の領地に続く街道沿いで、惨殺死体で発見された。

強い魔法使いだった父親に何があったのか正確には分からない。

多分、推測できるのは、父親が正当に臨んだ敵討ちの決闘に、後ろから複数で攻撃されたのだろうということで、そう思う理由は、背中に無数に突き立った狩猟用の矢の存在だった。

 

それから、色々なことが狂った。

ガラクタスはそれからしばらく籠もりがちだったものが突然魔法の勉強に熱心になり、家族が喜んだのもつかの間、段々と闇の魔術(dark arts)に特化して傾倒するようになった。

ゴドリックの母親は、夫と娘を亡くした心労からかしばらくすると寝つき、十年保たずに亡くなった。

そして、ゴドリック本人。

それまではむしろ、内気で真面目な少年だった印象がくるりと反転した。

気楽に誰にでも話し掛け、教えを請い、決闘を挑み、遠出をしては賭場に出入りする。

ひどく刹那的で、女癖も悪く、多分数人は孕ませている。

くるくると気分が変わり、一見人当たりはいいが、決闘で負けた相手には、相手が魔力のないマグルでも容赦なかった。

「マグルを侮ったら駄目だ。

きちんと対等に、厳しくお相手してやらなきゃな?」

そう言った時のゴドリックは、決闘で負けたマグルの利き腕の指を容赦なく踏みにじっていた。

おそらく弟もゴドリックも、心の大事な部分が壊れてしまったのだ。

ハウウェルは正直、そんなゴドリックが学校の創設に関わると聞いて、本気で驚いていたものの、これがゴドリックがまともな感性を取り戻すということであれば、と歓迎して協力を決めたのだが、今はまたゴドリックの真意が分からなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

ゴドリックはこの休み中、いつも通り島中を彷徨き回っていてどこまで行ったのか誰も全貌を知らなかったが、学期の初めには不死鳥を伴って戻ってきた。

生徒たちは驚いて不死鳥に触らせて欲しいと騒いだが、ゴドリックはにやにや笑いながら

「不死鳥がいいって言ったらな!」

とは言ったが、彼の周辺を飛んでいるように見えて、ゴドリック本人にも言うことを聞かせられる訳ではないようなので、生徒はじきに飽きて散った。

「不死鳥なんて、よくついて来たな。

人に馴れないことで有名なのに。」

サラザールも、こればかりは感心して眺めていたが、いかんせん、彼の[[rb:精霊> エレメント]]属性は水なので、不死鳥とは相性が悪い。

その代わり、サラザールは湖に住み着いたマーミッシュとは大変仲良しである。

 

「すげえだろ?

それで思ったんだが、今は特に言ってなかったが、生徒にも希望者には使役獣の同伴許してやったほうがよくないか?」

ゴドリックの問題提起は、他の面子にも真剣に論議された。

というのも、別に持たないことも多いが、魔法使いが何らかの小動物を飼って使い魔として使役するのことは皆無ではなかったからだ。

「確かにな。

どうする?

魔女は蛙が多いんだったか?」

サラザールの問い掛けに、ロウェナが答えた。

「猫も多いわよ。

後は男女問わずフクロウとかね。」

ヘルガが折衷案を出す。

「全部を網羅するのは無理だから、その三種類をオススメにしておいて、後はサイズ指定にしたらどうかしら?

このサイズ目安に、あまり大きいものは駄目って。

十メートルのヘブリデス・ブラックとか連れて来られても困るでしょ。」

 

彼らはヘルガの意見にまったく賛成だったので、在校生にも説明し、次年度の生徒の募集にも付け加えることに決めた。

そして、このペット騒動は、ある別の事件も引き起こした。

 

この三年目、今後の生徒数の増加を見越して、教師、或いは教師候補が数名採用されていた。

彼らはそれぞれ得意教科があり、その中のひとりに闇の魔術(dark arts)を得意とすると称したハーポという男がいた。

ホグワーツでは何度かの議論の末、生徒にそれを教え、安易にその方向性に流されないようにすべきだという意見の元に、とりあえず教えてみようということになっていたがゆえの教科担当である。

ハーポは古代の闇系統の魔法使い、腐敗のハーポから名付けられたことを誇りに思っていたが、古代ハーポとは違い、蛇舌(パーセルタン)ではなかった。

多分、それが彼の不幸だったろう。

 

彼は、教師も生徒も使い魔を持っていい、という通達を聞いて、何か素晴らしいものが使い魔にほしい、と思いついた。

自分が名をもらった魔法使いハーポにちなんで、バジリスクがいい、と思いつくまでにそれほどの間はなかった。

蛇舌(パーセルタン)でなければ、バジリスクを従わせることは出来ない、ということは男の脳裏から消えていた。

バジリスクを生み出すのは、ヒキガエルと鶏の卵があれば比較的簡単にできるため、魔法使いにとってはそれほど困難な事業ではない。

ただ、バジリスクを生み出しても、大抵の場合、生み出した魔法使いが第一の犠牲者になるのは目に見えているから、まともな魔法使いならそう簡単にはやろうと思わないだけだ。

ともあれ、ハーポは愚かにも、蛇舌(パーセルタン)ではないのに、それに挑戦した。

彼が湖の近くからヒキガエルを調達しても、農場から産みたての鶏の卵をもらって行ってもそれが魔法使いにとって珍しい品物でなかったならば、誰がそれに注目したのだろうか?

彼はまだ授業を実際には担当しておらず、そのことが彼に十分な余暇を与えていた。

 

露見は、彼が自分の授業とされる何コマかを持ち始めてから起こった。

二年生のレイブンクローとグリフィンドールの合同クラス、それはモーフィアス・ゴーントが含まれていたクラスだったのだが、闇の魔術(dark arts)の座学のクラスに、ハーポはやって来なかった。

生徒たちは最初気ままに騒ぎ、次に不安になった。

「先生来なかったら今日は自習だろ?遊ぼうや!」

「でも連絡なしっておかしいよ。

何かあったんじゃ?」

彼らは不安になって、頼れると思われた教師に助けを求めに行くことに決めた。

闇の魔術の、上位者の教師がだれか言うまでもなかった。

彼らはサラザール・スリザリンの門戸を叩き、サラザールはひょこっと自分の部屋から顔を出した。

 

「あれ、どうしたの?

まだ午前中だよね。

授業中じゃない?」

サラザールは目を見開いて尋ねた。

そういう表情をすると、彼の冷たくすら見える美貌が、やや柔らかさを帯びて見えた。

モーフィアスと他の子供達は顔を見合わせて、新任の教師が来ないことを訴えた。

「先生が来ないんです。ハーポ先生。」

「ええ?まだ授業持ち出して3回目くらいだっていうのに、仕方ないな。

教室に行って行き違ってるかもしれないから行ってみようか。」

サラザールは、深い緑のローブを部屋着の上に羽織って、そのまま教室へ向かった。

教室で彼が見たものは、机と椅子をひっくり返して陣地ごっこをを始めた生徒たちの姿で、サラザールは薄い色の眉根を寄せて、黙って彼の杖を取り出した。

「あっ、サラザール先生!」

「やべえ片付けろ!」

 

子供たちは、サラザールの姿に気付くと慌てて机や椅子を元に戻そうとしたが、それよりもサラザールが杖を振る方が早かった。

「な ぜ 君たちは 大人しく 自習 で き な い の か な?

この時間の終わりまで机について自習!」

呪文も使わずに、ふわりと浮き上がった机と椅子に、子供たちは目を丸くして、口をあんぐりと開けて見ていた。

サラザールは確かに怒っていた。

机と椅子が整然と並べ直されたところで、次は子供たちだった。

サラザールを呼びに来たモーフィアスともう一人の同級生以外は全員が、ふわりと空中に浮き上がり、すとんと椅子に落とされた。

「粘着呪文でくっついてるから、終了時間まで動けないからね。

このコマの終わりまで自習!

テーマは闇の魔術の呪文を知ってるだけ書き出すこと、説明付きで。

終了時、署名して机に置いておきなさい。

返事は?」

 

子供たちは椅子に張り付いたお尻を剥がそうとしてじたばたしたり、立ち上がろうと試みたりしていたが、サラザールがきっぱりと言い切ったので、仕方なさそうに

「はーい・・・。」

という間延びした返事をした。

当然、その返事はサラザールを余計に怒らせ、羊皮紙と羽根ペンとインクの重さが二倍になる呪文をかけられて、書くのに苦労していた。

 

 

 

 

 

「モーフィアス、メーブ、おいで。

ハーポ先生の様子を見に行こう。」

サラザールは騒ぎに加担していなかった二人の子供を伴って、ハーポに与えられた教員室へ足を運んだ。

それは、本人の希望で地下に位置していた。

ロウェナの努力と趣味でどんどん複雑になる魔法をかわしながら、数分後にはサラザールはハーポの部屋の入口に立っていた。

だが彼は簡単には開けず、杖を手に持ったまま、難しい顔をしていた。

「先生、ハーポ先生大丈夫かしら?」

メーブがそう心配するのは先ほどのノックに応答がなかったからだ。

「そうだなあ、授業を忘れて出歩いてるだけかもしれないし、私はこの部屋を見てみるから、二人は食堂にハーポ先生が行ってないか見に行ってくれるかい?」

 

とりあえず、サラザールはこの場所からは子どもたちを引き離すことに決めた。

「先生、でも・・・。」

心配そうな顔でモーフィアスが見つめてくる。

そこでサラザールはこの少年が[[rb:蛇舌>パーセルタン]]であることを思い出した。

それであれば確かに、先ほどから聞こえてくる

『お父さん、お父さん、なんでうごかなくなっちゃったのーー』

という蛇語の嘆きが気になるだろう。

サラザールは自分でもわざとらしいと思うほどのほがらかな笑顔で、モーフィアスに目配せした。

「確かに心配だし、中で倒れられてたら困るから、モーフィアス、食堂でハーポ先生いなかったら、他の先生に声を掛けてくれるかい?

できればヘルガ先生がいい。ゴドリックだけだったら言わなくていい。

頼まれてくれるね?」

モーフィアスは、何やら言いたいことを飲み込んで、メーブを引っ張って立ち去った。

 

「さて、と。」

サラザールは、いきなり扉を開けたりはしなかった。

彼の予想が正しければ、それをするには危険過ぎる。

『小さきものよ!

聞こえるか?

今から扉を開ける。

物陰に隠れて、しっかり目をつぶれ!』

サラザールが蛇舌(パーセルタン)で呼びかけると、中から、ややあって返事があった。

『・・・誰?』

不安げな細い声に、サラザールは少しだけほっとする。

応答が成り立つということは、少なくともこちらの話を聞くつもりはあるということだからだ。

 

『私はサラザール。

そなたが父と呼ぶ男の仲間だ。

中に入らせて、何が起こったのか見せてほしい。

それから、そなたは先ほど言った通り、目をつぶって物陰に避難していてほしい。』

しばらく間があって、細い返事が聞こえる。

『・・・分かった。』

その了解に、サラザールは慎重に扉を開けた。

入ってざっと室内を見渡す。

地下ではあるが、壁際には魔法の灯りが灯っていて暗くはない。

予想通り、ハーポは床に倒れて目を見開いたまま絶命していた。

ハーポは机の近くに倒れており、足下近くには蓋のない巣箱のようなものが見えた。

特筆すべきは、その巣箱には逃げ出せないように四足を紐でくくりつけられたヒキガエルが固定されていたことで、ヒキガエルもまた絶命していた。

敷き詰められた藁の上に割れた卵の殻が見えるのをサラザールはやりきれない気分で検分した。

さらに慎重に辺りを見回すと、壁に沿わせて置いた棚の下から、特徴的な緑色の尻尾が見えている。

間違いない。

 

バジリスク。

 

蛇舌(パーセルタン)でないものには過ぎた存在だ。

目を合わせただけで命を落とすほどの強い魔法生物をなぜ欲したのか。

サラザールは心掛けて穏やかな声で緑色の蛇に話し掛けた。

『まだ、そのままで聞いてくれ。

そなたが父親と読んだ男は死んでいる。

そなたはまだ自覚がないかもしれぬが、そなたの目の力は強すぎるのだ。

目を合わせただけで死に至る、それを防ぐために一時的に魔法を掛けさせて欲しい。』

それを受け入れなければ、まだ幼生の今のうちに殺さなければならないのだから、と、サラザールはバジリスクが初めて見つかったというエジプトの神々にまで祈った。

『・・・いいよ、分かった。』

いくつか間があって、了承の返事が届く。

 

サラザールはほっと息を吐いた。

マンティコアやドラゴンもそうだが、強力な魔法生物というのはとにかく魔法耐性が高く、この手の呪文の成否は相手の受け入れ意志が大きくものを言う。

『それじゃ、掛けるからな──、痛くはないと思う。

──盲いよ──。』

蛇舌(パーセルタン)に魔力を乗せて語る。

ぐん、と、空気が重くなって、確実に魔法が掛かった気配がした。

『掛かったろう?

もう出てきてもいいぞ。』

おずおずと、棚の下からバジリスクが顔を出す。

目は閉じたままだが、3フィート(1メートル弱)しかない。

それを見て、改めてサラザールは衝撃を受けた。

蛇舌(パーセルタン)のせいか、サラザールは大抵の蛇が大好きだ。

『触るぞ?』

サラザールは小蛇を掬い上げて首元に巻きつけた。

無論、締め過ぎないように注意してからだ。

子蛇も、意思の疎通ができる相手に、だいぶん安心したようだった。

 

落ち着いて事情を聞いてみると予想通り、ハーポがバジリスクを産まれさせたようだ。

バジリスクは卵の中で途中からなんとなくぼんやり自意識があり(多分その頃に鶏の卵に魔力が凝ってバジリスクが形成されたのだろう)、日々魔力を注いでくる人物を親と認識していた。

それがハーポだったわけだが、バジリスクが殻を破って、すぐそばの慣れ親しんだ気配に頑張って目を開けたら、相手が死んだというのが成り行きらしい。

自分の視線がそれほどに強いと分かっていなかったバジリスクは、親にあたる人物を殺す気などなかったのだ。

『お父さん・・・』

悄気ているバジリスクの頭を、サラザールは人差し指でそっと撫でた。

サラザールにはこの小さな蛇を殺す気はすっかりなくなっていた。

 

「大丈夫か、サラ!

ハーポのボケが死んでたんだろ!?

何が潜んでるかわからん──、おい、そいつ!」

大音声で、うるさいのが来た。

後ろからヘルガとロウェナ、息を切らしてモーフィアスたちが続いている。

ゴドリックに知られず話をするのは無理だったのだろう。

「バジリスク!

サラ、離れろ!」

ゴドリックの対処は、子蛇がちょこんとサラザールの襟に巻きついている時点でずれていると気付かないのだろうか。

突然、子蛇が緊張したのを感じてサラザールは蛇舌(パーセルタン)で問いかけた。

『どうした?』

『何かいる。僕をご飯と思ってる。アイツ、いや。』

子蛇の返事によくよく見れば、ゴドリックの後ろに羽ばたいている不死鳥の目つきが剣呑だった。

「サラ、そいつを投げ捨てろ。

それでこっちに来るんだ。」

ゴドリックの手招きを、サラザールは一言で切り捨てた。

「断る。」

 

そこから始まった久々の魔法合戦はロウェナの技術力をもってしても、修復が大変だったというほかはない。

事態の収拾がついた後は、ハーポの遺族に連絡して葬儀を行った。

事情が事情なだけに遺族も頭を抱えていたが、ハーポの親族に蛇舌(パーセルタン)はおらず、バジリスクは当然の帰結としてサラザールが面倒を見ることになった。

バジリスクは基本、サラザールのための秘密の部屋にいたが、サラザールは盲目の呪文を掛けてはバジリスクをホグワーツの色々な場所に連れ出し、様々なことを教えた。

見えないだろうと思われがちだが、蛇には視覚以外にも外界を感じるための器官があるので、バジリスクは楽しそうにしており、時折その会話にはモーフィアスが加わった。

 

時折、サラザールの肩の上のバジリスクをご飯として狙ってくる不死鳥を、サラザールが無言呪文で撃退するのも当時の名物の風景となっていた。

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