装甲悪鬼伝 Fullmetal demons saga   作:物数寄のほね

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Nitor+様、設立20周年。
装甲悪鬼村正、発売10周年。
お祝い申し上げます。


蛇足篇・前

「……侵入者?」

 

傭兵帝国が渉外担当――オーリガ。

その彼女が報告を受けた時、短く無い前松大島での日々の中でも前代未聞の内容……商売柄、昼夜云々程度で来るものを拒むような処ではないが……に加え。

夜更けにアポもなしで(彼女も女性である)起こされたという事も相まって、その端正な顔を疑念と僅かな不満で歪ませた。

 

 

――遡ること一週間程前。

 

陸奥國を標的とした露帝の大規模な軍事侵攻に先んじて行われた、函館の在留露帝軍に対する武帝の先制攻撃。

 

それは戦、と呼んで良いものだったのか。

 

鎮守府への根回しも事前に終え、何処からも何の横槍も入ることはないと、此れから赴く勝ち戦を前に高揚し浮き足立っていた函館に展開された露帝の部隊。

そこへ行われた奇襲は、その場に居た露帝軍に限って言えば全く想定していなかった事態であり、『自分達が攻撃を受ける』という状況に浮いた足をそのまま掬われる、どころか『持っていかれる』結果となった。

 

軍事的な言葉を並べるなら、全滅を通り越し、壊滅……部隊機能の五割を不全に持っていく大損壊を受け、当然陸奥國に対する侵攻は中止。

どころか、露帝軍は戦力の立て直しに迫られ、蝦夷においての戦線を函館から大きく引き下げる羽目となる。

 

対する武帝側の損害といえば、数組の武者が、半月程十分な戦闘を行えなくなった『だけ』であった。

そしてその後始末。思い違いを起こしていた陸奥國の知事による嘆願に対する、陸奥國の住民への『戦後処理』。

 

それらのに関する報告のまとめを滞りなく終えたばかりの、数少ない文官であるオーリガは、与えられた仕事に対し十分な休息を取る事が出来ていない頭脳を動かし始めた。

 

 

 

「はっ、定時の哨戒任務中、東部の海岸線にて男が一人。

 凶器の類は勿論の事、周囲に船舶の類はおろか上陸や通信の為の装備も見当たらず。

 妙に落ち着き払った態度で、何を問うても『武帝の元へ連れてゆけ』の一点張りでありまして。如何したものかと」

 

事の次第を聞き終え、齎された情報からその侵入者なる男が何者で、どういう目的を持って此処まで来たのか、反射的に彼女は幾つかの憶測を立てた。

 

依頼者。

 

であるならば、事前にアポを取る。

或いは此処へ直に依頼を持ち込み来たと言うならば、此方を混乱させ、悪戯に時間を浪費するような余裕も、その上でそんな真似をする意図もありえ無いはず。

 

己の腕を『売り込み』に来た。

 

だが戦場を求める武者ならば、目に見えて判りやすく『武』に殉ずる事を示す証左であり、己の誇りでもあろう得物を伏せるというのも不自然。

 

何らかの軍事行動に基づくものか?

 

仮に敵情視察、斥候偵察の類であるならば、穏行がお粗末などというレベルではない。

もし何らかの意図を持った撹乱であるというならば、彼女自身には効果覿面であったかもしれないが。

 

 

ならば、私怨、怨恨絡みの復讐、暗殺。

 

此処『傭兵帝国』は、今や恨みを売りつけることを生業としているといっても過言では無い。

もっとも、だからといって寸鉄も帯びぬ生身の人間が、真打武者の巣窟たるこの島に来て何ができるかといえば、矢張り不意を討つ位が妥当でしかなく。

ならば如何に傍近くに寄れようとも"武帝"との謁見を申し出たところでどうすることも出来ない。

 

いや、そもそもが如何にして、真打武者達の警戒網が巡らせてあるこの島に、何の装備も無い人間が上陸することが叶ったのか?

 

いっそ馬鹿げた、与太話じみたその報告から得られる情報は少なく。

そのような報告しか出来ない程に問答仕事を不得手とする無骨者が大半のこの島だから、自分の様な渉外担当などという者が一々必要とされているのだ(……)などという脱線した思考を打ち切って。

結局の処、彼女が打ち出した結論は至極単純な処へ行き着くこととなる。

 

「――いずれにせよ、此処が"武帝"である限り我等が"武帝"の命無しには如何ともし難いな。

 報告は私が、然る後、"武帝"自らのご裁量を仰ぐ事としよう」

 

そう言って、扉越しに報告をさせた武者を下がらさせた彼女は、寝巻きから仕事着へと着替え始める。

何時の間にかその胸中に言い知れぬ胸騒ぎを覚えさせたまま。

 

 

 

 

 

 

  ― ・ ― ・ ―

 

 

 

 

 

 

 

「お連れ致しました、"社長"」

 

 

 

上座にて悠然と座す主を仰ぎながら、深夜にも拘らず侵入者の報を受け『応接間』に居並ぶ"武帝"の仕手達や劔冑達。

その内何名かは、既に装甲した状態で居並ぶ真打武者達を前に、オーリガは主命の完遂を報告する。

 

何もかもが何時もと違う状況に、ザラリとした居心地の悪い感覚を覚えながら、いつもの如く"武帝"と客とを取り次ぐ立ち位置。

ではなく、侍り居並ぶ武者達の列の傍に身を滑らせる。

 

侵入者の件を直に報告した彼女は、その場に至るまでに思いついた侵入者に対する幾つかの対処を進言しようとした。

ところが驚くべきことに主自ら、件の侵入者を己の許へ連れてくるようにとの下命を賜った。

 

常より、仰がれた是非の判断に応える事の多かった受動的な"武帝"の姿を、傍近くで見てきた彼女からすれば、命を下されるというだけの事でも、驚きを覚えるには十分な出来事であった。

 

その違和感が故、チラと、窺うようにして彼女は上座を仰いだ。

 

其処に見えるのは戦風血渦の吹き荒れる現代において、武威の象徴が一つとして挙げられる傭兵帝国。

その頂点に立つには些か似つかわしくない、若輩としか呼べぬ相貌。

しかして、その見た目とは不相応に、"武帝"の名に相応しい武威を備えた傑物が、常の如く人並み外れた言い知れぬ何かを纏い君臨していた。

 

微塵の揺らぎも見て取れないその"武帝"の様子に一抹の安心を得て、オーリガは『応接間』の入り口に視線を移す。

 

側付きの真打武者達の手によって開かれた重厚で、しかして無骨な鉄扉が重々しい音を立てる。

遅れて、見張りの真打武者に脇を固められた状態で件の侵入者が姿を見せる。

 

 

 

只人にしては落ち着いた、随分と映える身のこなし。

かといって、武人というには余りに落ち着きの過ぎる態度。

 

その姿を見たオーリガの心中に浮かんだのは矛盾した二つの印象であった。

どちらもこの"武帝"においては余りに不自然な雰囲気であったからだ。

 

依頼者らしき盛衰や生死に対する興奮や焦燥。或いは武人であるならば多少なりとも覚えるであろう、真打劒冑への興味。

そのどちらも見受けられない侵入者は、ある一定まで進み出た処で、指図を受けるまでもなく自発的に歩みを止めた。

 

侵入者が歩みを止めた意味を如何にとったのか。

監視役の武者達は、一定の間合いをとりながら、武帝と侵入者の間を遮らぬように壁を背に侍り、侵入者の護送から主の護衛へとその対象を変えて役目を移る。

 

ややあって。侵入者は視線を上げ。

 

"武帝"と侵入者はようやく初めて、真正面から対峙し、俄かにその双方が対照的に表情を崩した。

 

 

 

方や郷愁と喜悦を。

 

方や驚愕と憤怒を。

 

 

 

俄かに、両者より強い感情が露となるが、それも僅か一瞬のこと。

"武帝"は微かに目を細め、常より浮かべる泰然自若とした笑みへと表情を戻し。

侵入者もまた持ちうる理性を総動員してか、嚇怒の侭に振舞うことも無く、些か今度は自虐めいた笑みを浮かべるばかりであった。

 

 

 

似て対なる表情を付き合わせる二人。

その間にふと流れだすのはクツクツと、地の底より湧き立つかの如き、面を付き合わせた二人が上げる、気を病みそうな静かで煮詰まった哄笑。

 

 

 

それは武帝付きの文官として武官達に混じり生活してきたオーリガをして。

そして有事に備え、その場に居合わせた千軍万馬の古強者達……折に触れ、"武帝"の武威を身に染みて理解している真打武者達でさえも。

例えば驚愕であれ畏怖であれ何らかの衝撃を抱かさせるだけの様相であった。

 

互いに同輩達の心情を機敏に察したのは、矢張り誰もが千金に値する兵達であるからか。

盛んに交わされる金打声での囁き、身じろぎを上げる度に起きる甲鉄の音で俄かに騒ぎたつ広間。

そのざわめきも、端を発す二人の密やかで凄惨な哄笑が終わりを告げると、潮が引くかのように静けさを取り戻していった。

 

かくして、"武帝"は変わらず、人外じみた笑みを浮かべ。

対する、侵入者は表情を消し、己を見下げる帝と今一度、視線を交えた。

 

                 

 

「久しいな」

 

 

張り詰めた空気と共にその場に生まれた静寂を破り捨たのは、そんな"武帝"の何気の無い呼掛けからだった。

果たしてそこには如何な、どれだけの意味が込められてか。

威厳と、それとなしに匂わせる因縁の込められたその一言。愉しげな響きすら覚える武帝の一言。

 

 

「……普陀()の、あの一件以来になる」

 

 

対する侵入者。

その表情を僅かに歪めどこぞに視線を泳がせながら、幾許かの思いを滲ませた、自虐と苦渋の混じった音声(おんじょう)と貌で答えとする。

その様を少なくとも不愉快とは捉えず、かといえば嗜虐を匂わせることも無く、武帝は見下ろし再び開口する。

 

侵入者が言ったのは鎌倉に存在する六波羅幕府の山塞、では無く。

国紀二六〇〇年、外暦にして1940年は11月30日。

その未明にて、GHQの相模湾での遭遇戦に端を発する、『落』ちぬ『楽』土であるはずの普陀楽で巻き起こった戦闘。

それを指して六波羅の圧政を快く思っていない民達が囁く、GHQと六波羅との間に発生した一連の戦闘の呼び名であった。

各公方府への電撃作戦を成功させたGHQにより、四公方領の六波羅軍と戦力的に分断された普陀楽山塞は、駐留させてある戦力のみでの籠城戦を強いられる事となった。

結果として、銀星号の突然の――ごく一部の人間にとっては予定通りの――出現と、その後強行投下された国連の新兵器・鍛造雷弾との相打ち。現れた金色の"神"が齎す被害。

加え六波羅側にいたっては六衛大将領の暗殺と、両軍共に想定外の大損害を蒙り、なし崩しの内に戦闘は終結した。

 

 

 

「ふむ。こうしていざ再び見えんとなるとは、以外ではあったが存外に」

 

「悪くない、とでも?

 意外ではなく必定。存外に等と、虫唾が走る。

 そもそも、此処へ呼び出したのはお前だろうに」

 

 

吐き捨てるように、けれど語勢を荒げる訳でもなく。

武帝の言葉に言葉を重ね、重く深く押し潰し沈めながら。

瞳には獰猛な、牙向く獅子もかくやという程の意志を揺らめかせて。

侵入者はそんな、低い唸りを上げた。

 

 

 

「それこそ存外、ここは"武帝"だ。『武』を求める者達が縋る奈落の社。

 人死にを願う者達を迎え入れよう。不用意に剣先を向けるような者達を拒みはしよう。

 けれど自ら何人を喚び寄せる事等ありはせん」

 

「――そうだな。それが過程であれ終着であれ、此方にしてもこうも性急に此処へ来る心算は無かった」

 

 

 

武帝の口から発せられた明確な否定ではなく、言外に指す処に同意を返して。

侵入者は一度、その瞼を伏せ、再びその視線を――

 

 

 

 

「此処に到るまでに幾度か耳にした噂がある。

 武帝の居城に攻めかかる者を襲う、()()()()()()()()()()神風の如き大時化」

 

 

 

 

 

 

侵入者の口から滔々と告げられるそれは、"武帝"に纏わる噂話。

 

 

一つ。

 

 

"武帝"という集団の存在を世界が認知し始めた頃。

東西問わず真打劒冑のみで構成された軍事力、等という冗句めいた代物を、脅威的、もしくは魅力的と捉えてか。

最近接たる大和、露帝、大漢を始めとする国家、GHQといった軍事組織等はこぞって、その本営たる松前大島に大なり小なり組織立った侵攻を差し向け、そしてその全てが徒労と相成ることになった。

 

"武帝"の名が示すように、その世界最高の質を誇る武力を前に、その何れもが真っ向から退けられたか?

 

 

否。

 

 

何れの場合も、艦隊や飛行船団が侵攻する度に限って、松前大島近海は異常気象と呼ぼうとも差し支えの無い大時化が起こり、彼の地に踏み入るどころか、その影すら捉える事無く。

かくて、甚大な被害のみを手土産としておめおめと引き返す羽目となるのだ。

 

それはかつて、二度の元寇より大和を護ったとされる神風の如く。

 

 

 

 

そしてもう一つ。

 

 

 

「依頼によって生じた戦死者と同じ数だけ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

傭兵帝国"武帝"を指して、呪われた軍団と言わしめる由縁。

 

"武帝"の戦は、対するモノにも組したモノにも勝利も敗北も齎さない。

戦場で殺した敵の数だけ、その武力の与力を求めた者達をも殺す。

 

如何なる理由、思想、背景、その全てを問わず武力を貸し与え。

男女、老若、貧富、賢愚、そしてその善悪を問わず、その掟を為す。悪魔の取引、祟り神の所業。

 

 

 

 

「その戒律をして、武帝の軍は自らこう謳う――」

 

 

 

一泊の、間。

次の句を吐き出すためにどれ程の思いを必要としたのか、一度口を噤む『侵入者』。

対して、張り詰めた緊張に恍惚とした態を魅せながら、侵入者の言葉を待つ武帝はそして。

 

 

 

『――()()()()

 

 

 

重なる二人の声。

武帝と侵入者の放った言葉は、まるで打ち合わせられていたかのように、全きにずれの無いその一連。

その言葉を切っ掛けに。

 

 

武帝と、侵入者は、視線を――死線を交える。

 

 

瞬間、帝座の間に戦慄が降り立った。

幾多の死線修羅場を潜り抜けてきた古強者達のみならず、遥かに長くその魂魄を甲鉄に浸し、その覚悟を心鉄に打ち込めた劒冑達もまた。

武帝と侵入者が紡ぐやり取りが、その様相を変え始めたのを感じ取ったのであった。

 

 

 

 

 

「善悪相殺、憎き者を殺したならば――」

 

 

「――返す刃で愛する者をも殺すべし」

 

 

 

連歌の如く謡われる、それは戦いの一真実。

それは客観した事実、主観に基づく真実。

 

 

 

「事実である以上、それは一遍の曇りなく正しい」

 

「真実であるが故に、その理に過ちは見取れない」

 

 

 

符牒合わせの様な、しかして互いが言葉にこめたる想いは鏡合わせの如きソレ。

その応え合わせを交えた上で武帝は朗々と宣言する。

 

 

 

「故に、我等"武帝"はその理を武によって体現し、争いを為すものは元より、天下に遍く生ける全ての者にこれを知らしめる。

 武を以って、天下にこの理を布く!!」

 

「天下布武。帝を名乗りとするだけの事はある。神を気取るか、お前がっ!」

 

 

 

――中世西洋、基督教権勢下において、王権……ヒトがヒトを統べる権能は神より授けられて始めてその正統を明らかなものとする、『王権神授』の理が在った。

 

対して、十字の教えが生まれ伝わるより以前からヒトの手によりヒトを支配してきた地。

例えば大漢の『皇帝』。そして大和が『帝』等は、己自身のルーツに天、すなわち神威を背負い、此れをして権力の証左とした。

 

帝という名乗りを大和に地て表すという事、その意味するところは次のようになる。

 

『王』が神から権威を授かるものだと言うならば。

『帝』の名乗りを上げることは、己を『神』と称するに等しいと言えよう。

 

帝を名乗り、武を……『命の遣り取りを以って』天下に理を布くという武帝に対する侵入者の皮肉。

それを――

 

 

 

          「『人でなし』の身には相応だとは思わないか?」

 

 

 

武帝を称するソレは事も無げに受け止めて、まるで蕾が綻ぶようにして、酷く可憐に。

 

 

 

「もとより()()()()()()が勝手に畏れ、呼び、付けた名だ。

 月は砕かれようとも、未だに月の名を失わなぬ。

 その見てくれや実態が、そう呼ぶ者の思い描くどれと違えていても、その本質は中々にして変わるものではない。

 そうだろう"   "?」

 

 

 

    ――ワラッタ。

 

 

 

 

 

                     

  ― ・ ― ・ ―

 

 

 

 

 

玉座の間での一連の遣り取りを遠巻きに眺める一つの影が在る。

 

その影は、問答を交わし合う己の『御堂』の身を案じながら、一人息を潜めていた。

 

御堂の周囲で動揺している真打武者達は、本来ならば四方八方に仔細漏らさず意識を張っていなければならない筈であった。

幸か不幸か、二人の問答を前に集中力を欠き、意識の大半をその二人に持っていかれている。

 

幸いである、というのは、己が知覚できる範囲内で、未だ己の御堂に害を為そうとするもの、或いはは害と成りえるようなモノが、未だ決定的な動きを見せていないこと。

そして今尚そういったモノに対し、何の邪魔もされずに警戒を行えること。

 

不幸である、というのは、己自身もまた二人の遣り取りに幾分か意識を裂き、ともすれば引き込まれてしまいそうになってしまうが故。

 

己自身も、二人の話に全くの関わりを持たない訳ではない、どころか。因縁深き身である。

そう判っていて、自分と同じか、或いはそれ以上に、己が御堂の因縁深さを知っているからこそ。

今はその身を晒さずに、単身での立会いという危険を孕む、主の望みを受け入れた。

 

だが、それも此処までか。

 

言の葉という刃を交し合う二人の間で飛び出した『名』に、終着の兆しを見た影は。

直ぐにでも主の元に行ける様に、そのカラダに力を蓄え始めた。

言の葉による演舞の終幕。即ち、各々の『武』を用いた、闘争の始まりに備えて。

 

 

 

 

 

  ― ・ ― ・ ―

 

 

 

 

 

湊斗景明は思考する。

湊斗景明は仮定する。

湊斗景明は想像する。

 

もし、湊斗景明が『湊斗景明』でなければ。

 

 

『湊斗景明』の悲劇は起こらず、『改次郎』は今とは違う真っ当な道を歩んでいた。

『湊斗景明』は宿業を背負わず、『改次郎』が苦悩の日々を送る事は無い筈でいた。

『湊斗景明』が悪鬼へと変じず、『改次郎』は人として生きてゆく事が出来ていた。

 

その夢想とも空事とも尽かぬ"もしも"は、少なからず湊斗景明の慰めと成った――

 

 

 

――総じて、否。

 

――断じて、否。

 

――信じて、否。

 

 

そのような夢想は湊斗景明にとって慰めなどには絶対にならない。

そのような空事が湊斗景明の可能性であるはずが無い。

 

 

『湊斗』景明であったから悪鬼へと成り果てたわけではない。

彼はそう信じた。

 

『湊斗』景明が悪鬼を産み育んだ訳ではない。

彼はそう信じた。

 

『湊斗』景明が悪鬼である筈がない。

彼はそう信じた。

 

 

生来の悪鬼が、人並み以上の愛と慈しみの中で育てられたから。

どこぞの筋者も凡俗と見誤るほどに、出来た教育を施されたから。

 

湊斗の家族を与えてくれた父が。

自分なぞには過ぎた情と、高潔な教えを与えてくれた母が。

そして、何に代えても護りたいと、心の底から思うことの出来る愛する、そして愛してくれた妹――■が。

 

遠く遠く、最早手に取ることは叶わぬ暖かな過去が、『家族』があったから――

 

――己の中に巣食うモノが邪悪であると、断じる事の出来る正しさを。

  それを信じる事が叶うだけの心根の強さを、『湊斗』景明は育まれ与えて貰えたのだから。

 

『湊斗』景明だったから、景明と触れあった誰もが、彼を愚直で不器用な『人間』だと勘違いさせたのだ。

 

 

『改次郎』こそが悪鬼だった。

   

   『改次郎』こそが悪鬼である。

     

      『改次郎』こそが悪鬼と生まれた。

 

 

彼は、そう信じることが出来た。

 

 

「ああ、そうだな――」

 

 

故に、"湊斗景明"は衷心より同意する。

モノの本質は、そう容易く変じることが叶うものではない、という"武帝の言葉"に。

 

 

 

 

 

 

 

  ― ・ ― ・ ―

 

 

 

 

 

 

「そうだな、"銀星号"」

 

 

 

"侵入者"の口からまろびでたその一言が、場の緊張を一気に沸点へと押しやった。

 

未だ装甲を為していなかった兵達は各々が装甲の構えを取り。

真打武者達は己が得物に手を掛け、中には抜き放つ者、直ぐにでもそっ首を叩き落さんと構える者も出てくる。

 

彼らが首魁と仰ぐモノが何なのか、彼ら自身、誰が何処まで承知しているのかは定かではなかった。

 

武帝の正体を知る一部の人間は、彼の"侵入者"の目の前で一度たりとも装甲、どころか得物足りえる寸鉄一つ見せてもいないというのに。

当の武帝に向かって、その名前を出したというという事により、侵入者の意図におおよそのあたりを付けた。

侵入者と武帝の因縁など詳しいことは何も知らぬし、武帝となる以前の銀星号の来歴など、噂話程度でしか彼等は知らなかった。

 

それでも単身でこの傭兵帝国に乗り込んでくるような、峻烈な復讐者生むには十分すぎる所業を、自分達の首魁ならば為せると信じているが故に。

その武帝の前に堂々と姿と目的を曝すという事は、即ち何らかの勝算を持ってこの場に臨んでいると見て間違いは無いはずと考え、故に未だ生身の相手であっても武者としての全力をもって対処をする為に装甲をした。

 

或いは、二人の間にある事情を知らずとも事の次第を重く見た者達、それらに引きずられるように装甲する者達、といった『装甲した武帝の姿を知らぬ者達』も含めて。

 

 

「まあ待て、お前達。此れはおれの客だ、悪戯に手を出すような真似は止せ」

 

 

しかして、いきり立つ武者達に、久方ぶりの逢瀬に水を差されたくは無いと"武帝"が制するよう求める。

それにより殺気立つ数多の武者達に囲まれて、未だ寸鉄帯びぬ二者は言刃(ことば)の交錯を激化させてゆく。

 

 

「余りこいつ等を刺激するような物言いは止せ『景明』、そもそもそんな仰々しい呼び方をせずとも、只『名』を呼んでくれる方が、おれとしても嬉しいのだがな?

 先んじた通り、体はどうにも人中より大きく外れたようだが、中身の方は光のモノが強いぞ。

 無論のこと、おまえを慕う『心』も、確りと残っている」

 

「……だろうな。業腹だが、そうでもなくては納得がゆかん。

 姿形は置いておくにせよ、少しでもお前が、『俺が想うお前』でなくては。

 亡者が二人、歪んだ貌を付き合わせえるこの状況にな」

 

 

ほう、と。感嘆の息を漏らす武帝を、いまやありありとした殺意を隠そうともせず睨み付けながら。

侵入者――湊斗景明は、"武帝"――湊斗光への愛の存在を肯定する。

 

 

「獣畜生とて、父は殺せど母は殺さぬ。成る程、流石は噂に名高き悪鬼。 

 仕向けたおれが言うのもアレだが、産みのソレでは無いにしろ、母をも手に掛けた畜生足らずだけのことはある。

 己が血肉を分けた相手であるなら、神と()()となろうとも、世にその存在を感じ取るとは。

 おれに対する真の愛、それが未だ健在であるとは……嬉しいぞ、おれの景明よ!」

 

「この際否定はせん。

 その『愛』が俺とお前の世界を殺し、俺とお前の周囲を殺し、俺とお前を殺しあわさせその上。

 俺を斯様に無様な生で縛り上げようとも。貴様の現存を知らしめようとも」

 

 

 

淡々と、滔々と。怨み言のように吐き出される言葉。

そこに景明は激昂しているほうが余程の自然な程の、苛烈な感情を押し込めて、説く。

 

 

 

「こうして、今再び此処で殺しきる機会を押し付けてくれる。

 俺の家族を、二度も殺めさせてくれた理によって、な」

 

 

 

勢洲右衛門尉村正一族をして、南北朝が地獄の中に見い出せし理、善悪相殺。

そして、その仕手たる悪鬼が生殺愛憎の矛盾と葛藤の果てに生んだ魔剣理論(システムオブアート)、装甲悪鬼。

 

三世右衛門尉村正が仕手、湊斗景明が『湊斗景明への憎悪』を以ってして。

『湊斗光への愛情』に応じて振るわれた、魔剣。

 

 

 

 

 

 

 

 

その、逆説。

 

 

 

 

 

 

 

あの時、仕手の命脈が絶たれた事で彼の纏う村正の理は確かに発動した。

それは何より湊斗景明の死亡を証左するものである。

 

けれども。

 

理に則るならば、憎き相手を憎きままに殺したというのに、村正の仕手が何をもってしても己の手で死を手向けねば成らぬ筈の、愛しき者が死していない。

 

その様な状況を何より、『妖甲村正』が、況やその呪いじみた理が許すはずも無く。

例えその仕手が、心臓を穿たれていようとも。理が成就するそのときまで、理が仕手に死という安息を許さず、殺人を強制する。

殺人の如何に罪深いかを世に、そして何より凶刃を執った当人に刻み付けんが為に、理の履行を求める。

 

 

 

    

例えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でも、だとか。

 

 

 

殺しきり、死にきる為の生を強制する。

 

 

是、正しく呪。

 

 

 

「お前と俺、互いに既に死した身。であるからには支払われるモノは最早犠牲ともいえぬヒトガタの妄執。

 是を断てば、消えてなくなる事はなかろうとも、少なくとも、天下にこれ以上の争いが増えることはなくなる。

 亡者が、生者の営みを害してよい筈もなし」

 

 

「……ほう、よもや今更に、英雄なぞを気取るというのか、景明?」

 

「まさか、ただ信じ抜くと決めただけだ。己の中の邪悪を。邪悪を為そうとも果たしたい願いを」

 

 

 

そうして湊斗景明は、凄惨に嗤った。

 

 

()()()()()()

 

 

それは夜叉のごとき、血涙と悲哀を滲ませるようなモノでもなく。

それは修羅のごとき、喜悦と独善にて染め抜かれたモノでもなく。

 

それは――

 

 

「一身上の都合により、貴様を殺害する」

 

 

それは言わずもがな。

己が背負う余りにも残酷すぎる宿業に挑む、悪鬼の笑み。

 

 

 

そうして、その場の緊張は決定的な意思表示が為された事に端を発し、遂に、弾けた。

 

            

 

 

 

既に事構えていた者達は合当理へと熱量を叩き込み。

最後まで得物を抜かなかったものも、今や鞘走りの音を高らかと上げ。

ようやく装甲ノ構えを取る者達も急ぎそれらに追いつかんと誓句を謡い。

 

侵入者へと、一騎当千の武者たちが殺到する。

 

――筈で、あった。

 

 

 

「――鬼に逢うては鬼を斬る」

 

 

 

鬼面と化したその陰惨な面に手を翳し、装甲ノ構えを取る侵入者。

傍らには、何時の間に現れたか、紅く光る蜘蛛の化生の姿が在り。

 

 

                  

                    「仏に逢うては仏を斬る――」

 

 

 

その蜘蛛の腹から細く長く伸びた甲の輝きを放つ、無数の糸。

武者達が動き出さんとするその直前、静から動へと変ずるその瞬間。

そこへ狙い澄ましたように絡み付き、初動に先んじこれを狂わせることで解き放たれるはずのその武を塵殺し、死に体へと変じた甲糸。

 

意識を武帝と侵入者に呑まれていた真打武者たちの死角から、『得物が描くべき軌跡の上に、その動きを阻むように』予め張り巡らされた蜘蛛の糸。

 

 

 

          「ツルギの理」「此処に在り」

 

 

 

その中心。

 

対峙していながら同じくに発せられる同意同音同句の誓句……呪言が紡がれ。

瞬間、甲糸も、蜘蛛の化生もその場から弾け消え去る。

『深紅の甲鉄』が侵入者の周囲を舞い飛び。

それらは顕現を果たす。

 

 

――其処には、悪鬼を称する深紅が一騎。

 

   対するは、魔王を冠する白銀が一領。

 

 

当人たちを差し置けば、その光景の如何に因果であるかを知るに足るは、一体この世に如何程に居るというのか。

この世の武を体現する二領の妖甲『村正』が、今再び、相対す。

 

 

 

 

 

 

深紅と白銀の対比が為す静の情景は一瞬であった。

 

先手必勝とばかりに、己が宿敵への諸々を振り切らんと得物たる野太刀を手に躍り懸かる深紅。

あくまで深紅が自分への攻撃を優先した事に満足を得た白銀。

その両騎は、出鼻を挫かれ深紅の武者へと躍り懸かるタイミングを逃した、武帝の武者達を置き去りにして。

 

弾かれるようにその場から突撃した。

 

共に騎航のための高度を伴う飛翔ではない、彼等が差し向かっていた場所は屋内、高度を取ろうにも即座に天井に激突するだけだ。

取り付けられている窓はどれも武者が通り抜けるには余りに狭く、また先に外へと向かった方は、すぐさま晒した背面を襲われる羽目となるだろう。

故に両者、地に足が付くか着かぬかの境を、無謀にも辰気騎航にて駆け抜ける事を選んだ。

 

屋内における戦闘において、三世村正の得物は長大さ故に取り回しに難があり、また重厚な設えの装甲は、故に当然の帰結として同レベルの真打と比べ、その運動性を些か欠くものではある。

対する二世村正、銀星号は軽量且つ俊敏が売りの剱冑。更に得物とするのは閉所においても取り回しに障らぬ徒手空拳。

剱冑の装甲を相手取るには火力不足に思えるが、それは仕手たる湊斗光の超絶的な才にて十二分に補える。

 

性能を比べるだけでも、こと機体の運動性能において『三世』は『二世』に及ばない。それに加えて場の相性にもより景明達のほうが明らかに不利である。

幸いにも今彼等がいる広間は、三世村正が野太刀を振うには十分な広さではある。

だが戦場において無類の才を発揮する光と、銀星号討伐のために短期間の間に武者としての力量をつけねば成らず。

結果として騎航戦に比べると、剱冑を纏っての接地戦に於ける場数では勝ろうとも、錬度の劣る仕手同士の力量差を勘案すれば、結局景明達が不利な状況なのは明らかである。

 

にも関わらず、この状況は、湊斗景明が狙い定めたそのものであった。

 

それはひとえに、二世村正という剱冑の歪な性能故である。

二世村正は攻撃力と速度性能に優れた剱冑であり、その攻撃力は速度性能と陰義による重力操作から成っている。

そして特化型の性能を持つ剱冑の定めとして、その突き抜けた運動性能には代償が付き纏う。二世村正の場合、代償としてその装甲は恐ろしいほど薄く、脆い。

騎航戦においては、この軽さと重力操作によって速度を産み、変幻自在の騎航を見せ、陰義によって自らの甲鉄を変位させ攻撃力を得る。

その速度ゆえ、攻撃を当てるどころか掠らせることも叶わず、それどころか相手に攻撃の手を与えぬまま撃墜する事がほとんどである。

大空を翔ける凶星は、正に傍若無人。天衣無縫の魔王の呼び名に相応しい。

 

だが、飛び回れない屋内においては、その軽量さが仇となる。

 

逃げ回るための空間が足らず、攻撃力に変えるための位置エネルギーも稼げず、速度を出すための時間、その時間を稼ぐための距離が足らず、そして装甲の薄さ故に、壁面に衝突した際のリスクは通常の剱冑よりも高くなる。

とどのつまり二世村正の優位性の殆どを封じる事が出来る……仕手としての湊斗景明と湊斗光の間にある技量の差より、劔冑としての装甲悪鬼と銀星号の差を利用する方が余程現実的であると湊斗景明は判断した。

少なくとも空を存分に翔ける銀星号と打ち合うよりかは、たとえ辰気の鎧を相手が纏っているままとしても、まだ勝算があると。

神出鬼没である相手の出現に合わせて、迎撃に向かう、という遭遇戦を選ばざる終えなかったかつてとは状況が違い、待ち構える相手を、此方の意図したタイミングで攻めかかることが可能であるという点も、景明に屋内を戦場とする選択を許していた。

 

『随分と手が早くなったではないか。いや、そこまでおれの事を求めてくれるとは。泣けるほどに嬉しいぞ景明!!』

 

『ほざけぇ!!』

 

 

遂に刃を交えてしまった侵入者と"武帝"を前に、武帝武者達は、刃を収める事こそしないものの、始まってしまった一騎討ちを前に手を出せずにいた。

この世に残った数少ない正統の武者としての矜持が、一騎打ちに水を差すような無粋を許さない、というのが一つ。

世界広しといえど、『戦力』として数えれば指折りの武帝が真打武者達。

彼等にはその自負があり、そして事実、正しい運用によっては、長距離兵装群を相手取った戦場でも、十分な戦果を上げれるだけの実力はあった。

その真打武者達を軽口交じりに土を付ける武帝。その武威たるや一騎討ちを見守る真打武者達にとって既知の事実。

真打武者だけの軍隊、その長に、『帝』たるに相応しき、隔絶した武威。

 

で、あるならば。

 

それと正面から打ち合うあの『深紅の武者』たるや如何に?

自分達では及ばぬ武帝の武威と互角とまでは言わないものの、刃を交え続けるというその領域で交わされる彼等の一騎討ちに出せる手などありえようか。

 

半ば呆然とした幾つもの視線を集めながら、その焦点の一つである武帝は、殺気と共に込める力を強めてくる深紅の武者と、それの振るう野太刀からほんの少しだけ視線を外す。

無様に観衆役に回るしかない武者達を微かに一瞥し、『久方ぶりの逢瀬に水を差す、無粋な輩が居なくなったこと』を確認し、改めて親愛なる悪鬼に視線を定め、踏み込み、無手の拳を振う。

対する深紅の武者は、これを防がんと野太刀で迎え撃つ。

 

 

『ハァ!』

 

 

本来ならば、刃同士で行われる鍔競り合い。

深紅の武者……三世村正が振るうのは長大にして重厚な設えが売りの野太刀である。

 

それに対し、材質こそ同じく劒冑の甲鉄とはいえ、無手の拳ががっつりと噛み合っていた。

その『只ならぬ状況』を二世村正の陰義『辰気制御』から為る、局所的な甲鉄の集中運用との分析を、景明は経験則から弾き出す。

その前提で、このまま噛み合ったままでは、何らかの動きがあった場合取り回しにおいて長大な野太刀では、無手の銀星号に大きく遅れをとり、対処が間に合わないと判断した。

 

「ッ!磁気鍍装(エンチャント)負極(マイナス)!」

 

《諒解!ながれ・かえる》

 

現状の長期化による不利を読んだ景明がとったのは、陰義による反発力によって相手の体勢に揺さぶりを掛け、装甲が薄くなっているであろう別の箇所への蹴撃を放つというものだった。

 

 

『ラァッ!!』

 

 

受ける銀星号は、押し込まれるままに、しかして体を後ろへ流し、迫る蹴撃に対し"同じく"蹴撃を合わせた。

 

 

「ッ!?村正!!」

 

《核磁気共鳴、完了。敵騎保有甲鉄量は、全体的に以前までの『銀星号』に比べ増加傾向にある事を確認!

 多分、『金神』の甲鉄を、挙動の邪魔にならない程度に取り込んで扱いきっているみたい》

 

 

拳へと甲鉄が集まっている筈の状態から、蹴撃を正面から打ち返された事で、思わず此方がバランスを崩し掛けた事への疑問を己が劔冑へとぶつける景明。

そこへ村正は阿吽の呼吸で、陰義である磁気操作を用いた定性分析による解析結果を、小さくその視界の左上に表示させる。

 

幸いにして、先の脚撃によって互いに間合いは取り直され、仕切り直しの体を見せていた。

無論、そうしたやり取りが為されている間にも、対敵はお構い無しに攻めかかってくるやもしれぬから、景明の意識は殆ど銀星号に取られている。

その脅威たるや、一見しただけでは判断の覚束ぬような絵図数値に視界を割きながらでは、到底かなうものではない。

野太刀を構え直し、銀星号の牽制しながら村正の音声による報告の続きを耳にする。

 

「加えて速度は相変わらず。単純威力だけでどれだけの上昇があるというのだ」

 

《それより、中身の方も調べてみたんだけど・・・・・・》

 

 

『何をいちゃついている景明!!おまえの相手はおれだろうが!!』

 

 

しかして己に"構わぬ"様子に痺れを切らした銀星号が開いた間合いを、そんな一喝とともに一足で懐まで飛び込んでくる。

 

 

「ッチァ!」

 

初動を制され、懐まで潜られては、景明が手にした野太刀は最早、死んだも同然であった。

景明は咄嗟に野太刀に添えた左手を放し、脇差を抜き放ち応じる。

岩を斬り付けようとも刃こぼれを起こさぬ武者の脇差も、二合、三合と……片手で捌いていることもまた異常ではあるが……銀星号の一撃を受けるにつれ、火花を散らし軋みを上げる。

 

『そらっ、そらっ、そらっ!!』

 

その捌き続けるという景明の選択がまずかったのか。

歓喜の色を含ませた咆哮と共に、激しさを増して繰り出された連撃を前に、さしもの景明も耐え切れず、遂に脇差は握る左腕ごと弾かれ、大きく体を逸らしその鬼面そのものと呼べる機首が天を仰ぐ……までもなく。

 

『そらぁ!』

 

守りの無くなり、大きく開いた体目掛け放たれた銀星号の蹴撃によって。

甲鉄の塊であるはず、三世村正という武者は宙へと打ち上げられる。

 

 

既視感。

打ち上げられた景明を襲うソレが前回と違うのは、速度が比較的鈍重なものである事。

そしてもう一つ、宇宙に着く前に石壁が憚っている事。

すなわち、死がより近い。

それと更に一点、今回は未だ意識が在る。

 

 

 

「ッ辰気・収斂」

 

《招き集わせ手繰る――招聘!!》

 

『『グラビトン・コントロール』』

 

 

――然らば、同じ轍を踏んでやる必要も無し。

 

 

磁装(エンチャント)負極(マイナス)!!」

 

《ながれ、かえる》

 

 

迫る石壁を目前に、慣性を手繰り、勢いを減殺。

加えて、磁気による障壁を展開。接触の際に生まれる衝撃を相殺、否、反発。

武者一騎分の運動エネルギーは、陰義によって機体ではなく力場に接する壁面のみを襲う。

 

 

磁装(エンチャント)正極(プラス)!!」

 

《ながれ、まわす》

 

 

同時に機首を返し、機体を反転、零へと変じたベクトルが辰気の鎖に囚われ始めるより早く。

磁気による加速を以って打ち返されるように真逆に、銀星号へと喰らいかかる。

 

嘗て景明達が一度、今は無き八幡宮が裏宮にて、六波羅大将領足利護氏公より馳走賜わった奇剣。

空間を制限する面全てを足場と変える絶技を、陰義という超常の力を用いての再現する。

 

 

 

(グゥウウウ!!)

 

 

 

正しく力技。真っ当な物理法則に抗うその強引な体勢の変化は咄嗟の事。

瞬間的な陰義の多重使用、急激な加減速、自然の摂理に反した慣性移動、流転する視界。

剱冑の護りを以ってしても、それらは瞬間的には守護の及ぶ閾値を超えた大きな負担となり仕手を襲う。

その身体に掛かる負荷はすぐさま内蔵にまで至り、感覚器官から叩きこまれた出鱈目な情報に景明は、己の脳髄が沸騰したかのような感覚に見舞われる。

 

その極限状態の最中で、しかし理性ではなく反射の域で刻み込まれた武者としての装甲悪鬼(カゲアキムラマサ)は、反撃の一手を繰り出すべく脊髄にて理屈を練り上げ体に指令を送る。

 

 

(――左手の脇差は先の打ち合いで武器としての機能を喪失、騎甲の妨げ(デッドウェイト)となると判断破棄。

反転した速度を十全に扱うには、重量に勝る野太刀が最適と判断選択。

機首調整、握り、構え、振り切る――

――否、上段からの斬撃は接敵までに挙動の完了が間に合わないと判断、刺突が有効であると判断選択)

 

 

とんぼ返りの様な強引且つ急激な回頭の為、目まぐるしく変わる野太刀の切っ先、機首、視線は刹那の内に一点に収束する。

則ち対敵、白銀の武者、

 

 

 

――右腕を引き、腰溜めに打撃の構えを取り、既に景明の目前にまで迫り跳び来た銀星号へと。

 

 

 

 

「――辰気吶喊(アサルトスプレッシャー)!!」

 

 

自身の胸元へと向けられながらも、十分な加速を乗せることの叶わなかった野太刀の切っ先を、銀星号は構え伸ばした左腕でいとも容易く弾き逸らす。

次いで振り抜かれた魔王の右腕は、強引に刺突の構えへと体勢を持ち込んだ景明に反応を許さず、深紅の武者を衝撃が襲う。

 

銀星号の一撃を貰い、再び打ち上げられた紅い村正は、反転の際に加わった衝撃で脆くなっていた石壁ごと、夜空へと打ち出された。

 

 

 

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