「さぁ…頼む」
グラヴィードには自身の心器が効かない。
自身の願いで神器を作り出し、それで他人の心器を破壊する事の出来る人なんて一握りしか…今は私しかいない。
それは分かっていた。
この話を聞かされる前も後も、彼を倒すという意志は揺らがない。
あの胸の矢によって大いなる者に侵食され、心器を与える能力を無理矢理与えられ、そして次第に強くなっていく世界の破滅への衝動を押さえ続けていた…
だけど、もう彼は限界なのだろう。
…彼はミューゼの一振りに全てを託している。持てる力全てを使って、自分の力を封じ込めているようだった。
「分かった。…この魂に…安らぎを…」ミューゼの剣が漆黒に光る「さようなら…グラヴィード…【ブラックエッジ・エクスキューション】!」
確実に何かを壊した手応え。
最後の彼は、どんな表情をしていたか。
魔王は死に、世界がもう魔族の軍勢に攻めこまれる事はなくなる。
私は、すべきことを成せた。
明日からは自由になれる。
ここまで来るのはとても長かった。
けれどこれで。
私は、生きる意味を取り戻せたのだ。
…ほんとうに、そうか?
背筋が凍った。
何か、取り返しのつかないことが。
…取り返しのつかない、
何かを自分はしてしまった気がした。
★
「…ここは」ミューゼは何も無い部屋で目を覚ました。
正面にグラヴィードがいる。
彼は人間の姿を取り戻していた。
「ミューゼ…ありがとう」グラヴィードは頭を下げた「私は…改めて君に謝罪しなくてはならない。君の憎しみ、悲しみの力を、自らの解放の為に利用してしまったこと…まずは謝らせてほしい」
「…死者は戻らないよ」
ミューゼはポツリと言った。
「私は大いなる者の呪縛から解放された…しかし君には、想像を絶する辛い事が待っているということを言っておこう」
「…?」
「私が矢から受けていた能力…それは【自由自在に心器を相手の魂を食らって錬成できる】能力だ」
「…それって…」ミューゼの背筋に冷たいものが走る「それじゃあ…貴方が死んだら、他の【信託を受けた勇者】はどうなるの…?」
「この瞬間に独白した事を恨んでくれても構わない。だが私は確実に迷いのない一太刀で、終わりを迎えたかったのだ」グラヴィードの体が光り始める「ミューゼよ…何があっても絶望してはいけない。行き場を失った魂は君に叫ぶだろう。その一時の苦痛を乗り越え、その力を使って大いなる者を倒してほしい」
「ちょ…ふざけないでよ!?」ミューゼは叫んだ「待って…私はそんなっ!」
グラヴィードの身体が薄くなっていく。
「残念だが…もう時間だ。本当に申し訳なかった。それとおこがましい話だが…ミューゼ、私はこの世界の何処かに自身の魔力を少し隠している…もしその場所を見つけることが出来たら…」
それだけ言って消えた。
魔王は姿を消した。
そして…
ミューゼは現実に引き戻された。
「…あ」
感じる。
断末魔を。
未練を。
後悔を。
懺悔を。
憎悪を。
悲壮を。
ミューゼは感じた。
今、この瞬間に。
【信託を受けた勇者】は一人残らず。
死んだ。
「うぁ…あああ…」
ちがう。私じゃない!
ちがう。私のせいじゃ…
ちがう。
チガウチガウチガウチガウチガウ
「いやだ…いやああぁァァぁ!?」
「ミューゼっ!」
身体を誰かに抱き止められる。
触るな。
私に触るな!
「ころす…ころした…私が…ぜんぶ」
「…!?」
ミューゼの様子を見たヴェルドールは顔を青くした。
…最悪だ。やはり彼女に全部背負わせるべきじゃなかった。
何を思おうが、もう遅い…。
「ミューゼ!他の皆は全員無事だ!ブローベルまで戻ろう。なっ?」
「いやだ…いやぁぁぁあ!?ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!わぁぁぁぁッ!?」
瞬間。
驚くべき速度でミューゼは持っている剣を真横に投げ飛ばした。
剣はヴェルドールが歩いてきた通路の更に向こう…致死距離すれすれの辺りで壁に突き刺さって動きを止める。
「あ…が……ぁ」
ミューゼは倒れ、
身体を痙攣させ始めた。
「ば…馬鹿!?何してやがる!?」
★
城壁の外で目を覚ました者がいた。
自分は中層で罠にかかり、はるか下の階層に叩き落とされた筈だった。
近くでは鎧の兵士に斬られ、倒れたはずの仲間も起き上がっていた。
そしてアルビオント…いや、どういうわけか全員が【三神柱】のことを忘れ…彼をヴェルドールという名前で意識していた。彼は他に外壁に放り出された者達を助け起こしている。
…その顔には深い影が差していて、傍らには目を虚ろに見開き脱力している少女を連れていた。
★
【数日後】
ヴェルドールは窓の外を見ていた。
…あの戦い以降、ミューゼはおかしくなってしまっていた。
絶えず何かに誤り続けていた。
そして何度も心器を捨てようと…自殺を図ろうとしていた。
俺は伝えるべきだったのだろうか?
「おい、聞いたか?例の全国で多発してる連続怪死事件で、被害者に一致してる所が発見されたらしいぜ」
酒場の連中の雑談が聞こえた。
「…あぁ、知ってる」
「全員が【信託を受けた勇者】だったんだろう?俺達がブローベルを攻略したときに一緒にいたメンバーにも共通する事柄だ。…皆例外なく、心器を持ってた連中がたちどころに死んでた」
改めて、信託を受けた勇者の多さには驚いていた。そして、この事態を引き起こしたのはたった16の女の子だ。
「それにしても、魔王が倒されたってのになんだか世界は変わらないよな」
「ヴェルさんが魔王を倒したんだよな」
「いや…詳しい話はヴェルさんからは聞けなかったんだが。どうやら別のやつらしいぞ。大方相討ちにでもなったか…【例の勇者の突然死】の犠牲者だったのか」
幸いこの町に限っては配下のビボルダー・アイによる魔法の記憶操作を早急で行ったため、ミューゼが魔王を倒した事実が露呈することは無いだろうが。
…彼女にこの重責は重すぎた。
たとえ正しい事だったとしても、自分の一振りで何千、何万という人が死んだ。
だがあそこでグラヴィードの心器の対価について話せば、ミューゼは心を変えていたかもしれない。
俺はこの世界を護るためにミューゼを利用し…ミューゼに全てを背負わせた。
俺は世界を救う、その願いを手に入れるためにミューゼを犠牲にした。
…なんて卑怯者なんだ…!
「…俺、旅に出ようと思う」
立ち上がって小さく言った。
「ヴェルさん…?」
酒場の連中が一斉にこちらを向いた。
ミューゼはいつの間にか自分の前から居なくなってしまっていた。
どこを探してもいない。
何も残さず、忽然と彼女は消えた。
あの白い髪の少女は自分の理想が産んだ幻覚だったのではないか?ヴェルドール自身そう思いたい気持ちで一杯だった。
それでも魔王を倒す現場に居合わせていたのは事実で、最後の部屋で心に傷を負ったミューゼを連れて帰った感触だってまだ手の中に残っている。
心器を持っている信託の勇者が皆死んでしまったのも、疑いようのない、変えられない真実の事なのだ。
だからこそ。
…もう遅すぎるかもしれない…けど。
彼女にもう一度会いにいこう。
そして伝えなければ。
自分で責任を抱えるな。
仲間を頼れ。
泣きたいなら泣けばいいと。
★
北へ。
向かう人影があった。
辺りには雪が降っていて、
その人影は白い煙を吐いた。
「…よんでる。私…を」
冷えきった風が長い銀髪を揺らす。
漆黒のプレートアーマーについた傷が、彼女が壮絶な戦いの中にいた事を物語る。
黒と蒼の戦装束に染み付いて取れない血の匂いは、誰の物なのか。
虚ろな赤い瞳はただ、前を向いて。
切れた唇から血を流しながら、
4年前に家族のように愛する人を亡くし、大勢の人々の世界を救い…同時に世界を殺した少女は唸るように言った。
「よんでる」と。
【第一章…終】
ここまで読んで頂きありがとう。
第一章は完結です。
彼女の旅路がどのようになるのか…。
まだ書いておりますので、
気長にお待ち頂ければと思います。