・イコールでコログの森の歌、サリアの歌を弾いているということです
「……姫様、いったい何処に行っていらしたのですか」
場内の入り口に入って早々、少女を出迎えたのは頭の痛そうな顔をしているインパであった。
すみません、と苦笑いを浮かべてフードをとり、髪を払う少女。金色の髪、前髪は三つ編みに編み込んで左右に流し、額が大きく出ている。眉がチャームポイントな、綺麗というよりは愛らしい表情。
「すみません、針が折れてしまいまして……」
「その程度でしたら我々で買い付けを――――」
「ですが、今の時期に皆さまの手を煩わせるのもいかがなものかと思いまして……。ちょうど、退魔の剣が見つかったとか」
「それを理由に王城をお忍びで抜け出される方が、我々も困ります」
自分よりは背の高い、しかし年下の少女からのたしなめに、ゼルダは申し訳なさそうに謝罪した。
ゼルダ姫――――つまり、当代の姫巫女。
女神ハイリアの祝福を受けし、トライフォースの宿す血筋である。
この姫とインパとは、初対面からすでに2年。もともと国立古代研究所の査察にきていた彼女と、騎士たちに隠れコッソリ忍び込み見学をしていた彼女と、なんともまた微妙な遭遇経緯であった。もっとも早々に発見し次第、インパは彼女の腰のベルトを「意念」で引き寄せ、逃げられないようがっちりキャッチしていたものだ。
『それ、加護ですよね!? つまり「賢者インパの意念」! ということは貴女はシーカー族の族長一族ということでしょうか! そういば額に紋を刻んでいますね……!
そうそう、一口にシーカー族といっても、時代によって大きく変遷していると聞きますし、お父様が交流を復活させた現在のシーカー族は、古代技術体系こそ劣化したのものと伺っていますが、戦闘や農耕などの基本的な技術体系そのものは変わらず、所により大きく発展したと聞いてます!
あ、それにこの間城にいらした吟遊詩人の子も――――』
『お、おぅう……?』
ちなみにインパの加護を見て早々に、猛烈な早口と食いつきぶりであった。このあたりもリンク同様、インパとて若干引いていたところもあった。
だが、こういった事柄以外に公務や、時に食堂などで何度か顔を合わせるうちに、インパとゼルダの距離感を近いものになっていった。少なからず国王から「気を許せる相手の少ない娘だ。仲良くしてやってくれ」と言われていたのが後押しになっていたところもあるだろう。
ゼルダもゼルダで、歴代の勇者伝説とに伝わるものと違う「同い年くらいの」インパという存在に、おおいに心惹かれるところがあったのかもしれない。単にちょっと小さい子が、東奔西走右往左往している姿に、その同年代との交流のなさ、心を開く相手の少なさに、自分自身を重ねていたところもあるのだろう。
結果として主従としての絶対的な線引きはあれど、彼女たちは友人として交流を続けていた。
インパが心配していたというのに罪悪感を抱きつつも、しかしゼルダ姫はふと不思議そうに尋ねた。
「そういえばなんですが、どうして一人しか護衛が居なかったのでしょう? 改めて考えてみれば、おかしなものかと」
「……
「彼の者ですか?」
ちなみにだが現在、ゼルダは父から「退魔の剣」発見まわりについて、詳細を伺っていない。
そこには少なからず、国王たる父のいくらかの配慮があることをインパは聞いていたので、直接リンクの名前を出すような愚は犯さなかった。
かわりに、彼女自身の共感を誘う様な言い回しをとる。
「実際、問題はなかったでしょう?」
「あ――――、はい、そうです。問題のないお方でした」
「それなら良かった。彼の者は口数が少ない所があります故、よく誤解されるようでして……」
「彼も、貴女の担当なのですか?」
「違いますが、まぁ、どちらかといえば姉が迷惑をかけていたらしく、必然的に」
「あぁ……」
疲れたような笑みのインパに、察するところが多かったゼルダであった。このあたりもはや言葉を交わす必要もなく、トラブルメーカーとしてのプルアの有名さは折り紙付きである。研究上の方からガーディアンのビームを城の高台まで飛ばしたのが最も有名な話か。間近で見ていたこともあり、ゼルダ姫のプルアに対する認識も大体そのあたりに落ち着いていた。
もっともだが、そう語るインパの口調には普段とは若干具合の違う声音が含まれていたところだが、人生経験不足の少女二人ではそれにお互い察知することもできなかったりした。
と、思い出したようにゼルダ。インパに申し訳なさそうに尋ねる。
「あの、プルア殿で思い出しましたが、今日の会議は……?」
「まぁ妥当な落としどころには落ち着いたかと。姉上やロベリーは多少被害を追いましたが、あれはあれで当たり前だと私も思います故」
一つは、王城内での古代兵装実験や開発、研究系統の全面禁止。つまるところ場内に持ち込むなということだ。
一応これについても多少はプルアやロベリー側からも自己弁護が提出されており、研究成果についてはある程度城の兵士たちと共有しておいて損はないということである。将来的に古代技術をもとに改良した兵器を準備しており(既に前段階たる古代技術由来の工具開発には成功している)、自分たちがどういった武装を扱うかという認識を持たせる効果もあると言ってきた。
まぁ、それを上回る危険性が出てしまったのでこのあたりはやむなしである。
いくらプルアが「こころないよ~!」と叫んだところで、キャパシティオーバーはキャパシティオーバーだ。
「減俸については今更なので割愛しますが、今後の大掛かりな実験において、ケペリア・プルクア所長の他に、大臣数人のサインも必要になるとのこと」
「それはまた……、嫌がりそうですね」
「実際嫌がっています。『お上が市政発祥の技術研究に口出ししても良いことないよ~』と嘆いていますが……」
当然のように、インパやプルアの上告した「厄災による関与」は検討に値しないとして切り捨てられている。
さらに言えば、当初は現研究所所長の解任という話まで上っていたところだ。
これについては、王室付きの星詠み(占い師)たる青年フグリによって取りなされた。ケペリア・プルクアは光の神殿に連なる一族ゆかりの者、この位置関係には意味がある故解任はするべきでないと。
「申し訳ありません。私にも、もっと発言力があれば……」
重ねて悲しそうな表情で言葉を重ねるゼルダ姫に、インパは慌てて貴女のせいではないと続ける。
長年、中々封印の力――――全能の力の一端に目覚めないことから、彼女の立場は姫君であっても良いものとは言い難い。
同年代の人間との接触よりも、神官やら大人たちに囲まれ、一刻も早く力に目覚めなければというプレッシャーをかけられ続けた毎日。
そんな中で一人もがき続ける彼女は、その背中に孤独を背負っていた。
当人同士は知りえていないが、自己の状況からくる孤独と、ある意味で彼の者とは似通った部分もあるのであった。
ともあれやってきた近衛兵長にゼルダ姫を引き渡した後、インパは頭を抑える。
「で、リンクには私が伝えなきゃいけないんだろうな……。私が……、流石に今日は働きすぎだと思うのだが、頭痛いのぉ」
馬を借り走らせるインパ。唄ドリの草原を直進で抜け、時刻は夜を回り夕食の時間帯。
プルアやロベリーは、処遇が決まったため軟禁が解除され研究所の方に戻されている。必然リンクは一人、外の隅で食事をとっていた。珍しく頬がほころんでいる。
「――――、ふぅ……」
「……お主、食事をとってるときは楽しそうだな」
「――――、?」
インパを見ると、再び無表情に戻るリンク。どうにも人の視線を感じると、こういったように「表情に仮面をはりつけてしまう」らしい。
串に刺した肉とキノコをむさぼるのをやめ、リンクはインパを見下ろした。
例によって高台、見張りの屋根の上である。
周囲の人目をなぜか気にして、インパもまたはしごを使って上り、隣に座る。
と、リンクからポーチ経由で焼きリンゴを手渡された。
「別に私、焼きリンゴが好きなわけではないからな? 肉はないか」
「――――、ある」
手渡されたそれに力の抜けた笑みを浮かべるインパ。
二人そろって肉にかじりつきながら、インパは会議の流れで決まった事項について伝えていく。
ゼルダ姫に伝えたものと違うのは、彼個人の処遇についても含まれるからだ。
「まぁ端的に言うと、近衛兵長がお前を推薦した。単独の戦力として他と比較にならないのなら、軍隊運用より近衛運用の方が適しているという判断だ」
「――――、…………」
「で、まぁ今週の末か。兵士訓練所の最終試練を受けてもらうとのことだ。一応、書類上に残す必要があるから、最低限戦って戦果を残してもらいたいと」
「――――、わかった」
「……で、それはそれとしてだ」
食事を終えた後、例によって「森の賢者の歌」を弾こうとしていたリンクに、インパは半眼を向ける。
「今日は、どうしたんだ? いつも以上に落ち込んでいるような気がするが」
「――――、……!」
そしてかなり珍しいことに、リンクは目を大きく見開いて彼女を見た。普通に驚愕しているのだろうか、変化の具合から判断がつかないまでもインパは苦笑いしてつづけた。
「いや、おおむねの経緯は聞いている。城で兵士たち相手に、実力を示すようちょっと立ち回ったらしいというのは。ただどうにも、話を聞く限り誤解があるような気がしてな。お主、そこまで嫌味なことはしないだろう。
騎士アッシュを泣かせたあたりについてもそうだ。そもそもそういう性格だったら、わざわざ逃げる姫の後をついていくような『面倒な』護衛の仕方を買って出はすまい」
「――――、…………」
指をほどくと、リンクはぽつりぽつりと、やはり言葉少なに話した。
「――――、そもそも最初は試合するつもりがなかった」
「何故だ?」
「――――、処遇が決まるまで軟禁という扱い。あと、退魔の剣を預けていた」
「戦える状態でなかったということか?」
「――――、戦うべきでなかった。騎士の振る舞いとして」
なるほど、そのあたりについての筋は通っている。
「だから荒っぽく応対したということか」
「――――、別です」
「別?」
「――――、気が立ってた」
「えっ」
これにはインパもまた、かなり驚かされた。
まじまじとリンクを見るインパ。その視線に耐えられなかったのか、リンクは無表情のまま顔をそむける。
「………………お前でも、怒ることがあるんだな」
そのあたりの感情が、ほぼ表に出ないリンクである。す、と右手のひらを開き振る少年は、今度こそどこかばつが悪そうであった。
「――――、危険性は証明した。軽々しいものでないと教えもした」
「……なのに無理に試されて、それに怒ったのか」
「――――、剣も呆れてる気がした。だから刃を持ちたくなかった。危なかった」
つまるところ、怒りの感情で武器の扱いが鈍るかもしれなかった――――下手をすると大けがをさせてしまいかねなかったから、木剣を持たなかったと、そういうことだ。
そういった感情の制御ができない相手ではないだろう、この少年は。だとするならそれほどに憤っていたということか。表面上の伝え聞くそれと、予測できるそれとは大いに違い。
「――――、悪いことをした」
彼に他意はないだろうことを、インパは理解している。それこそ正式に知り合ってから一月も経っていないが、なんとなくこの少年が、見た目以上に純朴であることを察していた(同時に自由奔放が地であることも)。
だからこそ、もう少し言葉を重ねられないかとも思い、それを口にする。
「……もっと地の部分で、話すことはできないのか? たぶんそっちの方が親しみやすいだろうし、誤解も解けやすいと思うのだが」
「――――、それはダメ」
「何故?」
「――――、騎士らしくない振る舞いはダメ。父との約束があるので」
「約束……」
星空を見上げ、少年は遠くを見る。どこかから流れ星が道行き、双子山の奥の方へと落ちていった。
「――――、理想の騎士であれと。亡くなる前に」
「……………………そうか」
例え役割が兵士未満であったとしても、その考え方を変えるわけにはいかないと。
それ以上、インパは言葉を続けられなかった。
ただ、なんとなく彼の頭に手が伸びる。
ふと、なでられたリンクは、きょとんとした顔をしていた。
「――――、…………」
「…………い、嫌か?」
「――――、……」
反応はなかったが、思わず手を引っ込めるインパ。
リンクは何も言わず、その場から飛び降り――――地面付近で武器でも投げるような動きを経由して、何故か「無傷のまま」着地し、自室へと走っていった。
※当然他の人物が高台から落下すればダメージを受けます;