ヴェルドールが生きていた!
…でも、何故?
彼は片手に心器を持っていた。
黄色い光を発するカタナ…ではなく、
赤黒いマグマのような、絶えず熱を発している、巨大な刀身の刀だ。
刀身から滴る赤い液体は、岩の地面に触れると燃え上がり、火を灯していた。
「…どうだ?なかなかだろう?豪雲煉獄刀…こいつが今は俺の愛刀だ」
「あ…」ミューゼは言いたい事が有りすぎて、言葉に詰まる。
「おいおい、俺様のネーミングセンスに感動してるのかよ?」ヴェルドールはいつものように軽い調子で話し出した「お前があの心器を叩き折ってくれたから、グラヴィードに仕える義理も無くなったって訳だ。どんなカラクリかは分からねぇがミューゼ…お前がきっと危ない目に遭ってるだろうと思ったら、このカタナが出てきて俺は目を覚ました」
…自分で心器を錬成し、死の淵から蘇ってきたというのか。
「…ヴェルドール…うっ…」
ミューゼは涙を拭きながら言った。
「いやぁそれにしても役得だぜ」ヴェルドールは鞘にカタナをしまうとミューゼにいやらしく指を動かして見せた「やっぱり年端もいかない女の子だな…最ッ高に柔らかいなぁ…いやぁ、改めて最初宿屋で何もしなかったのが悔やまれるなこれは」
「へ…変態」
…全く、この人は…。
「…なるほど…自らの力で心器を錬成したか…」シャドウロードは口を開いた「【幻狼神】ヴェルドールよ…まだお前には価値がある。今すぐその女を殺せ…さすれば我らに楯突いた事は忘れてやる」
「いやぁ…向こうも美人だなぁ。というか同じか!困った困った…」ヴェルドールは懐から水晶の塊を取り出す「リングモント…お前の残してくれた心器…世界を護って全てを手に入れる為に…使うな」
そしてミューゼに水晶の塊を投げる。
「…?」
ミューゼの目の前で水晶の塊が黒くなり、木っ端微塵に砕け散った。
それと同時に…
ミューゼはまず、視界が開けた事に驚いた。遠くの方までちゃんと見える。
そして…全身の傷が癒えている。
左手を見ると、何事も無いように
ちゃんとそこについていた。
「感謝しろよ?」ヴェルドールはカタナに手を掛けて言う「リングモントは人の為なら自分を考えない最高のヤツだった。お前みたいな美少女の力になれて、アイツもきっと喜んでるだろう」
「ありがとう…本当に…!」ヴェルドールの隣にミューゼは立った。
「よし…ミューゼ」ヴェルドールはミューゼの頭をそっと撫でた「玉座の裏に何かある。きっと先に進めるはずだ」
「…?」
「アイツの能力は大体分かった。流石に二人がかりでも倒しきるのは難しいだろう。…俺が時間を稼ぐ。だからその間にグラヴィードを倒すんだ」
「…でも…」ミューゼは言いかけた。
「このまま二人満身創痍でグラヴィードに挑むよりは全然いいさ…なぁミューゼ。俺がここにいるのは、お前の覚悟が俺の魂に届いたからだ。だから…言わなくても分かるよな?」
「…分かった」ミューゼは武器をしまって駆け出した「お願い…死なないでね!」
「まぁ適当にやってるぜ?」ヴェルドールはシャドウロードに襲い掛かりながら言った「さぁ行けよ!ちゃんと二人で、生きて帰るんだ!な!?」
「ヴェルドール!」シャドウロードは剣をかち上げると、叫んだ「貴様、グラヴィード様を裏切るつもりか?…今すぐ私の前から消えろ!さもなければ…」
「あぁ?消える?…いいぜ」
ヴェルドールの姿が消えた。
「な…!?」
シャドウロードが狼狽する。
「…これでいいかよ!」ヴェルドールは背後から痛烈な一撃を食らわせた「容赦しねぇぞ?俺は一度惚れた女を泣かす奴は半殺しにする主義なんだよ…どうだよ?いい性格してるだろ?」
★
確かに玉座の裏には転移用と思われる魔法陣が描かれており、ミューゼが上に乗ると、魔法陣は起動を始めた。
「クソ、逃がさんぞ!」
シャドウロードが慌ててこちらを向く。
「【幻狼斬〜真打】!…解ッ!」
「ぐわぁぁ!」シャドウロードが反対側の壁に叩きつけられる「ぐっ…」
「おいおい?」ヴェルドールはミューゼにウィンクをしながら言った「一応俺の上司なんだろ?なら俺の方が優勢なのっておかしくねぇかな?…来いよ!斬っても燃やしても死なねぇ相手なんて初めてだ!たっぷりと楽しませて貰うぜ…!」
★
気づくとミューゼは見覚えのある場所に立っていた。
昔、訪れたことのある城だ。
玉座の前に、擦りきれたローブを着た巨大な影が立っていた。
「ここは…我の記憶が作り出した場所」
影は…グラヴィードと同じ声を発した。
彼がグラヴィードなのだろうか?
「グラヴィード…貴方を倒しに来た」
ミューゼは剣を引き抜いた。
「ミューゼ…私はお前を待っていた」グラヴィードは振り向いた「ついに我が呪われし宿命を終わらせてくれると…何年もの間…。様々な者達が我に挑み、そして破れ…我に飲まれていった」
「…」
「ミューゼ・イグシス。呪われし剣を持ち、魂に解放を与えし者よ」グラヴィードは既に人の形ではなかった。角が生え、皮膚は干からび、目は赤く光を放ち、両手と両足には長い鉤爪を持っている…「頼む…ミューゼ!我を…大いなる者から…解放…してくれ…!」
「…!!」
強い殺気を感じた。
咄嗟にミューゼが飛び退いた場所に、一本の剣が突き刺さる。
ミューゼは駆け出した。
…これが最後の戦いだ。
ヴェルドールが助けてくれた命…精一杯使ってグラヴィードを止める…!
そして…二人で帰るんだ!
「…【カースボルト・ブランディッシュ】!!」
横凪ぎに、ミューゼはグラヴィードを斬りつけた。
グラヴィードは太い両足で跳躍すると、攻撃を回避した。
「ぬうん!」
グラヴィードが蹴りを放つ。
何も無かった場所から突如巨大なドラゴンの腕が現れ、ミューゼを突き飛ばした。
「ううっ!…まだまだぁ!」
ドラゴンの腕は空気に溶けるように消え、代わりに地面に様々な魔法陣が展開されていた。…これは…爆発魔法!?
グラヴィードを見ると、一度に何本もの杖を宙に浮かせ、まるで指揮者のように腕を振り上げた。
「【テラーオブアビス】!」
素早くオーラを伸ばし、魔法を阻止する為に杖を払う。しかし一瞬遅く、いくつかの魔法は発動し、ミューゼは爆風で壁に叩きつけられた。
「…ウォォ!」
危険を感じ横に飛び退く。
今まで自分のいた場所に巨大なグレートソードが突き刺さっていた。…心器を与える能力…。それは思いの外強力な能力で、どうしても防戦一方になってしまう。
どうにかして突破口を見つけなくては。
グラヴィードを見ると、次は大量の弓を召喚し、一斉に放っていた。
「…ッ!?」
赤いオーラで身を護る。
ヴェルドールの仲間の水晶のお陰か、ここまではあまり対価を感じずに対応出来ている。しかしこの状況が続けば、圧倒的にミューゼの方が不利になってしまう。
とはいえ…
…相手にスキがないっ!!
近づけばドラゴンの腕のような衝撃波に突き飛ばされ、遠くに逃げれば矢や斧や槍が山ほど飛んでくる。
ミューゼも攻撃を仕掛けていくが、相手に攻撃が当たる前に盾や剣を召喚され、防がれてしまった。
次第に体力も切れてくる。
「うっ…あ…」
目眩を感じてミューゼは動きを止める。
でもここで倒れる訳にはいかない。
「ミューゼ…オマエを…殺して、我が、世界の王者と…ナルノダ…」
「そんな事、誰も救えない!少なくともヴェルドールはただ世界を破滅させるだけだと言っていた!貴方の行動は、犠牲しか生まない…」
「ヴェル、ドール…?」グラヴィードの動きが止まる「それは…聞き覚えのある名だ。ミューゼ…その者は今どこに?」
グラヴィードの様子が変わっていた。
「自分でよく考えてみて」ミューゼは体勢を戻し、攻撃に備える「貴方が彼にしたことを…彼がどんなに苦しんだかを」
「…。私は大いなる者に敗北し、世界の終焉を宣告された…。再び奴に挑むために…私は地表の人々をひとつにして、もう一度奴を倒そうと…」
「グラヴィード」ミューゼは気になって聞きたかった事を訊く「【大いなる者】って…何の話なの?」
「…」グラヴィードはミューゼを赤い目で見つめた。
瞬間、吸い込まれるような感覚と共に、付近の景色が一転した。
★
「っ!…ここは?」
『ここは私の記憶の深部…そして全てがここから始まったのだ』
目の前にはグラヴィードと全く同じ格好をした男が立っていた。
こちらには気づかないようで、杖を構えたままミューゼの背後を睨む。
辺りには沢山の死体があった。
「あぁ…くそっ」グラヴィードの姿をした男は言う「どんな魔法を当てればいい!?こんな化け物に…でもこいつを倒さないと…世界が…滅ぼされてしまう…!」
そして。
ミューゼの背後にいる【何か】は男に白い光の矢を放った。
「ぐわぁぁ!」光の矢は男に突き刺さり、鮮血が飛び散る「あああああ…み…んな…すまない…ッ!!」
場面が切り替わった。
「わ、私は…生かされた…のか」グラヴィードは魔族の姿にされていた「奴を…倒さなければ…世界が…」
『その為には力が必要だった。私は、自らを超える者が現れるのを何年も…何世紀も待った。待ち続けた…しかし…』
場面が切り替わる。
「くそ……畜生ォッ!」
地面を殴りつけ、叫んでいる姿には見覚えがあった。背は低く、顔も幼さが残っているが…彼はヴェルドールだ。
彼の仲間だろうか…無残に引き裂かれた死体が沢山彼の周辺に転がっていた。
「人間よ」グラヴィードはヴェルドールに声をかける「我を倒しに来たのだろう?立ち上がれ…剣を取るのだ」
「…」ヴェルドールはカタナを構えた。何の装飾もされていない…小さな刀だ「…護れなかった…。だが俺は最後まで戦う…それが俺に残された、せめてもの償いだ。お前を倒し、俺は全てを手に入れる!」
「全ては手に入らない」グラヴィードは腕を広げる「ヴェルドール…お前は殺すには惜しい男だ。…お前は真に全てを手に入れ、この世界の人々を護ろうと魂に誓っているか?想いを刻んでいるか?」
「…何が言いたいんだよ…?」
「大いなる者は必ずや再び現れ、この世界を滅ぼしに来るだろう」
「大いなる者…だと?まさか…」ヴェルドールは目を丸くした「おいおい、お前はまさか過去にノヴァに喧嘩を売ったってのかよ…?あんなの伝説上の話だろ?」
「大いなる者は定期的に現れ、世界の再生を引き起こす」グラヴィードは頭をおさえた「大いなる者を止めなければ、この呪われた傷は我が精神を…ググ…ううう」
「…何だ…何が起き…!グ…あぁ?」
ヴェルドールに刀が突き刺さった。
…あの黄色い心器だ。
ヴェルドールは仰向けに倒れる。
「…我の目的は…地表の人々をひとつに…統治し…心器による支配を…」
「…」操り人形のようにヴェルドールは起き上がり、心器を引き抜いた「この感情…そうか…そういうことだったのか」
★
「この胸の傷が囁くのだ…」ヴェルドールは言った「全ての人々を支配し、心器による生け贄をもっと差し出せと…」
「結局のところ、その…」ミューゼは訊いた「大いなる者というのは何者なの?」
「私がいなくなれば、お前が戦う事になるだろう…」グラヴィードは答えた「時空の淵より現れる、再生の名の元に全てを破壊する者だ。千年に一度姿を現し、【世界と等価の対価】を払うことで姿を消す…。しかしその脅威がある限り、世界は常に破滅の危機に晒されているのだ」
「貴方はそんな物と戦って…その胸の傷を受けた」ミューゼは彼の胸を見つめる。…
白い矢はまだ刺さったままだった。
「私は【世界を破滅させる】意識と戦いながら、自分を解放してくれる者を探していた。…自らの力で戦士を増やし、大いなる者と戦おうともした。
…もうどれが自分の感情なのか…制御が効かなくなっていた…。ミューゼ、私は…この矢が…大いなる者が残したこの矢が破壊されれば解放されるだろう…」
グラヴィードは懇願した
「頼む…もう時間が経ちすぎてしまった…私を…殺してくれ…!」