魔法少女リリカル未婚の母(シングルマザー) 作:那智ブラック
その日、初めに訪ねてきたのはチンクだった。
もう既に部屋を片付けてしまっていたので机すら出せやしない。幸い買ってきていた缶コーヒーを彼女に渡し、寂しくなった部屋の中央に二人で座る。
生活感のない部屋。引っ越し前なんてこんなものだ。
「それで、なんでわざわざ?」
チンクとはそりゃしばらく一緒に仕事をしていたとはいえ、それほど親しい仲でもない。家を調べてまで会いに来てくれるとは予想外だ。
ホットコーヒーを可愛らしく両手で掴み、チンクは顔を上げる。
「いやなに、打ち上げではほとんど話せなかったのでな。改めて礼と祝いの言葉を。栄転……のようなものだろう?」
「あぁ、まぁ……階級は上がったけどなぁ」
あの日、フェイトから手渡された異動通知。その件を受けた俺は給料が上がり、階級も上がる。めでたい事なのだろう。
チンクも今回の働きが認められ、そろそろ隔離施設からお勤めご苦労様となるようだ。今は身元引受人などの問題をどうするかという段階らしい。
「そちらとしては普通に仕事をしていただけだろうが、それでも私は感謝している。普通にしてくれた、その事にな」
あなたが街を守るというなら否はない――そう言いながら、チンクはコーヒーをこくりと嚥下する。
そう、俺の新しい仕事とは街を守る事――と言ってしまえば今までと同じなのだが、現場から裏方に回る事になる。
街を余さず知っている事。魔法に舐められない為の純非魔力格闘技。パルクールを応用した特殊な移動法。小規模な魔法で戦闘を進める方法。真正面から戦うに当たっては評価されないこれらが評価され、俺は新たに設置される部署の教官役となる事になったのだ。
管理局の人手不足を、より強い者を掻き集めるのではなく今まで戦力外だった者で補うプラン。上で案は出ていたらしいが、ここにきてようやく本格始動の準備を始めるらしい。
これがうまくいけば俺のように魔法が得意でない者が細かい穴を埋める事になり、現在そこでの業務にあたっている人間が別の仕事に就けるという訳だ。凶悪犯罪なんかは専門のチームがあるので、末端に過剰な戦力は必要ないのだ。
まぁその為には俺の戦術を体系立てて人に教えられるよう、整えなければならない。しばらくは魔力のない世界で戦闘技術を見てレポートを書いて、それを本部の人と擦り合わせながら自分にトレースしていく作業だ。研修扱いの出向となり、まぁ年単位でクラナガンどころかこの次元世界を離れなければならない。
それでも、やろうと思った。自分に自信をつけて、それで――
「それでは、ごちそうさま。また会おう、タローさん。今度は綺麗な身でな」
そう言って帰っていった彼女の顔には希望が満ちていた。きっとうまくいくだろう、彼女も彼女の妹らも。
それから、通話魔法でいろんな人に挨拶をした。
世話になっていた同僚、上司。離れていた義両親や兄貴。八神さんやフェイト、ティアナ――まぁ、その辺りだ。
そうして最後になのはちゃんのお宅にと思ったのだが。
『は、はい。タロー先生ですか?』
通話に出たのはヴィヴィオだった。予想していたのと違う子供の高い声に一瞬驚くが、しかしそりゃそうだ。今はまだ日も落ち切っていない頃、なのはちゃんもいつも定時に帰れるわけじゃない。
さてどうしようかと思案していると、先に話し始めたのはヴィヴィオだった。
『あ、あの。先生、行っちゃうの明日なんですよね……』
「あー……まぁ、そうだね」
彼女には事前に、『最後の魔法訓練』となった日にその事は教えている。最後まで教えられず無責任な事をしてしまったのだが、彼女は少し寂しそうに、でも笑って俺の昇進を喜んでくれた。
思えば、あの頃は環境が変わるなんて思ってもみなかった。ずっと境界捜査の人間としてこの街で細々とした事件を片付けて、それで歳とって定年退職するもんだと思っていた。人生、色々あるもんだ。
「えっと、俺は変に癖がつかないように基本だけ教えてきたつもりだからこれから新しい師匠を探すといい。学校でも部活動とかあるだろ? そういうのでもさ」
『はい……』
声には元気がない。そりゃそうだろう、自惚れるつもりはないがそれなりに身近だったつもりはある――子どもの一年は、長いのだ。次に会った時にはもう俺の事なんか忘れてしまっているかもしれないが、少なくとも今はとても重苦しい痛みに襲われているのだろう。
まぁ、そんな経験をして子どもは大人になっていくのだ。出来る事ならば、忘れずに再会の喜びも味わってほしいけれど。
覚えていてほしい、そういう欲が出た。だから。
「ヴィヴィオ――いい女になれよ」
出来るだけ渋い声で言ってみた。
『ふぇっ!?』
そのまま通話を切る。よし、これで面白い大人というイメージは確保できただろう。
と、そこで。ポンと腰を叩かれる。
「おめぇ、なのは相手じゃなければそういう事言えるのな……」
「うぉ、ヴィータさん。勝手に入ってこないでくださいよ」
ヴィータさんだった。仕事帰りなのか、制服のまま呆れたように腰に手を当てている。どうにも呆れているのは俺にのようだが。
だが勘違いしないでほしい、女性にこんな軽口を叩く俺ではない。子ども相手だから出来るのだ。ちなみにヴィータさん相手でも出来る。
「勝手も何も、あんまり女性を待たせるもんじゃねーぜ」
「ははっ、それは申し訳ない事をしたね僕の胸で温めてあげるよレディー」
「うぜぇ」
出来るのでやってみたが、やっぱり一蹴された。受け入れられても困る。
「とりあえず、ほら。外でなのはが待ってるぞ。それ言いに来たんだ」
ほら、あたしは缶コーヒー買いに行くからさ――と、ヴィータさんは部屋から出る。
あぁ、うん。家に帰ってないと思ったら、寄ってくれたんだな。そうかそうか、うん。
自分でも身体がぎくしゃくしているのを感じつつ、外に出る。道路脇に停まっているのは紛れもなくなのはちゃんの車。
そこに、いた。車に背を預けて、歩道側でなんとはなしに空を見つめている、その横顔。俺に気付いて手を振る彼女。咄嗟に振り返す俺。
「ごめん、ちょっと電話してて」
彼女の前に立った俺の第一声がそれだった。挨拶するでもなくまずそれだ、いかに自分が気弱になっているか実感してしまう。なんというか、ダメだ。
今日この日、彼女がわざわざここに来てくれた。そんな俺の想いを知らずに、なのはちゃんは苦笑する。
「うぅん、こっちこそ連絡もせずに来てごめんね。びっくりさせてやろうって、ヴィータちゃんが」
ありがとうヴィータさん。心の中で彼女を拝んでおく。
「タローさん、えっと、なんて言っていいのかわからないけれど……頑張れっ」
そう、彼女は言ってくれる。
それはとても温かい言葉。でも、それだけじゃダメだ。俺はずっと彼女に憧れてきて、憧れているだけだった。それは、温かいぬるま湯。それはそれでいいんだけど、今の俺はそれで満足してはいけない。
自分の劣等感を、超えるために。そうして自分で自分を認めて、いつか精神的に彼女と並ぶために。
「ありがとう……あのさ」
覚悟をする。一つの、大きな覚悟。
結果に対してハードルを設けてみようという打算が一つの理由。そしてもう一つの理由は――彼女の笑顔に耐えられなくなった、心臓の鼓動。
「もし、待っててくれるなら。俺の事、覚えててくれるなら。帰ってきた時に話があるんだ。覚えておいてほしい」
顔が熱くなるのを感じる、それでも目は逸らさない。ここで真正面から見つめられずして、自分の恋心を認められるはずがない。
なのはちゃんはと言えば、すっと迫ってきて。
「忘れるなんて、そんな事ないよ! タローさんの事、この約束、ちゃんと覚えてるから」
絶対に分かってないんだろうなって、そう思ってしまう無垢な反応。
でも、だからきっと、俺はこの子の事が好きなのだ――走り寄ってくるヴィータさんを見ながら、そんな事を思って。その日は、その年は、そこで手を振って別れた。
次の日――俺はクラナガンから旅立った。
俺「一体何が始まるんです?」俺「大惨事ロリっ娘大戦だ」
相変わらず友人のダイスがあらぶった結果と、自分のプロットの不備?によりロリだらけになりました
大層遅れました。小説家になろう様での別名義が盛り上がってしまい、これからこちらは大分不定期になります
これで第一章終わりです。なのはさん本気出したでしょ! ほらね! インド人嘘つかない!