「な、何があった騎士アッシュ!」
審判のゲルド族の女性が悲鳴を上げ逃げるのと同時に、観客たちもがやがやと騒ぎだし、混乱。
兵士たちが変貌したアッシュを取り囲むさ中、リンクはポーチを確認して装備を変更する。
先ほど見えた靄を前に、確実に「相手を」倒す必要があると考えたためだ。
『――――だ、ダメだ、逃げてくれ!』
アッシュの声が聞こえる。しかしどこか苦悶に満ちたそれは、まるで「力に振り回されている」ようでもあった。
左手の「呪いの剣」を掲げると、剣から稲妻が放たれ周囲の兵士たちを蹴散らす。
昏倒し頭上に星を回す五人を蹴散らし、変貌したアッシュはリンクの方を見定めた。
瞬間、闘技場を覆う「黒い嵐」。
逃げ惑う人々は、しかして外に退避することはできず。落雷と落石におびえ、うちいくらかに倒れる兵士たち。
殺傷まで至っていないのは、アッシュ個人の意思が残っているせいか、それとも十全に力を蓄え切れていないか――――。
あるいは「向ける殺意」がただ一人であるか。
瞬間、稲光がリンクめがけてはなたれ――――。
「――――、せいっ!」
マスターソードを抜き放ち、剣身から光を投擲。
回転するスカイウォードと激突し、その場で赤い電が放出された。
「――――、……」
左手に盾を構え、右手にマスターソード。
そのまま両腕を掲げた鎧姿と、リンクは睨みつけた。
【闘技場の ファントムアッシュ】
「――――リンリン! あれはファントム、古の時代で勇者すら恐れさせた甲冑の魔物!
正面から普通に戦おうとは思わないで!」
叫ぶプルアの声を受けるも、とりあえず弓矢を構えるリンク。
敵がのしのしとリンクに寄って来るのに向けて、矢を一発射る。
「――――、……!」
頭部、本来ならヘッドショットによるクリティカルのはずである。
しかし実際は軽い打撃音と、わずかに仰け反るのみ。
とてもではないがダメージを与えている様子はない。
『に、逃げてくれ!』
「――――、っ」
アッシュの悲鳴が聞こえる。と同時にファントムは両腕を振りかぶり、次の瞬間には「猛烈な速度で移動」。とっさに横跳びするリンクであるが、直前まで彼がいた場所を大剣と片手剣が数回斬り刻む。
目を細め「集中」し、マスターソードでラッシュを見舞うも。
『――――!』『ぐああっ』
雄々しいファントムの悲鳴と、アッシュの悲鳴とが同時に聞こえる。
驚き一瞬、手が止まるリンクに対し、ファントムは「背を向ける」。
そこにある盾がマスターソードにぶつかると、その場で回転――――「集中」しているリンクの認識に追いつく速度で動いているファントム。ジャストガードして弾き、攻撃の手が一瞬緩むリンク。
そのタイミングで、ファントムの両手の剣を用いた大回転斬り。
「――――、がぁっ」
鎧越し故か斬り傷はないが、しかし猛攻に違いはない。弾き飛ばされるリンクに、騎士たちなど関係者、とくにインパたちが度肝を抜かされた。
「そっかー、ファントムの内部が『生きてる』以上、攻撃は直に入っちゃうんだ」
「などと言っている場合ですか姉上!?」
倒れたままのリンクに、ファントムが再び高速移動による連撃。そのまま追加で弾き飛ばされるリンクの「鎧」を、インパが「意念」で押し止めた。そのままの勢いで騎士たちの側に投げ飛ばされれば彼らとてひとたまりもないだろう。
再び舞台たる中央へ戻され、体勢を立て直すリンク。
『わ、私に構うな……! 魔物になり果てて生きるつもりはない……っ』
「そうもいかないだろ、騎士アッシュ。……、なんとかして『厄災の怨念』にだけ攻撃を与えられれば……」
ファントム内部から聞こえる声に、インパが叫び応じる。
そしてリンクもまた立ち上がり、弓矢を構えた。
敵の瞬間移動的なラッシュが始まる――――その瞬間に「集中」するリンク。
ファントムの残像が伸び、己の右手前側まで迫る。
それ目掛けて弓矢を放つと、ダメージこそ入っていないが仰け反るため、ラッシュが中断。
「――――、はっ」
その隙にマスターソードの回転斬りを極める。
うなり声と悲鳴を聞きながらリンクは「集中」を解除、そのまま指をしゃぶりながら疾走する。
目指す先は、ファントムの稲妻により壊された闘技場の破片、つまりは大きな岩のようなそれ。
再び「集中」するリンク――――武器は大剣に持ち替えている。
眼前にある岩は、「集中」しているリンクの目には「うっすら黄色に輝いて」見える。
それ目掛けて何度も何度も大剣でラッシュを叩き込むと、そこから「エネルギーの軸」が伸びていくのが見え――――。
やがて「集中」を解くと、岩はそのベクトルの先――つまりファントムめがけて放たれた。
岩の一撃。重量級の砲弾は、一撃でファントムをその場に倒した。仰向けに倒れるファントム、その全身から「黒と赤の靄のような何か」が漏れ、うっすらと形を成しているようないないような。
「――――、起きろ、×××」
これを逃すリンクではない。己の索敵が可能であると察知した瞬間「集中」し急接近、そのままマスターソードでラッシュを重ねた。
靄が猛烈な音を立てる。それは、ファントムと斬っていた時と全く違う音、つまり普段のマスターソードの耳に残る残響音。
ある程度のタイミングで靄が掻き消え、のそり、のそりとファントムが起き上がる――――これにも再びダッシュしてリンクはその場を離れた。
『す、すまない、うっ』
「――――、がぁっ」
そして起き上がった次の瞬間、リンクが武器を構えるよりも先にファントムは瞬間移動のごとき連撃を極める。
弾き飛ばされるリンク。もっともその際、空中で「焼きリンゴ」を猛烈な速度でほうばるのをインパは目撃していた。
転がるも立ち上がり、今度はマスターソードを肩に構える。見慣れたスカイウォード、剣からの光線の構え。
「――――、ふっ」
回転する剣の軌跡。放たれたそれは、ファントムの頭部に命中。
ぐらり、とファントムの体がゆらぐ。それは先ほどの矢の時のそれのようでいて、しかし音が明確に違った。
『痛くない……?』
「――――リンリン! それだ! スカイウォードならアッシュちゃんじゃなくて、ファントムだけにダメージを与えられる!」
言われるままに再びスカイウォードを溜め、放つ。起き上がり接近の構えをとるファントムをかわし、それを繰り返すリンク。
と、あるタイミングでファントムが倒れ、再び靄の塊が発生――――そこ目掛けて例によってラッシュを叩き込むリンク。
攻略法を見つければ、後はすんなりと片がつくと思われていた。
だが、実際のところはそこまで甘くはない。
「――――、っ」
「うっそー!? なんで壊れたのっ」
「リンク!」
それはマスターソードの剣身が「砕け散った」ことによって、くしくも証明されてしまった。
さしものインパすら敬称が外れるほどに驚かれるということでもある。
特に気にした様子ではなかったリンクだが、その場から離れた直後、起き上がったファントムが「片手剣」を上空に構えた。
瞬間、赤い落雷が落ちる。
それは稲妻と同時に、再び闘技場を破壊し大岩を伴った。
雷は回避したものの、岩に激突して弾き飛ばされるリンク。
体勢を立て直し弓矢を構えるリンク。
「――――、」
狙撃、やはりダメージは入ったような音はならない。
しかし仰け反った瞬間に「集中」し、接近して一撃。
「――――、!」
そして驚いたことに、これも一撃入ったような音がしない。
まるで「マスターソード以外は」ダメージを受け付けないとでもいうように。
「リンリン! 背後! 正面からはダメ!」
プルアのアドバイスに一瞥し、リンクは再び弓矢を構え――――。
「リンク、受け取れ!」
投げ入れられる矢の束――――「氷の矢」。古い時代から続く魔法技術により、氷の力が込められた矢である。放ち砕ければ周囲を凍らせるそれを、インパは「意念」で投げてよこした。
目の前に落ちたそれを手に取るリンク。数は10。
「――――、!」
リンクは落石した岩の上に乗り、飛び上がり「集中」。
落下する世界がスローモーションになるさ中、剣を構えて今にも走り出しそうなファントムへと氷の矢を狙撃――――命中。
全身氷漬けになったファントムに対して、その「背後」に回り片手剣を叩き込んだ。
『――――!』『きゃあっ』
「リンリン、気を付けて! アッシュちゃんもやられちゃう!」
砕けた氷、距離を取るリンクと連撃を構えるファントム。
マスターソードの破損により状況は膠着している。
盾を砕かれ、大剣すら砕かれ、しかしリンクは彼女への直撃を慮る。
距離を取り、岩をぶつける戦法を変えることはない。
だが再び岩を叩き込み、現れた靄をリンクが斬っていたときのそれは起こった。
※ ※ ※
アッシュは見ていた。
ファントムの内にありながら、彼女はリンクが極力自らに攻撃を当てようとしないのを。
そもそも弓矢で牽制などしなくとも、はじめからマスターソードを己に叩き込んでいれば、決着は簡単につくはずだ。
にもかかわらず、リンクはそれを良しとしない――――つまりはじめから、アッシュ自身の生存を勝利条件に含んで戦っている。
そのことに気づいたとき、アッシュは情けなさから泣き出してしまいたくなった。
自らの体を動かすこの鎧――――まるで「骨組み」としてだけしか己を必要としていない、この鎧。
その内にあって気にするなと叫んでいるにもかかわらず、リンクは自分を下に見ているのかと。
それだけ彼にとって、自分は下の存在なのかと。
少なくとも魔物に取りつかれた時点で、近衛騎士への指名は取り消されることだろう。
ハイラルの騎士はそれだけ名乗りに箔を気にする。つまりこんな醜聞のようなものを受けてしまえば、自分は受け入れられることはないだろうと確信があった。いかに父親といえど、庇うことはできまい。
「――――、…………」
だが、こうして戦っていると――――「第三者のような視点で」戦っていると、普段は見えなかったものが見えてくる。
例えば、何度も空中に投げ出される際、意外とリンク本人もそう余裕があるわけでもないこと。
ポーチからリンゴを取り出して、猛烈に貪ったりして体力を稼いではいるが、その表情は無表情になく、やはり痛みを覚えているそれである。
例えばこちらに向けている視線が、時折焦っているようにも見えること。
マスターソードが砕けてからは、特にそうである――――いかに伝説の退魔の剣といえど、連続使用に耐えられる限界があるということなのだろう。それがなくなってから、彼は明らかに戦い方の余裕がさらになくなっていた。
倒れても、弾き飛ばされても。
膠着状態になっても、何度も立ち上がるリンク。
逃げてもいい、それこそとっとと自分ごと倒せばいい――――背部からの攻撃が有効だと分かっただろうにも関わらず、彼は中々自分をそのまま倒そうとしない。距離を取り、大岩をはじいて自分にぶつけるという荒業を繰り返そうとする。
このファントムというらしい鎧も、それを見越してか瞬間移動のような連撃を彼の動きに合わせている。
こうして目の前で盾を砕かれども、彼は決してあきらめることはない。
それ故に、何故と。その疑問が、結論をあきらめていた彼女の意志を叩き起こす。
己を見下していたからこそ、己を下に見ているからこそできる慢心により、自分を助けようとしているのだというそれではない。
そもそもそんなプライドだけであれば、早々に見切りをつけられているだろう。
にもかかわらず彼が立ち上がるのは何故か――――――。
そして、声が聞こえた。視線が見えた。今まで気づいていなかったそれは、周囲に蹴散らされ、逃げ出せない闘技場で看病されている騎士や兵士たちのものだった。
彼らの視線は、自分を倒せというものではなかった。
ひたすらに、騎士リンクに対する期待のそれだった。
(嗚呼、そういうことか――――)
だから彼は、私を倒せないのかと。ここにきて、アッシュはようやっと正しく彼を理解した。
騎士たちは期待している。退魔の剣を抜いた彼の者に。
彼の者ならば、この本来ならどうしようもないだろうアッシュすら救えるのではないかと。
そして、それを背に受けた彼は、その期待を裏切れない――――。
騎士の振る舞いとして正しいか、正しくないか。
以前問答した時の彼の言葉を、アッシュは思い出した。
――――騎士の振る舞いとして正しいかと考えた。
そう、只それだけ。只それだけなのだ。
彼の意志がどこまであるのかなど、アッシュには判断がつかない。だがそれでも、リンクの生き方はそれに縛られている。
だから、彼が自らを倒すことはないと確信してしまった。
(全く、これじゃ私も……)
騎士の名折れだと。彼の者がそうであるのならば、自らの諦めの境地こそが最大の敵であると。
思い直したアッシュは、しかしそれでも出来ることはない。
ただひたすらに、リンクを信じる他ない。
故にこそ、何度目か倒され、自らが纏う「なにがしか」をリンクが斬っているのを見た瞬間、その異変に気付いた。
『――――は、離れろ!』
「――――、!」
自らの一声でバク宙をするリンク。
それはタイミングとして正しいものであったろう――――鎧目掛けて、赤い稲妻が落ちていたのだから。
立ち上がる自らの体を操る鎧。しかし、その制御は大きく外れる。
周囲にもう2体、自らと同様の鎧がいつの間にか出現していた。
『――――!』
『――――!』
『――――!』
鎧は呼応するかのごとく声を荒げ、その全身をばらばらにする。
中空に、何某かの力により縛られるアッシュ。
その彼女を中心に、鎧は集まり姿かたちを変化させる。
長い腕が左右それぞれに三つ。
右の上から、片手剣、槍、矢。
左の上から、大剣、盾、弓。
胸部はアッシュ自らを露出させ、その四肢を拘束するように組み込み、鎧は先ほどまでより巨大なそれに。
頭部に集まった三つの鎧は、組み合わさり、そして先ほどまでより禍々しい様相に。
『『『――――!』』』
変貌したその姿を前に、しかしリンクは怯むことなく剣を構えた。
【独自設定補完】
「ファントムアッシュ(第二形態)」
・HP2500以下になってから
・ファントムアッシュが2体のファントムを取り込んで変貌した姿。六本の腕を持つ巨体の中心にアッシュが囚われている
・身長はライネル程度の高さ。武装は近衛武器準拠で、それぞれ剣、大剣、盾、槍、弓矢を装備
・体が大きくなったからか動きはやや緩慢になるが、仰け反りは発生しない
・弓矢無効
・背部への攻撃無効
・右側への攻撃の場合、ラッシュ中のジャストガードはなくなる
・スカイウォード(剣ビーム)数発のヘッドショットでダウンをとれる
・HPバーが2つ存在しており、アッシュのHPを先にゼロにすると負け
・ダウン中の攻撃は「呪い」のみへの攻撃となる
・腕部をすべて破壊すれば「呪い」が出現する
・胴体正面への攻撃はアッシュへのダメージとして扱う
【元ネタ】
・腕の数で予想がつくかもですが、ファントムでダ・イルオーマをやったらというコンセプトです。主にこの第二形態想定の縛り取材のせいで投稿が遅れる...
※若干当初想定より弱体化させてます(流石に勝てなかったので;)
・何故にスカウォから引っ張ってきたのか、が若干伏線的なサムシングだったりそうじゃなかったり