豪華な夕食を町長邸でご馳走になり、しばらく談笑した後、もう暗くなってしまった町をミューゼは一人歩いていく。
途中で小さな川を見つけ、橋の途中から身を乗り出し、そこから見える景色をただ静かに眺めていた。
冷えた深夜の空気が、彼女の長い銀色の髪を透いていった。
「ふう…気持ちぃぃ…」
…静寂に流れる水の音が心地いい。
道の隅に等間隔に置かれたランプと綺麗な水が合わさった芸術を見つめながら、ミューゼはふと首元に下げたペンダントを取り出した。
「ペンス…」
3年間私を護ってくれた、私の剣士。
今では3年どころか、3日と同じ人と過ごした事がない。
「ふっ…」自嘲ぎみにミューゼは笑う。
16になったが、この年頃の女の子は一体どういう風に過ごし、どんな事を思いながら生きているんだろうか。
町長は本当に娘を大切に想っているようだった。私の両親のように子供を捨てるような真似は絶対にしなさそうだ。
その証拠にブローベルの話題が出たときにはとても苦しそうな顔をする。町の平和の為とはいえ、実の娘を差し出した事に対して罪悪感を抱いているのかも知れない。
…でも、もしかしたら私の両親も何か背に腹は変えられない事情があって、影では私の事を愛してくれていたのではないか?
今はもう…そう願うことしか出来ない。
「やぁ、お嬢さん」ふと、見覚えのある奇妙な格好でアルビオントが現れる「奇遇だね。…俺のこと考えてた?」
「…貴方よりもずっと何倍もかっこいい人のことよ」
ミューゼはため息混じりに言った。
「へぇ…そいつは興味あるな!今度会わせてくれないか?」
「…死んだわ」
ミューゼは短くそう言った。
「……あ」ばつが悪そうにアルビオントは川を見つめる「悪い…」
静寂が流れ、水の音だけが聞こえる。
ふと、ミューゼは隣にいるアルビオントの顔を見た。…水を見つめるアルビオントの顔に、何か物悲しさを覚える。
「…ん、どうした?」
アルビオントは視線に気づいてミューゼの方を向いた。
「いいえ」ミューゼはアルビオントの顔を見つめながら言う「貴方もそんな寂しそうな顔するのね…って思って」
「…まぁ色々あったからな」アルビオントは川に視線を戻した「たまに…というかしょっちゅう眠れないんだ。俺は一人で何をやってるんだろう…って思ってな」
「…」
「俺、昔は沢山仲間がいてさ。自分達はこの世界で一番の冒険者になって、【全てを手に入れて】やるって思ってたんだ」アルビオントは話し出した「でも最後の戦いで皆は命を落とした…あの馬鹿野郎共が死の間際に何て言ったと思う?『リーダーは生き残って全てを手に入れて下さい!微力ながら我々もいつまでもお供します!』って言って、皆心器を…身体から10メートルは離せば死んじまう物を俺に渡すんだぜ?本当にあいつらは…」
「…それで、生き残った貴方は全てを手に入れられたの?」
ミューゼはアルビオントを見つめた。
「…」アルビオントはミューゼを見返し。そして軽く笑う「ハハッ、結局『全て』なんか手に入りっこないのさ。何かを手にする為の賭けは、それに見合う犠牲がなけりゃ成り立たねぇ。俺は身をもってそれを知ったし、犠牲が生み出す物を手に入れたって悲しくなるだけなんだよな」
「そう…」
二人はしばし沈黙する。
「あー、何だか語りすぎちまったなぁ」アルビオントはミューゼに手を振り、その場を後にしようとした「じゃあな、寝られるときには寝ておけよ〜」
「…あのっ」ミューゼはアルビオントを呼び止めた。
「…どうした?」
「私…貴方のこと誤解してたみたい」ミューゼは胸に手を当てて言った「お願い。アルビオント…ブローベルに、私も連れていってくれる?」
「…っ!」アルビオントは目を丸くした「そ…そうか!じゃあ明日の朝食後…あそこに見えるだろ?あの倉庫の前に集合することになってるんだ…来れるか?」
「わかった」
ミューゼは頷く。
「決行は明日なんだ。そうでなければお前の返事を聞くまで、俺は姿を眩まさなきゃいけなかったからな…それと………」アルビオントはミューゼに何か言いたげに見つめていた。
「?…えっと私、変な事言ったかな?」
ちょっと緊張してミューゼは言った。
「…いいや」アルビオントは手を振ってミューゼに背を向けた「魔王討伐なんて止めて、俺とお前で愛の逃避行出来たらいいのになー…とか思っただけさ」
「貴方って人は…」
「じゃあな、おやすみ。可愛いお嬢さん」アルビオントは華麗な手つきで挨拶すると、そのまま歩き去った。
「…あの人も…私と同じように、大切な人達を皆亡くしたんだ…」ミューゼはそう言うとペンダントに目を落とした「ペンス…私、また人を殺すの…?もう嫌だよ…」
少し歩いて、ミューゼに聞こえない距離まで来ると、アルビオントは誰にも聞こえない声でボソッと呟いた。
「俺は…俺がやろうとしてることは間違いなくあの子を不幸にする…でも、仕方ねぇ…もう俺は死んだも同然なんだから」
★
小鳥の声で目が覚めた。
下に降り、早速簡単な朝食を食べる。
「あ、ミューゼさん」宿屋のスタッフは言いにくそうに話す「その…よく眠れましたか?」
「うん。ありがとう」ミューゼは笑顔で言った「私、宿先でそう言われたことあまりなかったからとっても嬉しいです。今日中にはこの町を発つつもりです…不幸な人が出る前に…。」
「そうですか」スタッフはミューゼを見つめた「すみません、しかし我々も…いえ、どんな人も等しく、【死】は恐ろしいのです…。私がもし貴方と同じ立場なら、きっと耐えられない…」
「…」ミューゼは食器をまとめて、片付けやすくした「もし魔王の脅威が無くなって、私が生きる意味を取り戻して。心器の対価をどうにか出来れば…その時はここに三日以上いてもいいですか?」
「…!」スタッフは皿を片付けながら、ミューゼに笑顔を見せた「えぇ!喜んで!あなたの武運を、祈っています」
★
「揃ったな」アルビオントの前にはなんと50を越える冒険者が集まってくれていた「朝にも話したとは思うが、【死神勇者】のミューゼが隊に加わることとなった。これにより当初は俺が一人で行う動力室制圧が動力室制圧【部隊】として動けるようになる。皆知っての通りミューゼは大渓谷のドレイクを倒している…しかも単身でだ」
その後もアルビオントは仲間の戦意を奮い立たせる言葉を語り続けた。
…確かに、昔何かの集団のリーダーをしていたと言うのは間違い無いようだ。
「作戦は今日決行する。各自訓練以上の戦果をあげ、全員ここに生きて帰ってくる事…では、各自現地集合!解散!」
各自が思い思いの場所に散ると、アルビオントはミューゼを見てニヤッと笑った。
「…な、何?」
「いいや?いよいよ待ち続けてきた決起の日に、まさか隣に美少女をはべらして演説できるとはな…って思ってな」
「はぁ…。貴方って人は…」
★
「うわ何あれ…大きすぎだよ…」
巨大な鉄の塊としか思えない、長方体を沢山積み上げたような形の砦を目前にして、ミューゼは呟いた。
「まぁ、これが動くって言うんだから、誰だって驚くよな。そりゃ」
隣を歩くアルビオントが言った。
砦の入り口から死角にある丘に、冒険者の部隊が既に集結している。
アルビオントが到着すると、全員が立ち上がり、指示を待った。
「各部隊、点呼をとれ!」
アルビオントの指示でそれぞれ分けられた部隊が人員を確認し始める。
「城門警備隊、問題ありません!」
「下層突破隊、全員を確認しました」
「中層攻略隊、今日も絶好調だぜ?」
「上層遊撃団、揃ってます!」
「よーしOK!」アルビオントは頷いた「最後、動力室制圧隊、ミューゼ!」
「はいッ!」突然名前を呼ばれて驚き、裏返った声をあげてしまうミューゼ。
「動力室制圧隊隊長、到着ってな!点呼終了!よしお前ら…手順のおさらいだ」アルビオントはてきぱきとした口調で説明を始める「まず全員をA、B部隊に分け、城門警備隊がA、Bでそれぞれ城門への道を切り開く。部隊を分けた理由は北門と南門の制圧を同時に行うからだ」
「城門警備隊、了解!」
「その後警備隊は速やかに散開しつつ、城に余計なものが入らないように周囲を警戒しておくように…下層突破隊はリビングアーマーリーダーとビボルダー・アイへの対処をしつつ、中層への道を切り開く」
「下層突破隊…了解しました」
「中層攻略隊はA、B部隊との合流後フロアトラップの解除…完了次第下層突破隊に合流、下層の制圧と共に部隊をα、βに分けて下層の警戒と上層遊撃団へ援軍として合流する」
「おうよ!腕が鳴るぜ!」
「上層遊撃団は俺とミューゼを何としてでも動力室に到着させる。上層のデータは残念ながら何もねぇ…だからこそ何が起きても対応出来る人員しか指名しなかった…。言える事は一言だけだ。俺とミューゼがこの動くデカブツの制御を奪うまでに確実に生き残れ」
「リーダーも…ですよ!」
「俺は…死なないさ」アルビオントは全員を見回した「お前らもだ。全員が全員、町や家に残してきた物がある…これで死ぬぐらいなら二度と生まれ変わる事を禁じてやる。いいな…死者はゼロにするんだ!多少無茶やったっていいが、自分の命を一番に考えろ!いいな…じゃあ行くぜ!!」
「「おおおおおッ!!!」」
全員が武器を持ち上げ、声をあげる。
「俺の命令は一つだ!何だ!」
アルビオントが高らかに叫んだ。
「「何が何でも人と自分を生かせ!」」
「よーし、じゃあ散開…作戦開始!」
★
「…っ…!」
目眩を覚え、ミューゼはふらついた。
「おっと」アルビオントが身体を支えてくれる「…大丈夫か?どっか調子悪い?」
「だ…大丈夫」ミューゼは頷き、体勢を元に戻した。しかし次第に手が震えを起こしている毎に気づく「でも私…この人達を無事に帰すことが出来るか心配で…。私は死神で、一緒に行動するだけでも危ないのに…今更だけど怖くなっちゃったみたい…」
「ミューゼ」アルビオントはミューゼの肩にポンと手を置いた「お前が何かやる必要も気にする必要もねぇ。こいつらのリーダーは俺で、もしこれで死者が出るなら今度こそリーダー失格だ。訓練や情報収集は何ヵ月にも渡って徹底的にやってきたし、今日呼んだ連中だって集団でならドラゴンの巣穴にぶちこんでも無傷で帰れるような連中だ。…何かあっても絶対にお前のせいじゃないし、何かがあるはずもない」
「…ごめんなさい。今は目の前の作戦に集中すべきだったね」
「…気持ちは良く分かる。俺も二度と部隊を率いるなんてやりたくなかった。…けどここで止まったら止まったままなんだ。時間は事態を悪化させるだけで、誰かが…一番近くに動けるやつがやらないと、それ以上の犠牲が生まれちまうんだよ」
「…うん。行こう!」
ミューゼは丘を駆け降りた。
「…あぁ!道中に説明した通り、お前はA部隊と一緒に進軍だ!中層で会おうぜ!」
「わかったっ!」
目の前に立ちはだかる巨大な鋼鉄の要塞。吹き出す魔力で辺りの植物は枯れ、稀にそれらが動きだし、モンスターと化して襲ってくる。
「こいつらは弱い!焦らず一体に二人以上で当たれ!…間違ってもこんな序の口で怪我なんてするなよ?」
そう、誰かが叫ぶ。
…幻狼神ヴェルドール…
アルビオント達の目的はこの城の動力を奪うことだが、きっとこのまま進んでいけば、ヴェルドールが邪魔をしてくるに違いないだろう…。
とうとうこれが、最後の三神柱…
魔王の幹部にそれ以上の位はない。
…いよいよここまで来たんだ…!
長かった。生きる意味を奪われてから4年間、ずっと追い続けてきた物に、ようやく辿り着けるかもしれない。
ヴェルドールを倒して、アルビオントと魔王城へ向かう…!
そこで…取り返すんだ。
私がここに居てもいいって…
その確かな【生きる意味】を!