訓練所から出たリンクは、ハイリアのフードを被り直す。ややばつが悪いように見えるかどうかはさておき、例によって無言のまま歩き出した。
会議はまだ、終わる様子はない。移動中、出入口を見張っている兵士たちに軽く会釈をしながら、リンクは西坑道へ向かう手前近く、螺旋階段を上り外へ出る。
空は快晴。雲が猛烈な勢いで吹き抜けるハイラルの空。
それをしばらく見上げて、少年はフードの先端を引っ張った。
「――――、…………」
階段を進んで上り、旧見張り塔と本殿との渡橋、その中腹の道。空中歩道のようになっている、ゆるやかな坂。
手すりに腰掛け、リンクは両手を重ねて指笛を吹く。
「――――♪」
人はいない。誰しも気に留めることのない中、少年は笛を吹く。
視線はサトリ山を向いており、そこで何か「ふつうは見えない何か」でも見ようとしているような、そういった目の細め方をしていた。
人がいないと、左右を見たうえでの過信はあったのかもしれないが、そんな時である。ある意味で、少年には珍しく、想定外の出来事でもあった。
「――――わ、わ、きゃ!? すみません!」
「――――、!」
上空から女性の声。女性、というよりも少女、といった方がそれらしいだろう。
見上げるリンク。落下してくる少女は、慌てたように声をあげている。どうやらバランスを崩して落ちてきているようだが、頭から落下してるあたり、下をのぞき込んでそうなったように見える。
「――――、……」
それを前にしても、特に何か慌てることもなく、彼女へと目を細め「集中」するリンク。
当然のように中空に手を伸ばし、落下する彼女を受け止め――――。
「――――、しまった」
「きゃあっ」
そして自分が手すりの上に上っていたことを忘れていたらしい。
少女ごとそのまま落下する少年。彼女の下敷きになるあたりは、流石に騎士然としていたというべきか。もっとも、お姫様抱っこの姿勢からの落下であるので、少年の全身にかかった不可は想像だに難くない。
おそらく彼でなければ、そこそこの重症である。
もっとも少年であるので、痛て、の一言ですぐ立ち上がれる程度の頑丈さだ。伊達に鉱石を食べられる肉体をしていない。
「あ、あの、ありがとうございます……」
「――――、……?」
少女もまた、ハイリアのフードで顔を隠していた。上着は桃色に染められた防寒着だが、わずかに顔が出てしまったのを恥じたのかフードを引っ張り顔を隠す。口元しか見えないが、顔立ちは幼げである。またちらほらと金色の髪が見え隠れしていた。
「――――、…………」
首肯する少年。どういたしまして、とか、気にするな、的なニュアンスであるが、相手もフード姿なので少年の挙動が見えているかまでは定かではない。
「――――、何を?」
リンクの言葉に、がばり、と少女は飛びついて彼の両手を握り、迫った。
フードからわずかに、きらきらとした深い青の目が見える。
「あ! そうです、貴方! それ『森の賢者の歌』ですよね! 一体どこでそれを教わりましたか? 現在のハイラルにおいて、時の勇者の伝承に出て来はしますが、楽譜の完全なものはなかったと思うのです。ですがあなたのそれは、部分部分抜け落ちている箇所を補った完全な形で、かつメロディの流れに違和感がありませんでした! 独自の作曲であるならそれはそれで才能ですが、どうなのでしょう! 教えてはもらえませんか!」
「――――、な、何を……?」
猛烈な勢いでまくしたてるかの如く早口な少女に、珍しく気圧されるリンク。
はっ、と気づいたように手を放し、すみませんと謝罪した。
「すみません、思わず……。提出された研究レポートなどを散見するうちに、どうしても調べものに関しては、凝るようになってしまって……」
「――――、レポート?」
「あ? あ、いえ! なんでもありません!
それより……」
ちらり、と上を見上げて、人がいないことを確認した少女。
「ありがとうございました。それと、できれば私がここに居たことはご内密に――――」
リンクに頭を下げると、少女は外壁沿いに走り出した。
彼は彼で彼女の視線を追い、上空と彼女の背中を何度か見返した。
「――――、……………………」
そして何も言わず、こっそりと彼女の後ろをつける。
陸地から滑るように外壁の建物の中へ。人がいないことを確認すると、そのままするする階段を下りて表へとでて、壁に張り付きながら坂の下の方へ。動きがどことなく手馴れてる少女と、彼女を視界に収めながら一定の距離をとるリンクである。
少女はそのまま岩肌を、やや危なげな足取りで渡る。一瞬踏み外しそうになるも、ぎりぎりで回避してそのまま舗装された道まで下りた。
「――よし! 今日は誰もついてきていませんね」
楽し気な少女である。
当然のごとながら、ある程度の位置からリンクが見守っていた。
再び同様の外壁、監視兵が見え隠れするそこで隠れて歩きながら、はしごを降りる。そして外に出ると、壁沿いに動き、どこから取り出したのかロープを張って船着き場のすぐ入り口まで。
そして出てくる舟の尾部に飛び乗り、すぐに船舶の貨物の裏側に隠れた。
完璧な手口である。すでに何度が実行済であることがうかがえる手際の良さだった。
「――――、判断に困る」
リンクは反応一つ示さず、船の移動する方向をじっと眺めていた。
※ ※ ※
監獄を周回する船の動きに合わせ、オホリ橋から外堀を脱出する少女。
そのまま西城下町まで入り、一息つく。
「ふぅ。……城を抜け出すのがこんなに大変だなんて。お父様も狩りに出られるときは、どんなルートを辿っていらっしゃることか」
そのまま道を抜けると、活気だった中央広場に出る。
お面屋、的屋、くじ屋、よろず屋、宿屋、魚屋やら八百屋やら、はてはコッコ屋なんてものまである。おそらく現在のハイラル城下町は、伝説にある「黄昏の勇者」の時代よりもさらに賑わっていることだろう。建物の密集度で言えば「時の勇者」の時代に近く、しかし規模感はさらに大きい。
また、城下町に限って言えば彼女のようにハイリアのフードを着用している人間も多い。快晴ゆえ日差しがやや強いことや、商人など旅人も少なくないこともあるだろう。
もっとも、彼女がそのあたりまで見越して行動に出ているかは定かではないが。
「早くしないと日が暮れてしまいます……、あ、お面――――」
そして案外と、彼女も寄り道は嫌いでないらしかった。
ちらり、と視線に入ったスタルキッドのお面の方に足がゆらりゆらりと向く。
「ふふ……」
フードを後ろに流し思わず顔につける少女。
大人びた声音に反し、案外と挙措が子供らしい。もっとも声質自体は年相応なので、決して間違った挙動とは言いづらいだろう。
と、我に返りフードを被り直して面を外す。
「……はっ! いけません。
インパがいたら止められているところですが、気が抜けていましたね……、あ、的当て…………」
ゆらゆらゆらり、と足取りが軽やか。完全に遊びなれていない、良い所のお嬢さんといった風であった。
彼女の視線は、景品の上側に置かれている髪留めに注目している。色は王家のロイヤルカラーにちなんだ水色のそれだ。
げらげら品なく笑う男性店主に、恐る恐ると声をかける。
「あれをとるには、どうしたら良いのでしょうか」
「あれ? お嬢ちゃん初めてかい? これを使うんだよ」
手渡された木の弓矢。出来は粗忽であるが、商品を傷つけないという意味ではこの程度の雑な作りで良いのだろう。
「これで射貫くんだ。ぶつかれば倒れる感じだよ。ほら、そこの小さい子がやってるように」
絵筆の入った箱を狙って、狙撃して倒す小さい子供。当たったと喜んで飛び跳ねる男の子の頭をなでる母親に、少女はわずかに表情が緩んだ。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい? 矢、一本30ルピーだけど」
「二つもあれば十分です。それに――外すわけにはいきませんから」
伝説に言う光弓の系譜としては、などと小声で続け、弓矢を構える。案外と様になっているその視線が鋭く髪留めの入った箱へ集中し――――。
「――――あっ」
一射目は外し、とび具合を確認。
しかし二射目は当たれど、バランスを崩しきれなかったのか箱が戻った。
「あー、惜しいねぇお嬢ちゃん」
「も、もう一回! もう一回です! 今度こそ絶対当てて見せま――――」
「――――、四本」
と。少女の背後から、やや高い背の位置から誰かの手と声が。
手にはルピーが握られているが、思わず背後を振り返る少女。
「あ、貴方――――」
「――――、……」
店主は「お知り合いかい?」と笑う。
少年は少女に会釈し、弓矢を手に取ると的当て台の前へ。
距離はそれなりだが、慣れればまず外す距離ではない。
一発狙撃。当然のように命中するも、先ほどの少女のとき同様に重心のせいか、おおむねおんなじ位置に。
「――――、なるほど」
何かに納得すると、矢を番え、構え、そして目を細める――――。
リンクは「集中」して構え、矢を連続で三本射った。
彼の視界、わずかに黄色がかった箱が微妙に反響する音を立てる。
果たして再度瞬きして「解除」すると、連続で矢の当たった箱は面白いように撥ねた。
「お、お見事です……!」
「う、うそだ……、」
驚きつつも称賛する少女と、唖然とする店主。
と、そんな彼の耳元で何かをささやく少年。
「(――――、不足分は多少補填します)」
「(え? あ、ああ。40ルピーくらいくれるなら、もっていってくれて構わないが……)」
物品に錘がついているのを一発目で察知したリンクである。
しかし商品自体が案外と高価なものでもあるのは理解できたため、相手に譲らせる分の金額を提示した。
これまた別な意味で驚いた様子の店主に、追加でルピーをいくらか握らせた。少女は未だ驚いたまま、視線は景品の方を向いたまま。気づかれた様子はなかった。
景品の髪留めをとり、リンクは彼女の元へ。
「――――、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……。でも、お金は払います」
「――――、はい」
矢の分の値段を受け取り、交換。
髪留めを胸に抱きしめ、しかしやはり我に返る。
「――――はっ! い、いけませんまたしても……」
「――――、迷子?」
「え? ……っ、あ! ち、違いますよ失礼な! ちょっと、目移りしてしまうだけです」
「――――、わかります」
「へ? あ、そうですか……。あ! スタルキッドのお面!」
ポーチから取り出す少年に目を輝かせる少女。おそろいである。
髪留めの件もあって気を許したのか、道中でリンクに、楽しそうに街の様子を雑談する少女。少なからず彼が城勤めであることを察知しているのだろう、その上での信用の寄せ方でもあった。
噴水の周りを囲むように設置された出店を指さす少女。
「ほら、見てください! あんなにニンジンが」
「――――、軍の畑の?」
「ええ。軍の駐屯地の方で栽培したものだそうです。余った野菜を、こちらで販売しているわけですね」
「――――、予算確保?」
「というよりも、余剰分を売って他に回す、全体の市場の安定につとめているというのが正解だと思います。ハイラル全土でそういったことが出来れば良いのですけど、流石にそれだけの高速運搬技術をまだつくれていませんね……」
明らかに話している内容は一般の貴族令嬢だの城勤めの事務だのといった範疇にとどまらない視野の広さである。町民とてそういう話はするものの、話している規模感が明らかに大きすぎる。そのあたりに気づいているリンクと、気づいていない少女と。
しかし表面上は無表情のまま、聞き役に徹するリンクであった。
やがて「なンでも屋」と看板の掲げられたよろず屋にたどり着く。
「――――、何を買いに?」
「その、裁縫用の針を……」
少しだけ照れたような少女。あまり得意という訳ではないのですけどね、と誰に言い訳してるかわからないセリフである。リンクは当然のように無反応だったが、お互いのフードのおかげか反応が薄いことがごまかされてるらしい。あまり彼女も気を悪くした様子はなかった。
「主要件は達成しました。しましたが……」
「――――、遊び足りない?」
「! い、いえ、そんなことは――――」
「――――、ボウリング」
「っ、」
リンクの甘言に、視線がちらちらと店々をさまよう少女。
「ちょ、ちょっとだけなら、お父様も怒りませんかね……」
結局その後、リンクは少女の後ろをついて回ることになった。
例によって、感情のみえない無表情のまま。
「今日はありがとうございました。ここまでで、良いですよ?」
城門の手前で、少女はリンクに「もう良いです」と頭を下げる。結局のところ、なんだかんだ少年が護衛のように付き従う形で今日一日を過ごしてしまったためだ。
ただ状況が違うのは、護衛が護衛らしく彼女の身分を張らなかったことや、威圧的に触れ回らなかったこと。
町人に混じったように、年甲斐もなく少女がはしゃげるだけの時間があったことだ。
「こんなに楽しかったのは、久しぶりで……」
「――――、たまには必要です」
「え?」
「――――、息抜きは。ただ……」
と、続ける言葉を珍しくさらに逡巡するリンク。
「――――、お戯れはほどほどに。崖とかは、危ない」
「あ、はい……」
城から脱出する様を全部見られていたのだ、と知り、思わず赤面して顔を反らす少女。
さすがに元気溌剌すぎたと指摘されては、年頃の少女として色々恥ずかしいだろう。
ただ、リンクは当然表情は変えず、続ける。
「――――、インパは、つきあってくれるかと」
「へ?」
それだけを語り、少年は彼女に背を向けて立ち去る。
「あ、名前を――――、……行ってしまいました」
結局、少女は彼の顔や名前を知ることなく、この日別れた。
【とある貴き誰かさんのハイラル城脱出ルート】
・ハイラル城、ウツシエの記憶のある見張り台の橋から落下。外側の壁沿いにひたすら走り、途中途中で外壁の中を移動する要領。
・途中途中、無理やり落下(なおパラセールなど便利グッズはなし)
・そのまま船着き場の裂け目の手前で待機(本編だと船が来るので、飛び乗って移動)
※場所の説明が困難なので、かなり適当になってしまいすまんかった