四年目が始まる前、三回目の夏休み、ゴドリック・グリフィンドールは相変わらず、放浪と逗留、決闘と賭事を繰り返しながら過ごしていた。
彼の基本的な性向からすれば、長期間、ホグワーツにとどまって教育に携わることが驚異だったと言えるかもしれない。
ともあれ、ゴドリックは、自分でも自覚がないままに、おそらく何かを探していた。
が、彼は彼自身にもそれを明確な言語で説明することはできなかっただろう。
彼は軽薄な態度と明朗な口調にもかかわらず、誠実な男であったことはなく、常にその時の利己的な興味と欲求で行動していたので、例え彼が彼自身に説明できなくとも、ホグワーツを始め、そして未だそこにとどまっていることについては、彼なりの理由があったのだ。
ともあれ、彼は普段あまり近寄らないイングランド東部地方、後に東の湿原と呼ばれる辺りをふらふらしていた。
魔法族とマグルを分ける境が曖昧で、マグル界での魔法が特に禁じられていたわけでもない時代、彼は宿泊についても飲み食いについても、ほとんど注意を払ったことがなかった。
それはつまり、ちょっとしたチャームで隣り合わせた大抵のマグルは親切に彼の支払いを肩代わりしてくれるし、宿の一番いい部屋も、なぜか泊まるはずだった人間が突然急用を思い出し、金は払ったのに、居合わせた彼に部屋を譲って引き返したりするということでもあった。
現代人の感覚では立派な泥棒だし、ハーマイオニーあたりが聞いたら「ゴドリック・グリフィンドールがそんなことするわけない!」と叫びそうだが、サクソン系の魔法使いの感覚では、それらはむしろスマートで気が利いていて、当然の行動とすら見なされたので、逆にそれらの行動は歴史的事実としては見落とされ、書き留められずに過ぎた。
ゴドリックはカンタベリーに遊び、マグルの聖職者を彼特有のやり方で"揶揄って"から、ロンドンへ足を伸ばした。
ダイアゴン横丁は既に原型があったが、マグルと完全に切り離されているわけではなく、分かりにくい路地に入り込み、いくつも角を曲がって辿りつくような場所にあった。
ゴドリックはそれらの店を覗き込み、薄暗い天井まで薬棚と薬瓶で埋め尽くされた薬屋の一つに入り込んだ。
「よ。商売はうまく行ってるかい?」
目尻と口元にこれ以上ないほど皺を刻み、垂れ下がった頬の肉や瞼や伸び過ぎた眉毛で、年齢と表情の分かりにくい老人が視線だけを上げ、ゴドリックを認めると不愉快そうにそのまま視線を下げた。
彼の手元には、薬をすり潰すためのすり鉢があって、何かの葉を無言でごりごりと擦っていた。
「なんだよ、客に対して無愛想だな。
挨拶くらいはただだぜ!」
気を悪くした様子もないゴドリックに、むしろ店主が嫌そうに、
「きちんとした金払いならな。
賭けに勝ったらまけてくれとか言って、すぐ値切る奴にはこれで十分だ。
何の用だ?」
と言う。
「いや、東部ってことだけしか知らんで来ちまったからな。
スリザリンんちがどこか知らないか。
ブラックかレストレンジでもいい。」
店主はゴドリックの言葉に鼻を鳴らした。
「なんだ、道を聞きに来ただけか。
結局客じゃないんだろうが。
ブラックとレストレンジはロンドンだが、スリザリンはだいぶ郊外だぞ。」
ともあれ、ゴドリックは目当ての家への道を聞き出すことには成功した。
思いつきで来たから、彼らの家を訪れるにはどうしたらいいのか、詳細には知らなかったのだ。
ゴドリックはダイアゴン横丁を後にして、彼が乗っていた[[rb:天馬 > イーナソン]]に再び跨った。
店の外に繋いでおいたそれはこの短時間でも誰かが連れ去ることを試みたようだが、手綱にかけておいた反発の呪文が何人かがやろうとして失敗した魔法の痕跡を教えてくれた。
天馬の外見は当然そのままでは目立ち過ぎるので、隠蔽の呪文でマグルにはごく普通の馬に見えるようにしている。
飛んでいるときには、勝手に知っている大型の鳥に変えて認識するはずなので、ゴドリックはさして気にせずに、教えてもらった方角へ飛び立った。
一方、サラザールは、東部の自分の家へ帰って、のんびり過ごしていた。
幼児がいるため、バジリスクは連れてこなかったが、不在の間の食べ物のことを心配したサラザールは、バジリスクは結構な高位魔法生物なので霊基(エレメンタル)があれば生存可能だと改めて調べて知って、それまで嬉々として餌をあげていたので、それはそれで衝撃を受けていたのであった。まあ、食べれないわけではないらしい。
ともあれ、バジリスクには配管や通気孔の利用は構わないが、くれぐれも無駄に人を石にしないよう言いおいて、サラザールは地元に帰ってきていた。
ホグワーツが軌道に乗り出し、サラザールは元から土地の名士だったところ、今はそれ以上であるようで、うろんな詐欺師が不在の間に寄り付くこともあったようだが、サラザールの妻と、地元で力を貸してくれるブラックやレストレンジが対処してくれていたようだった。
天気のいい夏の日、サラザールは広々とした中庭にいくつかの綺麗な天幕(テント)とテーブルと椅子を用意させ、ハウスエルフにとびきりの酒と料理を用意させていた。
これはつまり、感謝と親睦の宴で、ブラック、レストレンジ、その他ごく内輪の、後に「確実に純血」と言われた少数の家族が招待されていた。
「お招きありがとう、サラザール。
君のうちの料理は相変わらず美味しそうだな。」
レストレンジが到着すると、彼らは気安い抱擁を交わした。
レストレンジの頭は息子と一緒でひよこのように黄色くふわふわなので、ちょっと指を入れたくなる。
「先生、お招きありがとうございます。」
今年、ホグワーツに入学する予定のブラックの娘のペルセフォネがませた様子で気取って挨拶した。
「すまんな、これがどうしても挨拶したいというのでな。
家庭教師から礼儀を誉められたから披露したかったんだろう。」
後ろで父親のカノープスが謝り、兄二人も固唾を飲んで見守っていたようだ。
「気にしないよ、上手に出来てたじゃないか。」
正式な場であれば家長のカノープスを差し置けば失礼になるが、まあ、それが赦されて、和み話になる程度には平和なひとときだった。
まあ、ある人物の乱入があるまで。
堅牢な塀に囲まれた中庭には招かれざる客は入れないはずだった。
──上空から来るのでもない限り。
実際、男は上空から来た。
天馬(イーナソン)の羽ばたきで、近いテーブルの上の幾つかのゴブレットが倒れ、料理の上に砂が舞った。
「ゴドリック!?
なんのつもりだ!」
サラザールは侵入者を警戒して、彼の小さな娘を腕の中にかばったが、侵入者がゴドリックだと気付くと憤激して吠えた。
招かれずに領域へ入り込む行為は昔も今も無礼であることに変わりはない。
小さな娘を抱いたサラザールの姿を見て、ゴドリックはなぜかわずかに目を見開いたが、次の瞬間にはいつもの調子に戻っていた。
「おう、サラザール!
なあに、近くまで来たから寄ったんだが。
なんかパーティー中か?」
「ゴドリック先生!?」
不法侵入者が誰か、大人たちはアルタイルたち子供の叫びと自分の目で確かめることができた。
「ゴドリック・グリフィンドール卿。
これはごく私的な身内の集まりだ、そういう訪問の仕方は非常に不躾だと思うがね?」
サラザールは、娘が怯えて泣き出したため宥めるので手一杯になったものだから(母親はたまたま料理の采配に屋内に戻っていた)、一瞥して、カノープスが場の代表で詰問した。
「まあまあ、そんなにツンケンするなよ。
ちぃと仲間のとこに寄っただけだ。
一応、手土産も持って来てるからよ?」
ゴドリックはカノープスが「身内」と言ったときにも一瞬目を眇めたが、それを感じさせない流暢さで、懐(拡張呪文をかけていたと思われる)から酒を何本か取り出した。
手土産があるからと言って、無礼がなかったことにはならないが、少なくとも敵意がないことを示す役には立つ。
「ゴドリック・・・、ここはホグワーツではなく、お前の地元でもない。
東部では無遠慮さと無礼は歓迎されないが、集まってくれた身内の楽しみを台無しにしたくないし、手土産に免じて、今回は客として扱おう。
もし次の機会があるなら先触れくらい出すんだな。」
娘を泣き止ませたサラザールが、ため息をついてゴドリックを赦した。
ちなみに娘ちゃんを抱き上げたままである。
それからの食事は、ゴドリックが乱入してさざなみを立てたとしても、十分に楽しいものだった。
サラザールの小さな娘のグウィネズは、サラザールの陰から出てこなかったが、それでもゴドリックを見て、泣かない程度にはなった。
娘はそのうち母親が来て、昼寝の時間だと連れて行った。
ゴドリックが灰色の髪の娘が去るのをずっと視線で追っていたのに気付いた者はいなかったが、手持ち無沙汰になったのかと誤解して、アルタイルとアルナイルが話し掛けた。
「ゴドリック先生。
北部に何か用事があったんですか?
家には帰らないんですか?」
「先生、良かったら旅の話してください。」
二人で一緒に話し掛けたため内容はばらばらだったが、ゴドリックは気を悪くした様子もなく少年たちの相手をした。
妹は今年入学予定で面識がないため人見知り中である。
「ああまあ、特別な用があったわけじゃない、どうせ地元に帰っても誰もいないしな。
そうだな、あんまり行く機会のない場所の話がいいか?
島の住人全員が魔法使いで、喧嘩ばっかりしてるところの話でもしてやろうか?」
アルタイルの質問だったが、弟のアルナイルが「誰もいない」に引っかかった。
「誰もいない?
家族はいないんですか?
親戚とかも?」
不躾ではあったが、思わず反射的に聞いてしまうほど、この時代には深刻な話だった。
氏族や郎党が重要な意味を持っていて、自分一人で安心して生きて行くにはまだまだ不安定な時代だった。
「ああ、まあ、親父もお袋も死んだからなあ。
そりゃ家はあるし、知り合いもいるがずっとそこにいなきゃならんってほどでもない。」
ゴドリックがさらりと流すと、アルタイルがあまり触れられたくない話題らしいと察して、話題を変えた。
「そうなんですね。
じゃあ確かに旅をする時間もありますね。
その島の話っていうのを聞いてもいいですか?」
別のテーブルでは、カノープス・ブラックとコルバス・レストレンジ、サラザール・スリザリンが腰を落ち着けて酒を飲んでいた。
「しかし、ホグワーツに倅を送って行ったときに会った程度だが、評判通り、破天荒な男だな。」
レストレンジがちびちびとゴブレットの酒を舐めていた。
金髪の彼は、好きな割りに酒に強くない。
「何故わざわざ、東部まで来たんだろうな?
サラ、実は気に入られてるんじゃないのか。」
カノープスが、艶のある黒髪がゴブレットに入らないよう片手でかき上げながら、サラザールに視線を寄越す。
「さてな。
あいつの考えてることは、私にはよく分からない。
休みの間は、ずっとふらふらしているみたいなんだが。」
ちなみに、実はサラザールは酒に関しては、笊を通り越して枠だ。
彼らの会話は疑念と心配を喚起したが、解決はしないままに有耶無耶になった。
新学期が始まって、ブラックの長女であるが末っ子のペルセフォネが入学した。
入学日、式というより、組分けのために全員が大広間に集まった。
上級生も、話だけは聞いていたが、実際に現物を運用するところを見るのは初めてだったので、中央の椅子に置かれた組分け帽子を見てざわついていた。
ちなみに、在校生には組分け帽子をかぶせていない。
入学の時の関係性や人数で分けた部分もあるので、今属している寮と違った場合混乱することが予想されるからだ。
一人目の新入生が、ロウェナに名前を呼ばれて
「はいっ!」
と緊張で上ずった声で返事をし、恐る恐る帽子に近寄ったとき、それは起こった。
ひょーん、と。
帽子が飛び上がった。
全員が、いや、にやにやと笑っている一人だけを除いて全員が、呆気に取られて目を丸くして止めることもできなかった。
帽子は奇妙な動きでくねくねと動き出すといきなり朗々と陽気に歌い出した。
『可愛くないと思うかもしれないけど
見かけだけじゃ分からない
私より素敵な帽子なんてあるはずない
あなたが私をかぶったら!
私は何でもお見通し!
なぜなら、私はホグワーツの組分け帽子(ソーティング・ハット)──。』
歌はまだ続いていたが、いきなり跳ねるようにサラザールが椅子から立ち上がった。
「ゴドリック!
貴様の仕業か!!」
なぜなら、帽子が歌っている歌の調子が、酔っ払ったゴドリックが歌っているときの調子とまったく同じだったからだ。
「おーう、なかなかうまいじゃないか。
どうよ、遊び心もあって、結構いい仕上がりじゃないか?」
ゴドリックは会心のいじり具合だったらしく、腹を抱えてげらげらと笑っていた。
元祖[[rb:悪戯仕掛人>マローダーズ]]がここにいる。
「いい仕上がりも何もあるか!
組み上げた呪文全部駄目になってたらどうする気だったんだ、この慮外者!」
素に戻ると時々言葉が古い、旧家育ちのサラザールである。
サラザールは久し振り(前学期振り?)にゴドリックに魔法を撃ったが、ゴドリックは嬉々として応戦した上、途中から騒ぎが大好きなピーブズも混じって大混乱に陥った。
結局、収集をつけたのはまたしてもヘルガだったが、いざ組み分けを始めると、組み分けの機能そのものは、余計な諧謔が入る以外問題なさそうだったので、サラザールもなんとか仲裁を受け入れた。
ブラック家の娘は当然スリザリンに入った。
組分け帽子の騒ぎをトラブルに数えなければ、その後は一応無事に過ぎた。
秋のある日、ゴドリックは授業が空きだったので、フェニックスに火の魔法を食べさせながら、窓から校庭で新入生に水の魔術を教えているサラザールを眺めていた。
フェニックスはバジリスクと同じく結構な高位魔法生物なので[[rb:霊基>エレメンタル]]があれば生存可能であるので、ゴドリックはおやつ代わりにせっせと炎を与えている。
サラザールが校庭で授業しているのは、魔法で処理できるとは言っても、教室備品を濡らされるのが、嫌らしい。
初年度の生徒は、この時代、ある程度は家庭で魔法を習っているとは言っても、習熟度はばらばらで制御は甘い
「水を出すのは通常アグアメンティという呪文で知られる。
まあ、どの魔法も最終的にはそうであるように、この魔法も別に杖も呪文もなくても水は出せる。
だが、最初からそういうわけにはいかないだろうから、杖を持って、明確なイメージを固めて、正しい発音で魔法の力を誘導してやる。
さて、順番に唱えようか。」
サラザールが講義するのに、一人の生徒が質問の手を挙げた。
「先生、聞いていいですか?」
「うん、何かな?」
「杖も呪文もなしでも魔法ができるなら、なんで杖と呪文がいるんですか?
なしでできたら一番簡単じゃないですか?」
魔法使いの家庭では割と初期に教える事柄だが、彼女は家庭で教わっていないか、習ったのが小さ過ぎて忘れたのだろう。
サラザールは笑うことも馬鹿にすることもなく、全員に向かって説明した。
「うーん、知ってる人もいるかもしれないけどね。
魔法族の子供は、まずは魔力の発露として、杖なしで魔力を発露させることから魔法使いだと知れる。
よく魔力暴発と言われてるね。
ただ、正確な例えではないけれど、水を汲むこと、そして注ぐことを考えてみて欲しい。
水を汲むのに皆は桶を使わないかい?注ぐのに水差しは?
手の平だけで水を汲んで鍋に溜めるのはどれくらい大変だろう?」
サラザールの言葉に半分くらいの子供が分かった!という顔をした。
残り半分はピンと来ていない。
「水が魔法で、杖や呪文は、この場合、桶や水差しだと思ってみると分かりやすいかもしれない。
自分の魔法を感じるのに、杖は分かりやすい指針になり、呪文はそれが言葉という魔法の枠で綴られているから、自分が考えた正しい方向に魔法を現出させるのに非常に有用だ。」
サラザールの言葉は子供にはやや難しく、まだ少数分かっていない顔をしている子供たちもいたが、それでも彼らはそれぞれ順番に杖を構え、呪文を唱えて水を出そうとしていた。
ゴドリックは、その風景を目を細めて眺めていた。
彼は、自分では認めずとも、その灰色の髪のすらりとした男が動いて話しているのが好きだった。
初対面では初っ端から喧嘩で始まったが、ゴドリックが実はさして興味もないホグワーツにとどまっているのはサラザールがいるからだ。
ゴドリックは自覚がなくとも、初対面でサラザールに目を奪われていた。
彼のすらりとした印象の体型と、怜悧な美貌と、何より長い灰色の髪と理知的な雰囲気が彼に母親を思い出させたことは、彼自身には自覚がない出来事だ。
実際のところ、西の荒野にいるぺべレルの年長者のように、もっと冷静な判断力と正確な記憶を持った年長者に言わせれば、サラザールとゴドリックの母親は、灰色の髪と、痩せているところ以外何一つ似ているところはないと否定しただろう。
だが、情動にとって、おそらくそれは重要な事柄ではない。
ゴドリックが、自覚さえなくても、彼の少年期に健全な成長の過程で老齢で見送るのではなく、物理と悲惨な事件により勝手に彼の人生から分断され失われたものがそこにあるのではないかと感じたことが重要だったのだ。
夏休み、ゴドリックはしばらく避けていた東部に行った。
ホグワーツを一緒に立ち上げる間に彼はサラザールのことを知った。
サラザールは彼の母親のようなものではなかった。
彼はもっと賢く、強靭で容易くは壊されず、そして、ゴドリックがはるか以前に唐突に突然に失った"家族"を大切にしていた。
"家族"ーー、その考え方はゴドリックをざわつかせた。
ゴドリックにとって、"家族"とは、ある日突然喪われるものであり、ひどく脆いものであると刻み付けられていた。
それを持つことは、楽しいことだが、突然の喪失にも耐えなければならないということを指す。
彼はそれが喪われることが嫌だった。
そして、喪うことも、己がいつか亡き者になることも嫌だった。
死を逃れる魔法も宝物も、どれだけあちこちを探求しても、人を焚きつけて探求に向かわせてもまともなものはなかった。
唯一成果が出そうなものはぺべレルの弟が研究しているdark artsだったが、それも喪われたものを取り戻すにはほど遠かった。
そんな中で彼が東部に行ったのは、サラザールの"家族"を見に行ったのでもある。
気楽な寄り道を装って行ったところで見たのは、突然の乱入者にとっさに娘を庇うサラザールの姿だった。
彼は紛れもなく男性で、痩せてはいるが力強く、女性と見まごうとことは1インチたりともなかったが、ゴドリックは、その瞬間にゴドリックの妹を庇う母親の幻影を見た。
ゴドリックの妹も灰色の髪をしていたが、それは全く真実ではなかった。
妹が蹄に踏み抜かれて死んだとき、そもそも母親は側にいなかった。
妹はサラザールの娘よりも大きかった。
サラザールはそもそも男だった。
何もかもが違うのに、一瞬重ねた幻想は、ゴドリック自身の、かつて親に妹を助けて欲しかったという自身の願望かもしれないが、ゴドリックは一瞬の既視感を、何を重ねて見たかも深く考えず、振り落として深く考えることはなかった。
それらの考えに少しでも思考が至ろうとすると、彼は自然と落ち着かない愉快でない気持ちになるので、表層的な、「サラザールは興味深い相手だ」ということだけを意識に留めていた。
彼は彼の行動を全体的に振り返って考えてみることはせず、己の行為が何に根ざすのかも、何を目指すのかも深くは考えていなかった。
考えないようにしていたと言うのかもしれないが、皮肉にもその事実は、周囲からは彼の行動を神話的英雄の放浪譚になぞらえさせるのに一役買っていた。