ファイさん激おこ案件
アッシュから手合わせを申し込まれたリンクであったが、リンクは逡巡したのちに首肯した。
少年の内実で一体いかような思考をたどっているのか、外部からは判別が難しい。ただ少なからず、肯定したからにはそれなりに戦ってもらえるのだろうと、アッシュはわずかに期待を抱いた。
顔立ちで言えば女のごとき線の柔らかさであり、しかし登城してから伝え聞く戦闘はまごうことなく退魔の剣に選ばれた勇者のそれ。
アッシュ自身は数日前に駐屯地入りしたこともあり、リンク本人がいかなる戦いぶりを披露したかというのを直に目撃していない。そのこともあって、畏れ多いという思考には至っていない。
それが本来の反応であり、リンクからすればある意味でそれが救いでもあるのだが。だがこの場合、そんな彼女であってめぐりあわせが悪かった。
訓練場に廊下伝いで移動する二人だったが、城の表向き、展望室を過ぎるあたりでうめき声が聞こえてくる。
破損し吹き抜け状態かつ修復中の三の丸に、雄々しい男たちの、その声から想像もできないほどの情けない声が響き渡っていた。
方角はそれこそ訓練場である。
「何が……?」
「――――、もしかして」
「貴公、如何した?」
唐突にリンクは走り出す。後を追うアッシュだったが、しかし明らかに彼のそれは異常であった。
唐突に走ってる途中、笛でも吹くように指を構え――外見上は指をしゃぶってるようにしか見えない――、しばらくたつと外し、と異様な挙動を繰り返す。
そしてそんな奇行に走る彼は、一切「休む気配がない」。スタミナが切れる気配が、がんばりの枯渇している様子が見受けられない。
半ば唖然としながら息絶え絶えに歩くアッシュを振り返らず、リンクは猛然と走り続ける。
果たして、やや遅れて到着したアッシュが見たものは。
「――――、説明を」
訓練所のそこかしこで倒れ伏す多くの騎士たちと、そのうちの一人を見下ろすリンクの姿だった。無表情ながら、漂う雰囲気はどこかぴりぴりとしているような――――。
「――――、説明を」
繰り返すリンク。
眼前の倒れた騎士の手には、退魔の剣の姿が。
ヘルムで表情は見えないまでも、わずかに見える口元が苦虫を噛みつぶしたような風である。
「う、腕試しにと……」
他の騎士がそう語るも、その程度でこの惨状はまずもってあり得まい。
一体何をしたのか説明を。リンクは問いをやめることはない。
アッシュはその様子に、何か嫌な予感を感じた。
「――――、宝物殿に持っていかなかったのは?」
「あ、後でもっていけば同じことではありませぬか。それに、そこのアッシュとて抜剣しようとしたのだ、我々とてその資格はあるっ」
剣を抱える騎士は、慌てたように、そしていら立ちを含んで叫んだ。
アッシュは思わず頭痛を覚える。
彼らの視線は、リンクへのいら立ちややっかみ、嫉妬のようなものが感じられた。
彼女自身、リンクの伝え聞く荒唐無稽な戦闘の数々についてすべてを信じている訳ではないものの。あの神々しさを前にして、その真実を疑おうとは思っていない。
彼女のように直接ではないにしても、退魔の剣がその光を解き放っていたという事実は、少なくとも騎士の間には伝わっていてしかるべきだろう。
それでもなお、彼に資格がないと。自らに資格があるのが正しいと考え、無理に試しをするというのは、行儀がよい行いとは言えなかった。
だが、だとしても何故彼らは自らと違いこれほどまでに疲弊しているというのだ――――。
「――――、複数人で?」
「何?」
アッシュは一瞬、意味を理解できなかった。
だがリンクの言葉に、うなだれる騎士たち。リンクは、マスターソードを抱える彼の周囲の騎士たちを見まわす。
「まさか、複数人で退魔の剣を握り、抜き放とうとしたということか?」
「――――それの何が悪い! ハートの器を試されるのであらば、一人でだめなら複数にでかかれば良いだろう! それが我ら軍隊というものだっ」
一見して暴論のようでもあるが、ある意味ハイリア兵としては正しい考え方でもある。
インパとて語っていたが、一人で勝てない相手に無理に単独で挑む必要はないのだ。
とりかかれるだけの人数にもし空きがあるのなら、複数人で挑み勝利することの何が間違っているだろうか。
ただ彼らが想定していなかったのは、そういった「人の世の理」が通じない世界がこの世には存在するということ。
「――――、この剣を抜くには、己の真の力で挑まなければならない」
抜き放ち、扱えるのは一人。であるならば余人の力を借りるは偽りの力であると。
故に、さらなるペナルティを課されたのだと、暗に示す少年。
「み、認められるか! 我々は誰しも勇者に憧れたのだ、今日までそれを夢に剣を握ってきていたのだ! それをこんな田舎者に――――っ」
叫ぶ男は立ち上がり、彼を指さし罵倒する。
彼ほどではないが、周囲の騎士たちも表情は複雑だ。内実、騎士の矜持やら責務というものを引き受けて立っているのだ、憧ればかりがすべてではあるまい。
だが同時にそれは、単独での武勇を誇りたいという意思とは決して矛盾しない。両方とも抱えながら生きているのが、普通であるということでもあるだろう。
それが、彼がマスターソードを預けたからこそ、妙な形で爆発するに至ってしまったということだ。
「―――――剣の力に『頼って』強くなったような奴にっ!」
そして、彼らは致命的に勘違いしていた。
なるほど、人ならざるといえるほどに武を誇る騎士は確かに勇者だろう。だがその力の源泉が、果たしてどこにあるかということだ。
古に曰く、勇者は「神々の力を繋ぐ」役割を担わされた者であるという。
であるならば、彼らはその勇者の力の理由を剣にこそ求めた。
退魔の剣さえ手に入るなら、己は最強になれる――――。
実例として、人を超えたような戦闘をこなす彼の者の姿を見たからこそ、逆にその考えを強く信奉してしまったのだろう。
その力を、剣を手にすれば自らのものにできると。
人の噂であっても、一度染みついた先入観は払しょくできるものではない。
田舎者の兵士で、何を考えているかわからない少年で、信じられない噂が多くある。血筋で言えば今は亡き前騎士団長の子にあたり、であるならばその噂は軍において羽振りを聞かせるためのものであろう。
一度でも彼と手合わせしたことがある騎士ならば、そうは簡単に考えまい。
だが、そういった話を聞いたとしても、凝り固まってしまった心はそう簡単に動かせるものではない。
「――――、…………」
また一面の事実として、マスターソード自体も確かに特異な武具ではあるのだ。
その詳細を語ることを、少年はしなかった。
「――――、起きろ、×××」
「ぬ――――、なっ!?」
だが、何もしなかったわけではない。
剣に向けて手をかざすと、それだけで退魔の剣は「光を放ち」、鞘ごと少年の手に収まる。
まるで自ら意志を持つ何かであるかのように、少年の周りを踊るように旋回し、その手に収まった。
「――――、…………」
何も言わず、少年はその剣をポーチに仕舞う。
あっけにとられてしまったアッシュをはじめ、騎士一同。
しかし、それでもなお彼に対し不振と怒りから、罵倒を重ねる者が数名。
「――――、……」
それをされてなお、少年は無表情のまま。
そう、まるで「何も感じていないように」。
のれんに腕押し。そして視線だけ、声を上げる者たちに向ける少年。
彼等はその静かな雰囲気に、何故か「得体のしれない」迫力を感じ押し黙る。
それはまるで、理想とされる「何物にも揺らがない騎士」であるような。そんな異常な静かさだった。
「――――、盾を」
「――――っ、は、はいっ」
慌てたように、リンクの後ろで腰を抜かしていた騎士が練習用の木の盾を手渡す。
それを軽く振り回し、リンクはアッシュの方を見た。
「――――、準備を」
「あ、ああ……」
半ば気圧されるように、困惑しながらもアッシュは武具を構えた。
自らと年齢は1つか2つか。その程度下の少年であろうに、何故か全身に力が入りすぎている。
武者震いだろうか? その震えを肯定的に受け取り、彼女はリンクから距離を取った。
「……? 貴公、武器は持たぬのか?」
「――――、いらない」
「それでは、困る。手合わせにならないぞ」
「――――、今は必要ない」
この言葉の指し示す意味合いを、ニュアンスを、この場にいたどれほどのものが正しく理解できたか――。
理解できなかったからこそ、アッシュはわずかに先ほどの会議場でのいら立ちが再燃した。
理解できなかったからこそ、彼らはやってしまえとアッシュをはやし立てる。
「その程度か、貴公にとって私たちは」
「――――、…………?」
武器などなくても負けはしない。
彼我の実力はそれほど離れていると、この兵士は自らを使い、またもそれを示そうとしていると。
一面では正しく、一面では間違っていたその認識。
ひとえにめぐりあわせの悪さから生じてしまったその勘違いは、しかし少年もまた理解していないが故に訂正されることはない。
木の剣と盾を構え、アッシュは数歩距離を取り、走り出した。
「――――兵士リンク、覚悟っ!」
袈裟斬りに襲い掛かる彼女の剣筋。凡兵ならば盾を構えて往なし反撃するだろう、しかしそれすら許さぬタイミングでの踏み込みと距離とを元にした、練度の見える一撃は。
「――――、……」
少年が目を細めることで、ものの見事に「躱される」。
わずかに「集中」するのみであっても、少年にとって周囲の時間は大きく遅滞する。
その状況において、己に刃が届くよりはるか前にひらりを横跳びするのも造作ない。
二、三度、右手をふるリンク。その手に武器はなくとも、その動き一回が一撃に相当するだろうことを暗に示している。
「っ、このっ」
怒りに任せて横に振りぬけど、彼は背後へとバク宙して回避するのみ。むしろ回避後の着地の後に、やはり右手を振る。
それはまるで、至らぬ己に指導をする父を思い起こさせるようで――――。
同時にそれは、まるで死神に「いつでも殺せる」と鎌でも突き付けられるようで――――。
「――――っ、はっ」
一瞬、彼の背後に伝説に謳われる「黄金の獣神」の姿を幻視したアッシュ。
あり得まい、それは単なる錯覚に他ならないが、しかし意識的にそれを振り払えば払う程、眼前の小さな少年の姿が、異様に大きなものに見えてくるような気がする。
「はぁ……、はぁ……っ、この――――」
「――――、……」
彼女とて善戦はしていたのだ。いまだ一本もとれている気配はないと言えど、彼が武器を持っていないと言えど、これほど長時間彼と「打ち合えた」者は、おそらく現ハイラル軍においてもまれであろう。
だからこそ壁際に追い詰めて、しかし背中をついて驚いた様子の少年を前にしてなお油断せず、それでいて感情を乗せた刃をふるう姿は成程確かに一流の騎士のものだ。
だからこそ。
「――――、はっ」
「――な!?」
勢いづけた少年の声とともに、盾で剣を往なされ、「弾かれ」。
跳ね返った衝撃で揺らぎ、思わず手元の武器を取り落とし。
そんな自らに、空いた右手を軽く振る少年の姿は――――。
「――――、強かった」
彼の放った一言とは裏腹に、彼女の矜持を打ち砕くものだった。
誰しも、この場にいた騎士たちは言葉を重ねることが出来なかった。
それほどまでに、剣を構えてすらいない彼のその動きに、言葉を失わされた。
「――――、あっ……」
うなだれ、わずかに涙ぐみ。思わず走り去ってしまったかの女騎士を誰が攻められよう。
その彼女に声をかけようとして、しかし失敗してしまったらしい彼こそを恨むのを、誰が咎めよう。
だが、誰一人としてその言葉を口にはしない。
わかりきっていたことを、わかりきっていた形で示されただけ――――。
たとえそれが誤解であったとしても、騎士たちにとってそれは真実であり、また否定できない事実であった。
「――――、……、剣はこちらで管理する。信頼して、誰にも預けられない」
彼我の実力差を前にして、誰一人としてリンクの振る舞いを否定出来るものはいなかった。
アッシュの誤解が解けるのはまだまだ先