腕の中で冷えていく。小さな身体から大量の血を流したまま。
「死ぬな!俺が必ず助けてやるから!」
そう声をかけるが返事はない。だがそれがどうした。家族を、弟を、妹を傷つけられて黙っていられるわけがない。なのに...。
...クソ、こっちもお出ましかよ。寒い、眠い...。
「兄ちゃんが必ず助ける...だから死ぬなよお前ら...」
周りが暗い...か。俺...死ぬのか?誰も救えないまま。命を無駄にしてまで。何のために生まれてきたんだ。何も出来ず、誰にも知られず死んでいくなんて悲しすぎる。あぁ、でも弟たちと比べたらマシだよな。まだ誰かを抱きしめながら、終わりを迎えられるのだから。
「姉さん!生きてるわ!」
...誰だよ、もう少しでみんなに会えたのに。誰だよ、俺を生きのびさせようとしてるのは。
「よかった。
なんだ?
「動かせないか。姉さん」
「ええ」
雪を踏みしめる音が耳に届く。助けてくれるのか?弟を妹を。だが俺の希望は別の形で奪われた。俺の腕の中から2人を引き抜こうとしやがる。巫山戯るな!誰の許しを得て触れている!?
「返、せっ!俺、の弟と妹、だ!誰、にも渡さ、ねぇ!」
「もう死んでるのよ!?いつまで腕に抱いてるのよ!」
「黙、れ!まだ、生き、てる!病院に、行くん、だ!今、なら、まだ間、に合う!だ、から!」
そうさ、今ならまだ間に合う。心肺停止しても手を施せば、生き返ることだってあると何かで読んだ。それに縋ってもいいじゃないか。
「気が動転しているのですね。それも仕方ないでしょう。ですが現実を受け入れなければ、貴方はいつまでもそのままです。自分に罪があるならば、私がその肩代わりを担いましょう」
「あ、...暖かい...」
譫言のように何かを口にした俺は、俺を抱きしめた女性の腕の中で気を失った。数時間ぶりの暖かみ、人の温かさが俺を癒していった。
気を失った血塗れの少年を抱き締める姉を見て、しのぶは複雑そうな瞳を向けながら、倒壊した家屋の上を移動していた。倒壊した家屋の瓦礫で、少年は下半身が埋まってしまっている。引きずり出すにも救出しようにも、どちらにせよ家屋の瓦礫を少しでも片付けなくてはならない。
少年の周辺からどけてもいいが、上を除けなければたとえ横を移動させても落ちてくるだけだ。最初にある程度上を除けてから横を除ける。その後に引きずり出すことにしたのだった。視線を下に向けると、少年を抱きしめたままの姉がいる。
先ほど会ったばかりの少年を抱きしめるなど、狂気の沙汰としか思えない。そんな風に思ってしまうが、そうした理由があるのだと自分を無理やり納得させた。カナエは普段から温厚で、笑顔を絶やさない人柄である。それ故に時偶、しのぶの予測を越える行動をしたりすることがある。
だがそれは理由があってしているのであって、好奇心や直感といった責任感のないものではない。だからさっきの抱擁も何かしらの理由があったのだと思ったのだ。
「大きすぎる。これはちょっと斬っていかないと無理かな。ふっ!」
帯刀していた日輪刀を、上段から垂直に振り下ろしていく。それを幾度となく行い、大きな瓦礫を人間の上腕ほどにしてから、効率よく撤去していく。粗方上部分の撤去が終わり、崩れる心配がないとわかると地面に降りて、少年の周辺部分を片付けていく。
その間、カナエは少年の手を握り続けている。決してもう二度と、離さないとばかりに強く強く。何故そうまでして握り続けるのだろうか。早く助け出すなら、しのぶを手伝えばいいだけだというのに。
いや、何か意味があるのだ。先ほど記したように、カナエの行動には必ず理由がある。今わからなくても後になればわかるはずだ。
「姉さん、隙間ができたからもう引き抜くのは可能よ」
「ありがとうしのぶ。よいしょっ。うん、怪我も酷くないようだし呼吸も安定してる。しのぶ、彼を背負ってくれる?私はあの子たちを連れていくから」
カナエが向ける視線の先には、血塗れになった幼子2人の遺体があった。生後まだ5年も経ってはいないだろう。下の子を見れば乳児のようにも見える。そんな幼子が死を迎えるなど、心が痛む以外の感情が見当たらない。
「...うん、わかった」
「よろしくね」
頷いたしのぶに笑みを向けてから、雪に埋もれかけている遺体に手をかざして謝る。
「ごめんなさい。もう少し早く来ていれば救えたかもしれないのに」
2人の遺体を抱き上げて空を見上げる。空からは雪が絶え間なく舞い降りてくる。まるでここであった惨状を消し去るかのように、白く染めあげていく。灰色の雲と白い雪、倒壊した独特な黒塗りの瓦礫、命を散らした証である鮮血。
それらは独特のハーモニーを奏て死を連想させる。まるでこれが自分たちの行先を示すかのように。
「源太郎!茜!」
「兄ちゃん!」
「だぁ!」
名前を呼ぶと俺に手を伸ばす。その顔は死にたくないと訴えている。助けられる。今ならまだ間に合う。
「やめろぉぉぉぉ!」
俺の目の前で弟が妹が引きちぎられる。2人を惨殺した奴が俺を見て笑みを浮かべる。まるで「お前の大切な家族を殺した。憎いか?ハハハハハハハハ!」と俺を煽っているようだ。
「殺す!殺す!何があっても貴様を殺す!」
憎い!自分が、世界が。何故死なねばならないのだ。生きることの意味を知らない幼子が何故だ。殺す殺す!弟を妹を、父を母を殺した貴様だけは俺の手で殺す。
駆逐してやる。〈鬼〉をこの世から一匹残らず!
「うっ...」
柔らかい?背中が何かの上に横たわっているみたいだ。そういや、上から何かを被せられているようにも感じる。
俺は
というかここ何処だ?閉じていた眼を開けてみる。白い天井に紐のついた明かり、そして何より眼を引くのが壁にかかったもの。
何度か街で見たことがある。確かあれは「和時計」と呼ばれる代物。よほど裕福でなければ手に入れることは不可能なもの。それがあるということは、ここの家主はかなりの上の地位を得ているはずだ。
「いっ!...いてぇな、正直かなり痛いぞ。これは...包帯か?」
普段のように左手をついて起き上がろうとすると、左肩に尋常ではない痛みが走った。無意識に右手を左肩に添えると、布のような感触が掌に触れた。視線を向けると、白いものが俺の肩から背中にかけて巻かれている。
どうやら左肩に大怪我をしたようだ。この痛みと処置を施した痕から推測するに、回復にはかなりの時間がかかるだろう。ため息を吐いて手を使わずに立ち上がる。自分の服装は、値段がそこそこする宿屋に泊まった時に、眼にする服のようにも見える。
腰帯で結ばれた縦長の服は、和服であるものの少しばかり派手めな感じがする翡翠色だった。服から漂う優しい香りは洗剤の匂いだろうか。凄く心が落ち着くし身体が暖かく感じる。
部屋を見渡すと四方共に襖に囲まれている。深呼吸をして眼を閉じてみる。空気の流れを感じとり何処が外部につながっているのかを探る。手当たり次第に襖を開けてもいいが、他人の家である以上失礼な行動はしたくない。不用心に動いて迷惑をかけたくもないしな。
「...うん、こっちから空気が流れてくる」
空気の流れ込みを感じ、それに逆らうように移動して襖を開ける。左右へ視線を移動させるが、人の姿は見当たらない。目の前は板張りだし、どちらかに行けば外部に出られるだろう。
寝かされていた布団の横に置いてあった衣を羽織って、先ほど感じた空気の流れに逆らって歩いて行く。よくよく見れば、かなり丁寧に手入れされているのがわかる。手入れが過ぎない適度な光沢を見せる床板に、傷があるもののそれが年代物だと一目見てわかる柱の数々。
だが気になるのはこれほど整理された廊下であるというのに、骨董品などの高価なものが何一つ飾られていない。和時計を買えるだけの財があるならば、一つや二つ置いてあっても可笑しくは無いというのに。
もしかしたらここの家主は、そういうものに興味を持たない性格なのかもしれない。それはある意味、庶民出身の俺からしたら楽に相対できるというものだ。何回か廊下を曲がると、縁側に続くと思われる道が伸びているのを発見した。
その先からは何かのぶつかる音が不規則に聞こえてくる。金属ではない鈍い低音か届く。木製のような聞き覚えのある打撃音だ。その音に引き寄せられるかのように、俺は歩を進める。
1つめの角を曲がると、その音の正体が目の前に現れた。
「踏み込みが甘いわよしのぶ」
「くっ、これでも全力なの!」
「あらあら、それなら腕はまだまだだと評価するしかないわね」
「姉さんが異常なほど強いからでしょっ!って何見てるんですか!」
どうやら無断で観戦していることに怒っているらしい。いやはや、真剣に稽古しているところに声をかけたら駄目だと思うのだが。それは俺の気配りが度を越えていたのだろうか。なんとも難しい採点基準だなこりゃ。
「いや、あまりに真に迫ってやっていたから声をかけられず見とれてた。失礼でしたか?」
「いえいえ、とんでもないです。それより起き上がることが出来て何よりですよ」
「この度は助けていただきありがとうございました」
「そんなに畏まらなくていいですよ。私たちにとって
ほう?人を助けるのが当然なのか、
「それがどういう意味なのか教えて貰えますか?」
「はい、もちろん。しのぶ、服を着替えてお食事の準備をして」
「えぇ〜、料理苦手なのに」
え、料理苦手なのか?俺はてっきり得意で、色んな人に振舞ってると思ってたけどなぁ。意外な弱点発見ってところかな。
「いや、無理に準備されなくても...「いけません!」ひっ!」
「怪我人が精の出る食事をなさらなくて、どうするのです?」
あ、はい。そんな笑顔で言わないでもらえませんかね。威圧感が半端ないんですけど。人ってね、笑顔で圧掛けられると自然に首を縦に震ってしまうんだよ。どういう原理なのかさておきね。
まあ、多分本能的な行動なんだろうね。恐怖を感じたら、恐怖を与える相手の言う通りにしなければならないと思うからだろうなぁ。
「度重なる温情、お礼のしようもありません」
「では、お食事の前にお湯に浸かるのはいかがですか?気絶していたとはいえ、あれから1週間も経てば入りたくもなるでしょう」
...もうそんなにもなるのか俺が家族を失ってから。気絶していたといっても、記憶の中では何度も目の前で殺されるシーンを見てきた。くそ、思い出せば顔が感情で歪みそうになる。
今は湯船に浸かって気分転換でもしようかな。そう考え直して、カナエの後をついて行くことにした。
「ふぅ〜、いやぁ極楽極楽ぅ」
1週間ぶりというのもあるのか。やけに風呂に浸かるのが幸せに感じてしまう。身体中から疲労が抜けていくような気がする。もちろんそれは気分的なものであって、肉体的な回復ではない。いや、精神的ダメージを受けたのもあったが...
視線を少し向ければ淡い黄色の石鹸が見える。庶民にも広がったとはいえ、まだ大量買い出来る程の値段ではない石鹸。自宅では1ヶ月に1度だけ両親が買ってきてくれたっけな。
そこまで裕福ではなかったが、かといって貧乏というほどでもなかった。両親は隠していたつもりだろうが、それなりに家には貯金があったのを俺は知っている。両親が超絶節約家だったから、お金に困ることはあまりなかった。
節約家なら金を使わないから金に困ると思うだろう。だが俺の家の場合は逆だった。普段の生活で節約しているから、いざとなればそれなりのお金を出してくれた。だから不自由のない生活を遅れたのだろう。
だから安心していた。あの人が入ってくるまでは。
「背中をお流しいたします」
「いやいやいやいやいやいや!初対面の男の風呂場に入ってきますか!?」
「初対面ではありませんよ。1週間前会っているではありませんか」
「それでもですよ!それほど言葉を交わした訳でないのに、それはあまりに品がなってません!」
小首を傾げられてのには困った。意図してなのか無意識なのかわからない。だが美人がしていい仕草ではない!悩殺されるぞ!俺は推しが違うから大丈夫だがな!
振り返ってはいるが、大事な部分は隠しているぞ!見られて損は無いが、向こうに何を言われるかわからないからな!それに俺には見せびらかすような癖は持ち合わせていない!
「駄目、ですか?」
「...イイデフ」
「ふふ、では失礼しますね」
もう勝手にしてくれ...。断れば気分を害してしまいそうだし、それを見たあの人に何を言われるか何をされるかわからない。怖いんだよなぁ。カナエに対する想いが強いというのか、独占欲的な何かなのか。
「しっかりと鍛えられているのですね。無駄な肉はなく、筋肉で覆われているのが見ただけで分かります」
「なんだか小っ恥ずかしいな、状況が状況ってのもあるけど。家庭があんな境遇だったのも影響してるのかも」
「家庭の事情というものですか?」
「まあそうなるかな。俺の家は特に裕福でも貧乏でもない普通の家庭だった。ただ、父の家系が代々剣士だったらしくて剣の手ほどきを受けてた。中途半端なことは許されなくて、極めるために鍛え続けた。そうしなきゃ鍛錬に耐えられなかったから」
筋トレはかなり厳しかった。基本的なものから精神の集中までの肉体的精神的鍛錬は、今でも俺の身体が覚えてる。身体がというより魂がというのが正しいかもしれない。だって今俺の心が、熱くてそこからエネルギーを送り出してるいるようなのだから。
「...あの、触りすぎやしませんか?」
「ウフ、ウフ、あらあらそんなことありませんよ?」
やけに背中を触ってくるなぁ、気のせいだよね?
ペトペトペトペトペト...エンドレス。
うん、気のせいじゃないね!わざとだよこの人!あれか?筋肉フェチとかそういうあれなのか!?俺にはわからないがそうなのか!?
「あらあらもうこんなに時間が経ってしまいました。ではお待ちしておりますので」
そう言って出ていったのだが、まったく背中流してないからな?流すより触れに来たという方が正しいぞ。だがまあ、それなりに話をすることができたから、あまり気にしなくてもいいかな?
という流れだったのだが、...思い出したら頭痛がしてきた気がする。そろそろ上がらないと待ってる頃かな。湯船に浸かっていた身体を持ち上げて、待ってくれているであろう2人の元へと向かうのだった。
新しく準備されていた服に着替えて俺が寝ていた部屋に向かうと、2人が湯気を出す鍋を囲んで座っていた。軽くお辞儀をしてから、空いている空間に正座をして座る。
「待たせてすみません」
「気にしなくていいですよ。お湯に浸かるのは人間にとって、もっとも安心出来る行動のひとつですから。さあ、食べましょうか」
「「「いただきます」」」
しのぶがよそってくれたお椀を受け取り、目の前に置かれたお膳の上に置いて食べていく。俺の体調を考慮してのことだろう。メニューは雑炊という胃にも優しく、左肩に影響を与えないものだった。
だが健康な2人まで同じメニューとは。なんだが申し訳ない気分になってしまうな。俺だけ別メニューでも文句はないんだが。
「2人まで同じものを食べなくてもよいのでは?」
「恥ずかしながら私たちは料理が苦手なのです。先ほど気前よくお食事の準備をしてと、しのぶに言いましたが申し訳ありません」
「いえいえ!頭をさげないで下さい。救助してもらった挙句、養生までさせてもらっている立場の自分が、そのことで何かを言うなど礼儀にも程があります。なのでお二人は気にせず好きな物を食べればよいかと」
そこまでして気にしなくていいんだけどな。魚料理を食べても文句は言わない。それに和時計を飾れるほどの財があるならば、普段からそれなりの食事をしているはずだ。
「優しいのですね。好ましいですよその優しさは」
「は、はぁ...」
「姉さん!」
「何かしら?しのぶ」
「出会って間もない相手にそこまで心を許してどうするの!更には男だし!」
うん、しのぶの言う通りだよな。普通なら警戒するはずのに、むしろ向こうから踏み込んでくる節がある。その踏み込み方は不愉快でないから、特にそのことに対して文句を言うつもりは無いが。
「嫉妬なの?若いっていいわねぇ」
「姉さんの馬鹿!」
おやおやおや(某ゲームのキャスター風)、顔を真っ赤にして出ていってしまった。収集つかんぞどうするんですかねカナエは。にしても楽しそうじゃないか。しのぶを弄ることを生き甲斐にしていると言ってもいいんじゃないか?
おっと、余計なことを考えていたら零してしまった。2つのことを別々にしたら駄目ってわかってるはずなのに。
「あら、零してしまわれたのですか?雑炊でも片手では難しいようですね」
「力をいれられないのは辛いが、この程度なら問題ないはず」
「怪我人なのですから、少しぐらいは甘えてください。ほらあーん」
...この歳であーんとはね。美人にされるのは悪くないがなんとも言えんな。仕方なく口を開けると、ちょうどいい量を流し込んでくれるから食べやすい。
飲み込むとまたあーんをしてくる。俺は文句を言うのを諦めて、大人しくカナエに付き合うことにした。何故ここまで俺の世話をしてくれるのかわからない。赤の他人の世話を、普通ここまでするだろうか。
まったく〈柱〉の考えることはわからんな。独特な思考の持ち主もいれば、予想外の行動をする人もいる。