魔法少女リリカル未婚の母(シングルマザー) 作:那智ブラック
困っていた。とても困っていた。何故ならば我らがフェイトさんが初っ端から黒歴史を作ってしまったせいで生徒達にどうにも緩い空気が流れているからだ。
多少は、いい。前にも考えた事だが、俺はあまり硬い空気で徹底していくのが得意という訳ではない。だから馴れ合いと寛容の空気の中、のびのびとやってくれるのは何も悪い事ではない。だが、きっちり締めるべき所は締めなければならない。細かな所で頻発する遅れやミス、それをあまり悪ぶらない少年少女達の態度で、俺はそれを実感していた。
さらに言えばフェイトに続く人選も悪かったのかもしれない。ナカマジマさん家のスバルとか、八神とか、なんかこう緩いというか優しい空気を持つ人たちに頼んでしまったのだ。叱ると言ってもやんわり叱るしか出来ないこの二人ではどうにも空気に張りが出ない。昔の同僚には性格キツいのもいるが、やっぱりこういうのは結構な実績持ってる人にびしっと言ってもらうのが一番だろう。
というわけで、俺は最終兵器に手を出す事にした。
「ティアナ! この一か月辺りで予定調整出来る日ってある!?」
『ないです』
最終兵器は簡単には動かなかった。
「えー……今日は皆さんの為に、新しい協力者の人が来てくれてます」
そんな訳で代理を呼ぶ事になった俺だった。なんというか複雑だ。
なにせ代理というのは俺には嬉しい人物なんだが、でもまだこんな状態の部隊を見せたくはないというか、なんというか。ごにょごにょ。
整列を呼び掛けてもうだうだと中々集まらなかった生徒を前にする、純白のバリアジャケットを纏った女性。彼女は皆に、気軽に手を振って微笑みかけた。
「高町なのはです。普段から教導官をやっているので、今日は皆さんの事を厳しく見ていきます。よろしくね」
厳しく、なんて言ってもその笑顔では皆微笑んじゃうだけだろう。よろしくね、なんて緩すぎるじゃないか。こっちの頬が緩んじゃうぜ……あっ、にやけてる生徒の半分は俺の顔見てる。いけないいけない、気と顔を引き締めなければ。
なのはちゃんには「どうせ俺は素人だから、好きにやってもらっていいよ」とは言っているが……出来れば、もう少しきちんとした感じでやってほしいものだ。
「それでは、えーと、聞いてる限りではまずは市街戦想定のメニューで体を慣らすって聞いたんだけど合ってるかな? その動きを見てどうするか決めるから――」
「そうですけど、その前に! 高町教導官、質問です!」
手を上げたのは、フェイトとのデートの件で実況する魔法を使っていたあの子だ。年相応にコイバナが好きで、最年長という事もあって彼女の下の者への影響は大きい。まぁつまり、この緩い空気の主犯格の一人という事だ。
にこりと天使の笑みを浮かべるなのはちゃんに合わせるように、彼女もまた満面の笑みで手を上げている。普段ならほほえましいなぁ、と思う所なんだけど。なのはちゃんの緩さにも困ったものだなぁ。
「うん、どうぞ。でも今日の訓練に関係ない事を聞くつもりちょっと困るかな」
んっ?
今ちょっとなのはちゃんの表情が動いた気がするが……気のせいなのだろう。
「あ、てへへ。困らせちゃってごめんなさいなんですけど……高町教導官はー、ウチのタローせんせの事どう思ってますかー!」
びしぃっとこちらに親指を立ててそんな事を聞きやがる生徒がいた。なのはちゃんが横にいる手前直立不動を保ちはするが、思わず吹き出しそうになった。なんてことを言いやがる、なんてことを言いやがるほんと。俺のハートがブロークンしたらどうしてくれるんだ。
あぁ、でも、気になる。気になる……なのはちゃんは俺の事をどう思っているんだろう。思わずそちらに耳を傾け
「それ関係ない事だよね?」
んっ?
なのはちゃんの声が柔らかく可愛らしいままなんというか鉄のような響きを持った気がするが、うん?
「あ、はい、あの」
「私も別におしゃべりは嫌いじゃないし、プライベートな事ならきちんと後で聞いてくれれば常識の範囲内なら答えるけどね。でも、これは駄目だよ。やるべき事がある時は、きちんとやるべき事に集中する事」
「あの、でも……」
「いい?」
「ひっ、はい!」
んっ? んっ?
俺はどうやら、高町なのはという女性を見くびっていたようである。そう気付いたのは、それからすぐの事であった。
「足、止めてるよね? 疲れた? うん、でも疲れてるのは皆だからね。頑張れ」
なのはちゃんはあくまでも優しい。声と表情は聖母のそれだ。だが、その訓練はけして優しくはなかった。
クラナガンの一画を再現した訓練場で俺のパルクールを改良したものを皆に教えているのだが、なのはちゃんは容赦なく、そして的確にサボりを見抜いた。20人いる俺の生徒がぴょんぴょん飛び回っているというのに、上空から見下ろして、必要とあらば降下し一人一人に指摘をしているのだ。
飛行魔法超便利。マジリスペクトっす。
「タローさん」
と、そんな様子をモニターで見ている俺の隣になのはちゃんが降り立った。その表情は生徒に見せるものと違い、いつもと比べ幾分か険しいように思える。流石の俺もなのはちゃん可愛い、なんて思わず真面目に向かい合う。
「なんかこの子たち、締まりがない。私もあんまり固い空気にする方じゃないんだけど、そうじゃなくて……だらけてる、っていうのかな」
「あぁ、うん。分かるよね……そうなんだ、どうにも生徒達は」
「人のせいに、しない」
びしぃ、と。なのはちゃんの指が俺に突き付けられる。
「いい、タローさん? あの子達だってやりたくない訳じゃないんだよ。やりたくないならわざわざ新しくて実績のない訓練なんか希望しない、期待をもって皆来ているの。でも、人間はそんなにずっと一つの希望をもって常にひたむきになれる訳じゃないし、自分を疑う事もある。そこを教えて導いてあげるのが先生の役目なんだよ。技術だけを伝えるんならいくらでも他に教材があるんだから」
まくし立てるようになのはちゃんはすらすらと言葉を紡ぐ。まるで台本があるかのようだ。だが、まぁそんな無駄な台本を頭に叩き込んでは来ないだろう。これはなのはちゃんが自然と思っている事だからすらすらと口から出るのだ。
とても、心に、痛い。
「は、はい、反省します」
「反省します? ねぇタローさん、反省したらこれからはちゃんと出来るの? 違うよね?」
「う゛、はい……で、出来ません」
「出来ない事はちゃんと認めて、頼れる人に頼らなきゃ……私、そんなに頼りにならない?」
「い、いや、全然! そんな事は!」
険しい顔から一転、なのはちゃんは柔らかく微笑んだ。
そうだ、俺は何をなのはちゃん相手に格好つけたいと思っていたんだ。そんな事より、今やるべき事を十全にやれるようになる事の方が大切だろうに。俺はなのはちゃんに頼るべきだったんだ。
俺はなのはちゃんの味方なんだから、外側ばかり取り繕っても仕方ない。これもあの時思った事だったはずなのに、なのはちゃんに頼るという発想が抜けていた。
「……よろしくお願いします、高町先生。俺に、ちゃんと教導の事教えてください」
「うん、よろしい! ……って言っても、私に出来る事なんて限られてるけどね。あはは」
茶目っ気たっぷりに笑うなのはちゃんを見て、俺も釣られて笑ってしまう。
やっぱり、なのはちゃんは凄い。
市街想定の訓練を終え、生徒達はまた俺となのはちゃんの前に整列する。皆、いつもより息が上がっていた。とはいえ、この程度で動けなくなるほどやわな奴らではないが。
すぅ、となのはちゃんが一歩前に出る。静かで、力強い動き。その表情には優しい笑顔はなく、ただ真剣さが張り付いている。
「皆さんの訓練を見て思った事を一つ。論外です」
ずばっと言い切る。どよめきが巻き起こる――その前になのはちゃんは目と、そしてちょっとした仕草で制した。今から喋るから聞け、とそれを分からせたのだ。
正真正銘のアホならそれでも喋り続けるのだろうが、生徒達もなのはちゃんが言う通り根はきちんとした奴らだ。戸惑いを顔に浮かべながらもなのはちゃんの顔を見つめる。
「私が注意したのは、明らかに気が緩んでいる人達だけです。しかし過半数がそうでした。慣らしとは言えど、上から見ているだけの人に弛んでいると悟られるような、そんな手抜きをするようではこの先を学んでも無意味です」
しん、と場が静まり返っている。言葉一つ一つにそれほど力強さがある訳でもない。話術という訳でもない。ただひたむきに、真面目に、向き合って話している。
「真剣に、というのは息が切れるほど力を入れろと言う事ではありません。ただ、目の前の事に対して気を散らさずに頑張る事。……皆、初めにあったそういう気持ちが途切れてないかな?」
そこでようやく、なのはちゃんは少し固い様子を崩して。
「もう一度、ちゃんと初めからやろ。先に進むより、今やってる事をちゃんとするのが大事だから」
そんななのはちゃんに、生徒は一斉に頭を下げたのだった。
その日は結局、同じことの繰り返しだけで終わった。魔導士が来た時にしか出来ない特殊な事なんか全然やっていない。いつも通り、基礎的な能力を鍛えるだけだ。
でもきっと、そんな事をするよりも生徒達の身になっただろう。だって皆、今日の初めに見た時よりもずっと顔が引き締まっているのだから。
基礎が大事、というのは俺に対する戒めにもなった。結果を出してもらおうとあまり焦り過ぎても仕方ないのだ。日々、少し歯がゆいぐらいで丁度いい。
「高町はやっぱ、凄いね」
「うぅん、そんな事ないよ。私だって失敗したことがあるし」
そう言って曖昧に笑う彼女を、やはり俺は尊敬する。可愛いとか、綺麗とか、やっぱそういうんじゃなく彼女の性根が好きだから。
なのはちゃんは引き続き精神面でも生徒の面倒も見てくれるらしく、全員に連絡先を教えていた。いつも繋がる訳ではない、というのは前置きしての事だが。俺にはとてもありがたい事だが、大丈夫なのか心配になる。
そんな俺を見て、また彼女は格好よく言うのだ――「私もいつも助けてもらってるんだから、おあいこ」と。
「それじゃ、今日はありがとう。また何かあったら俺ならなんでもするから呼んでね」
「うん、それじゃ私はもうちょっと皆とお話してから帰るから。家でちゃんと次回以降のメニュー考えてね、タローさん」
「うへぇ」
それから、冗談っぽく笑いあって。俺となのはちゃんは手を振って別れたのだった。
「なのはさんなのはさん! 改めて聞くんですけど、タロー先生の事どう思っているんですか!」
「うん、タローさん? そうだね、優しくて、頑張り屋で、気遣いが出来る――」
「おぉっ」
「大事な、友達だよ」
「はぁ……」
「んっ?」
ヒロイン(大切)
ヒロイン(切実)