装甲悪鬼伝 Fullmetal demons saga   作:物数寄のほね

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10周年というこのタイミングで投稿を逃せば、一生日の目を見ることが無いと思った次第です。


蛇足篇・後

闇色の日本海、その上空。瞬く星と共に淡く清輝を放つのは、歴史に名を馳せた数多の詩人たちが見れば、目を覆いたくなるほど、見るも無残にも砕けた月。

その白と黒の鮮やかなコントラストの中に飛び込む深紅の軌跡。

 

銀星号の拳を見舞われ、甲鉄の塊であるはずの剱冑が、合当理による推進や陰義も無しに宙を舞っていた。

だがそうなると自然、宙を舞い続けることは不可能である。今もって紅の武者を宙に留めている推力は、銀星号から貰った一撃のそれのみ。

時間の経過と共に失われゆくそれが零になれば、待っているのは墜落の一途のみである。

墜落を避けるならば体勢を建て直し、それこそ合当理を吹かすなり、その身に纏うが三世村正であるならば、陰義を用いて辰気を操るなりを行わなければ成らない。

 

だがその何れも、仕手である景明の意識が混濁としたものである現状では、不可能であった。

 

《──ぃ堂、御堂!?》

 

(あ……ッ!?)

 

胸部を中心に(はし)った衝撃は甲鉄越しであっても、武者として相応の修練を積んだ景明の意識を混濁させるには十分であった。

そう十分ではある、だが一度戦闘態勢に入った武者の本能ともいえるそれが、戦場において中長期的且つ完全な意識の途絶を許さない。

真打剱冑の驚異的な治癒作用も相俟って、微かに景明の意識が明瞭としたものへと戻る。

 

 

 

《御堂!!起きて!!》

 

「っ、辰気騎航!!村正!!」

 

《諒解ッ、辰気収斂!!》

 

朦朧とした意識から一転。視界一杯に迫る海面を目前に、正気を取り戻した景明は、反射的に最適解を選ぶ。

海面が見えるということは機首が下を向いているということであり、其処から下手に合当理を噴かせば、自ら海に飛び込むことになる。

機首を上げる動作が、今の状態で間に合うかどうかという瀬戸際では、揚力に拠らずとも飛行を可能とする辰気騎航の方が有効。

死の淵へと機体を引きずり込まんとする辰気の鎖を解き、翼へと変えて深紅の剱冑はその身を宙へと舞い放つ。

停止、反転、上昇。帳の落ちた闇夜の空へ向かい、深紅の機影は十分な高度を得た後に、辰気騎航から切り替え合当理を噴かせ更なる高度を取りつつ騎航戦へ向けて体勢を取る。

 

 

「村正、敵機索敵!!並びに損害状況の報告!!」

 

『やるではないか景明。まさかあそこから反撃に移るとは、この光が止めの一撃、呼吸を外されるなど思いもよらなかったぞ』

 

 

己の相棒に状況報告を命ずる景明の頭上から降り注ぐ、余裕を含んだ金丁声(きんちょうじょう)

鬼面の如き機首を景明が持ち上げれば、其処には月を背負い悠然と構える銀星号の姿があった。

 

 

「……敵影は把握した、損害は?」

 

《胸部甲鉄に重大な損害、敵機の宣言通り接触の直後陰義の発動を感知。

 多分、右腕を振り抜く動作と連動して、腕部甲鉄の質量加重が行われたみたいね。

 右腕を振り抜いた慣性で自身を含めた武者二領を宙へ引っ張り出すくらいのを。もう一度貰えば確実に穴が開くわ》

 

深紅の村正が受けた先の一撃は、本来ならばその胸部装甲を貫きそのまま背面まで貫通せんばかりの威力を持っていた。

だが幸いであったのは、景明が壁面を足場に反転したことにより、インパクトの瞬間をずらされ、銀星号はその拳を振りぬききることが出来なかったのだ。

それゆえに、深紅の村正は致命的な損害を免れたのだが、それでも対向した状態で剱冑の甲鉄同士が衝突したのだから、剱冑は勿論のこと、中身である仕手にもダメージは残っていた。

 

「この『一度は孔の開いた心臓』に、か。尤も、先の一撃まともに貰えば終わっていたのだろう?

 装甲の回復は騎航に必要な最低限度で済ませろ。

 受けるにせよ食らわすにせよ、銀星号(アレ)が相手では、先に本命を入れたほうが勝ちだ。僅かなりとも身は軽い方が都合がいい」

 

《そうね、なら腰に佩いてあるものも棄ててみる?なんなら鞘ごと》

 

 

皮肉な事実に皮肉を吐き、そして村正から返ってくる金打声は、どうせ牽制にも使えないのだから腰に佩いた太刀を鞘ごと棄てるか、という性質の悪い冗談であった。

 

 

「──そうだな、どの道鞘に納める刃は無い、鞘ごと棄てても構うまい」

 

そして、村正が冗談に込めたその皮肉を解った上で、景明もそれに乗った答えを返す。

鞘を棄てるは敗北条件。

勝利し、その刃を二度と納めるつもりが無いのならば、即ちそれは既に勝負に破れたりとは、"どこぞ"の剣豪が残した言葉である。

 

然し、彼が纏うは妖甲村正。

 

勝利、是則ち、相手を殺し、返す刃で己を殺す。

敗北、是則ち、返す刃を揮えぬままに殺される。

 

勝つも負けるも必死の戦場、ならば"生き残った後の事"を考えるなど余りに無駄。

 

 

「征くぞ村正、今日こそあの凶星を墜とす」

 

《諒解。改めて、死を始めましょう》

 

『来るか、景明!!』

 

 

 

向かう深紅、迎える白銀。

月下の剣舞が今、幕上がる。

 

 

 

 

 

      ― ・ ― ・ ―

 

 

 

 

松前大島海岸。

今や其処は、洋の東西を問わず、万国の剱冑博覧会といった様相を見せていた。

屋内での接地戦から、夜空で交える騎航戦へと戦場を移した二騎の戦いを見るため、広間から移動してきた武者は勿論の事。

同僚が装甲の音を慣らしながらぞろぞろと外へと向かう様を見聞して、何事かとそれについてきた者や、広間の壁面が崩壊したときの音にすわ敵襲かと飛び起きた者達、武帝に所属する総ての人間が、その場には揃っていた。

そしてその場に立ちすくむ全ての武者達は、天を翔る一対の閃光が、その空に刻み付ける軌跡を見上げて。

白痴のように。忘我の如く。立ち尽くしていた。

 

今や失われつつある、武者と武者が天を翔け、得物を交差し、互いの命を掛けて、その武を顕す騎航戦──それは血沸き肉踊り刃金舞う武者の居場所。

にも拘らず如何なる猛者も、如何なる業物も、その戦いに加わることは出来ないと、理解したが故に。只々見上げるばかりでった。

 

それは武者の矜持が、双輪に割って入る事を許さぬ、というわけではない。

何故ならば、彼等の頭上にて繰り広げられるはその正統たる双輪掛(ふたわがかり)に非ず。

 

双輪掛とは、武者戦を行う際に、対峙する武者同士が二つの輪を描くようにして翔るその軌跡を形容して生まれた言葉である。

真打数打を問わず、劒冑の『騎航』は冑体の背面に設えられた合当理(がったり)と呼ばれる内燃機関によって生まれる推力を、母衣(ほろ)と呼ばれる揚力装置によって制御することで行われる。

そこには当然辰気──重力による牽引という大きな制約が有る。

 

故の双輪掛。

 

騎航による十分な加速を持った武者同士の質量をもって初めて、劒冑の強固な正面装甲は、同じ武者の甲鉄からなる得物を以て断ち貫くに至る。

 

だが、そのような常識を彼方へと蹴り飛ばして。

 

松前大島の上空を深紅と白銀の二閃の流星は、縦横無尽に翔けていた。

引力、慣性法則を無視した全く出鱈目な騎航戦。

 

天を翔る白銀が放つ禍々しき辰気の渦を、深紅の放つ殺意の具現たる紫電一閃が断ち切る。

両者共に、宙を翔けては稲妻の如く、刃を交わしてはそこに確りとした足場を幻視させるほど、一歩一手も共に譲らぬ必殺の応酬を、交える事幾多数多。

 

何時しか、それを見上げる群衆──武道に生きる当千の武者達を、武に夢想する仕手と劒冑へと還していた。

 

 

  其れは、其れは、喪われ逝く聖域より、暴かれ曝され顕われた、真実無二の剣戟神話。

        兵共が夢に描く、神代の国の剣戟舞踏、失われ逝く武者戦。

 

 

翔け、振るい、交わり、刃鳴散らす。

 

闇夜の静寂を切り裂いて、月下の剣舞は加速する。

 

 

 

 

 

 

      ― ・ ― ・ ―

 

 

 

 

 

()()()()ので手一杯か」

 

 

互いに有効打を与えられぬまま打ち合う事数十合。

先に受けた一撃のダメージの残る景明は、悪手で在ると判ってはいるものの銀星号の攻撃に対し受けに回るも、何とかこれを凌いでいた。

 

そう、あの銀星号を相手に、心甲一致も為していない湊斗景明と三世村正が、である。

 

                  

《ねえ御堂、妙な事を聞くのだけれど。()()()()()()()()()()()()()()()?》

 

「さてな、親統坊による一連の騒動を経て、劇的な成長を遂げた、というのはどうだ」

 

《それに理の強制力と、最近見つけた例のイカサマも加味してって事?

 それでも楽観し過ぎというか、許されないのが銀星号だったと思うのだけど》

 

「その認識に相違ない。となると理由は此方にはなく、彼方にあるのだろう」

 

今日に至るまでにその隔絶した戦闘力の差によって、辛酸苦渋を鱈腹飲まされてきた装甲悪鬼(カゲアキムラマサ)からすれば、これを奇妙と言わずして何と言おう。

 

仕手の技量はもとより、劔冑自体もまた、こと騎航戦における足回り関して絶望的な程の差のある両者であれば尚の事。

戦闘機動における速度性能、即ち運動性という点に置いて、銀星号に劣る景明と村正はどうしても後手に回りがちとなるは自明の理である。

 

だが、過去の装甲悪鬼(カゲアキムラマサ)の戦闘経験からいえば、銀星号の攻撃を受けに回って膠着状態に持ち込めている今の状況は、これまでの対銀星号戦に比べ圧倒的に優勢な状況の中に居る景明をして、明らかにおかしいと言えるだけのものであった。

 

 

《敵機、騎航を停止。陰義の発動による兆候は見られないけど注意して》

 

 

村正に喚起され警戒を強めながら機体を旋回させ、肉眼で敵影を捕捉してみれば、先ほどまで引辰制御によって悠々と空を舞っていた銀星号は、完全に速度を落としきり、宙にその機体を静止させていた。

その不自然な動きを警戒しつつ景明は、熱量の消費を抑えるため辰気騎航も併せたモノから、純粋に合当理の推力のみ依った騎航へと移行させる。

そうして速度を殺さぬように十分な勢いを保ったまま、金打声の届く距離を維持しつつ銀星号を中心に旋回の姿勢を取った。

 

 

『どうした景明、おれの動きが鈍いのがそんなにも気に食わないのか?』

 

 

己の心境を見抜くかのような事を臆面もなく言い放つ銀星号に対し、心中でまさかと景明は悪態を吐く。

完全な状態の銀星号と正面切って渡り合うなど叶うことなら御免被るというのがその本心。その為に敵陣に乗り込み、屋内で戦端を開いたというのに。

こと銀星号を相手取っての戦闘において、尋常な立ち合い等というものに興味も無ければ資格も無いと己を断じる景明にとっては、宿敵たる銀星号の不調は純粋に、歓迎すべきまたとない勝機でしかなかった。

 

かといって、相手の不調の理由がわからぬままでは、迂闊に攻めに転じることが出来ないのもまた、景明にとっては事実であった。

相手が万全でない理由が判らないということは、己の知らぬうちに全快されるやも知れないという危険性も孕む。

それが、景明が勝機と踏み攻勢に転ずる瞬間であればどうだ、直前までならば中ると確信して放った攻撃を躱され防がれたとすれば。

それは致命的な隙となって景明達を襲うだろう。杞憂だなどと一笑に伏すこともできない、何しろ相手は本当に()()()()()()()()()のだから。

故に、景明はあえて銀星号の誘いに乗り口舌を繰る、少しでも相手の状態を掴むために。

 

 

「己の窮状を充分に把握しておきながら、一対一の騎航戦に誘い臨むなど、度し難い。

 合多理を持たぬ筈の二世村正(貴様)をして騎航が可能ということならば陰義が使えなくなったわけでもあるまい。

 ましてや"武帝"の名乗りを上げたのは、偶然とは言うまいな?

 如何なる手管を使ったかは知らん、だが俺達の動向は把握していた筈だ。

 何故汚染波の渦を使わん」

 

 

そう、景明達からしてみれば、予てよりの銀星号の目的を鑑みるに、戦略的にはそれが最善手であるはずであった。

天下に唯一精神汚染に完全に抗うしうる三世村正とその仕手は、富士山麓に端を発する決戦の後、暫くの間銀星号の事を完全に見失っていた。

その間にかつてのように、世界中へ向けて汚染波の渦を放てばそれで詰みとなるはずであったのだ。

 

関東環円から松前大島まで、景明達に課させられるタイムリミットは"渦"の発動から45分。異変に気付き、発現元を絞込み、そこから陰義を交えて全速の騎航で向かって間に合うかどうかというところだろう。

 

仮に到着が間に合ったとして、全力での辰気騎航により大量の熱量を消耗した状態から、1時間にも満たぬ残された僅かな時間で、銀星号を討伐する。

不可能だ、今回の様に『半ば招待された状況』でもなければ、実際には"武帝"の哨戒・防衛網をくぐりぬける必要も出てくる。その条件下での銀星号討伐は、それこそ『銀星号』でもなければ不可能だろう。

 

ソレを行わぬ理由、此処に来るまで景明はそれが気にかかっていた。

当然、使われないことに越したことはない。完全に汚染波が拡散しきってしまえば効果的な対抗策を持たぬ景明達、いや『人類』は手遅れとなる。

そうなれば、待っているのは今地上を覆っている民族・宗教・国家等諸々の間で交わされている戦火など、まだ救いようがあるものと思えるような地獄絵図。

人類が文字通り最後の一人になるまで行われる徹底的な殺し合いである。

であるならば、こうして銀星号と直接刃を交えるまで、汚染波が使われなかったことに景明達は心底安堵すらしていた。それこそ神仏に感謝を捧げても良いと思える程に。

 

 

相手が、あの銀星号でなければ。

 

 

島を蹴り動かし、都市とも言える城塞をも丸々吹き飛ばす新型爆弾を真っ向から押さえ込み、劔冑を宇宙へと蹴り飛ばし、月を割り崩し、最後は地球すらも粉砕せんとした辰気の魔王。

であるなら、今回のこれも何か突拍子もない事の前触れかと、景明達がこうして警戒することに越したことは無い筈である。

警戒したところで、一凡俗たる湊斗景明の想像を遥かに超える所業を為すのが、銀星号であり湊斗光であるのだとも言える、との自虐も加わるのだが。

 

 

 

『何、今の光はあいつ等の頭だからな。上に立つ者として鑓も合せぬうちに陰義で全てに片を付けてしまうのはいかんだろう』

 

「"武帝"の武者共、か。情でも移ったというのか?」

 

『ん、ああ、何か勘違いしているようだがそういうことか。それもあるな。

 奴等の頭として、武に餓えた猛者どもに尋常なる武者戦を振舞ってやらねばいかぬ、というのは確かにある。が前にも言ったが光は尋常なる立ち合いを臨む。

 尻尾を巻いて逃げ出すような軟弱者ならまだしも、熟練の業と武への誇りを抱いて闘う者を、無闇に数を頼みとする畜生へ落とすのは忍びない。

 茶々丸の奴も居ない今、光の塒となってくれた事への義理もある』

 

 

 

成る程、と景明は心中にて独り言つ。

少なくとも安全な寝床や、食い扶持を得るためのだけの利害のみ繋がりとは一線を画したものを、光はあの集団に抱いていると、そう判断する。

尤も、光の性格を考えればそれとて人質や、何らかの交渉、謀略に使える程の物ではないだろうが、とも付け加えて。

以前の様に、無軌道な神出鬼没ぶりを見せぬ理由の一つには成り得ると、そう結論付けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

『まあ使いたくとも使えんのだがな。

 お前から魔剣の一太刀を貰って以来、村正とは完全に一体化してしまったみたいでな』

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬、ほんの呼吸半泊の間、湊斗景明は大敵と差し向かっているにもかかわらず、その意識を一瞬自失していた。

そして正気に戻るや即座に、その凡庸を自称する頭脳に今しがた耳に捉えた光の、突拍子のない……ともすれば実に湊斗光"らしい"台詞を入力し直し、反芻し、分析を行い、その言わんとするところを話の流れより察する。

 

 

(一体化?剱冑と、か?)

 

 

それは景明にとって心甲一致とはまた違った、そしてそれはどちらかというと不都合な面を持つ事の様にも聞こえた。

 

 

 

《やっぱり、そういう事ね》

 

「何か判るのか、村正」

 

《さっきから敵機の心鉄から感じられる反応が妙だとは思ってたんだけど。

 銀星号、今の貴女、かか様の意識が殆ど残ってないんでしょう? いえ、残ってることには残ってるんでしょうけど、殆ど不可分。

 意識は湊斗光のモノ、念願の成就によって薄くなった存在意義を母様の理念で補強してるって所かしら。

 装甲は元より、その体も金神から取り込んだ甲鉄を辰気操作で変性させたものじゃないの?》

 

 

 

矢張り、随分と突拍子のない事だったと景明は驚きを通り越し呆れかけ、そうとも言い切れないかと思い直す。

彼が思い返したのは大気圏外での決戦の折、彼自身と村正が行った心甲一致の事。

今銀星号の身に起こっているという一体化とはその逆、という事ではないのだろうかと推測を立てた。

 

先程光が装甲ノ構をとった時、自身の視界には銀白に輝く二世村正の姿が見当たらなかった事を、景明は思い出していた。

光の体それ自体が辰気操作によって肉体へと変化させている甲鉄であるならば、実際に村正という実例を知る景明には、剱冑を身近に置かずとも装甲できた絡繰を解く、納得のゆく理屈であった。

そも剱冑自体、人の魂魄精神と甲鉄の融合体である、そうでなくとも長坂右京の件や自身が為した『心甲一致』の事もある。

剱冑と人、そして甲鉄の塊といえる金神との融合の果てたる、心甲一致ならぬ云わば()()()()

湊斗景明の体験してきた記憶は、剱冑である村正が得た記録情報から紡がれ、吐き出された推論を補強するものばかりだった。

 

 

──そしてその景明と村正の推測は、真実に則していた。

 

 

求め続けた父の愛を手に入れ、目的を果たした湊斗光という《パーソナル》。

その人格こそ喪ったが、心鉄に刻み込まれている村正一門が《ロジック》。

白痴の暴威であった金神魔王尊がその身に宿す、剱冑の源泉たる《フォース》。

 

 

目的を果たした湊斗光の意識と、宇宙空間における景明との戦闘によって人格部分を喪失した二世村正の目的意志。

その二つを取り込んだ金神魔王尊がその力を以って、村正に刻まれた"善悪相殺"の理を用いて、湊斗光の記憶と人格に則した『天下布武』成し遂げる。

これこそが今、湊斗景明と三世村正の前に佇む銀星号の正体であった。

 

 

 

 

    

「……つまり、統御機能(OS)の補助無しに、直接劔冑を動かしているとでもいうのか!?」

 

《そういう事だと思う。相変わらずの規格外っぷりね。統御機能自体が彼女の生体機能に統合されているであろうという事を加味してもね》

 

 

 

今度こそ、景明は驚嘆していた。同時に、手負いの自分達であってもその攻勢をギリギリのところとはいえ捌ける、という銀星号らしからぬ鈍い動きにも納得がゆく一つの推論を導き出す。

要するに慣れていないのだ。今の湊斗光が置かれている状態は、体を動かす理屈こそ頭に入っているが、いざ動かすにあたり増えた手足の扱いに手間取っている、というところではないのかと。

 

そして鈍った動きの分を余力とし、何かしら途方も無い事をしでかす準備を行っている訳ではないというならば、機体の慣熟が済んでいない今は、自分達にとって純粋な勝機であるという事に他ならないと。

 

 

 

『ふむ、蜘蛛の村正に看破されるのは気に食わんが、まあいい、その通りだ。

 あの時確かに、湊斗光(おれ)の目的は果たされた。

 ならばこそ、その魂を掛けておれの満願成就に付き合ってくれた、おれの村正に報わねばならん、それが人情というものだろう。

 その為に今のおれがあるという事だ。

 それとしてどうだ、真に手足の様に扱うまでには至ってないが、今の光にかかればこの通りだ。

 もうアホの子呼ばわりはさせんぞ!

 まあ劔冑の側と仕手の側の意識がごっちゃにいなったせいか、今や仕手の心を劔冑の汚染波に乗せる事が出来なくなった訳だが。

 何、正面切って光と切り結んでいるあたり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 

「…………」

 

 

 

明かされた事実を受け、俄かに高揚しかけていた景明の感情が、その鏃の如き鋭い言葉によって、平静さを取り戻す。

そして柄にもなく、場違いにも浮かれたかけた気分を搾り出すように一つ、吐息を吐出し、景明は改めてその事実を認めた。

 

 

 

 

 

──魔剣は、既に封じられている。

 

 

 

 

 

湊斗景明の中に渦巻く感情が、善悪相殺の理を顕す程の猛りを失っている、という事ではない。

そういう意味ではむしろ逆である。

今この瞬間にも脳が、魂が、失われた筈の心臓が、銀星号を目前にして咆哮をあげ、湊斗景明を使嗾する。

 

殺せ、と。

 

もっとも、そのようなものは彼からすれば今更、しかも自分自身に言われるまでも無いものであった。

故にその原因は、仕手の側ではなく三世村正という剱冑に拠るものであった、何故ならば。

 

 

 

 

魔剣を魔剣たらしめる理は今現在も発現しているからである。

 

 

 

 

そもそもが今の湊斗景明という生命が、理によって生きながらえさせられているのである。

半ばから折れていたにせよ、剱冑の得物を以ってしての心臓への刺突による殺害。

明かに致命に足る一撃……事実その一撃を致命と判断したからこそあの魔剣は発動した……からの蘇生を施された肉体は、善悪相殺の理が『魔剣』による、対敵の可及的速やか且つ、確実な殺害が不可能であると判断した結果である。

 

例えこの場で湊斗景明が自身の心臓に刃を突き立てたとしても、『湊斗景明による殺害の完了』を理が判ずるよりも先に、銀星号撃破の為に十分な戦闘能力の保持と熱量供給を行わせるため、その肉体に即座の蘇生を開始。

結果魔剣のトリガーとなる、湊斗景明による湊斗景明に対する憎悪故の殺害が発生せず、魔剣は不発に終わるだろう。

 

 

 

(『心甲一致』を禁じ、『魔剣』の使用を封じられた状態で、金神と一体となった銀星号を討伐する)

 

 

 

そう機体の中に篭るように景明が呟いた以上の内容こそが、今の湊斗景明に課せられた命題であると言える。

 

 

 

 

《不可能ね》

 

「だろうな、実際に刃を交え直して、改めて理解出来る。騎航速度だけならば『磁気加速』と『辰気加速』を重ね掛けすれば足りるだろうが。()()その速度に合わせれまい」

 

 

 

幸か不幸か、"卵"を介して得た銀星号の力と虎徹による機体性能の全体的な底上げによって、今や村正の機体性能は銀星号を討伐するために必要なだけの水準は備わっていた。

だが、元より十分な性能を誇っていた村正が更にその性能を向上させたことにより、今度は仕手である景明が、その性能を十二分に発揮させることが出来なくなっていた。

 

景明の脳裏に八幡宮上空での苦い記憶が蘇る。

陰義の護りを解き放った銀星号の速度を前に、景明と村正は成す術無く翻弄された。

金神の神威など無くとも、あの速度域で十全に剱冑を扱えるのが湊斗光という天才であり、それに遠く及ばないのが湊斗景明という凡才。遠い昔に景明の中で結論が出た話である。

 

 

 

《現状では、ね》

 

 

 

そう、結論は遠うに出ていた。

湊斗景明は武才において、湊斗光には絶対に及ばない。

 

ならば発想なり小手先なりで足りぬ其れを埋める努力を講じるのが、凡才のやり方というもの。

 

 

 

『どうやら悩みは晴れたようだな、景明。ならばその全力、光に見せてみろ!』

 

 

 

引辰制御によって爆発的な加速を得た銀星号が、夜天を裂いて駆け上がる。

景明はそれを無理に追いはしない。最高速で飛行する銀星号に追いすがるような速度域では、湊斗景明はその技量を十全に発揮できないことは明白だからだ。

瞬く間に、両者の間に距離が開く。

1000、2000、4000、8000。

 

《敵機、依然として上昇、予測到達距離15000》

 

来るか。と、景明は確信にも似た予感を抱く。武者としての、なけなしと自嘲するその直感と、幾度と無く煮え湯を呑まされて来た景明自身の経験則。

その二つに裏打ちされた予測が敵手の次なる一手を読み解く。

来るは、銀星号の我流魔剣であると。

 

引辰制御によって齎される、超高度からの超加速、そして甲鉄の質量移送。

この二つによって只の踵落としをして反応不能の絶技へと昇華せしめたソレ。

吉野御流合戦礼法、月欠が崩し、天座失墜・小彗星。

 

今の銀星号が万全では無いとはいえ、一度放たれたそれに、今の湊斗景明では決して反応することは出来ないだろう。

 

 

 

「村正、探査機能を全開にしろ」

 

 

 

装甲により人並み以上に強化されていた景明の感覚がより一層鋭敏なものと化す。

遥か彼方にて天へと翔け昇りながら、力を溜めているであろう銀星号を捉えるには、しかし、それでもなお難しい。

だが今の彼には理による強制力によって、気配を辿る糸口は掴めている。

神経を研ぎ澄ます、求めるのは何よりも感じなれていた光(かぞく)の気配。

天空から今にも放たれんとする戦意の塊を──

 

 

 

──捉える。

 

 

一度気付いてしまえば、もはや拭いきれぬその気配。

景明の五感、そのどれにも確りと引っ掛かった訳では無い。

だがそれぞれが僅かに捉えた感覚を寄り合わせれば、そこには確かに湊斗景明に、湊斗光を感じさせる。

 

だが、そこまでだ。

居るのは判る、攻撃の起こりも何とか捉えることはできよう。

けれど反応はできまい。

 

目では追えず、音すら遅く、匂いは遠く、舌は応えず、肌には届かぬ。

 

先の先。

圧倒的速度という単純明快な理を、魔剣と呼べるほどに突き詰めた技こそ、今銀星号が放とうとしている代物なのだから。

故に湊斗景明は──

 

 

 

 

 

      ― ・ ― ・ ―

 

 

 

 

夜闇の帳を引き裂いて、天へ一筋の軌跡を刻み、白銀の凶星が駆け上る。

砕けた月の淡くか細い清輝に身を晒し、地を砕く程の力を蓄えるため、白銀の凶星は天を征く。

同胞にして宿敵たる、深紅の悪鬼を置き去りに、天へ、天へ。断絶の一撃を生むために、隔絶の一撃を放つために。

 

 

駆ける。翔ける。銀星号が────停まる。

 

 

地より見上げる者からすれば、白銀と深紅、両者共に天にて座す。

されど、同じ空なれど、遥か両者を隔てるは、数へと直すことおよそ距離15000。

 

 

剱冑の探査機能を持ってしても、互いを完璧に感知しあうなど、それこそ雲を掴むようなもの。

けれど、銀星号は──湊斗光は確信していた。湊斗景明は待っている、遥か天の涯に座す己がその武威を解き放つのを。

それは一人の武者としての理詰めの判断であり、宿敵を想う個人としての理外の直感であった。

 

 

(さあ景明、見せてみろ。おれの魔剣を前にして、お前はどんな手を執るのだ?)

 

 

 

 

 

銀星号が、          

 

           停まり、            

 

                        動く。

 

 

遥か天空の頂より身を躍らせて、寸刻までの軌跡をなぞる様に、寸前までの軌跡をさかしまに、さしずめ猛禽が喰らい掛かるが如く。

凶星が堕ちる。絶対的な暴威を湛えて。天より降るそれはさながら神の厳つ霊(いかつち)、熾天の浄火。

大地を砕かんとする程の破壊。それが、個人への殺意を抱えて解き放たれている。

 

両者を別つ距離は、瞬く間に縮まる。音を置き去りに、光に手を掛けんばかりにと。

そして白銀の魔王は遂に、その五感の内に、待ち受ける宿敵の姿を捉えた。

 

 

 

天座失墜(フォーリンダウン)────小彗星(レイディバグ)

 

 

 

 

 

 

  ― ・ ― ・ ―

 

 

 

 

 

 

──切り札にして鬼札を、ここで切る。

 

 

「導線を廻せ村正!!」

 

《諒解、ながれ・ふやす》

 

経絡(ニューロン)加速(アクセル)!!」

 

 

陰義の発動と同時に、彼の五感の内、合当理の吐き出す爆音と、機体が空を裂く風斬り音が消える。否、消えたわけではない、聴覚が間延びした、ぼやけたものになっただけだ。

同時に、景明の視界には一瞬前までには無かった影が現れる。

 

機首を下にして此方へと猛然と襲い掛かる銀星号の姿。

想像や虚像ではない、今やはっきりとその姿を景明の視界は捉えている。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()

 

 

 

(ぐ、ぎいぃいいいいいあああああああ)

 

 

鈍化する景明の視界の流れの中に、はっきりと銀星号の姿が映る、その動きを捉えることができている。

神経を過剰に走る信号が、頭蓋を締め付け、脳漿を撹拌するような痛みを彼に齎す。

けれど彼は死にはしない、今はまだ。

そんなものはこの身を縛る理が許さない。

己がそういう状態に在るということは、ここに来るまでに散々試し確かめたのだからと、そう景明は己で己を賦活する。

 

 

 

 

人間の体には、未だ解明されていない部分が多く存在する。その最たるものが脳だという。

人体の大半の機能を統制し、記憶と思考、感情機能を司る中枢機関。

 

判っている事よりも、判らぬことの方が多い。武者である湊斗景明の様な門外漢であるならば尚の事だ。

だが、一方で判っていることもあった、それは脳が身体の各部機関へと送られる信号は、微弱な電気を使って送られる、という事。

1875年に大英帝国の科学者リチャード・カートン博士が、生きた動物の脳から電気現象が見られる事が発見されて以降、人体における脳の具体的な働きの内容が解明されつつあった。

景明の記憶するところの最新の情報では、電気生理学の碩学である、エドガー・ダグラス・エイドリアン博士等の実験による『ベルガーリズム』の確認などが挙げられる。

 

 

 

そう人間という生き物は、身体機能の大半が脳から送られる電気信号に基づき作動する。

ならばそれは再現性のある現象である、人間の体は一種の精密な機械じみたものなのだから。

 

そして、それを為すだけの情報と機能さえあれば、例えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、任意的に引き起こす事が可能ではないか?

過去の戦闘経験(ログ)から生体記録(バイタル)を引き出し、仕手の生体反応を分析検証し、要求する状態と同じ条件を整える。

それを『電磁力を操る陰義を備えた』『剱冑』により可能とする。

湊斗景明は、苦肉の策として、斯様な推論を打ち立てた。

 

 

無論、これは暴論である。

重ねて言うが人間の体、取り分け脳に関して判っておらぬ事が多く、微弱な電気程度で変化が起こる繊細な脳を、推測のみで弄くるなど正気の沙汰ではない、博打にしても分が悪すぎるというもの。

 

 

 

 

だが、今の自分ならばどうなのだ。

 

と、そう景明の中で囁くモノがいた。

 

博打に賭けるべき命は、理によって容易くは失えぬ。

常においても四肢の欠損すら取戻し、今や心臓を貫いても塞いで動かす真打剱冑の治癒力。ならば脳の血管や神経の一本や二本、欠いたところでたちどころに直すだろう。

ましてや廃人として白痴なまま生き長らえさそうなど、屍人を蘇らせてまで履行を求める理が許すべくも無い筈だと。

事実、彼の脳は今日に到るまでに幾度となく傷を負った、負ったが、傷ついた脳では剱冑を動かせぬ。

そうなれば理は成就せぬとばかりに、景明の体は健常であることを強いられた、それはいわば勝つまで打ち続けることの出来る博打、イカサマだ。

 

そうして、今日ここに到るまでに、彼と村正はそのイカサマを使い、この奇跡じみた所業を手に入れた。

そう奇跡である。

 

──彼らは知らぬ事ながら未来の世ではタキサイキア現象は、恐怖などによる脳の活性化により濃度の高くなった記憶の処理に手間が掛かる為、時間の経過が遅滞して感じられるだけの、いうなれば脳の処理落ちの様な現象だと解明されている。

よって、その様な状態となった人間が、通常であるならば視認できない程の高速で運動する物体をはっきりと視認する、あるいはその動きをコマ送りのように視認し知覚するような、思考の加速とでも呼べるような真似は出来ない筈なのである。

だが、いま湊斗景明は加速した思考で、遅滞した感覚の中に意識を置いている、故にこれは彼らが本来想定していたのとは別の、タキサイキア現象の"ような"未知なる脳機能の一つであった。

 

 

理による心身の蘇生、暴論の果てに掴んだ偶然の切り札。

 

以上二つの奇跡の重ね掛けを持って、銀星号討伐の切り札と為す。

 

 

 

 

 

迫る、更に機首を下に振り、機体全体に縦の回転を加えようとする姿が。

迫る。辰気を纏う一撃を湛えた銀星号、その背面。向こう側に隠れた脚部から繰り出される魔剣は、貰えば一溜まりもあるまい。

 

それを深紅の剱冑は避ける。放たれる前に、避けられるように彼は機体は動かしてある、遅々とした動きだ、よくて彼の視界に映る銀星号と同程度の速度、当然だ。

幾ら脳を走る電気信号に干渉し、意識感覚を加速させようとも、そこから実際の四肢の動きを加速させることまではできない。

だがこの状態での動きについても、彼は最低限とはいえ事前に慣らしはしてきた、意識と身体、ひいては機体の動きにズレは無い。

あとは、焦らず機に合わせるだけ。

上空より襲い来る銀星号に対し、下段に構えた野太刀を掬い上げるような剣筋。

斬るというよりは飛び込んでくる銀星号の胴体、その軌道上に刃を添えて待ち受けるようなイメージで。

 

銀星号がその身に回転を加えているその間に、

 

銀星号の下をくぐり抜け、

 

間に野太刀を差し込み、

 

斬り捨てる。

 

 

 

 

 

 

(──────ッ!?)

 

 

 

野太刀を振り抜いたその先にあったもの。

それは、硬い金属同士がぶつかり合う、ガンッという鈍い音であった。

 

 

《──ッ外した!?敵機健在!!》

 

流れる視界が、刻む脈動が、何よりも耳朶を打つ村正の金打声(ひめい)が、景明に感覚の加速が終ったことを告げる。

 

今のを外した……いや外されたのだと景明は直感的に悟る。

あの怪物は、あの加速の中で、技を放った直後に湊斗景明の意図を見抜き、動きを捉え、その僅かな間に可能な限り、薄くなっていた筈の胸部に再び甲鉄を集め直したのだ!

 

不味い、と景明の心中に焦りが奔る。今の陰義は剱冑の莫大な処理能力を費やす事で初めて成立するものだった。故に保って数秒、その数秒ですら莫大な処理計算と引き換えに仕手の熱量を根こそぎ奪いかねない程の代物である。

もはや騎航を満足に継続できるのは、そう長くはない筈と景明は、数少ない『経絡・加速』の使用経験より判断する。

加え音すら置き去りにするほどの速度に乗っていた銀星号に対し、断ち切る事無く半ば弾かれるようにしてぶつかり合った今の野太刀の一撃は、甲鉄越しであっても景明の両腕に強い痺れとして跡を残していた。

その衝撃たるや、野太刀が破損するなり取り落とさなかった事が奇跡であると言える程。

更には《経絡・加速》によってダメージを負った脳組織の修復にも、結構な熱量を奪われている、ここからの長期戦は景明達にとって遠回りな自滅に他ならなかった。

 

 

 

「ぐ、うっ!敵影は!?」

 

《下方、距離100!! ッまだ体勢は崩れたまま!》

 

 

 

不完全とはいえ胸部への一撃を貰い、加えて機体全体に大きな縦回転を加える技の発動中に、強引に重心をずらした銀星号は、胸部に大きく抉れた様な傷跡を晒しつつ、その驚異的な加速に振り回される形となって宙にその身を躍らせていた。

未だ慣熟しきっていない機体ではさしもの湊斗光であっても、こうも急激にバランスを崩されては空で溺れずにはいられなかった。

そしてその無様な姿を一瞥した景明は、一瞬の躊躇を見せる。

現状ここからの追撃は決定力の観点から電磁抜刀のみが有効。

だが熱量の残りは少なく、両腕に残る痺れ故に暴発の危険性は極めて大きく、かといって確実性を求めて両腕の回復を待てば銀星号は体勢を立て直し本末転倒。

ならばこの場は一旦離脱し、万全を期してより再びの機会を待つか、というところ。

その躊躇は、戦場において幾度となく彼を導いてきた慎重さの顕れであった、だが。

 

 

(……阿呆か)

 

 

この場で体勢を立て直すなど相手にも回復の猶予を与えるだけ、生体と甲鉄、そして何より金神の混じりあった相手の熱量に底が見えない以上長引く程に不利になる。

ならば仕切り直し。然して後日の再戦に挑むなど、相手が首を洗って待っていてくれるとでもいうのだろうか。

首を洗うどころか今度こそ機体の完熟を済ませ、相手にとっても万全を期させるものになるだけだろう。

そしてその万全となった金神魔王尊=銀星号=湊斗光を打倒する秘策など、今曝した鬼札以外、そう都合よく持ち合わせてなどいなければ、探したところで易々と見つかるようなものでも無い。

故に、その慎重さを今この瞬間ばかりはかなぐり捨てて景明は、これを最大最後の好機として、決断を下す。

 

 

「今度こそ決める、磁装(エンチャント)終焉(エンディング)!!」

 

《ッ!?諒解!!蒐窮開闢(おわりをはじめる)終焉執行(しをおこなう)虚無発現(そらをあらわす)

 

 

金打声(こえ)に驚愕の色を含ませる村正も、此処にいたっては最早制止しない。

それは信頼であった。己の御堂が背負うものへの、そして最愛の人が胸に秘めるものへの。

 

 

    天破崩稜落煉鬼属

    妙法八界死辰雷領

 

「吉野御流合戦礼法、迅雷が崩し」

 

残る熱量の全てを掻き集め、深紅の村正は、今度こそ、その因業を断ち切る為の一撃を、放つ!

 

 

 

電磁抜刀(レールガン)──穿(うがち)!」

 

 

 

そして彼は、はっきりと見た、手応えも得た。

紫電の一閃が、銀星号を袈裟懸けに切り裂いたのを。

 

 

 

 

 

 

 

      ― ・ ― ・ ―

 

砲撃音もかくやと言わんばかりの盛大な音を立てて、紅い村正が松前大島の海岸に、殆ど墜落するようにして降り立った。

一瞬にして巻き上がった砂塵が晴れる頃には、立っているのは武者ではなく一人の男と一体の蜘蛛の異形が落とす二つの影。

必殺の心算で臨んだ『径絡・加速』の曲芸(わざ)を捌かれ、総身を襲うその反動から完全には立直り切らぬ状態で放った装甲悪鬼(カゲアキムラマサ)の代名詞とも言える『電磁抜刀(レールガン)』。

大量の熱量を消費する陰技の続けざまの使用は、景明を熱量欠乏(フリーズ)の寸前まで追い込んでおり、もはや装甲状態を維持することすらままならぬ程であった。

 

「ぐ、っうぅ……」

 

よろめき、膝からその場に倒れ込む景明。

熱量の消費に伴う脱力感、『径絡加速』の使用反動からくる激しい頭痛、戦闘によって受けた大小のダメージ、それらが徒党を組んで景明を苛んでいた。

それでもなお、景明は意識を手放さない。

現界したまま側に転がる野太刀──虎徹を手に取り、杖がわりにして一人立ち上がる。

 

《御、堂……いけ、ない……だ、め》

 

彼の半身たる劔冑たる村正は、その様を見て制止を求める、だがその金打声はか細く、今にも波の音に掻き消されてしまいそうなほど。

戦闘によって消耗したのは当然仕手である景明だけではない。

如何に自己修復能力を備えた真打劔冑であっても、超能の原動力である仕手からの熱量供給が乏しく、その僅かな熱量の内の幾許かも、劔冑に比べ物理的欠損が瞬く間に致命的な手傷になりうる仕手を治療する為、治癒能力の行使に回してる現状では満足な自律行動もとれず、満身創痍の身である仕手を留めようにも、精々が熱の通わない身を地に臥せたまま、こうして制止の声を上げるしか無かった。

だが、その幽かな願いも空しく、湊斗景明はその歩みを止める事はない。

満身創痍の身を引きずってでも、鈍痛の苛む脳を振り絞っても、鼓動の度に止まりかける心臓を酷使しても、震えの止まらぬ手足を振り乱しても。

己の窮状など一切省みず、鬼気を帯びて進む、胸にはその身を燃やし尽くさんばかりの激情を抱いて、ただただ一点前を向いて、得物を手に進む。

 

その身は今だ心臓が鼓動を刻み、血潮が脈打ち、手足は繋がり、精神は折れずして、押並べて死せずそこにあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「がぁアアアアああああああああああああああああああああ!!!」

 

武帝の本貫地に、悪鬼の慟哭が響く。

劒冑を纏うだけの熱量を失い、唯一現界を保つ虎徹を地に突き立て、脱力していく四肢を支え、未だ絶やさぬ憎悪と闘志、そして邪悪に燃ゆる瞳を天へと差し向けながら、己の無力を呪った。

 

悪鬼と成る事を決意し、この”武帝”の膝元に赴くまでに、来る銀星号との戦いに向け、仕手、劒冑ともにその業を練り磨いてきた。

その結実の一つである、村正の陰義を応用した核磁気共鳴法による透過分析……後に『NMR』と呼ばれるようになる透過分析技術。

その『核磁気共鳴』によって得た景明の脳幹の透過図を元に、神気経脈を走る電気信号に電磁制御の陰義によって最高速度秒速120m"程度でしかない"生体電流の加速。

並行して脳組織への直接の干渉や脳内麻薬の強制分泌等により、体感時間の引き延ばし……後に言われるゾーン現象、或いはタキサイキア現象にも相似したしかし全き別物を、人為的に引き起こす『経絡・加速』の使用による、心甲一致に代わる反応速度の向上手段。

 

 

 

 

 

 

 

それらを駆使しながら、結局、湊斗景明は湊斗光を……湊斗光の肉を装い、湊斗光の記憶を具えたソレを殺すことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

『どうやら肝臓10個は過小評価だったようだ。ふむ、猫にでもなった気分だな』

 

 

 

水平に近い袈裟懸けに走る刀疵により心の臓を潰され、脇より下はほぼ寸断され、四肢の全て失いながら、自己を冷静に分析した上で、その状況をそんな風に捉える怪物の如き──

否、今や正真正銘の怪物へと成り果てた銀星号。

 

 

『だが、このままでは結局天下布武も最後に景明に阻まって意味が無くなる。

 そうだな、ここは一つ打倒景明の為の修業が必要という事か』

 

 

人外の領域での死闘を終え、満身創痍であるのは両者同じ。

目に見えて重体であるのは、五体満足である景明に比べ四肢の欠損も激しい銀星号であるのは明らかの筈。

にも関わらず、銀星号は愉しげに謳う。来るべき再戦を、それに向けた次なる一手を、陰義により中空にて身をたゆたせながら己を見上げる景明と、"武帝"に属する者達を見下ろして、宣言する。

 

『景明、そして我が"武帝"の武士達よ、聞くがいい!”武帝”たる光を打ち破った景明よ、お前に今より一時”武帝”の名を預けよう。

 いずれおれが奪い返すその日まで、努々その名奪われるでないぞ!』

 

そう云い残して、達磨の如き姿となった銀星号は、千切れた四肢を陰義で浮かし伴って、白銀の軌跡を残し、松前大島の空より飛び去った。

後に残された景明は、追い縋る様に震える腕を空へと伸ばし、その指先は空を切って振り落とされる。

腕が振るわれたのではない、両腕で虎轍に縋り、ようやっとへたり込むのを免れていた体が、支えの半分を失ったことで全身のバランスを崩し、景明の肢体は遂に地に伏したのだ。

 

「ま……て……」

 

呻くような静止の声は最早遅く、銀星号は今や彼方。

残した軌跡すらも消え去り、ただ星々の僅かに煌く夜空を睨んで、湊斗景明の意識は限界を迎えた。

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