「…息は整え終わったか?」ヴェルドールは再び剣撃の構えを取る「こんなのはまだ序の口だぜ?【影狼斬り〜散花】!」
「ブレイドルーン…解放…!」
ミューゼは剣の力を引き出した。
ヴェルドールはその間に虚空を何度も斬り、地面に軽く剣を叩きつける。
剣撃から生まれた狼が次々と分裂した。
「【ハングリー・ブレイドダンス】!」
「…解っ!…なにっ…?」
目にも止まらぬスピードの剣技で、ヴェルドールの狼は一瞬にして蹴散らされてしまっていた。
「ちっ…あぁそういやド・グオルの旦那もお前が殺ったんだっけか?この速さなら納得だ…なっ!」
「がはっ!?」
腹に強烈な蹴りを入れられ、ミューゼはまたもや後方に吹き飛ばされる。
しかしすぐに体勢を立て直すと、ヴェルドールに突進した。
「しつこい女だなぁ…っ」ヴェルドールは再びミューゼと剣を合わせる「さて、このまま鍔競り合いを続けたって良いんだが…それじゃつまらねぇだろ?」
「【エリミネイトシザース】!」
「…その軌道はもう、見切った」
目視も難しい程の素早い剣撃を、ヴェルドールは身体を捻って避ける。
「ぐ…は…っ!?」ミューゼは腹を柄打ちされ、その場に屈み込む。
「行くぜ。奥義…【百奏・縛千糸】」
ヴェルドールに蹴り上げられ、全身を無数の剣撃で切り刻まれる。
…どんな悲鳴をあげたのか分からない。
気づけば剣撃は糸のようにミューゼの身体を絡めとり、ミューゼは宙に束縛されていた。抵抗するが、糸はびくともしない。
「…せめて、形も残さず焼き切れるといい」ヴェルドールは鞘に剣をしまう「解」
コン。
パチンという音とは違う、乾いた軽い音が響き渡った。
「なっ…しまった!?」
先ほどのミューゼの剣技はヴェルドールに当たりさえしなかったものの、鞘を壊すことが出来ていたのだ。
…やはり特殊な鞘の構造が、空気に特殊な振動を与える為に必要だったんだ…
「…行けえっ!【テラーアビス!】」
ミューゼは剣のオーラを伸ばし、四方八方からヴェルドールを襲う。
「まだだぁっ!【幻狼斬〜真】!」
ヴェルドールは自分に向けられたオーラを一閃で叩き斬った。
しかし…ミューゼが体勢を立て直すには十分な時間と隙が生じていた。
「受け止めてッ…【ブラックエッジ・エクスキューション】!!」
「ぐうっ…」ヴェルドールは剣で受ける「な…何だ、この力はッ…!?」
ヴェルドールのカタナにヒビが入った。
「私はもう…迷わない…!」
ミューゼは叫び、剣に更に力を込める。
「…はっ」ヴェルドールはミューゼを見つめ…そして寂しそうに笑った「分かった。なら、お前が終わらせてくれ。あのバカ野郎を止めて…世界に平和を…!」
「…ヴェルドール…?」
「じゃあな、お嬢さん。先にあの世でステキな部屋でも借りて待ってるぜ」
ヴェルドールの手が動き、わざと剣の側面に力が入るように身体を捻る。
バキィィン!
★
「え…」ミューゼは地面に刺さった剣を引き抜くと、ヴェルドールを見つめた。
ヴェルドールは虚ろな目を虚空に向け、折れた剣の柄をまだ握りながら、既にこと切れていた。
「…わかんないよ」ミューゼは溢れる感情を抑えきれず、地面に崩れ落ちる「もう…何が何だかわかんないよっ…!ヴェルドールの馬鹿っ鹿馬鹿馬鹿…うわぁぁ…」
ひとしきり泣いた後、ヴェルドールの瞳を閉じ、腕を組ませてミューゼはその場を後にした。そして…
「これが…魔王城への行き方だったんだ」ミューゼは呟いた。
目の前に宙に浮く門が現れていた。
扉についている紋章は、【槍を構えた獣人】と【斧を持った精霊】、【剣を構えた人】だった。魔王城に続く門の開け方は恐らく、この門自体を封印する鍵を3つ破壊することだったのだ。
鍵…すなわちそれは神器の事だろう。
どちらにせよ、ヴェルドールはミューゼに殺される運命にあった…という事か。
ミューゼはギリリと歯を噛み締めた。
「絶対…ここで終わらせる…」ミューゼは門を開いた「魔王グラヴィード!…私はミューゼ・イグシス!貴方に【生きる意味】を奪われし者…貴方が起こしている悲劇を終わらせるためにここまで来た…!」
返事はない。ミューゼは涙を拭くと、剣を構えて門をくぐり抜けた。
ここは一体どういう場所なのだろう。
ゴツゴツとした乾いた溶岩のような黒い道が続いているが、両側の壁には女神を象ったステンドグラスが赤い光を放ち、とても違和感を覚える落ち着かない場所だ。
反射的に後ろを振り向く。
ヴェルドールの遺体が見えた。
その遺体は何故かボウっと火が付き、
静かに燃え始める。
「ヴェルドール…」ミューゼは声を絞り出すようにして言った「さようなら…貴方の犠牲は…絶対に無駄にしないから」
ミューゼは歩き出す。…振り返らずに。
★
本当に長かった。
ペンスを亡くし、悲しみに暮れる間もなく魔王軍の大将の一人に捕まった。
丁度その頃、大量の兵士を率いて運良くその砦は陥落し、ミューゼは保護される。
まだ幼いミューゼは、自分の剣の能力に気づかず、その町に滞在してしまった。
そして3日後に…
町の人々が新しくやってきた魔王軍に蹴散らされてしまったのである。
ただただ自分の力が恐ろしくて、世界で一番安全だと思われる町まで逃げたこともあった。そこの防具屋の店主がとてもミューゼに良くしてくれて、専用の鎧を作って貰った。何があろうと彼を護りたくて、ミューゼは付近を警戒し、見張りをしたが…
魔王軍に限った話ではなく、この剣の呪いは彼を病死させるという結末になった。
様々な冒険者がミューゼに会い、そして3日後に確実に死んだ。
もっと早く気づいていれば。
助かる命は沢山あったのに。
そう何度も後悔した。
それから4年も過ぎたのか…。
ただ無心にそれだけを追い続けて来たのに、4年も時は経ってしまった。
…私のせいで一体何人もの罪なき人が犠牲になったのだろうか?
「…だから」ミューゼは呟く「私はその犠牲を無駄にはしない。全ての【信託】を受けし勇者が救われる為に…そしてこれ以上未来を失う不幸な人が現れないために…!」
★
長らく誰も立ち入らなかったのだろうか。通路の奥に進めば進むほどに、埃や蜘蛛の巣がひどく積もっていた。
ミューゼは辺りを警戒しながら進む。
そして…
しばらく進むと通路が開け、玉座…のような物が置かれた、半円型の空間に出る。
「…勇者よ」
「…!」ミューゼは身構えた。
「3神柱の封印を解き、よくぞここまで辿り着いた…」声は反響し、どこから聞こえているのか分からない「勇者よ。望みはなんだ?…富か…力か…?」
「貴方は…グラヴィードなの?」
「グラヴィード…」声は答えた「懐かしい名だ。しかしその名を持つ者は遥か昔に死んでいる…。我は魔王…この世界に秩序と安寧をもたらす者…」
ミューゼは剣を地面に突き立てた。
「秩序と安寧?どの口がそんな単語をほざくのかしら?」ミューゼは声を張り上げた「貴方が…貴方のせいで皆が…世界は今混乱に陥っているのよ!なぜ貴方は【信託】なんてふざけた小細工をしてまで不幸な人を増やそうとするの!?」
「…心器とはすなわち人の魂そのものだ」グラヴィードは話し出す「それを具現化する心器の錬成には、膨大な精神エネルギーと、魔法に対する抵抗力が必要だ」
「…」
「しかし世界には純粋な力を求め、苦難を乗りきらんとする勇者や十分な素質を持った魂が沢山いる。私はその者たちに力を授けているのだ」
「…それなら」ミューゼは拳を握り締めて叫んだ「何故自分の軍勢を使って世界を恐怖に陥れているの!?貴方のせいで…貴方のせいで一体何人の…」
「全ては、完璧なる秩序の為…」グラヴィードの声が響く「全ての人種、部族をひとつにまとめ【大いなる者】を倒す為…」
「訳が分からないよ…」ミューゼは剣に力を込めた「グラヴィード…私はどんな理由があろうと貴方を許さない…!ペンスや皆の仇を…今、取らせて貰う!」
声が止んだ。
そして…玉座の前で何かが光る。
その光は柱のように伸び、扉のような形になった。そして…
光の中から女性が姿を現す。
銀の髪、黒い鎧、そして長めの戦装束…
…あれは…私!?
「私はグラヴィード様にお仕えする【最後の神官】…シャドウロード」
もう一人のミューゼが言う。
「…三神柱の更に上に神官がいるなんて話、聞いたこと無かった」
「私は影…。私は必要な時に現れ、そして役目が終われば消える…」もう一人のミューゼ…シャドウロードはミューゼそっくりの声で言った「今宵、汝の心器をグラヴィード様が模倣した…この剣を以て、汝に最後の試練を与える」
…私と同じ剣…いや、違う。
剣を纏うオーラは赤ではなく…青だ。
その光を見つめるうち、ミューゼは体からわずかに力が抜けていく感覚を感じた。
…?この感覚は…何?
「行くぞ!」
シャドウロードが駆け出す。
「…っ!」ミューゼは相手と剣を合わせた。…全く同じ力加減…戦闘能力はまさにミューゼの影だ。
「…せぇぇい!【カースボルト・ブランディッシュ】!」
ミューゼは素早く剣を払うと、そのまま横に一回転しながら技を見舞う。
「やるな…だが!」
シャドウロードの鎧にヒビが入った。
…自分自身を攻撃するなんて…!
かなり精神的にも厳しい戦いだった。
しかし…この戦いの厳しさはこんな物ではなかった。再びミューゼと剣を合わせた時に異変が起きる。
「えっ…?」
ミューゼの体から力が奪われる。
そしてシャドウロードの傷が塞がっていくのが見えた。
「お前の心器は【自身の命を奪う】が、私の心器はその逆…他者の命を奪い、自身の物にする…」
シャドウロードはそう言うと剣をかち上げ、ミューゼと同じように剣を振り抜く。
青いオーラは稲妻のように戦場を駆け抜け、ミューゼの身体を貫いた。
「ああぁぁぁ…っ!?」
我ながら、これを避けるなどというのは至難の技…急所は逸れた物の、かなりの痛手を負ってしまった。
左腕の感覚がない。
恐る恐る見ると、その先は無かった。
代償の痛みも合わさり、一時的に痛覚が麻痺してしまったのかもしれない。
しかし…
「ぐう…うぅッ!」
再び剣を合わせるが、片手では攻撃を受け止めきれない。
「これではグラヴィード様には足元にすら及ばんな…人間風情が」
シャドウロードが呟いた。
そして振り上げられた剣が漆黒に光る。
…私はあれが何かを知っている。
あらゆる防御手段を無視し、相手の魂さえも喰らう漆黒の刃。
あれで私は今までに沢山の人の魂を喰らい続けてきた。
「…あはっ…次は…私の番なの…?」
その呟きがシャドウロードに聞こえていたのかは分からない。
ただ…
ミューゼそっくりのその少女は、ミューゼと同じように迷いなく。
その、漆黒の刃を振り下ろした。…心器を壊されて死ぬと言うのは、一体何を感じ、何を感じなくなって死ぬのだろうか。
…心そのものを破壊されると、全て感じなくなるのだろうか。
…私はもう、罪の意識に苛まれる事から解放され、楽になれるのだろうか。
ミューゼはぼうっとそんな事を考え、漆黒の刃が自分の剣を目掛けて振り下ろされる様を、スローモーションのように…他人事のように眺めていた。
腕も足も動かない。
万策は尽きた。
…そもそも一人では無理だったのかも知れない。呪われた心器を捨て、早々に命を絶っていれば、私は…
瞬間、体が浮いた。
反射的に心器を握り締めた。
「…あっぶねぇ…」
耳のすぐ近くで声がした。
…するはずのない声が。
「な、に…?」シャドウロードが驚きの表情でこちらを見つめた。
遅れて、ミューゼはようやく自分がその人物に左腕で抱き抱えられている事に気づいた。…どうして…だってあの時…!
「おいおい…何てひどい顔してるんだよ」ミューゼを地面に下ろすと、彼はニヤリと笑った「よう、こんな所で奇遇だな?可愛いお嬢さん」
ミューゼは目が熱くなるのを感じながら、彼の名前を呼んだ。
「ヴェルドール…!」