魔法少女リリカル未婚の母(シングルマザー) 作:那智ブラック
次も多分すごい遅れます
うららかな日差しが心地良いクラナガンの昼下がり、カフェにてカプチーノを傾けているタロー・メリアーゼ。即ち俺である。
微笑ましい学生バイトの姿を目で追いながら文庫本を読むこの時間、忙しない職務を忘れリラックスできる至福の時……と言えればいいのだが、残念ながらそういう訳にもいかない。背筋に力を入れて、文庫本も実は読んだ振り。ちらちらっとバレないようにとある席を見ていたりする。
こちらから見て背を向ける形になっている二十歳も半ばのチーマー風の男と、向かいの席に座る三人の学生ぐらいの男の子という組み合わせ。なんてことはない、何かのサークルとかのOBと現役のちょっとした集まりとか、そういう風景に見える。が、俺はその裏を知っている。
そう、これは仕事なのだ。次元境界捜査部という非常にマイナーかつ手広い部署の、さらにその中でも非常に手広いスキルを持つ俺しかやらない捜査官の真似事仕事なのだ。本来ならば……本来ならば俺がやる仕事じゃ、ないのだ……泣ける。
「っと」
そんなネガティブな思考に気を取られている内に例の席についている人物に動きがあった。チーマー風の男が脇に抱えていた鞄を膝の上へと移動させる――同時、こちらも本を閉じて何気なく席を立つ。「う~トイレトイレ」という感じだ、例の男ならばともかく学生達には怪しまれないだろう。何気なく足音消したりしててもね。
最後の警戒にと、だろう。男も何気なくを装い店の入り口を見る振りをして店内を見渡すが、その頃にはもう把握したかった人物、つまり俺は彼のすぐ隣にいる訳で。
「お仕事、ご苦労様です」
肩に手をかけてにこりと微笑む。勝利の笑みだ。
学生達がざわめく。男は苦々しげに膝の上のモノへと目を向けた。完璧かどうかはともかく、彼の動きに悪い所はなかった。まぁ、悪いのは俺とか同僚とかに尻尾を掴ませた奴だろう。運が悪いって奴だ。
「あ、何も仰らなくて結構ですよ。お察しの通りです。全てお任せください」
出来る事ならば穏便に済ませたい。なにせ昼下がり、目の前の学生達含め、危険に晒したくない人たちがそこら中にいる。だから言う――『もう俺をどうにかしてもお前は逃げられなくて』『お前がどうやっても状況は好転しないし』『協力的な態度をとるならばお前の立場にも配慮してやる』って事を。
しばらく目線を彷徨わせていた男だが、結局は肩を落としてこちらの言葉を受け入れる。乱暴な人じゃなくて助かった、荒事とか勘弁願いたい。
「おいおっさん、あんたなんだよ? この人の……し、知り合い、か?」
しかし、学生達はそうもいかない。この人、だとか知り合い、だとか。そういう言葉に濁した所が見受けられる辺り、本当に腹芸苦手な感じがして微笑ましい。俺も苦手だから分かるけど、こう咄嗟だと焦るよね。
さて、もう少し待っていれば今回一緒に仕事をしている人達が踏み込んでくるのだが……学生の顔を見渡す限り、既に臨戦態勢だ。この子らはやっぱり乱暴な人だろう。やだなぁと思いはするが、思うだけで止まるならば苦労はしない。
変に距離を保つのも余計に面倒くさい。だから、すぐに殴りかかってくるよう沸騰させよう……これで戦意をなくしてくれればいいなぁ、とも思いながら。
「知り合いじゃないよ。……お前らが受け取りにきたモン、中身知ってるって言ってるんだよ」
出来るだけドスの利いた声を出そうとして、言う。
学生達の動きは早かった。真っ先に逃げ出したのは俺に質問していた奴、次に一人が殴りかかってきて、もう一人もその背を見て焦ってとびかかってくる。どちらもまぁ、賢いとは言えない。
「っと」
魔法を使うと報告書が増える。それは嫌だ。なので殴りかかってきた彼の腕を避けて横から掴む。
驚愕、その精神的な隙がある状況で鳩尾に一発、だ。痛みもあるだろうが、それと同じぐらいショックもあるだろう。思わず蹲った彼はもう多分立ち上がってこない。
さて、もう一人かかってきたのがいたが……と見れば、彼は膝から崩れ落ちて泣いていた。「だから俺はやめようって言ったのに」とかそういう類の言葉がぼそぼそと漏れ出ている。集団に一人はいる金魚の糞タイプの子だったようだ、可哀想に。
そして最後の一人は……
「離せ、はなせっ、って、う、やめっ、おい、おい! ……」
あえなく、駆け付けた捜査官に拘束されるのだった。
違法であるものは、その法が通用する範囲にて新たに発生するより外部から持ち込まれる事の方が圧倒的に多い。犯罪者でも武器でもその他諸々でも、軽犯罪ならともかく大きなものは外から来る。
そして物であれ人であれ、どのような移動手段をとろうがあっちからこっちへ瞬間移動するでもない限り経路というモノが必要だ。そしてその経路の中でミッドチルダが対応できる最初の地点、つまりそれをミッドチルダだけの判断で違法と断ずる事が出来る最初のラインは次元の壁を丁度越えた所である。
回りくどくなってしまったが、俺達次元境界捜査部はその初めの初めで何が持ち込まれたか、誰が来たかを把握し、洗い出し、その違法性を突き詰め、可能ならば追跡し他の部署に捜査協力する部署である。なのはちゃんには「物騒な税関」との評価を頂いている、ぜーかんって何か知らないけど。
本来ならば、「〇〇ってのが来たから後は頼むわ! 情報の照らし合わせと捕まえた後の対応は任せろ!」と情報を提供するだけの部署なのだ……本来はな……。
「ふぃー。先あがらせてもらいまーす」
「おつかれー」
そうして本来の仕事である書類仕事を終わらせ(残業と言いたいが基本勤務時間が不定期なので残業という概念すらない。捜査官って辛い!)、帰る頃には夕焼け小焼け。昼休みなんてなかった。そして同じく昼休みなんてなかった勢の恨めしい視線を受けながら退室する。
盛大に腹が鳴るが、食事をして帰ろうという発想は今の俺にはない。何故ならば俺にはもう一つ仕事が残っているからだ……仕事と言っても、思わず鼻歌が出てしまうぐらいの気楽なものだが。
いつもは持ち歩く事はないプリントアウトした書類を鞄に詰めて、気分の良いまま近場の駅へ。もう陽も沈み切った頃、忌まわしき定時帰り共の「あ~つっかれたわ~」という顔を見る事もないが、それでもやはり管理局本部最寄り駅ともなれば人は多い。都市圏だからね仕方ないね、そう諦めてしまえばこの憂鬱になりそうな人ごみだって日常だ。
人の流れに乗るままに通勤定期で改札を通過すれば、そこで見知った顔を見つけた。人ごみに紛れていれば気付かなかっただろうが、『彼女』は通路脇でおろおろというか、いらいらというか、とにかく人口過密な人波でサーフィン出来ない悲しい状況だ。そうして帰路を急ぐ人たちはそんな彼女を見つける様子もない。
仕方ないだろう。なんせ彼女は平均的な成人男性から見れば腰の辺りまでしか背がないのだから。彼女が人ごみに強制突入出来ないのも、そんな彼女を近くを通り過ぎる人が見つけられないのも、物理的に仕方のない事だ。
「うぃっす、ヴィータさん」
なのでそんな彼女に声をかけてみる。俺ならば人ごみから離れても再突入してビッグウェーブに乗るのは容易い。
彼女は八神ヴィータ。俺と親交のあるかの機動六課の中心『八神家』の一員であり、またなのはちゃんの同僚だ。なのはちゃんの同僚だ。なのはちゃんの同僚なのだ。俺が親しくするのも至極当然の事である。
また、奇遇な事に今日の俺の目的地は八神家だったりする。乗るしかないこのビッグウェーブに。
「ん……あぁ、タロ。なんだよ、つけてきたのか?」
少女のような身長だというのに、それに似つかわしくない冗談めかした余裕の笑み。見た目通りの年齢ではないのだ、ヴィータさんは。女性に歳を聞くのも失礼なので聞いた事はないが、同じく八神家のザフィーラさんらと同じ程度ではあるのだろう。なので敬称付き。
「ヴィータさんつけてたらマジで犯罪臭すぎますって。いや、見掛けたんで。残業スか?」
「あー……元気のいい奴が一人、やらかしてな。説教と後始末、それに始末書だな。ったく、私もすっかりお役所仕事が板についちまった」
憮然と腕を組んで溜め息。見下ろす視点でそんな疲れた大人の動作を見るのはなんだか妙な気分だ。こちらを萌え殺してこない辺り、真・幼女たるヴィヴィオちゃんとは雲泥。
何はともあれ、ここはにこやかに。雑談でもしながら一緒に帰宅しよう。小さいと言われるのを嫌うヴィータさんのプライドを傷つけずに、穏便に波に乗らせるためにも。
「災難でしたねー。あ、俺今日そちらにお邪魔させてもらうの、聞いてます? ご一緒させてくださいよ」
「ん……あぁ、聞いてるよ。すまねぇな、はやての我侭で」
「いえいえ。しっかし、なんでわざわざこんな人の多い時に脇道に」
ピタリ、と。
そのまま気楽ぅに俺のやや後ろに並ぼうとしていたヴィータさんの動きが止まった。ど、どうしたんだろう……もしかして、なにか、重要な事なんだろうか。
「ヴィータさん、一体何が?」
「あ、あー、なんでもねぇ。なんでもねぇって」
しかしそう言われてしまっては気になる。改めて彼女に向かい直して、じっと見つめる。……怯んだ。つ、とヴィータさんは気まずげに視線を逸らした。
彼女は先程後始末をした、と言っていた。ならば今俺に隠そうとしているのはその教え子がやらかした何かについてではないのか? 俺が密告する可能性、もしくは巻き込んでしまう可能性を考え、俺には言いたくないと、そういう事なのでは? そのどちらにしようと、聞いておかなければ俺としては気分が悪い。情報とは選択肢だ、たとえその情報を得る事で何か自分に不利益があろうが選択が増える事には代え難い。俺はそう考える。……俺が知らないままに、世話になっている八神家に何か起こるとなれば気分は良くない。
聞かなければならない。突き動かすのは自ら課した使命感。しゃがみこんでヴィータさんに目線を合わせ、じっと見つめる。
「ヴィータさん……聞かせてくれ。あなたが隠していることは、一体なんだ? どうしてあなたはわざわざ困ると知っていて道を逸れてここにいる? 何か事情があるんじゃないのか?」
言いにくい事なのだろう――ヴィータさんは俯き、そして落ち着かない様子で脚の先をくるくると動かす。焦りか、躊躇いか。
そうしてから、やがて。ヴィータさんは口を開いた。
「……レ」
だが、やはり言いにくい事なのだろう。小さく、消え入りそうな彼女の声は重なり合う靴音に掻き消されて俺に耳に届く事はなかった。
それが俺の表情から伝わったのだろう、ヴィータさんは憔悴した様子で手招きした。しゃがみこんだままさらに彼女に寄り、そのまま耳を傾ける体勢になる。
果たして、どのような内容だろう。彼女に直接危害が及ばなければいいのだが……
「ちょっと覚悟しろ」
どうやら、そうもいかないようだ。何かを押し殺しているかのような固く重い声。これから紡がれる言葉に対して大きな心構えをする。
彼女の口から語られる衝撃の真実とは一体――
「トイレだよ!」
「ひでぶ!」
殴られた。皆も意図せずデリカシーのない行為をしないように気を付けよう。
「おら、前歩け前」
「はい……」
気まずかった。だってあれ「トイレだよ!」ってちょっと声大きかったじゃん……絶対近くの何人かには聞こえてたって。合法ロリとして管理局内で本人は知らずに名を馳せている彼女のファンに聞かれていない事を祈るしかない。あいつらのアブノーマルぶりには頭が下がるばかりだからな……。
ともあれ、会話もなく電車に乗って八神家の最寄り駅で降りた俺達。人もまばらになってきたが、それでもシールドにされる俺。圧倒的奴隷感だが、悪いのはこちらなのだ。あれは機嫌損ねられても仕方ない。
海沿いの道、潮の臭いが強くなってきて都会の喧騒から離れた事を強く意識させられる。八神家のあるこの辺りは都市圏から少しだけ離れた所にある穏やかでいい所なのだが、ヴィータさんの内心は穏やかではないようだ。
「……はぁ」
これみよがしに大きく溜め息を吐くヴィータさん。びくぅとなってしまう俺の背中を見て楽しんでいるのだろうか。ドSなのだろうか。ファンのみなさんが喜んでしまう。
ちら、と後ろを見てみれば……呆れた様子ではあるものの、その顔からは険が取れていた。
「まぁ、なんだ。お前のそういう迂闊なのは知ってるから……許す。以後気を付けるように」
「有難き幸せ……!」
もうそろそろ八神家で人気もなくなってきたそこで、ようやくヴィータさんは俺に並んでそう言った。危うく胃潰瘍になるところだった。
「お前のそういうとこ、悪くはないと思うぜ。心配性過ぎるが、他人に無関心よりゃよっぽど気持ちいい奴だ」
「ですよね!」
「でもそのプラスと同じぐらいマイナスもでかいって忘れるなよ、うっかり野郎」
「ですよね……」
犯罪者みたいな顔とかうっかりとか、最近女の子にディスられすぎじゃなかろうか、俺。俺の癒しはヴィヴィオちゃんだけだ。なのはちゃんとくっつきたいという意味も込めて二重の意味で娘にしたい。というかそういう妄想で最近はご飯が進むようになってきた。あ、あれ、俺ってディスられるべき人間な気がしてきた。
じとーっと下から睨むヴィータさんの視線から逃げるように足を速める。
「さ、さってと、今日は八神、何作ってるんだろうなー! いやー、男の一人暮らしに女の子の手料理とかマジで幸せ者マキシマムだなー俺ってば!」
「よく言うぜ。ほんとに食いたいのはなのはの手料理だろ」
「えっ」
え。
「……いや。何そんな凄い意外でフリーズしてるみたいになってんだよ。見てたら分かるぞ、なのはには特に甲斐甲斐し過ぎるし」
そ、そんな。
まさかバレていたというのか……? 恋愛に疎そうな(偏見)ヴィータさんにバレているという事はもしかして八神家全員、いやもしかすると頻繁に会う共通の知り合いにはほとんど……? い、いや、さらに言うと、もしかしてなのはちゃん本人にも? もしかして、もしかして。
俺は今までなのはちゃんの掌の上だったというのか? 俺の気持ちを知っていて、それでなのはちゃんは友人としての絶妙な距離感を保ちながら目の前にありながら手の届かない肉を追い続ける犬状態の俺を掌の上で弄ぶ悪女だったというのか!? お、おのれなのはちゃん……それはそれで素敵だ。
「凄い顔してんなお前……ま、まぁなのは本人は気付いてないから安心しろよ。あいつ、そういうの鈍いからさ」
安心したような残念なような。なんにせよ頭は冷えた。
すぅ、と潮風を胸いっぱいに吸い込んで――とりあえず、八神家の方々に俺の恋心がバレているのか確認する事を誓う俺なのだった。
ヴィータは凄い人間出来てる子だと思います。多分さらに大か小かを追撃で聞いても許してくれそう