魔法少女リリカル未婚の母(シングルマザー) 作:那智ブラック
俺とフェイトはまた管理外世界に居た。今度は前のような世界観の違う謎世界ではない、豊かな自然香る緑の世界だ。一面見渡す限り森・森・森……未開、という言葉がよく似合う。
人影は見当たらないが、俺達は麻薬《コンセントレイト》流通の摘発の為にここにきている。情報が確かならばこの辺りであるはずだ。
先頭を歩くのは俺。魔力反応を感知する相手だと面倒という事で全員魔法を発動していない状態での道中であり、そうであれば最も前衛に適しているのは俺だから、という理由だ。非魔力戦闘に慣れているし、取り柄の一つであるパルクールはこんな所でも一応役立たずではない。それに、もし不注意から負傷や死亡する事があっても俺が一番影響が少ないしね。
景色が変わらない中、無言の強行軍は精神的疲労が大きい。なので、気分転換にと背後の『二人』に声をかける事にする。
「はぐれてないか? フェイト、それに――チンク、さん」
俺の言葉に頷くのはやはり二人。一人は見慣れた金髪の女性、フェイト・T・ハラオウン。森の中を歩くという事でかなりの重装備ではあるが、その顔にはそれほど疲労の色は見えない。やはり、伊達や酔狂で執務官をやっている訳ではない。
しかし、それよりもさらに顔色を変えずに歩んでいるのはもう一人の、その身に似合わない厳つい眼帯を付けた小柄な女性。体つきこそ少女のものであるが、その精神性が女性と言って差し支えないものであると俺は知っている。それは体質によるものか、やはり――戦闘機人というものは成長も特殊なのか。
「私は大丈夫だ、先に進んでくれ。メリアーゼさん」
かつて時空管理局の敵だったと言うが、その言葉にはまったく悪意がない。むしろ信用の気配すら見て取れる。
しかしそういう態度も信頼しきる訳にはいかなくて、自分が悪い奴になった気分になってしまう。木の根を踏み分けて先に進みながら、ひっそりと溜め息が出た。
更生プログラムの一環である、という事だった。今回の件は俺やフェイト以外にも多角同時的に事が進行している。つまり、一つ一つの重要度はそれほど高いとは言えず、また何かあっても管理外世界、そうしてフェイトが後れを取る事はない。
そんな諸々が重なって、既に監視付の外出ならば許される程度にプログラムを終えたチンクという戦闘機人が俺達と同じ任務に就く事になったのだ。
「ファミリーネームはなく、ただチンクです。今日はよろしくお願いします」
更生しようとしている犯罪者には偏見なく接するようにしている俺ではあるが、それは流石に驚いた。戦闘機人という奴はかなり機械的な部分が大きいのかと思っていたら、その態度は非常に人間的で粛々としている。見た目については事前に資料で知っていたが、やはり直接接して見ないと分からない事もある。
「よろしくね、チンク」
「あぁ、よろしく」
プログラムの過程で何度か会っているという二人は親しげに挨拶をかわす。少し前までは敵同士だったろうに、凄いな。俺とジョージじゃあるまいし。
並んでいる二人を見るとまるで親子のような体格差ではあるが、かなり対等に近い関係で接しているように見える。
「タロー・メリアーゼさんか。不思議な響きの名前ですね」
「管理外世界出身ですので。……あと公の場以外じゃタメ口でいきましょう。フェイトとそうなら、わざわざ分けるのも面倒です」
「ふむ――では、そうするか。貴方が気安い人間で助かったよ、メリアーゼさん。私としても、犯罪者として監視され尽くしよりはこちらの方がやりやすい。仕方ないとも思っているがね」
もう片方の目が機能していればウインクでもしていたのだろうか、チンクは微笑んだ。友好的な態度だ。俺としても、自分を卑下していたり警戒し続けていたりするよりはこちらの方がやりやすい。
完全に信頼している訳ではないが、フェイトが信じている以上それほど警戒もしていない。彼女を完全に騙しきって友人関係を築けるぐらい狡猾なら、俺も見破れないと思うしね。信用はするが信頼はしきらない、その辺りのラインでいいだろう。
この日の目的は顔合わせ程度の物だった。彼女の寝起きする場所は未だ隔離施設である。ある程度の作戦の摺り合わせも終えて、しばらく。チンクが呟く。
「メリアーゼさん、私の『家族』の事を知っているか?」
頷く。かつてナンバーズと呼ばれた、JS事件における管理局の敵だった少女達。スカリエッティの生み出した戦うための人造魔導士だ。
「姉は……一人は死に、他は全て更生プログラムを受けていない。つまり、新しい人生を前向きに歩もうと思う中で、一番上の『姉』は私なんだ。私が妹達に道を示してやらねばならない。管理局へ協力する事、その後の外での生活、そういうものをな」
チンクは深々と頭を下げた。それもやはり体系に似合わない大人らしい所作であった。
「私も真っ当な生き方はしてこなかった身だ。色々至らない所はあると思うが――今回はよろしく頼む」
やっぱりおれは、こういうのに弱いのだ。
道なき道を歩きやすいようにするのは俺の仕事だが、辿り着いてからは彼女らの仕事だ。
迷彩と魔力的偽装が施された奴らの拠点を偵察、今の戦力で十分征圧可能と判断した二人は既に踏み込んでいた。俺の仕事はいざという時の為の退路確保、それと敵を逃がさない事だ。とはいえ、飛ばれると無力なのでそちらはついで程度でしかないが。
最近ジョージ相手やあの思い出したくもない管理外世界で粋がっていたせいで実感する機会はなかったが、やはり俺はこのような場では戦力外だ。防御系の魔法にも時間がかかり対費用効果が悪いせいで、食らうと一撃で死に得る。俺を気に掛けるぐらいならいない方が楽だろう。
中では戦闘が始まっているようで、散発的な地響きや轟音が聞こえる。事前偵察の結果が確かならば、楽に片付いてしまうだろう。
自分の能力については割り切って生きてきたつもりではあるが……やはり、こういう場に立つと悔しくてたまらない。才能も努力もない自分が何をとは思うが、それでも心臓がばくばくと焦燥感を訴える。
俺は、俺のやれる事を、やっている。それは俺のやりたい事で、俺は大人らしく、自分の意思で、自分の人生を、ちゃんと歩んでいる。言い聞かせる。飛び出してしまわないよう、やけっぱちにならないように言い聞かせる。
この日からしばらくの間、俺は直接戦闘を主に担当するチンクとフェイトのために、二人とチームを組んで細々とした事を片付けた。
自分がひどくちっぽけな人間に思えた。なのはちゃんへの片思いも、とてもおこがましいもののように感じ始めた。
二人の事は嫌いじゃない。誰の事も嫌いじゃない。強いて言うならば、嫌いなのは自分だ。そういうネガティブな事を思ってしまう自分だ。やはりコンプレックスはそんな簡単に克服できるものじゃなかったらしい。
そうこうしている内に、事件は一応の解決を見せ、対策チームの規模が縮小されることが決まった。
「チンク姉さんにかんぱーい!」
「かんぱーい!」
居酒屋「のむらや」、麻薬の発生源こそ突き止められなかったが管理局に輸出される主だったルートは全て潰し、俺達対策チームは打ち上げをしていた。数十人の管理局員で予約を入れた今日の「のむらや」はその一角がほぼ貸し切り状態だ。
なお対策チームに参加していたヴィータさんファンの一部がチンクのファンに回ったせいか、乾杯の音頭は彼女の名前であった。当の本人は「恐縮です」と小さくなってノンアルコール飲料を手にしていた。呑んだ事がないので、万が一にも問題を起こしたくないとの事だ。律儀である。
いつもより賑やかな「のむらや」で枝豆をつまんでいると、急に背中を強かに叩かれた。
「よっ、タロちゃん。元気してるか?」
「八神さんですか」
あまり共に行動する機会はなかったが、彼女はこれでもこの対策チームで副官を務めていた。ルートの割り出しなどに大きく貢献していたのだろう。
労いの言葉をかけ、彼女とグラスを合わせる。米酒であった。
「……八神さん、味分かるんすか?」
「え、うん」
きょとんとした顔をされた。人は見かけによらない。
「なのはちゃんはお酒あんまり呑まんし、フェイトちゃんはわりと口がおこちゃまよなぁ。でもほら、私は家に呑める人がおるから」
「ちょっと、お子様って」
八神さんの言葉を聞き咎めたフェイトもこちらに寄ってくる。綺麗所二人だ、お近づきになりたい人間も多い――俺の周りは俄かに騒がしくなる。
しかしこの空気、ネガティブになった俺には辛い。勿論そういうつもりではないだろうが、フェイトや八神さんを褒める言葉がそのまま「お前は場違いだ」という言葉に聞こえてしまう。実際、この中で一番魔法が苦手なのは俺だろう。
「すんません、八神さん。気分が悪いんでちょっと抜けさせてもらいます」
「ん、大丈夫なん?」
「すぐに戻りますんで」
結局、俺はその場から逃げた。チンクは囲まれて凄い困っていた。
「のむらや」のある路地から抜ければすぐ傍に公園がある。こんな夜中に子どもがいるはずないし、都市部に近いここではホームレスなんかも排除される。盛り上がったカップルなんかがいる可能性は否定できなかったが、幸い今は誰もいない。
ベンチに座り込む。冷たい空気で頭が冷える事を願うが、中々そうはならない。ヴィヴィオに偉そうなことを言っても、俺もまだまだ割り切れないガキだ。
「タローさん?」
かけられた声に振り向くと、そこにはフェイトが居た。何故、と思うもここに居る理由は一つしかない。抜けた俺を追いかけてきたのだろう。
悔しい。少量だが頭に酒がまわっているんだろうか、フェイトの顔を見るだけで劣等感が刺激される。
「別に、宴の中心がこんなお情けで管理局員になれたような奴を追いかけてこなくても良かったのにさ」
思わず憎まれ口が口を突いて出た。
一瞬驚いたように動きを止めたフェイトは、しかしそこでまた口を動かす。
「……っ、そんなこと」
「あるよ、分かってるんだ。自分でも。実際、仕事はやれてる。でも騙し騙しやってるだけだ、魔法が苦手っていうのは致命的なんだよ。家族のおかげでちゃんと見てもらえただけだ、普通の人が通る杓子定規な試験じゃ俺は落ちてる」
管理局で働く上で必要最低限の魔法は使える。だがそれだけだ。魔法のエリートが集う管理局にその程度で就職できる訳がない。俺は自分に評価される所がないとは言わないが、前提の時点で躓いているはずなのだ。
「タローさんにも、いい所はあるよ」
「なんだよ、慰めなら……」
「チンクを、すぐに受け入れてくれた」
即答、だった。一瞬思考が止まる、その間にフェイトは俺の隣に座っていた。
「タローさんが知ってるかどうか分からないけどね。私と、なのはと、はやて。三人の中で全然普通の子っていうのはなのはだけなの。凄く才能はあったけど――それだけ。それだけの、普通に暮らしていれば管理外世界で普通に育っていた女の子」
そうして間近で、微笑む。
「でもなのはは色々あった上で、私の事もはやての事も友達って言ってくれて、本当に何の含みもなく一緒に居てくれる。それがなのはの、一番凄い所だと私は思うんだ」
そういう事を言うフェイトも十分に尊敬できる人間だと思うが、その言葉には言葉以上の想いが込められていると俺にも分かった。
思わず黙り込む。フェイトの声は柔らかいが、有無を言わせぬものがあった。
「だからさ、タローさん。私は、悪い事をした人を叱れるけど同じだけちゃんと受け入れられるタローさんが好きだよ。……あっ、勿論恋愛とかじゃなく、友達とかの意味だからね?」
照れたように言うフェイトから、やはり目を逸らしてしまう。
そんなんじゃない。俺は昔グレていたし、死に掛けた所をわざわざ救ってもらったんだ。だから同じ分だけ誰かに返すのは当然の事だし、誰かを自分以上に恨む謂れもない。ただ、それだけなのだ。
ちらと見ると、フェイトがこちらを窺っていた。
「……タローさん、その顔は『自分はダメだ』って思ってる顔でしょ」
「だって……その、もしそういう風に俺の性格が良くてもさ、落ちこぼれなことに変わりはないんだから……」
「もう」
しょうがないなぁ、という風に溜め息を吐いて――フェイトは、便箋を取り出した。
「本当は全部終わってから伝えるつもりだったんだけど……今回の件はね、チンクの試験でもあったけどタローさんの試験でもあったんだ。あ、勿論仕事をきちんとやるのは当たり前として、その上での適性の見極めをしてほしいって」
そこに書かれていた文字は『異動通知』。この流れならばフェイトのという事はないだろう。俺、なのか。
俺は、どこだか分からないが――どこかで必要とされているのか。
「確かにタローさんが管理局に入ったのはコネのおかげかもしれない。なのはに出会えたのも、ただの偶然。でも、今からでも遅くないと思う。その全部に自信を持てるように、頑張れば……って、えっと、ちょっと偉そうだったかな?」
はにかむフェイトの手から、その異動通知を受け取って。
この日から俺は新しい一歩を踏み出したのだった。
長かった戦い(三話)よ、さらば!
この後にエピローグ的なものが入って第一部終了です。第二部はぴょーんと飛んでvivid辺りの時間軸
どうでもいいですが、物語に直接関係ない誰が出てもいい所は友人にダイスを振って決定してもらったりしています。例えば八神家に出向く前に八神家の誰に出会うかとか、今回の話でナンバーズの誰と会うかとか。
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