魔法少女リリカル未婚の母(シングルマザー) 作:那智ブラック
聖王教会の朝は早い。なんせミッドチルダの違う地区にあるとはいえ徹夜組の俺がカッ飛ばしたのに、そこいらで修道士さん達が掃除してたりするのだ。見れば老人たちの姿もそこら中に見える。
朝は鬱陶しいだなんてさっきは思ったが、ここの清浄な空気を吸い込めばその邪な考えも晴れる。人生、素晴らしい。
「っと、そんな場合でなく」
ヴィヴィオを探さなければならない。多分俺の顔なんて覚えていないのだろうが、その場合はあの子を見てくれている人に事情を伝えればいい。いや、世間体が良くないのであまり広めるのもなんだが……まぁ、いいか。
さて、教会の一部は一般にも開放されているとはいえ踏み込んではいけない場所もある。人に聞くのが一番だろう。
「あのちょっと、よろしいですか?」
「はい?」
たまたま近くにいたシスターさんに声をかければ、にこやかに応えてくれた。ふわりとした微笑みは安らぎをもたらしてくれる。教会の厳かながらも優しい空気と同じく、だ。人々の憩いの場になるのも分かる気がする。
俺もつられて微笑みながら用件を告げる
「あの、高町ヴィヴィオという子がここに――」
その瞬間。
教会の庭で穏やかな空気を放っていた修道士たち数十の瞳が一斉に俺を射抜く。目の前に居た女性も表情を消しざっと足を引いた、戦闘態勢だ。聞いた事がある――というか協力したことがある、教会には独自の武力があるのだ。今、そこで掃き掃除をしていた人が実はA級魔導士ですっ、とか普通にあるのだ。怖い。
とにもかくにも訳が分からない。硬直している俺を見たシスターさんがゆっくりと警戒を解かずに俺に近づく。
「まずはデバイスを置いてください、話は奥で聞きましょう」
デバイス? そんなもんねぇーよ!
なんて叫ぶ度胸もないのでふるふると首を横に振る。というか、口を利けないぐらいにブルってる。正確にはブーストデバイスは管理局の支給品として所持していますが非番なので家に置いています不用心ですみませんでも俺戦闘系じゃないです信じてください! なんて長々という余裕はない。
訝しむ目つき、しかし同時にシスターさんと集まってきた数名は俺の腕を後ろに回して拘束したりと手際がいい。散歩中のおばあちゃんやおじいちゃんが目を白黒させてその様子を見ている。
「あ、あの、あの……」
「許可するまで口は開かないでください。魔法詠唱の用意と判断し武力行使に移らせていただきます」
ひいいいいい。
そして、両脇を固められ猿轡とアイマスクを付けられそうになった時――
「……タローさん? 何やってるんですか」
知人である少女、ティアナ・ランスターの救いの声が聞こえたのだった。
あと俺の名前で笑った声が聞こえたぞ。誰かは知らんがお前絶対地球出身だろ。
「今回はタローさんが相手だったので問題にはなりませんでしたが、今後このような事がないよう重々反省してください」
「はい、深く……」
地球でも限られた地区の者しか体得できぬ謝罪方法DOGEZAを放つは、俺を訊問したあのシスター。他にもそれぞれ俺やティアナに対して修道士たちは頭を下げる。
どうやら勘違いというか過剰反応だったようで、別に俺が悪いわけではないらしい。チビるかと思った。
執務官補佐という職務についている彼女にはもう現場も慣れたもの、気負わぬ様子で多人数を平伏させている。あれ執務官ってそんな仕事だっけ。
「俺が相手だから……って、どういう事だよぉ」
「タローさんは起訴とかしないでしょ。ヘタ……波風立てたくないタイプだし」
「言っていい事と悪い事があるよね、君」
「だから言い直したじゃないですか」
俺の文句をさも面倒くさそうに受け流すティアナ。この子はこう、負けん気が強いというか大人びた所があるというか大人を馬鹿にする所があるというか……
ティアナとはなのはちゃんよりは長く、そして浅い付き合いだ。彼の兄であるティーダさんには俺もお世話になった口で、彼の死後にあれこれに彼女の世話を焼いた内の一人が俺。律儀な事に、彼女はそういう人達を一人一人覚えていた。なのはちゃんの部下として六課に入った後は頻繁に出会うようになり、まぁこういう仲になった訳だ。
執務官補佐となった後には捜査協力という事でさらによく会うようになった。俺、そういう仕事。
とりあえずDOGEZAってるシスターはじめ修道士一同を散らして、あのシスターには今度「タローとは『聖霊の加護』っつー意味なんですよ」でもう一度笑わせる事を心に誓い、ティアナに向きなおる。
「それで、ティアナはどうしてここに? 執務官補佐ってのも楽な仕事じゃないだろ」
「楽な仕事じゃないけど休みぐらいあるので……ヴィヴィオ、って知ってましたっけ? とりあえず、その子の様子を見に」
なんと奇遇な! そんな訳でこちらの事情も話す。なのはちゃんが酔い潰れている辺りは「今、彼女は戦っているんだ……そう、何よりも恐ろしい敵、自分とね……」とぼかしておいた。「相変わらず妙な物言いが好きですね」ってしらーっとした目で見られた。
「まぁ、そういう事なら私、一人暮らしなのでヴィヴィオの面倒はこちらで見ましょうか? 自分と戦っている()なのはさんの邪魔をするのもいけないし」
何か言葉の途中に嘲笑が混じったような気もするが、うん、ティアナはいい子だ。馬鹿にされる俺が悪いんだよと言い聞かせてお願いしますと頭を下げる。それに笑顔で答えてくれるティアナはやっぱり普通にいい子だ。
そんな訳でティアナは顔パスで教会の一般人立ち入り禁止区画に入っていった。なにこの扱いの差。
「先ほどは本当に……」
「いえいえ、謝られ過ぎると逆に心が痛いのでやめてください。ところでタローって俺の世界の言葉で『聖霊の加護』って意味なんですよ」
「ブフォ!?」
こうして俺はティアナがヴィヴィオが連れてくるまでの間、シスターさんと戯れて過ごした。
ティアナと手と繋いでやってくるヴィヴィオ。珍しいオッドアイの可愛い子どもだ。歩幅が狭いのにティアナより数歩先に出ている辺り、子どもらしい活発さが伺える。
そうして俺を追い越そうとしたヴィヴィオを、俺はスルーしようとしたのだが
「ちょっと待って、ヴィヴィオ」
ティアナがヴィヴィオを呼び止める。そうしてその肩を抱いて俺の前に立たせた。
ぽけっとしているヴィヴィオを他所に、ティアナは俺に向けてウインクなんぞしてみせる。まぁうん、確かに知られてないより挨拶ぐらいした方が気分がいいけれど。
「こんにちは、ヴィヴィオ。君のお母さんと一緒にお仕事してるタロー・メリアーゼだ、よろしく」
子どもと話したのなんて久しぶりで、少し猫なで声になり過ぎてしまった。しかしヴィヴィオは困惑した様子から一転、ぱっと明るい顔になって「よろしくお願いします」と頭を下げた。マジ天使。
一方ティアナからは『なんか今誘拐犯みたいだったので、街中で子どもに声をかける時は気を遣ってくださいね……』と念話が来た。俺が何をしたっていうんだ。
「えっと、それじゃあティアナ。俺はこれで……」
「え、帰っちゃうんですか?」
きょとんとティアナ。まるで俺が二人についていくのだと思っていたかのような物言いだ。というか、思っていたのだろう。それこそちょっと犯罪ちっくじゃないかと思うのだが、向こうはそういうのお構いなしなようだ。
23歳、俺。18歳、ティアナ。9歳、ヴィヴィオ。うん、犯罪的。
「なんかほら、こうして並んでると俺とティアナだけならともかく、ヴィヴィオがいると俺は場違いだしさ……」
「え、そうですか? ほら、きょうだ……親子、みたいな?」
「そんなおっさんじゃないよ俺!?」
兄妹、というワードは俺とティアナの間柄に置いてはかなりデリケートな言葉だ。故に避けたのだろうが、それはちょっと酷いのじゃないですか。
だがしかし、それを聞いて何を思ったかヴィヴィオが俺達の間に割り込んできた。
「あの、ヴィヴィオが娘で、タローさんがお父さんで、ティアナさんがお母さん?」
「え゛っ」
そこは女の子らしく顔を染めて反論とかしようよティアナと思うが、割と素で嫌そうな声が出ていた。傷つく。
まぁそんな声を出しても明確に否定をした訳ではない。ヴィヴィオは何事を考えるような素振りを見せて、それから――いきなりティアナの胴に抱き着いた。
「ティアナママっ」
突然である。
ティアナは呆け、それから驚き、顔を紅潮させ、何やら訳の分からない呟きを空に放ってへなへなとヴィヴィオを抱き締めた。これは『萌え死に』という奴だ。気持ちはよく分かる。
気持ちはよく分かるので、俺も犠牲者になりたかった。小さい子が可愛いのは当たり前、俺の気持ちはヨコシマではない。両手を広げ、「ええんやで?」の姿勢。
「……あっ」
しかし、そこでヴィヴィオは正気に返ったようにティアナから離れる。ティアナすごく残念そう。今指がヴィヴィオの身体を追って口から「あっ……」って物凄く尾を引く声が出た。
だがしかし、そこは執務官補佐。最早執務官補佐ってなんだろうって感じだが、鋼のメンタルで姿勢を整え咳払い、いつもの彼女に戻る。
「あのねヴィヴィオ、嬉しいけど――いやもうほんと凄く嬉しかったけど。フェイトさんはともかく、あんまりたくさんの人に言ったらほんとのママが悲しむよ?」
大人だ。優しい声音でヴィヴィオを諭すティアナは凄く大人だった。自分の欲に囚われない彼女は管理局員の鑑だ。
でもそういうのは基本的に子どもには受け入れられないもので。今回もヴィヴィオはぷくっと膨れて明後日の方向を向いた。ママって呼ぶのがマイブームなのだろうか、それともそんなにティアナが好きなのだろうか。可愛いなぁ。
膨れたヴィヴィオのほっぺを両手で挟み込んで「ヴィーヴィーオ」と優しく声をかけるティアナさんは最早姉か母の貫録。妹キャラを脱してティーダさんも草葉の陰で喜んでいるだろう。
そうして諦めたように、ヴィヴィオはティアナに向きなおって。俺が思っていたよりずっと真剣な顔で言う。
「なの、な……なのは、さんなんて……ママじゃないもん」
そして、ここで。
俺はようやく、なのはちゃんがヴィヴィオと喧嘩したと言っていた事を思い出したのだった。