最後の三神柱。
【幻狼神ヴェルドール】。
ホークの手記により現在地に近い場所が判明した。
冒険者が集い活気のある街というのはこのご時世あちこちに有るものだが…
そのうちの一つ、マターニという町をミューゼは訪れていた。そんなミューゼを待ち受けていたのは、町の人々による割れんばかりの大喝采。
「マターニへようこそ!」
「にゃ…!?」
あまりの異様な光景に固まるミューゼ。
数十を超える群衆に圧倒されていると、群衆の間から背が高い人物が現れ、ミューゼの前に立った。
「驚かせてしまったようですな」
「あ…貴方は?」ミューゼは居心地悪そうに辺りを見回しながら言った。
「これは失礼、私はこのマターニの町の長をしておる者で、ストロンと申します」
ストロンと名乗った男はそう言うと、辺りの群衆に手を上げて合図をする。
それを合図に群衆のうちのほとんどの人間が自らの仕事に戻っていった。
「続きは私の館で話しましょうか…」ストロンはそう言うとミューゼを自分の館へ案内していった。
★
やたら広い応接間で待たされ、ストロンが現れると、早速ミューゼは訊いた。
「あの、私…その…何かしたんですか」
「…?」ストロンは目を丸くした「勇者殿はキルドント大渓谷を抜けて来られたのでしょう?」
「ええ…」
キルドント大渓谷…あぁ、そうか。
確か道中にドラゴンが巣を作っていて、見つかってしまった為に倒してしまった。
…思い当たるフシというのはこれ意外には考えられない。
「そこで忌々しき赤い鱗を持った竜を倒したとか!丁度調査をしていた斥候の者が見つけまして、瞬く間に町に知れ渡ってしまったという訳なのです。私も耳を疑いました!冒険者の方々に討伐を依頼していたのですが、危険な任務ですから中々人員が集まらず困っていたところだったのです」
「…あの赤いドラゴンは、この町に危害を及ぼしていたんですか?」
「えぇ」ストロンは頷く「家畜や人が連れ去られる被害が後を絶たず…。しかし今回の事で問題がひとつ減りました。この町を代表してお礼を言わせて下さい…本当にありがとうございました」
「あ…いえいえ」こういう事に慣れていないミューゼは慌てて頭を下げると、話題を変えた「ところで、貴方がこのマターニの町の町長さんという事で、聞きたいことが有るんです」
「なんでしょう?」
「魔王軍のことです」ミューゼは給仕の女性から紅茶のカップを受けとると、ストロンを見つめた「最近この近くで何か、魔王軍関連の問題は起きてはいませんでしょうか…?」
「魔王軍…」ストロンは考え込んだ「そうですね…貴方であれば構いません。お話ししましょう」
「はい」
「実は私の娘がここより東にある【鋼鉄のブローベル】という難攻不落の魔王軍の砦に連れ去られているのです」
…鋼鉄のブローベル…
聞いたことがある。魔王軍が所有する砦の中でも最も巨大で…しかも動く。
動力は不明だが、ある時突然現れて、近くの町を一晩で占領できる程の兵力を蓄えているという。
「そんな危険な砦が近くにあるなんて…住民たちはこの事実を?」
「知っている…と思います」ストロンは頷く「しかし娘が連れ去られてから、何故か魔王軍の襲撃が止みました。彼らが何を考えているのか、私には検討もつきませんが…私は町長という身、下手に手を出すことも出来ずに一月が経とうとしているのです…」
ストロンはそう言うとうなだれた。
「娘さんの事は心配ですね」ミューゼは紅茶を一口飲む「…そのブローベルにいる魔王軍の情報って何か分かりますか?」
ストロンはそれを聞くと、言いにくそうに目を逸らし、モゴモゴと口を開く。
「その…ブローベルにはあまり関わらないで頂きたい…。この町が襲撃を受けないのは、娘がまだ無事でいてくれている証でもあると私は考えておるのです…」
「でも、娘さんは向こうでどんな目に遭っているのかは…」
「こ、この話は終わりにしましょう!」
ストロンは話を切ってしまった。
「…」
…ブローベルか…
それが聞けただけでも大収穫だ。しかし、魔王城への道を知るもの…三神柱の内の最後の一人がそこにいるだろうか…?
「だ、旦那様!」
突然給仕の女性が慌てて入ってきた。
「どうした」
「い…今玄関先に、このような物が!」
ストロンが受け取ったものは、手紙のようだった。その封を切り、中の手紙を見ると…彼の表情は青ざめていった。
「フィース…フィースぅぅ!」
「…!」ただならぬ様子にミューゼは立ち上がる。ストロンがこのタイミングで手紙を手から離し、地面に落ちた手紙を読む機会が生まれた。
【娘は死んだ…これより残党狩りを始める。町長、町を守りたいなら町で一番の女を北城門に連れてこい。髪は銀髪で、少々幼い少女であるなら尚良い…『幻狼神』】
…幻狼神…つまり、ヴェルドール…!
こいつが三神柱の一人なのか…?
「…銀髪の少女…ですか」ミューゼは呟いた。…この脅迫文は間違いなく、私を誘うための物だ「町長…私が行きます」
★
まずは情報収集をしなくては…
ミューゼは冒険者が集まる酒場に入る。
…と、それまで騒いでいた喧騒が何故か止み、ミューゼを見てヒソヒソ話をする声が聞こえてくる奇妙な状態になった。
…この町に来て緊張しっぱなしだ…
額に流れる汗を感じながら、ミューゼは深呼吸すると、カウンターのスタッフに一言こう言った。
「…鋼鉄のブローベルの情報を何か持っていますか?」
…
「おい…マジかよ…」
「あの城に挑もうってのか」
「洒落になってねぇって…誰か止めてやれよ、まだ子供だろう?」
「いや、彼女が渓谷のドラゴンを倒したことは知ってるだろ。ただもんじゃないね…あの子は」
…は、はじゅかしい!
人の注目を集めるのは苦手だ。視線を感じると汗が止まらなくなるのだ…!
「えぇと、お名前を聞かせて頂いても」
「ミューゼ・イグシスです!」
…あ。
緊張で思わず本名を…冒険者が沢山聞いているこの場所で…言ってしまった…!
「…あ…はい、ミューゼさん」スタッフも気づいたらしい、書類のほうに目を逸らしながら早口に言う「ブローベルへの攻撃は町長の許可がなければ出来ません。従って情報も開示する事は出来ないのです」
「う…そうですか…」
次の瞬間、
バァン!
酒場の扉が勢いよく開いた。
「キャアアアアアッ!」
「アルさまぁぁぁッ!」
女性冒険者が次々に叫びをあげた。
扉を開けた張本人は華麗な素振りで手を振ると、更に歓声が上がる。
「あら〜…」このスタッフも女性だ。うっとりとした目でこの突然現れた男性の事を見つめている「アルビオントさん、昨日は珍しく顔を見ませんでしたが」
「手紙を書いていたのさ」
そう言って酒場に入る男性は、漆黒のプレートを半身に装着し、もう半身は半身だけをすっぽりと覆う奇妙な黒のマント、その下に動きやすい東の国の胴着という珍妙な姿で現れた。とても整った顔をしていて、その深紅のボサボサ頭には似合わない青い瞳で、ミューゼと目を合わせる。
「おっと」アルビオントはミューゼを見ると、華麗な足取りで歩み寄る。そして…「やぁ…初めまして、美しいお嬢さん」
細い、それでいてガッチリした手で顎をクイッと上げられる。
…ふぇぇぇぇぇぇ!!??
「あ…や…えっと…私…にゃっ!?」
近い!顔が近いよう!
なんか高そうな香水の香りが…
「アル様!離れてぇ!」その時、酒場にいた女性冒険者から声があがる「そいつ【死神勇者】よ!危ないわアル様っ!」
「ん?死神…」アルビオントはミューゼをもう一度見つめると、手を回し抱き止めた。胴着から香る、なんとも懐かしい香り…どうしてこんなにも、理性を保つのが難しいんだろうか?
「確かそれって3日いたら危ないんだろ?それじゃあ、2日はキミを滅茶苦茶に出来るって事だよな?」
…な、なんでそれを知って…
「にゃ…にゃあ…」
もう何が何だかわからない…。
頭が…
意識が…
★
「ふぇっ!?」
ミューゼは飛び起きた。
ここは…どこかの宿屋だろうか?
「お、起きたか」
今さっき寝ていた所で声がした。
バッと振り向くと、さっきの謎のイケメン冒険者…アルビオントが寝ていた。
…隣で。
「うわぁ!?」
「そんな声出すなよ、まだ何もやってないぜ?残念ながらな」
「な…何をしたのっ!?」
ミューゼは自分が中に着ているワンピースの下着姿にされていることに気付き、近くの床に置いてあった魔剣へ力を込めた。
「うぉあっ!?」すぐさま剣の放つ赤いオーラがアルビオントの喉元に突きつけられる「うぉ…分かったってタンマタンマ!よし落ち着くんだ…何もかも話すから」
「…この状況を説明して」
「ん…あぁこの状況?」アルビオントは申し訳なさそうに言った「まぁ、言ってしまえばお前をモノにしようとしたんだが、途中で止めた…って所だな」
「で?なんで私は脱がされてるの?」
「そりゃ一つの宿部屋で男女がやることって言ったら…ぐぁ待て!なんか洒落になってねぇこの赤いやつ!斬れてる!布団が斬れてるぜ!?」
「私もキレてるよ?」ミューゼは笑みを浮かべた「サイコロステーキ大の大きさに八つ裂きにされる前に、私に一体何をしたのか言うべきじゃないかなぁ?」
「…あぁ、分かったよ」アルビオントは机の上を顎でしゃくった「あれだ、あのピアス。死んだ友人が託してくれた形見な。…実はあれは心器で」
「心器…なんだ」
「女性の理性を奪う効果がある」
…
それが魔王討伐に何の関係が?
なんだその役に立たない効果は…。
「とりあえずこんな物使って世の女性をおもちゃにしてたんだ…じゃあ貴方が死ぬかこれを砕くか…」
「やめてくれ!心器の効果から分かるだろうがとんでもない奴だった、でも根は仲間思いのいい奴だったんだぜ!?」
「でもこんなものに頼って女性を手込めにするなんて…恥ずかしくないの?」
ミューゼにそう言われ、アルビオントはため息をついた。
「人間ってのはな…どんなに頑張った所で手に入れられる物に限りがあるんだ。俺みたいに弱い人間は道具とチャンスをうまくモノにして、欲しいものを手に入れていかねぇと」
「最悪…ふん」ミューゼはオーラを戻した「私…もう帰るから」
「あ、そうだ」
アルビオントは黒い装束と鎧を身に付け始めたミューゼに声をかけた。
「…はい?」
「そんな怖い顔するなって」アルビオントは両手を上げてやれやれと言った仕草をする「死神ちゃんはブローベルに行くんだよな…ちなみに何の用事で?」
「貴方に教えて、私に何の得が?」ミューゼは怪訝そうにアルビオントを見る。
「実は俺、ブローベルを奪って、魔王城に向かおうと思っているんだ」
「…」
ミューゼは口をつぐんだが、明らかに動揺を隠しきれなかった。…魔王城に…。つまり彼は…魔王城がどこにあるのか、行き先を知っている?
「それで、ブローベルに挑む命知らずを集めて部隊を作ってる…死神ちゃんも良かったらどうだ?確か魔王を探してるんだろ?だったら目的は同じじゃねぇかな」
…つまり、一緒にブローベルへ行こうという誘いか…
「アルビオント君…貴方は、魔王城に向かう道を知っているの?」
ミューゼは問いかける。
すると、
「あぁ…方法ならな」
という返答が返ってきた。
「…」ミューゼは考え込んだ。同行者をあまり増やしたくはない。目の前のこの胡散臭い男はともかく、他の人間を巻き込めば…ミューゼの魔剣の【対価】により必ず死者が出るだろう。
「自分のせいで他人が死ぬのは怖いか」
「…ッ!」
アルビオントはミューゼの頭に手を置いた。そのままわしゃわしゃと撫で回す。
「大丈夫だって!俺達は自分で死ににいくんだぜ?この戦いで命を落としたとしても全くお前は悪くねぇよ…もし死ぬやつがいたら…そう!運が悪かったで済む話さ!だから、お前が全部背負う必要はない」
「…貴方ってすごい無責任な人だね」じとっとした目つきでミューゼはアルビオントを睨んだ「…でも、ありがとう。少し考えさせてもらってもいいかな?」
「あぁ、好きなだけ悩めよ?ブローベルは逃げないからな」
【続く】