魔法少女リリカル未婚の母(シングルマザー) 作:那智ブラック
待ち合わせよりも少し早く店に入る。
特に格式高くもない喫茶店の席に着いてしばらく。注文していたカプチーノが届いた。そういえば以前ここに来た時も頼んだのはカプチーノだ。以前はそう、子ども達に麻薬を流そうとしていた売人を追跡してこの店に来たのだ。
以前より幾分か落ち着いた状況で、しかし以前よりもいやに高鳴る胸を押さえるように、ほのかに甘い熱さを喉に押し流す。大丈夫、大丈夫。俺は落ち着いている。
なのはちゃんから連絡が来たのは数日前だ。俺はまだ体制作りがメインなので時間は合わせやすい、彼女が都合がいいという早番の日に合わせた。
その時のなのはちゃんは、やはりこちらに目を合わせなかった。しかし、こんな俺に応えて来てくれると言ったのだ。怯んでばかりいずに、きちんと謝って何が悪いのか聞かなければいけない。当たり障りのない事ばかりが正しいとは限らないのだ。
男は強引な方がモテる。そうですよね、師匠。
カップが空になる前にドアベルがからころんと鳴り響く。さて、頑張らなければ。
「こんばんは。忙しいのにごめんね、高町」
「い、いいよ。その……うん」
とりあえずぎこちない言葉から始まる。俺だって言葉はちゃんと言えていたか分からないし、言えていたとしてもぎこちない硬さだ。
なのはちゃんが注文したミルクティーが届くまでは本題に入らない、と決める。お互いに飲み物が揃ってからの方が、なんというか区切りが良いしフェアだ。
「お腹減ってない? 呼び出したの俺だから奢るよ」
「え、でも、そんな……」
言った瞬間、お腹が鳴った。勿論なのはちゃんの。そうしてかぁっと顔が赤くなる。多分俺も。
漫画か。可愛いけど、漫画か。
「ご、ごめんなさぃ……」
「いやいや。でもお腹すいたままでいられると困るから、何か頼んでくれると嬉しいかな」
「う、じゃあ」
そうして注文が一つ増えた。リンゴのタルトだ。ウェイトレスさんの頑張ってくださいねの眼差しに、机の下でサムズアップする事で応えた。存分に話して面白い、美しい展開にしてやろうじゃないか。
「ヴィヴィオはどう? あれからまだ会えてないけど」
「……。今は、友達に会いに。あ、でも、友達になりに……かな?」
「へぇ、なりにって事は転校生とか」
「そういう訳じゃないんだけど」
なのはちゃんの表情から少し険が取れた。口元がほころぶ。
ヴィヴィオは今、何やら自分が一方的に知られていたような関係の人と会いに行くようだ。ファンか何かだろうか、よく分からない。
よく分からないが、なのはちゃんは「きっとヴィヴィオなら大丈夫だよ」と少し微笑んでこぼしていた。愛を疑っていた母親じゃない、ちゃんと子どもを信頼出来る笑顔。もう多分、なのはちゃんは大丈夫なのだろう。
そうして、場が温まった頃を見計らったのか先ほどのウェイトレスさんが注文した品を運んできた。意味深な笑顔と共に。
腹の底に泥が溜まったように気が重いが、言うしかない。この空気を壊してでも、言うしかないのだ。
息を吸い、カップを傾ける。自分の中に力を注ぐ。
「タローさん、なんでそんなに優しいの?」
と。
そうしていると先手を打たれた。なのはちゃんの声は震えて、そうして眉尻が下がって困った顔をしている。
というか、優しい? 優しいとはどういうことだ? 頭を下げるのはこちらのはずじゃ。
「優しいって言うか……じゃあなんで、高町もそんなに遠慮してるみたいな態度なのさ」
「だって……私、癇癪起こしちゃって、タローさんを怒らせちゃって」
「いや、でも、そんな怒らせちゃったのは俺で、だから謝るのはまず俺じゃないと」
「えっ」
「えっ」
話を整理すると、俺もなのはちゃんもまず「自分が悪い!」という思いが先行してお互いに遠慮している所があったようだ。
「わ、私……本当に、急に怒っちゃって。それで、そんな私がタローさんのパーティに参加して、嫌な気分になっちゃったら駄目だなって」
どっと気が抜けた。椅子に身体を預けてしまう。安堵なのか拍子抜けなのかすらわからない。
うん。でもまあ、良かった。なのはちゃんは俺の態度に、俺に会いたくないと思うほど怒っている訳じゃなかったんだ。俺自身としても良かったし、なのはちゃんにもそこまでストレスかけていなくて良かった。
「……俺、全然怒ってない。むしろ高町があんなに怒るほど嫌な事しちゃってごめんって謝りに来たんだ」
「それは私の方が……って、こんな事言ってたら堂々巡りだね。はは」
なのはちゃんの方も気が抜けたか、彼女本来の柔らかい笑みを見せた。
さて、まず第一の目的は果たせたようなものだ。謝りたかったが、そもそも謝る理由がなくなっていたようで。
なので次の目的。どうしてなのはちゃんがあそこまで怒ったのか、だ。
「なぁ、高町。俺のやった事は確かにどうでもいい無茶だったと思う。こう言うのもなんだけど、高町があそこまで怒るのはおかしいと思った。だから理由を聞きたいんだ。あ、えと、おかしいからダメとかそういうんじゃなくて、今後ちゃんと高町と健全なつ、付き合い……みたいなもののために」
俺の限界はこんなもんだ。押せ押せなんてものじゃない、女が惚れてくれない。でも、これで精一杯だから仕方ないのだ。押しが足りなかったらもう一度腹をくくるしかない。
しかしなのはちゃんは、俺のこの言葉だけで話し始めてくれた。
高町なのはは九歳の頃から戦い続けてきた。ずっと、大切な何かを守り誰かの為になるように。特別な感情じゃない、誰の心にもある良心。
大きな力と小さな気持ちが合わさって、自分の精一杯を状況にぶつけている内に管理局員までになってしまったと。
そんな特別な状況の中で戦い続けてきたのだ。色んな人を見た。
そしてその中には、自分のやりたい事はこれだと定めてそのせいで傷ついて、どうにもならなくなった人もいたと。
「タローさん、状況が状況だから死んだり、大怪我したりしなかっただけで……そういう人たちと同じ感じがした」
なるほど。
あれがもし命を懸けた戦いでも、多分俺は同じ事をしていた。あれだって、相手が手加減していただけで死なない保証なんてどこにもなかったのだから。魔法は、素手で人を殺せるのだ。
タルトもミルクティーも片付けたなのはちゃんは、真剣な目で俺を見つめる。
「私は、良くないと思う。でも、戦いじゃなくて、なんだか、知ってる人がそんな風になってるのは初めてだったから」
どうしていいか分からなくなった、と。
「戦って、それで分かり合ったのは何回もあったの。でもタローさんは、その、そういう人じゃなかったから」
拳に力がこもる。何が「良かった」だ、自分。なのはちゃんにストレスかけなくてよかったって……思いっきりストレスかけてるんじゃねぇか。
俺が妙な事になって、それでよく分からなくなったって事は、それだけ信頼してくれていたという事じゃないか。
俺はそれを図らずも裏切ってしまったと、そういう事じゃないか。
あの日を思い出す。なのはちゃんが呑んだくれて、俺の家で寝込んだ日。ヴィヴィオと出会うきっかけになった日。
あの日、なのはちゃんは俺に弱音を吐いたのだ。俺だから二人でも呑みに行ったのだ。恋とか愛とか、そんな自惚れはしない。俺はただ彼女に信頼されていた。
信頼を裏切った、というには些細な事だろう。俺は彼女のそういう所を知らなかったし、彼女自身もそういう事を言わなかった。ちょっとした行き違いで、それを元に怒ったなのはちゃんの方に非がある、という考え方もあるだろう。あるいは、どちらも悪くないんだからいいんじゃないか、とか。
でも俺はなのはちゃんが好きなのだ。好きな人を傷つけるのは駄目だろう。理屈無しに、駄目だろう。
息を吸う。今度は気が重いんじゃない、自分に対して怒りが湧いて頭が熱くなる。
自信を持てないとか思ってる場合じゃないだろう、タロー・メリアーゼ。
なのはちゃんに相応しい男になってみせるぜとか、的外れも良い所だ。そんな客観的な事ばかりで人に近づけるはずがない。そんな外側ばかり取り繕って、それがなのはちゃんにとって楽しくて気分が良い事のはずはない。
俺は自分で思っているより、ずっとなのはちゃんの近くにいたんだ。だから、もっと話をして、もっと支えてあげるべきだったんだ。これも恋とか愛とかじゃなく、友人として。
「なのはちゃん、ごめん。謝られても納得できないだろうけど、ごめん。謝らせてほしいんだ」
「……うん」
誓おう。もうなのはちゃんにこんな苦しい顔をさせないように。
独りよがりな恋愛感情だけじゃない、相手を思いやるという気持ちを込めて。
「それから、あの日言えなかった約束の言葉を言わせてほしい」
「う、うん」
形を変えてでも、言いたい事はきっと変わらない。
浮足立った恋の気持ちの告白じゃなくたって、この愛は変わるものか。手を止めてこちらを見つめるウェイトレスの視線に背を押されるように、噛まないようにゆっくりと、言葉を選んで口にする。
「俺はなのはちゃんにとって、頼れる人間でいたいと思ってる。だから、厚かましいかもしれないけど、もしまたこんな事があったら絶対に話を聞く」
なのはちゃんがぽかんと口を開けて、俺の言葉を聞いている。
そりゃ、こんな臭い言葉はいきなり聞くもんじゃないだろう。でも言わないと。なのはちゃんの安心と、自分に対する決意表明の為に。
「なのはちゃんが傷ついてたら、俺じゃ力になりきれないかもしれないけど、いつだって頼ってくれていい。逆に俺に傷つけられても、その事をちゃんと言ってほしい。俺の事を傷つけたと思っても、俺はなのはちゃんが何をしたって嫌いにはならないよ」
頭の中にある想いを言葉にするのは難しい。本当に回りくどくなってしまう。形が定まらないままの言葉をただ吐き出す。
なのはちゃんの目が潤む。気が抜けたせいと、そして自惚れかもしれないけど俺との繋がりが切れなくて安心したから? 分からないが、自分は言いたい事を言うだけだ。
そうして言葉を回している内、一番いい言葉をようやく探り出した。それを口にする。
「俺は君の、味方だ」
そうしてなのはちゃんは涙を――ん?
なのはちゃん。
なのはちゃんって、俺言ってたな。
現実でなのはちゃんって口にしちゃったよな、今。
やべぇ。
「た、タローさ」
「あ゛っ、ご、ごめん八神の癖が移ってさ俺別にそんな高町にそこまで馴れ馴れしくていうか下の名前呼びはともかくちゃんとかなんか軽薄な男みたいで良くないって言うかそう言うのはなんていうかあぁえっとそのここにお金置いておくから!」
俺は逃げた。すいーつ。
後日、八神とフェイトに滅茶苦茶怒られた。なのはちゃんから話を聞いて、それはないだろうと思ったらしい。フェイトは苦笑していただけだったが、ほんと八神が「女の子のロマンチックをなんやと思ってるんや!」とすごい剣幕で。
でも、なのはちゃんは肩の力が抜けていたとフェイトが教えてくれた。それだけでも良かった。
俺は忘れない。恋愛なんか関係なく、俺はなのはちゃんの味方なのだ。それだけは、絶対に忘れない。
ちなみにタイトルに続く言葉は「味方だ」。「俺は、なのはちゃんの味方だ」となります。
なのは→タロー:信頼を寄せている、と言う事が分かった
タロー→なのは:ドギマギとかしてる場合じゃねぇよなのはちゃんが辛い事あったら受け止めるのは俺の仕事だろ、それを忘れんな俺!
と状況変化。恋愛的にはもう少し。
次回、もしかしたら番外編挟んで新しい章扱いかもです。気分次第。