「あっつ…」
一面に広がる広大な…砂。
どこを見ても砂。 砂、砂…
「どうしてこんな訳の分からない場所に魔王軍の三神柱の一人がいるって情報を持ってるのよ…あんのクソ情報屋め…」
しかしとにかく暑い。
暑いというよりも熱い!
重い漆黒の鎧にやたら袖の長い、踝まで長い戦装束…この格好はどちらかと言えば寒冷地仕様なのだ。
…ここはペルテナ・キョルガ・マロット。西ペリオルデ言語で【流砂と亡骸の城】を意味する。
次にターゲットにするのは【緑光神】ペオース。自然の力にまつわる心器を持つとさるているのだが…
「し…自然のしの字もない…出てくる魔物は皆毒持ち…もう貯水タンクの中に入って涼むしか…」ミューゼはとりあえず水を飲もうとタンクの蛇口を開ける。砂漠の長旅になると分かっていたので、町の古くなっていた貯水槽の修理を引き受け、報酬代わりに余っている貯水槽のタンクを貰ってきたのだ。だが…どうやらミューゼは何百リットルも水が入るタンクを上回る程の方向オンチさで砂漠をさまよっていたらしい。
「は…はは…」文字通り乾いた笑いが口から溢れる「うわぁぁぁ!畜生がッ!」
剣で貯水タンクを叩き壊すと、ミューゼは荷車を蹴飛ばして歩き出した。
…だいたい、どの方向に進めばいいのだろうか…全く見当もつかないのだが。
オアシスが見つかれば良いのだが、ミューゼの視力で見つかるだろうか…?
「砂漠の一人旅なんて…大嫌いよ…」
★
数時間後、オアシスの水源に沈むミューゼの姿があった。
「…ぷはぁっ!死ぬかと思った…」
辺りに何も危険な物がない事を確認すると、鎧を外してそこら辺に干す。
薄着になると肩まで水に浸かる。
「あ゛ー…」
まだ16なのにババアみたいな声が出たなぁと思いつつミューゼはくつろぐ。
なかなかこうなっては抜け出せない。
水に浸かりながらミューゼは考える。
…道中の生物が脅威なのか、オアシス付近にも人のいる痕跡が全くない。
よくよく冷静になって考えてみれば…何か違和感がある。
「…早めに出ておくかな」
よく熱された鎧を再度身に付け、少し後悔しながらミューゼは辺りを見渡す。
この辺りに魔王軍の拠点などがあれば話が早いのだが…
「…よくよく考えれば、砂漠に砦を建てるというのは難しい話だよね…」ミューゼは髪をとかしながら一人呟く「だいたいそんな場所に建物があったら流砂に巻き込まれて全部砂に埋まる…砂に埋まる?」
…あぁそうか。行くべきはつまり
「下かあっ!?」
しかし問題は入り口だ。一体どこに人が入れそうな入り口があっただろうか。
いや…もしかしたら人では無いのかも知れない。砂漠の魔族サンドアンターは、全身を黒い皮に包まれた蠍や蟻みたいな虫の姿をしており…地面を二足歩行で自在に掘り歩く事が出来るらしい。
しかしミューゼはここまでにサンドアンターを一匹も目撃していなかった。
もしかしたら最初から、ミューゼが無防備になる瞬間を伺っていた…?
「いやいや、それじゃあ私がのんびりと水浴びしてる時に襲いに行けば…ん?」
日もだんだんと落ちて、空が夕暮れの色に染まり始めた時に…ミューゼは足元の違和感に気づいた。
何故、私の影がつかないのだろうか?
ふと上を見る。赤い空…にしては少し色合いがおかしなような…
「うまくカモフラージュされてるけど、これってまさか…」
ミューゼは思い立ってオアシスに飛び込み、水中用の望遠ゴーグルを使って頭上の様子を確かめた。
…やっぱりか。
頭上を何か巨大な板が頭上を飛んでいる。それも尋常でない大きさの。
板…いや、というよりこれは…
浮遊する…大陸?
「ぷはっ」水から出ると、ミューゼは荷物を纏めて走り出す「あれに乗るためには…一体どうすればいいんだろ…」
「よう」その時、ミューゼの目の前に突然薄汚れた外套を纏った男が現れた。
ミューゼは反射的に武器を取るが、顔を確かめると呆れたような声をあげる。
「ホーク…あんたせめてもう少しましな登場の仕方出来ないわけ?びっくりするじゃない。まったく…」
「いやいや、俺ぃの心器の能力は知ってるだろうぉ?そんな驚くことねぇべって思っててぇなぁ」
彼は流浪の情報屋ホーク。
魔王の情報をいち早く掴みミューゼに教えてくれる協力者だ。
…様々な場所の言語をすべて理解出来る反面、通常時にミューゼたちと話す際におかしなイントネーションが入る。
「たしかに貴方の心器が【偽りの外套】で、心器使いには全く姿が確認出来なくなるって効果なのは知ってるけれど…はぁ」
「で、情報なんだがな…あ、今回はタダでおしえてやるぅぞ」
「なんで?」
「いいものをぉ…見させて貰った…」
…
「カースボルト・ブランディッシュ」
「おい馬鹿ヤメルォ!?」
★
ホークから教えて貰った情報によれば、地下遺跡に浮遊している船に向かうための仕掛けがあるということだった。
『ただ、俺もそれがどういうもんなのかはわかってねぇんだ。地下遺跡へのルゥートを教えるから、後はいつもどぅり一人でなんとかするぅんだな、死神さんよぉ』
「地下遺跡…ここか…」砂の山かと思われた場所のひとつに、裏が洞窟のように穴が空いている場所を見つけた。
穴は真っ直ぐ地下深くへ伸びている。
「…ま、悩んでても仕方ない…か」
ミューゼは穴に飛び込んだ。
軽い砂がミューゼが滑り降りる際に巻き上がり、周りが全く見えなくなる。
しばらく滑り降りているとやがて、軽い衝撃とともに身体を包み込まれる感覚…
…砂に埋まった!?
もしかして流砂の流れで出来た蟻地獄のような場所だったのなら、もう地上に戻るすべは無く、窒息死する!
半狂乱でミューゼは身体を動かした。
「ぷはぁぁっ!殺す気かいっ!」
砂だらけになって抜け出すと、ミューゼは辺りを見回した。
…暗くて何も見えない…。
ランタンを取りだし火を点ける。
黄色い光に照らされた辺りの様子は…確かに地下遺跡と呼ぶに相応しかった。
壁にぎっしりと書かれた古代の絵の数々、そしてミューゼが降りてきた場所以外は全て綺麗に石造りの天井が支えている。
砂漠の下にあるのだから、少しは砂に埋没しているのだろうと思っていたが…
「…うっわ…鞄の中も砂だらけだ…」
しばらく鞄の中身をひっくり返したり、一旦鎧を外して服をほろったりしながら砂を落としていく。
水浴びしたばっかりなのに…
じっとしているわけにもいかないので、砂をほろい落とすとすぐに歩き始めた。
壁にぎっしりと書かれた絵は、どうやらこの遺跡に祀られているモノについて書かれているらしかった。
順番は間違っているのか分からないが、その昔に破壊された都は砂に埋没し、人々は飢えと乾きで死んでいく。
しかしそこに再生の女神が現れ、人々の為にこの地下都市を作った。
再生の女神はこの砂漠地帯を緑に変えようと地上で奮闘し、人々は女神の為に地下で祈りをささげた。
砂漠は緑を取り戻し、地上は再び人が住めるようになったが、人々はやがて再生の女神の事を忘れてしまったらしい。
『怒りの女神は地上を再生された緑とともに空へ返してしまった。祈りを捧げよ、さすれば楽園への道は拓かれん』
「…つまり祈れと」
…ちょっと待てよ。緑を取り戻す再生の女神…『緑光神』ペオース…?
いやいやまさか、でもだとすれば。
なんてもの奉ってるんだここはぁ!
しかしそれにしても、書いてある事が本当なら、ペオースはすぐ上にある浮遊大陸にいるということである。
そして恐らく彼女に敬意を払わないと上には連れていって貰えないのだ。
「他に飛行出来る手段が遺跡内にないか探さないとなぁ…」保存食の干し肉をかじりながらミューゼは言った。
しばらくさまよい歩いていると、何か巨大な門に突き当たる。
…ペリオルデ文字だ…
門の横に何かが書いているのだが、ミューゼには解読できない。
「現地の言葉で書くのやめてよ…」
門を叩き壊そうにも、何か障壁がありうまく剣が通らなかった。
…さて。どうしたものか…
「おい!そこで何をしてる!」
背後の通路の奥から声がした。
それと同時に左腕を何かがかすめ、壁に当たって弾け飛ぶ。
…狙撃…!?
これは相手の出方を見るしかない。
「…誰?」声を低くして言う。
「動くな」背後から近づいてくる気配…
魔王軍の手下だろうか?いや…ならば何故すぐに撃たない?
ミューゼは大剣とサーベルを投げ捨てると、両手を上げて振り返った。
「…あ」ミューゼは声の主と目が合う「え…ええと…私はミューゼと言いま」
「知ってる」
植物の絡み付いた不思議な長銃を構えた緑のドレスを着た少女は言った。
「…」
ミューゼは緊張の面持ちで少女を見つめる。歳はまだミューゼよりも若く見える。
「死神勇者…だろう?格好からすぐ分かった」近くの剣をちらりと見ながら少女はそう呟いた「ここで何をしている?」
「わ…私は魔王を探して…」ミューゼは答えた「魔王の幹部の一人がこの近くにいるって情報を受けたんだ。緑光神ペオースのこと、貴方は何か知らない?」
「知らんな」少女は即答した「知っていたとしても、貴方には…」
「危ない!後ろっ!」
ミューゼは反射的に叫ぶと、放り捨てた剣に神経を集中させる。
次の瞬間には蟻にも似たおぞましい頭部が地面を転がり、ミューゼは頭に銃口を押しつけられる。
「今…何をしたッ…!」
「うわぁぁだってあのままじゃあなたサンドアンターに後ろをとられて…」
「…」少女はため息をついた「剣を放り捨ててもアンタは敵に攻撃出来るのか?」
「うん。剣に込められた魔力でオーラを生成する事は出来るから、後はそのオーラを伸ばして物質化すれば…」
「…つまり、【心器】の能力ね」
「うん」
…気まずい静寂が流れた。変わったことといえば、サンドアンターの死体の発する臭いが追加された事ぐらいか。
「ペオースを…追っているの?」
少しして少女が問いかける。
「うん…えっと、何か知ってるの?」
「ペオースと会って…どうするの?」
少女はミューゼの目を覗き込んだ。
…他人事ではない雰囲気を感じた。
もしかしたら彼女は、ペオースを知る人間である可能性が高い。
「魔王のいる場所を教えてもらう…でも三神柱の一人は問答無用で襲ってきたから…もしペオースが敵対的なら、手段は選ばないかも知れない」
「…友好的だったら?」
「もし友好的なら話をするだけ…場所に心当たりが無ければ次を探すよ。三神柱の下の【四天王】や【五将軍】の時からこのやり方は変わらない…。でも確実に近づいてる筈なんだ…魔王に会って…私は…」
ミューゼは少女を見つめた。
「でも」少女は言った「全員が全員本当の事を言っているかはわからないわよ?何故彼らが魔王に尽くしているか、分かるでしょう?彼らは自らの心を心器に変えてる。それも魔王の力で、ね」
…!?
「…待って」ミューゼは会話を切って言った「心器は魔王を倒すために女神の信託を受けた者が入手する物じゃ…」
「本当を言うと、女神なんてものはいない。魔王自身が自らを楽しませる素質のある人間に女神の姿を見せて心器を作るの。…その様子なら、貴方もなのね」
「…うん。この剣のせいで大切な人が皆…一人の例外もなく死んでしまった。私のこの世界での存在意義は魔王から私の存在意義を取り戻すこと…」
「魔王を倒して、その後はどうするの」
「…魔王は強いから、私は全力で力を使う」ミューゼは苦笑した「だから多分、全部終わったら…私、生きていないと思う」
あはは。
ミューゼは力なく笑った。
「貴方は…それでいいの?」
「良いんだよ。たぶん」ミューゼは上を見上げた「別に多くは望まない。魔王から【意味】を取り返して、それによって死ぬの…私はそれで…良いんだよ。たぶん」
★
少女はペルゼと名乗った。
経歴は言わなかったが、自然の力を操る魔導士で、この地下遺跡を調査して報告する仕事で来ていたそうだ。
ペルゼの監視つきで、再びミューゼは地下遺跡の探索を始めた。
【続く】