階段を登ると、小さな小部屋に出る。
何も置かれていない、シンプルすぎる小部屋…それぞれ3方向に扉がついていた。
「中層は…とにかく罠が多い。全員前に通る奴の床をちゃんと踏みながら移動しろ。五体満足で帰りたいだろ?」
アルビオントは仲間たちを見回す。
「兄貴…こいつは…」
「あぁ」どこからか仲間が話している声が聞こえてきた「フロアトラップってのは…あまり一筋縄じゃいかないらしいな。
…!?作動するぞ、離れろ!」
ズン!
「うわぁぁぁ!?」
ミューゼは危うく髪を上から落ちてきた何かの下敷きにするところだった。
「分断された…!」
振り返ると、部屋の中央に仕切りが出来ていて、部隊を3部隊に分断されてしまっていた。それぞれが目の前の扉に入るしか方法が無いようだ…。
「各分隊ごとにリーダーを指名する!」ミューゼの隣でアルビオントが叫んだ。
扉を開けると、長い通路が続いている。
アルビオントはずっと険しい顔をしていた。部下の事が気になるのだろうか。
「リーダー、ワイヤーが見えます」アルビオントの歩きを遮り、一人の男が前に出た「危険ですし、私が解除しましょう」
ガタン
「なっ…うわぁぁぁ…」
次の瞬間、ワイヤーとその男は消えた。
「フェイルス!?」アルビオントは駆け寄る…大きな穴が地面に空いていた。
…落とし穴だ…
「そんな…!」ミューゼは頭を押さえる「私のせいだ…私が…あああっ…」
「罠を解除するのを見越したトラップか…」後ろにいた冒険者が呟いた「十分に注意すべきだな。…どれだけ犠牲を出そうとも、リーダーとミューゼさんを上層に送り届けなくてはいけない…」
「…」アルビオントは先程の仲間が落ちた穴を覗き込んだ「し…途中で……」
アルビオントは何かを呟いていたが、ミューゼには全く聞こえなかった。
「リーダー、どうしましょうか?」
「そうだな」立ち上がり、仲間たちを振り返るアルビオント「各自固まって動こう。周囲を警戒しろ…何か変な物を見つけたら触らないで俺に報告するんだ」
「「了解!」」
★
その後も様々なトラップが行く手を阻み、アルビオントの仲間たちは一人…また一人とその餌食になっていた。
ある者はガスが充満する部屋で扉の開閉の装置を起動させ、ある者は天井と床の下敷きになり、ある者は分断された部屋で爆弾の解除に失敗し…
そして。
「…」
ミューゼとアルビオントだけになった。
「アルビオント…私が前を歩くよ」
「駄目だ」
きっぱりと断られ、何の変哲も無さそうな悪意に満ちた道を二人は歩いていく。
「…私が前の方がいい」
「駄目だ…お前は…お前だけは失いたくないんだ。」
「…こっちだって同じだよ!」ミューゼは声を荒げた。その目から涙が零れる「私を…一人にしないでよ…」
「ミューゼ…」アルビオントの様子がおかしい「俺は…本当はお前が思ってるよりも遥かに最低な人間なんだ…」
「そんなことない!」ミューゼは素早く回り込んでアルビオントの視界に入る「そんなこと…絶対ないよ?急にどうしたのよ、大丈夫、私と貴方なら」
アルビオントは顔を俯かせた。ミューゼと目を合わせようとしない。
「やっぱ甘いわ…お前。なぁ…俺、ミューゼや皆に黙ってた事があるんだ」アルビオントはふと側面にある隠し扉を開ける「…上層なんて場所はこの城にはなくて…この先に進めるのは俺達しかいない」
「…?」アルビオントの言っていることが理解出来なかった「何の…話?」
アルビオントはそれには答えず、隠し扉を通り抜けていく。
「ここから最上階へ行ける」
ミューゼも後に続いた。
…階段。
長い階段だ。
嫌な予感がした。
きっと間違いなく、これを登ってしまったらアルビオントは二度と…。アルビオントはその階段を迷いなく登っていく。
「待って!」ミューゼは呼び止めた「待ってよ…アルビオント!」
「…ミューゼ」アルビオントは階段を登りながら言った「お前は…魔王をなんとしてでも倒したいか?魔王が憎いのか?…アイツを…殺したいと思っているのか?」
…その最後の一言で。
ミューゼの心に最悪の予感が生まれた。
「え?」ミューゼは胸騒ぎで気がおかしくなりそうだった「アルビオント、答えて。私達は何処へ向かって、貴方は…貴方は一体何者なの…?」
階段を登りきると、門があった。
「…答えを知りたいなら、10秒後に入ってみな」アルビオントはそう言うと門を押し開け、中に入っていった。
「待ってよ!」ミューゼも後に続こうとしたが、門はびくともしない。
…そして、言われた通り少しすると、門が軽くなった。
体重をかけて門を開き、ミューゼはその先の空間に足を踏み入れる。
「…やぁ、ようこそお嬢さん」
リビングアーマーリーダーと戦ったあの広間よりも遥かに広い。
闘技場かと思われる大きさの巨大な空間には、真ん中にレッドカーペットが敷かれ、その先に巨大な玉座があった。
玉座に座る人物は…アルビオントだ。
あの声は間違いない。
広大すぎる空間の、二人しかいない空間で、二人はお互いを見つめ合う。
「アルビオント…あなたは…」
「あー、やめようぜ。自分で考えても結構ダセェ名前だなって思ってたんだよ、それ」アルビオント…という名を騙ったこの城の主が言う「…俺の名はヴェルドール。三神柱が一人、【幻狼神】ヴェルドールだ。…で?お嬢さんは魔王への謁見をお望みなのかな?」
「…嘘であって欲しかった」ミューゼはヴェルドールを睨む「…貴方は…いつから私のことを…?」
「あぁ」ヴェルドールは玉座から降りると、つかつかと華麗な足取りで歩く「ペオースを殺りやがった時からだな。三神柱の中ではあれでも花だったんだぜ?酷いことするよなぁ…」
「…っ!あれは…だって…」
「こんな時だけ被害者ヅラか?」ヴェルドールは冷たく言い放つ「まぁ俺も人の事は言えねぇか…。マターニの町長の娘さんな…あれ良い声で鳴いてたんだが、だんだん自分の置かれた状況に慣れてきたらしくてな。ここの地下室にやたら元気なオークやらミノタウルスやらスライムやらリザードマンやらがいる部屋があってな。…ぶち込んでやったら一晩で肉片になってた。あーあ、入れるんじゃなかったぜ」
「…!」ミューゼは剣を構えた。剣に力が溜まっていく…「なんで…どうしてそんな…貴方、なんてことを…ッ!」
「リビングアーマーもな。あれ今頃動いて外の奴らを多分皆殺してるなぁ?まぁ何せこの城にある物は全て俺の意のままだ。あの間抜け共がひっかかったデストラップもな。…動力室?俺がいる部屋は全てその名前のつく部屋になるだろうな」
「アルビオント…いや、ヴェルドール…」ミューゼは剣を構えた「貴方を倒せば、皆を…助けられる?」
「どっちにせよお前は俺を倒して、こいつを折らなきゃならねぇよ?」ヴェルドールはすらりとカタナを抜いた「【琥珀刀〜冥王斬り〜】。こいつが魔王城への最後の鍵だ。…これをお前が叩き折れば、お前は魔王城への道を知ることが出来る」
ミューゼは剣を構えた。
「くそっ…馬鹿…馬鹿ぁっ…!」
涙が溢れて地面にポタポタと落ちる。二人きりで歩いていた時、彼に心を開いてしまった。…同じような境遇で、人が死ぬのを最も恐れている仲間だと思っていた。
「…ミューゼ。俺は今でもお前の事も、仲間達の事も大事に思ってる」
…?
ミューゼはヴェルドールを見つめた。
ヴェルドールは、先程までとは一転して、普通のアルビオントに戻っていた。
「けど俺は弱い人間なんだ…大義のために動く善人にも、悪魔のような悪人にもなれねぇんだ」ヴェルドールは口を開いた「だから…俺は仲間を…全てを護る為に、お前を殺すよ…ミューゼ」
「…」ミューゼはヴェルドールに問いかける「一つ教えて…私が魔王の元へ辿り着いたら、貴方の大切な物を奪わなくてはいけないの?」
「お前が魔王を倒さなければ、この世界は魔王に支配され、そして共に滅びることになる」ヴェルドールは俯いた「だがお前が魔王を倒せば、犠牲は少なくて済む…話しただろう?何かを手に入れるには、犠牲を払わなくてはならない」
「考え直そうよ、ヴェルドール」ミューゼは剣を下ろした「だって…私、貴方が本当に悪い人なのか分からないの…!もしかしたらさっきの言っていた事だって、私に自分を殺させる為の嘘かもしれない…」
ヴェルドールはそれを聞くと、苦しそうな表情になる。
「嘘なもんかよ」ヴェルドールは声を張り上げた「魔王の側近になって、俺が一体何人これまでに無実の人々を殺したと思ってるんだ?もう手に付いた血は拭えねぇ…もう話したい事は全部だろ…もう良いだろ!?これ以上俺を苦しめるんじゃねぇ!」
ヴェルドールはそう言うと剣を鞘にしまった。居合いの構えである。…ただならぬ殺気に、ミューゼは武器を構え直し、ヴェルドールに向かって駆け出した。
「いくぜ…」ヴェルドールは刹那、剣を抜き払い、虚空を斬る「【幻狼斬】!」
「…ッ!」
ミューゼは黄色い弧月のようにヴェルドールから放たれた飛んでくる剣撃を、間一髪で屈んで避ける。それを見てヴェルドールはとても寂しそうな顔をした。
「…解」ヴェルドールがパチンと鞘に剣を納める「じゃあな、お嬢さん」
次の瞬間、ミューゼは自分に何が起きたのか、理解するのに時間がかかった。
気づけば自分は地面に突っ伏して倒れており、石の床に赤いシミが飛び散っているのが見えた。
「…っあ!?」ミューゼは痛みに声をあげる「あああ…うぅ…」
「ミューゼ、立てよ」ヴェルドールはミューゼを蹴り飛ばす「ここでお前が死んだら、今までお前の為に死んだ奴らが全員犬死にになるんだぜ?おら、立てよ!」
「ぐあっ…」ミューゼは地面を転がるが、よろよろと立ち上がる「っ…ヴェル…ドールっ…!!」
「フン、それで良いんだよ」ヴェルドールは鼻で笑う「俺はな…お前みたいに弱っちぃ奴が大嫌いなんだ。死ねよ!」
またもや剣撃が飛んでくる。
「くっ…【カースボルト・ブランディッシュ】!」戦場に一閃の赤い残像と、横向きに全てを切り裂く稲妻が走る。稲妻は剣撃を消失させ、その奥にいたヴェルドールを襲った。
「ぐっ…」ヴェルドールはそれを剣で受け止めた「はははっ…なんでもアリかよ。その赤いやつ!この調子じゃあ離れてても危なそうだな…」
「うおぉぉ…!」ミューゼはヴェルドールに向かって再び駆け出した「私は…私は…ッ!皆を助けるんだあッ!」
自分自身に言い聞かせるようにも聞こえるその台詞に、ヴェルドールはこう返す。
「【皆】なんて助けられねぇよ…俺が護りたい者とお前が助けたいものは違う…。俺はたった一瞬で終わる世界だとしても、誰かが居なくなるのを見なくても良い世界を選びとって見せる…!」
「世界は終わらせない…!」ミューゼはヴェルドールと剣を合わせる「これ以上私のような、不幸な人を増やしちゃいけないの…!魔王による統治を終わらせて、皆が何にも脅かされず、自分の人生を歩んでいけるような…そんな世界にしなきゃ…!」
「…それでいいんだ。罪悪感はねぇ」
ヴェルドールはポツリと呟いた。
「【エリミネイトシザーズ】!」
「ぐわぁぁっ!」ヴェルドールの胴着が残酷に切り裂かれる「チッ!まともに剣も合わせられねぇのかよ…【影狼斬り】!」
ヴェルドールが剣を振ると、三匹の狼が現れた。実像はなく、これは剣撃…!?
「【カースボルト…」
「解っ!」
ヴェルドールの方が早い。
爆発に巻き込まれる…!
「きゃぁぁぁ…」隙が出来た時に受けてしまった為に、ミューゼはかなりの傷を負ってしまう「ぐ…っ…あ…」
…ヴェルドールの戦い方が分かった。
剣撃そのものを彼は操れるのだ。
それらは特殊な空気振動で爆発し、周囲に絶大なダメージを及ぼす。
ヴェルドールは肩で息をしながら、ミューゼに向かって歩いてくる…。
…このままじゃ…やられる。
ミューゼは立ち上がり、痛みに耐えながらヴェルドールを見据えた。
…考えろ…。
どうすればいい?
どうすれば…彼を止められる?