怒りを露にした赤いペルゼは、その姿を変えていった…。
まるで何千年も前から立っていたような、巨大な霊樹…そんな巨大な樹を腕にしたような、とんでもない大きさのウッドゴーレム…立ち回りを気を付けなければ、一瞬で地上まで落下する羽目になる。
「グオオォォ!」
ゴーレムは巨大な腕を横に振り抜く。
「…ッ!」
ミューゼはオーラを呼び出し、棒高跳びの原理で飛び上がるが、この方法もミューゼの命を削る行為…長くは使えない。
…どうする…?
先程斬り倒した樹と同じく、ゴーレムの左胸にあたる位置に膨らんでいる部分が見える。…恐らくあそこを突けば、ゴーレムを無力化することが出来る。
「ウオオオオ!」ゴーレムが今度は地面に腕を叩きつける。
植物と土砂で出来た天井は簡単に崩れ、そこに大穴が空いてしまう。
ミューゼの足場も少しずつ悪くなっていた。…全て崩れるのも時間の問題だ。
…仕掛けよう…!
ミューゼは剣を構え、駆け出した。
狙うは足元。このゴーレムは巨体を維持する為に非常に微妙なバランスを保っている。身体を支える足部分を攻撃していけば、体勢を崩して隙が生まれるはず…
「…!?」
突然何かに足を取られ、ミューゼは地面に転んでしまう。
見るとまるで手のように樹の根が足に絡みつき、ミューゼの動きを封じていた。
…この場所自体が彼女全てなんだ。
とにかく次の攻撃が来るまでに早くほどかなくては…!
しかし既に辺りは暗くなっていた。
ゴーレムの巨大な腕がまさに今、ミューゼの頭上に振り下ろされているのだ。
「なら…下だぁッ!」
ミューゼは剣を地面に叩きつけ、自分の周りに穴を開けた。やがて下層に体が落下していく…上では轟音と共にゴーレムの腕が地面にめり込み、落下中のミューゼに向けて岩がいくつか飛んできた。幸い致命的な場所には当たらなかったが、もうこの方法は使えないだろう。
なんとか剣のオーラを使い下の階に着地して、目眩を頭を振って振り払うと、頭上で天井が破壊され、ゴーレムが落下してくるのが見えた。
「ニゲルナ…ニゲルナァァ!」
…いや…あんな巨体が下層に降りたら、床突き破って下に落ちるんじゃないかな…
しかしそんなミューゼの期待を裏切り、ゴーレムは下に無事に着地すると、
丸太のような腕から樹の枝を伸ばし、まるで手のような形に変化させてから地面に差し込んだ。
「ちょっと…それは卑怯だよっ!?」
メリメリという音と共に、地面が隆起した。ゴーレムは自分の目の前にある地面を引き剥がしているのだ…!
あれでは接近出来ない。しかもそんな物をどうするかと言われたら…
「グァァァッ!」
当然、ゴーレムはその地面を…投げた。
天井の柔らかい地盤の物ではない。分厚い石の柱などが絶妙な具合に組み合わさって出来ている、【見事な】地面だった。
これは斬ってどうにかなる物ではない。
「ひっ…うわぁぁぁ…!」
次の瞬間ミューゼは地面に叩きつけられた。またもや今度は腕を樹の根に絡めとられたのである。
仰向けに倒れたミューゼの、その目と鼻の先を通りすぎる凶悪な塊。
とてつもない風圧で、しばらく立ちあがる事もままならなかった。
…どうやら外したらしい。今すぐにでもこの場を離脱しなければ…次は無い!
力を入れると何故か簡単に根は外れた。
…ん?どうして…
しかし冷静に分析している暇はない。とにかく距離を取らなければ…
地面によって壁に大穴が空いていた。
そこから隣のフロアに滑り込む。
足の先に固いものが当たった。
見ると、破壊されてしまっているが…巨大な台車の形から察するに…投石機だ。
「つまりここは…兵器庫か…!」
何かあのゴーレムに打撃を与えるような物があるかも知れない…!
背後からは死の宣告の如く響く足音と地響き。焦る気持ちをなんとか落ち着かせながら、ミューゼはこの施設の兵器の可能性に賭けた。…例えば、投石機に爆弾を装填して相手に放り投げるとか…
リザードマンの砦で見たような、そんな攻城兵器でもあればいいのだが。
ふとミューゼは上の方に、鋭い槍のようなボルトを発射する兵器…バリスタが設置されている事に気づく。
…でも梯子を登っている最中にバレたりしたら…間違いなくバリスタが設置された二階部分の倒壊で…
ふと後ろを振り向く。ゴーレムはこの兵器庫ではなく、自分が投げた地面を漁り、ミューゼの死骸を探しているようだった。
なるほど…なら迷ってる暇はない。チャンスはきっと今しか無い…!
ミューゼは慎重に梯子を登り始める。梯子にはびっしりと植物が絡み付いていた。
太古の梯子なので途中で壊れないか心配ではあったが、なんとか登りきると、急いで設置されたバリスタに向かう。
「ちゃんとサイトもついてるし…動く。弦は…あれ、新品同様じゃないか」ミューゼは首を傾げた「昔の物だと思ってたんだけど…最近使った人がいたのかな?」
しかしこれはこれで早めに攻撃準備が出来る。…実を言うとミューゼはバリスタの腕はあまりいい方ではないのだが。
…この状況では言っていられないね。
ボルトを装填し、攻撃の機会を待つ。
「…イナイ…」
ゴーレムがこちらの方を向いた。
「いけぇっ!」
ミューゼはバリスタを発射する。
バシュンという風を斬る音…。
槍は真っ直ぐに飛び…胸にあるコブの、だが少し右に逸れた位置に突き刺さった。
「ああッ、畜生!」
「ソコカァァァ!」
間違いなくこちらの位置がバレた!!
素早く目に止まった植物が巻き付いていたが、鋭そうなボルトを装填する。
…早く…早く…ッ!
弦を張り直し、こちらに突進するゴーレムに照準を合わせる。
「くらぇぇ!!」
しかし当然ながら止まっている標的を狙うより、走っている獲物を狙う方が至難の技である。槍は真っ直ぐゴーレムの背後に…落ちる筈だった。
「ウギャアアアア…!」
槍は途中で軌道を変えたのだ。そして胸にあるコブに見事、深々と突き刺さった。
ゴーレムは苦しみだし、そのコブのあった場所に…刺さっているボルトと違う、赤く華美な装飾のされた斧が煌めくのをミューゼは見逃さなかった。
心器…あれがペオースの…!
ミューゼは梯子を滑り降り、剣を構えて雄叫びをあげて走り出した。
「うおおお…【カースボルト・ブランディッシュ】!!」
全身の激しい痛みにミューゼは顔をしかめた。度重なる魔剣の連続使用により、身体のあちこちが出血しているのだ。
しかし様々な幸運が重なって出来たチャンスだ…これを逃せばもう次はない。
ゴーレムはミューゼの一撃によって、当初の計画通り片足を吹き飛ばされていた。
体勢を完全に崩し、ミューゼの手の届く位置まで胴体部分が降りてくる。
「ペオース…これで終わりにしよう…」ミューゼは魔剣を振り上げる「【ブラックエッジ・エクスキューショナー】!!」
どす黒いオーラを纏った凶悪な一撃は、ゴーレム…ペオースの心器を完全に破壊、粉砕した。
「〜〜〜〜〜!!!」
もはや判別不能の叫びが響く。
ゴーレムは形を失い、バラバラとその身体を土に返していく…
「さようなら…また会う日まで」ミューゼはそう呟くと、自分の足元を見て苦笑した「ぐっ…ふ…毎回思うけど、この剣を使って軽傷で済んだ試しがないよね…っ…」
意識が遠のいてきて、ミューゼは近くにあった何かにもたれ掛かって気を失う。
「…っと。こんな力を使いながらよく今まで生きていられたわね…」
とても暖かくて、ミューゼを包み込んでくれるような…そんな気がした。
★
「そら…起きろっ」突然頭をぶん殴られ、ミューゼは飛び起きた。
「うぎゃあぁぁ!…あ、あれ?」
辺りは自然豊かな森だった。全く見覚えのない場所だ。頭を殴ったのはペルゼだ。いつものように緑のワンピース姿…しかし手には見覚えのある斧が…
「起きたわね…。まぁ、何…」ペルゼは照れくさそうにミューゼから視線を反らす「【怒りの女神】の退治…ご苦労様」
「え?あ…えぇっと…あれ?ペルゼが赤くなってて、ゴーレムになって、動力の心器を破壊したから女神は死んで…つまり斧は壊れてるはずで、んん?」
「落ち着け。私の話を聞きなさい」ペルゼは近くの切り株にちょこんと座る「まずは私が何者か…から話そうか。長くなるから、そのつもりで」
★
遥か昔、この地に貧しい村があった。稀に降る少しの雨を集めて人々は生活していた。ある日、そこに一人の魔導士が訪れる。
魔導士はこの村の惨状を目の当たりにし、そして村人たちに同情した。
得意分野である自然魔法を使い、荒れ地に植物を育成し始めたのだ。
簡単そうに聞こえるが、実はこれは恐ろしく途方もない苦労が必要になる。
何故ならどんな魔法を持ってしても、魔法の力だけでは植物を生やすことはできても、自然を戻すことは出来ない…。
しかし魔導士は諦めなかった。
世に存在する様々な文献を読み漁り、そしてようやく、【心器】というものの存在を知ったのである。
人の奥深くに眠る心の願いを物質化する魔法…いや、魔法という単語に収まらないほどにそれは奇妙で、複雑なモノだった。
魔導士はそれに全てを賭ける。
そして…
【自身の存在認識】と引き換えに、周囲の天候を自在に操る。
そんな心器が出来ていた。
そして強力な心器の【代価】として、村人達は魔導士の事を忘れてしまい、ペオースという【再生の女神】として地下深くの遺跡に奉られる事になったのである。
存在を認識されなくなってしまった魔導士…ペオースは、その後も自然の回復に勤めた。人ならざる者になってまで、その村が好きだったのだろう。もしくは未知なる領域に足を踏み入れた事で、更なる探求心が生まれたのだろうか。
しかし時が経つに連れて、彼女が自然を戻そうと奮闘するほどにペオースは人々の記憶から忘れられていった。
そんな時だった。
…ヤツが現れたのは。
夢とは違う、テレパシーのような精神世界に呼び出され、ペオースは【魔王】と対面した。そして、魔王から同じような効果の3神柱の心器を与えられたのだ。
これはすなわち、【信託】により作られた女神の姿を騙った魔王が生成する心器もまた、人々が願いで作る心器とは全くの違うものだと言うことを意味する。
当然、ペオースは断った。
内容があまりにも酷すぎる。
「その魔力を使い、我に従属せよ。我に反乱せし者達の土地をすべての命が還りし永久凍土へと変えるのだ」
ペオースは断った…筈だった。
受け取った心器をよく見るべきだった。次の瞬間ペオースから、怒りを露にした部分が物質として飛び出したのだ。
双子のように瓜二つ、しかし人々に忘れ去られた憎悪が形を為した、邪悪な女神。
その女神はペオースを斬り殺すと、魔王に従属を誓い、手始めにこの地を浮上させ、ここから各地に魔王の言う通りの天候障害を引き起こしていたのである。
…
斬り殺されたペオースの肉体は、まだ死んではいなかった。地下に群生するキノコや苔などの生命力を分けてもらい、辛うじて魔力を保っている状態だった。
自身の元にはまだ、自らが作った心器が残っていたため、力を行使する事が何とか出来たのである。
…あの女神を止めなければ…しかし…
魔力が回復するにつれて身体を再生出来るようになったが、魔力が完全に回復するまでにはかなりかかる。なんとかして上にいる女神を止めてくれる、誰か強力な味方が欲しかった。
少ない魔力を使い、世界の情勢を少しずつ植物を通して確認する。
そうして、女神を止められる可能性を持った一人、死神勇者ミューゼがこの地に来ることを知ったのである。
【続く】