息吹の叙事   作:黒兎可

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戦闘シーンを設定するとどうしても取材に時間がかかるのです...(言い訳)


影、遭遇す

 

 

 

 

 

 祈りとは時に呪いである。

 

 間近で見ていたからこそ、「彼」はそれを知っていた。

 西フィローネの樹海の奥に「勇気の泉」と呼ばれる場所がある。

 森の奥地に眠る泉、それを見下ろす巨大な女神像。

 彼女は禊をし、ずっと祈りをささげていた。

 

 登城したその日、彼は彼女に同行した。

 彼自身、彼女に対して良い感情を抱いてはいなかった。

 だがそれでも振る舞いに出すほど、彼とて未熟ではない。

 そして、だからこそ内心鼻で笑うくらいに考えていたその敬虔な姿を見た。

 

 そこで懇願するように目を閉じる姿は、あまりにも悲し気ではかなく。

 そして得も言われぬ美しさであり、彼の心の内を引き裂いた。

 

 ――――何が、足りないのですか。

 

 嘆く彼女は、その声音にすら絶望を感じさせない。

 その程度には乾いてしまった、感情が乗っていない声だった。

 

 

 

 彼には秘密があった。

 彼はその秘密を明かすことに酷くためらいがあった。嫌悪感があった。

 

 そして半ば事故のように、彼の秘密を彼女は知ってしまった。

 

 祈りを終え、体を拭いた彼女は呆然として彼を見ていた。

  

 彼の人生は、彼女によって大きくゆがめられていた。

 そこに彼女の意志がなくとも、恨み言の一つもある。

 なにより彼が「そうなって」しまったにもかかわらず、彼女は未だ「覚醒するに至っていなかった」。

 

 そういった怒りをぶつけようとして、しかし、彼女の言葉で彼はその行き場を失ってしまった。

 

 ――――ありがとうございます。

 

 謝罪の言葉が聞きたかったわけではない。

 だが、様々な思いを胸に抱き、彼女はこらえるように感謝の言葉を述べた。

 

 その様に、その痛々しい様に、何も感じ取れず怒りをぶつけられるほど、彼もまた無遠慮ではなかった。

 

 怒りをぶつけられるような相手でもなかった――――立場で考えれば当然であるが、それ以上に彼に彼女を責めることが出来なかった。

 

 あれだけ無理をしても、未だ目覚めることはなく。

 しかしそれでも弛まず努力を続け、原因を探り古の文献をあたり。

 

 そう、相応に努力していることがわかった。後日、彼女と共に活動するようになり、その事実を顕著に知るようになった。

 

 だからこそ。

 だからこそ、彼は吟遊詩人の風であるようにふるまう。

 

 己のわずかな詩一つであっても、彼女の心労を励ますことが出来るのならと。

 そして同時に思うのだった。自らの力で、彼女のその心の闇を晴らすことが出来ないだろうかと。

 

 それが叶うか叶わぬか――――不明なまま、二年の年月が過ぎた。

 

「……」

 

 水面に映る自らの素顔を見て、彼はため息をつく。

 未だに彼の胸の内も、彼女の表情も、晴れない。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

 ハイラル城に登城するリンクには、いくつか変化している点が存在する。

 一つは服装であり、つまりハイリア兵の鎧を身に着けていた胴の部分が、近衛兵の服となっていることだ。ハイリアのロイヤルカラーを更に深めた紺に王家の鳥の文様が刻まれている様は、素直に近衛兵の帽子やブーツをまとわぬリンクの服装であっても似合っているように見える。むしろ色合いだけで言えば、以前よりもクライムバンダナやスノーブーツとの組み合わせに違和感を感じさせにくくなっていた。

 もっとも、彼も決してそれを見越してのファッションだったわけではあるまいが。

 

「――――、……」

「嗚呼、おはよう騎士リンク」

 

 そしてハイラル城、廊下ですれ違うアッシュに軽く会釈するリンクである。彼女はやや疲れたよう薄い微笑みを浮かべた。

 アッシュもアッシュで装備は近衛兵の服以外は異なっている。下はリトの羽毛ズボンを赤く染めたもの、耳にオパールの耳飾りをつけている。

 食堂から出てきたリンクと逆に食堂へ向かうアッシュという流れである。扉手前すぐの時点での遭遇であった。顔を合わせるのは数日ぶりであるが、お互い表情にわだかまりはなかった。

 

「――――、今日は?」

「嗚呼、父上からすこし呼び出しを受けてな。大した話ではなかったのだが。騎士リンクはどうしたのだ?」

「――――、ハイラル王に」

「国王陛下? どうしたのだ、何やら穏やかではないな……」

 

 語るリンクの雰囲気は大して変化していないようにも見えるが、アッシュも多少インパを介して、彼の感情の機微に触れたからだろうか。いくぶん、以前に比べてその薄味な感情表現を感じ取ることが出来ていた。

 彼女の見立てが正しければ、リンクの様子はどこか冷や汗をかいているような、そんな雰囲気であった。

 

「――――、……打診された」

 

 いつもよりも更に逡巡して、リンクは答えた。

 お付きの騎士にか? と聞き返すアッシュ。

 

「確かに天才剣士と揶揄される程であるから、そういう話もなくはないだろうが」

「――――、ガーディアン」

「ん?」

「――――、光線を撃ち返した話」

「ああ、それを理由にということか」

 

 アッシュの言葉に、何故かリンクは疲れたような、ちょっと嫌そうな表情を浮かべた。割合珍しい顔である。

 

「どうしたのだ?」

「――――、…………それを理由にされるのはちょっと」

「あー、ああ、嫌なんだな」

 

 首肯するリンクに、さもありなんアッシュは同情した。

 何かおさまりが悪いというか、そもそもの話からして「その話」もまた彼が周囲から隔絶する理由の一つである。またそれを理由に贔屓されるような形になるのが、そこはかとなく嫌なのだろう。

 もっともそういった振る舞いを表向きに出すリンクではあるまいが。

 

「――――、これから顔合わせなので」

「嗚呼、そうか。……私に言われても変かもしれないが、頑張れ」

「――――、…………」

 

 首肯し立ち去るリンクの背中を、アッシュは何とも言えない目で見ていた。

 

 ともあれ展望堂の手前から大広間手前から応接室側に入るリンクである。ハイラル城の大広間は先日同様に会議に使われることがままあるが、本日は会議は開かれていないのか閑散としているのが見えた。

 ともあれ城の各所へとアクセスを可能にする応接室手前には階段が多く、それぞれに何処行きという看板が張られていた。インパが忙しさで悲鳴を上げている公務室(※公務室内で更に部署ごとに細分化されている)やら、退魔の剣を預けようとしていた宝物殿など、特殊な施設もこちらから場内の深部へと入る流れである。

 リンクはそれらの階段へと視線を目移りしながら、部屋の最深部へと向かった。

 

 指定されていた通りに扉を開けるリンク。

 

「――――、…………」

「――――!」

 

 そこには一人の女性が居た。

 否、女性というには若いので少女と形容するのが正しいだろうか。

 蒼のドレス、ハイラルの鳥の文様があしらわれたそれは王家の血、ロイヤルブラッドを否応にでも意識させる。

 編み込まれた髪は前の方を開き額が見え、つぶらな瞳には知性が宿る。

 どこかはかなげな印象は、今にも折れてしまいそうな令嬢然としていた。

 

「――――、?」

 

 ただ、そんな彼女の顔を見て、リンクはやや頭をかしげた。

 

「あなたが、お父様の言っていた騎士ですか?」

 

 咳ばらいをし立ち上がる彼女。気を取り直した様子でカーテシーを披露する。

 

「はじめまして、退魔の剣の騎士様。私はゼ――――」

「――――、眉毛!」

 

 嗚呼、と、何かを納得したように手を打つリンク。

 突然の奇行? を前に、笑顔を浮かべたまま体が固まる彼女。

 

「へ? あ、あの」

「――――、細い」

 

 リンクの指摘通りである。

 眼前にいるゼルダ姫の顔、主にその一部は、かつてリンクが送り届けた彼女のそれよりも細いものである。

 さらに言えば、それに端を発してか雰囲気もより大人びて――――もっと言えば「はかなげすぎる」。

 

「――――、姉妹?」

 

 リンクの指摘は、つまるところ見た目が似ていても別人のようであるというそれだ。

 実際それはその通りで、眼前の相手が漂わせる雰囲気は少々、ゼルダ姫のものに比べおしとやかすぎると言うべきか。もっともそれをうまく指摘することもできないので、その一言に集約されるリンクであるわけだが。

 しかし、この場合は相手がよくなかったと見るべきか。

 

「――姫様に姉妹はいないさ」

 

 ゼルダ姫そのものの容姿で、彼女は力なく笑い、そして爆発音。

 青い煙と深い色の瞳の文様――――シーカー族の紋が空中に浮かぶ。

 中から現れ出た者をいかに形容するべきか。上下は忍びスーツ、忍びタイツと研究室やハイラル城でも見かけるシーカー族の一部の服装である。もっとも顔面はフードで覆われており、赤い目と長い金髪が頭部の後ろで結えられている。

 周囲に青い呪符が散る――――。

 そのまま残心の小刀をくるくると回転させると、突然足を振り上げサソリめいた逆立ちを取る。視線はリンクに向けられており、その赤い目で睨んでいた。

 

「ボクは影、ボクは最後(シーク)

 君には悪いが、姫様には近寄らせない――――、フッ」

「――――、!」

 

 

 

 

 

【シーク】

 

 

 

 

 

 シークと名乗った彼は煙を上げてその場から一瞬消えると、リンクの頭上から落下してきた。

 とっさに「集中」して回避したリンクだったが、落下直後、そのまま硬直せずに飛び上がり、猛烈な速度で飛び蹴りをリンクめがけてふるいにくるシーク。

 ポーチから「森人の盾」を咄嗟に取り出し、ジャストガードではじく。

 怯んだ隙に訓練用の木剣で数度切りつけ叩き、その場から後退した。

 

「本気でかかって来たまえ!」

 

 体勢を立て直し、地面と天井めがけて何かを「放ち」、取りつける。よく見ればそこに、淡く青く光る何か弦のようなものが張られていた。

 それに体重を乗せ、反発を利用し猛烈な速度で接近するシーク。弦が切れるのを確認すると、リンクはこの突進を「集中」し横方向に回避しラッシュ。

 

 弾かれその場に倒れたのを見て、後方に走るリンク。応接室自体の広さもあって、指をしゃぶりながら走るほどの距離ではないと判断しているのだろうか(そもそも指をしゃぶりながら走るのがおかしい訳だが)。

 ともあれ退避したリンクの判断は正しく、起き上がりと同時に片足を開いて回転し、足払いをしかけてくるシークである。今まで戦った系統の敵では感がれられない動きをしてくるが、リンクはそれに何も言わず、むしろ疑問を呈していた。

 

「――――、何故刃物を?」

 

 使わないのか、という類の質問であるのは、彼にも理解ができる。

 返答はひどくシンプルで、自信に裏打ちされたものだった。

 

「つまりボクにとって、君はその程度ということさ――――!」

 

 再び弦を張ると、しかし今度は逆立ちをして再び姿を消す。

 瞬間走り出すリンクだったが、今度は瞬間移動と同時に落下という動きにはならない。

 ちりちりという音とともに煙を伴って出現すると、シークは再び空間に弦を張り消える。

 

「――――、やり辛い」

 

 リンク自身、イーガ団との交戦経験も数度あるものの、それに近い動きでありながら妙に飛び跳ね、かつ動きの速度、とくに加速度が異様に高いシークは、対応に苦慮しているようだった。今までに出会ったことのないタイプの敵、というのが正解かもしれない。

 弦をおおむね3つ設置する頃に、たシークは猛烈な速度で走り、一つの弦につかまりぐるぐると回転しはじめた。

 

 接近して剣を構えるリンクだが、彼がそれを振りかぶるよりも先にシークの動きの方が早かった。

 そのまま別な弦に飛び移り、また反動で別な弦に飛び移り――――。

 移動するごとに反動が加算され、移動速度が猛烈になる。

 

「――――、がはっ」

 

 盾を構えるもジャストガードで弾くタイミングがつかめず、そのままの突進の勢いで盾が「粉々にされた」。

 あまつさえ衝撃の余波で、リンクは部屋の隅に弾き飛ばされた。

 

「こんなものかな? 退魔の剣に選ばれた勇者は!」

「――――、! 盾……、」

 

 シークの煽りよりも、手元の盾が砕け散ったことの方が頭にきたのだろうか。ポーチから武器を持ち換え、手にはマスターソードを握るリンク。

 無駄だよ、と言いながら再び弦の設置に走るシークを、リンクは立ち上がり観察。

 そして減の一つでぐるぐると回転してエネルギーを溜め始めた瞬間。

 

「――――、っ」

 

 マスターソードを構え、光輪を放った。

 

 回転するスカイウォードが、回転するシークの弦を切る。

 と、その場であらぬ方向に勢い余って投げ出され、壁に激突するシーク。頭上でぐるぐると鳥でも飛ぶような混乱状態めがけて、再びスカイウォードを構えるリンク――――。

 

 立ち上がった瞬間めがけて放たれたスカイウォードを、しかしシークは両手を合わせ空中で回転するように回避した。

 

「そうだ、そうであろうとも! 退魔の剣を倒してこそ、ボクの力が証明される――――」

 

 シークはどこからともなく、手で持てるサイズの竪琴――あるいは多数の弦の張られた弓――を取り出した。それをかき鳴らす。

 とたん、室内が急激に光を失う。扉向こうから漏れる窓の光さえも見えず、一帯が真っ暗に。

 

「――――、……」

 

 リンクはそのまま壁の端まで走り、自らの手前に焚火を火打石を投げてマスターソードで叩く。砕けた火打石により焚火が生成され、その明かりで周囲がわずかに照らされた。

 自らに向かって滑空、飛び蹴りの構えをして向かってくるシークに、リンクは「集中」してそれを回避、ラッシュを叩き込まず、スカイウォードを投げつけた。

 一撃を受け苦悶の声を上げ、部屋の隅に跳ぶシーク。いつの間にか部屋は再び明るくなっており、リンクのつけた焚火が意味をなしていない。

 

「ふぅん……、」

 

 そして両手を合わせると、シークの足元が突然爆発。その衝撃に合わせて突進し――――。

 一方のリンクもまた、それに対してラッシュで応戦する構えのため「集中」し――――。

 

 

 

「――――これ、何をやっておるのだお主らはっ!」

 

 

 

「わっ!?」

「――――、!」

 

 インパの「意念」によって振り回された王家の剣により、二人そろって昏倒させられた。

 

 

 

 

 

 




【独自設定補完】
「シーク(ハイラル城)」
・HP600(ハート*装備防御力の合計*ボス補正みたいな計算)
・シーカー族の一人で「吟遊詩人」。ある特殊な役割を負っている
・身長はリンクと同程度。シークのマスクに忍び装束上下
・イベント戦であるため肉弾戦のみ仕掛けてくるが、本気になったらシーカー族装備、弦、バクダン、ハープなどの使用による妙な動きが想定される
・動きはイーガ団員を思わせるものが多いが、空中を飛びまわったりとそれだけにとどまらない動きが多い。また速度が変則的であるため、ジャストガードなどの難易度が上がっている
・弦を利用した突進の際、弦をスカイウォードや矢などで切断できる
 
【元ネタ】
・言わずもがな言わずと知れたシーク。ゼルダ姫ではないまたカッシーワのお師匠様=シーク説をこちらでも採用している
・動きはスマブラだったり無双だったりをイーガ団員の動きに融合させたイメージ。若干ブレワイっぽくない動き
・初戦はイベント戦扱いなので決着はつかない

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