誤字報告やミスの指摘をしてくださった方、心よりお礼を申し上げます。
原作前のため、オリジナル鬼が登場します。カーズ以外の視点多め。
ひんやりとした山の静寂が夜闇をかけ巡る。多種多様な動物が活動を始めたり、眠りに着いたりと至って平穏であると言えるだろう。
ある場所を除いては……
山の中の森が開いた場所で、激しい獣臭と吐き気を催す程の強烈な血の匂いが充満する。草木などには激しい戦いがあった事を連想させるような血痕も付着していた。
しかし、周りに散らばっているのは体の一部が欠落している人間の死骸や喰いちぎられた臓物、折れた刀しか見られない。
それらを、このような場所には似つかわしくない美貌を備える女が冷ややかに見やる。
「柱でもない隊員が幾ら来たって無駄なのよ。あの御方に逆らうような愚か者にふさわしい末路だわ」
皮肉を言い終えた鬼は、絹のような長い白髪をなびかせながら背を向けた。そして、死体にかじりつく己の下僕の下へと身を運ぶ。
「男の方は少し食べていいけど、女は私が全部食べるから綺麗に残して置いてね」
愛玩動物を諫めるような口調で言い立て、それらに愛しむ視線を送る。このような人間を完全に食料としか認識していないその光景は人間からしたら異様としか言えないだろう。
だが、彼女らにとってはそれが普通である。
森やその付近にいる
いとも簡単に崩れ去るとは知らずに。
――何か音が聞こえる……
音は、自分の近くにある草むらから聞こえた。
本能的に言い知れぬ危機感を覚え、自分の配下の動物たちに命じ、警戒に当たらせる。
ゴソッ
かき分けるような音と共に草むらから現れたのは、自分が使役する猪の一匹。自然と張り巡らしていた緊張の糸が緩む。
場を緊迫させた猪はどこか心許ない足取りで女の鬼へと向かってくるが、鬼は『こっちにおいで』と言い、温和な笑顔を見せながら向かい入れる。
――驚かせないでよね、まったく。足取りがおぼつかないように感じるけど、異常はないようだね。
見たところ傷もなく、どこもおかしくないよう見えることに対して、心からに安堵できた。
しかし、安心すると同時に違和感を覚える事となる。
「なぜ、自分の支配下にあるはずの動物なのにまったく気配を感じないのか」と。
それを悟った瞬間、体全身におぞましい程の寒気が伝わり、全力で後ろへと飛びのく。体制を整わせながら、足が地に着くと同時に目の前の存在を一瞥する。
すると……
爆発したのだ。
黄金の閃光を体に発しながら、突如爆散したのだ。吹き飛んだ肉片は、地面や木に当たると徐々に傷の部分から溶け始め跡形もなく消える。
「――は?」
何が起こったの? なぜ、爆発したの? などの様々な疑問が彼女の中で浮かび上がっただろう。だが、それを考える暇は与えられる事はない。先ほど、猪が現れた草むらから唐突に聞こえる男の声によって。
「その女が主か。もっとも途中から微弱な雨では消せない人間の血のにおいで、居場所はすでに把握していたがな……」
先を見渡せないほどの暗闇から、黒い洋服を身に纏い、右腕から刃を生やしている男が現れる。その名は、カーズッ!
「自分の血を動物に注ぎ込み、使役する能力か。それも血を分け与えられた動物は、通常の個体より遥かに強くなると見た。個としてではなく、集団としての強みを生かす鬼か」
呟きながら、惨状に自ら踏み込む男。己を威嚇する凶暴化した動物の群れを前にしてなお歩みを止めることはない。
「こいつがあの子を殺した」と理解するには時間は掛からなかった。目の前に突如現れた男によって。
怒りが沸々と湧き出る。どのように殺したかは知らないが、殺したという事実だけで全身に力が沸き立つ。
(鬼舞辻様から十二鬼月の地位を賜った私を怒らせるなんて)
「十二鬼月に手を出して、生きて帰れるとは思わない事ね!!」
憤慨を目に宿しながら、手下の動物に攻撃を仕掛けさせる。鬼化の影響により、角や牙など体が異常に発達した鹿や猪が弾丸のようにカーズへと襲い掛かる。必ず仕留めるという意志と共に。
(恐れもせず私に向かってくるか。だが——)
「遅いッ!」
たとえ、血を分けているとしてもこの程度とは…… 高がしれているな。
小揺るぎもせずに、自分の背丈ほどの大きさを持つ猪を右腕だけで正面から抑え込む。
肺胞一つ一つを膨張させ、大量の空気を吸い込み全身に淡い光を漲らせる。
そのまま圧倒的な波紋が集約している右手で相手の頭蓋骨を握りつぶし、肉を塵と変えてしまう。
続けて襲い掛かってくる獲物にカーズは目をやる。地獄の針の山を連想させるような剛健な角を持つ二頭の鹿が愚直に突進するが、怯むことなく前へと進む。
徐々に視界は巨大な角に覆われ
激しい衝突音が響き渡た
ることはない。
代わりに上半身と下半身に両断された鹿の死体が、肉を融解させながら冷たい地面に横たわるだけ。
何事もなかったように死体の横をこの男は自ら築いた血の道の上を歩きながら進む。右腕に生えている刃から血が滴り落ちるのを横目もせずに。
――アレは不味い。
血が凍るような錯覚にとらわれる。自分の血で強化されていた動物が全く歯が立たない。何人もの鬼狩りを倒してきた経験があるというのに、それがたった一人の男によっていとも簡単に蹂躙されている。
それにまったく動作も見えなかった……
男はただ立って歩いているようにしか見えなかったのに、体がブレたかと思うと、いつの間にか使役している動物は骸と化している。
目の前の存在は異常だ。蜃気楼のように気配を感じなくても、今起きたことがすべてを物語っている。
――あの子たちには、悪いけど。すべての戦力を使わなければ、この男には勝てない。
でも、やらなきゃ確実に死ぬ……
自分の血を分けた存在をさらに目の前の男にぶつけるのは不本意であったが、自分が死ねばどのみちあの子たちも助からない。自分には残された選択肢は限られていると悟る。
意識を研ぎ澄ませ鬼は呼びかけた。山全体に生息する己の血を宿す動物たちを。
夜の山には似つかわしくない動物の鳴き声が辺りを響き渡る。二・三匹程度ではない。何十もの雄叫びである。唸りを挙げながら、一斉に己の主の下へと向かってきたのだ。
ほどなくして、女鬼の周りは山の獣で埋め尽くされる。鹿や猪以外にも熊や鷲など大きさや種類に関係なく群をなす。だが、共通点は一つある。
それは、主に害をなす存在を憎んでおり、目には闘気で満ち溢れている点だ。
――山にいるのはすべて集めたわ。あの男の周りにも配置して、退路を断つように仕掛けた。山も知り尽くしているこちらの方が有利。
数の利を得たことにより、勝機を見出し、自然と緊張によって吊り上げられていた眉を和らぐ。そして、己の配下に攻撃をするように心の中で命じる。
先程とは比べられない程の敵意を帯びた群れが、一人の男を滅しようと大地の怒りのごとく揺れ動く。
「ほう…… かなりの数を一度に操れるようだな」
――わざわざ、少し待った甲斐があったと言うものだ。
ぬかるんだ地面に足をつけながら、カーズはほんの少し感嘆の声を漏らす。純粋に心の中で相手の能力を称賛し褒めたたえる。
(どうやら地の利と数の利で思い上がっているようだな)
「だが、それが貴様だけの特権とは思わぬことだ」
端正な顔に獰猛な笑みが浮かび上がる。まるで、遊具を与えられた子供のように、純粋であるが、どこか残酷な笑みをだ。
鬼による包囲網外から、何かがこちらへ高速で向かってくる。それは、足音も立てず疾風のごとく大地を這い、己の退路を防いでいたであろうものに牙を突き立てる。
ドサッ
何かが崩れ去る音が響く。やがて暗闇の向こうから忍び寄るいくつもの影は、雨雲からかすかに漏れる月明かりで姿が晒される。
瞳孔が縦に裂けるような眼を有し、くねくねと動き回り、カーズの周りへと集まるもの。
それはカーズが索敵のために生成したあの獰猛なコースタルタイパンであるッ!
「そうだな。アレを久しぶりに戦わせてみるとしよう…」
その言葉が合図であるかのように、蛇の骨格が歪み始める。目の瞳孔は丸みを帯び始め、輝くような鱗は茶色の毛と変わり、可愛らしい生き物へと変化する。だが、顔とは不釣り合いの凶暴そうな牙を口から覗かせていた。
リスであるッ! それもどこかで見たようなッ!
それらが自分たちよりもはるかに大きい動物たちを見据えていた。可愛い鳴き声を鳴らしながら、カーズの命令を受けた茶色い毛玉たちは猛然と相手に立ち向かう。
本来なら絶対に敵う事のないものに向かっているというのに、そこには恐怖の感情は全く見られない。
見えるのは、前から走ってくる群れを己の空腹を満たすものとしか見ていない貪欲な捕食者たち。
口から夥しい涎が流しながら、体全身を回転させ餌へと飛び込む。鮮血を宙に舞わせながらリスに突っ込まれた動物たちには、まるでドリルに突かれたように胴体に穴が開く。
鬼化したら、痛みには鈍感になるが、痛覚が完全に消えることはない。体を抉り取られた動物たちは、傷口から伝わるあまりの激痛に突進していた体の動きを弱めてしまう。
それが仇となってしまうのだ。この捕食者は、己が食い破った獲物が絶命していないことを確認すると、相手が反応すらできない速度で容赦なく牙を再び突き立てる。
このハイブリットリスの咬合力、 3900kg/㎠。 シュトロハイムの指圧の約二倍ッ!
「フフッ。このカーズがただのリスを創造すると思うなよ。その愛くるしい顔とは、反面。咬合力はあのナイルワニでさえも遥かに凌ぐもの。たとえ鬼化した獣であろうと、生命活動が不能になる程の肉片にするのは造作もないことよ」
発言通り、鬼化した動物の群れは抵抗も出来ぬまま、蹂躙される。鬼の再生力をも超える速さで行われ、肉を徐々に食い破られ、やがて血が染み込んだ地面のみがただそこに残る。
―――何なのよあれッ!
蛇がどこからともなく現れ、それが骨格を変えリスになる。この事だけでも驚くのには十分だが、そのリスがさらに信じられないことに自分の使役する動物を次々と抹殺する。
もはや、女鬼には最初に自分の子供が殺された時に抱いた怒りは消え失せ、純粋な恐怖のみが心を支配する。
――逃げなきゃ……
自分が対峙している男は、数の優劣さえ簡単に覆してしまう光景をまざまざと見させられた。たとえ、すべての戦力を投入したとしても勝てる見込みは薄いと気づく。生き残るためにこの選択肢が頭によぎるのは当然の帰結である。
だが、当然カーズがなにもせずに鬼を逃がすことはあり得ない。それも今までに出会ったことのないほど、濃厚な鬼の血を持つ存在をだ。
“囮”
生き残るために必要な手段。だが、躊躇われる手段が鬼の脳内に思い浮かぶ。それは長年、一緒に付き添ってくれた存在を死地へと向かわせ、自分は逃げるというもの。
でも、やるしかない……
決意を灯した目で自分の横に待機させている二頭の大きな毛むくじゃらの熊を見やる。
巨大な体と不釣り合いに女の鬼を愛くるしく見つめる二匹の熊、それは自分の血を最も多く分け与えた存在であり、最も強い力を有する存在。
だが、たとえ精鋭の人間を何人も屠った存在でも、あの男にはほんの少しの時間稼ぎにしかならない予感がした。
――ごめんね。
心の中で涙を零しながら別れの挨拶を済ませ、相手に最後の攻勢をかけるように命令を下す。そして、心の中に巻き起こっている悲哀や不安を無理やり押さえ付けながら、夜闇をかけ巡る。
「わずかな護衛をつけて、逃げたか……」
闇へと姿を消した鬼をカーズの目が容赦なく捉える。
その姿はもはや鬼としての強者の威厳などはなく、ただ自分より強い者からひたすら逃げる事しかできない草食動物を彷彿とさせるものであった。
「だが、このカーズからは決して逃れることはできん。この山は既に貴様の独壇場ではないからな」
たとえ、一時的に視線から逃れようと生物の頂点に立つこの究極生命体は、一度狙った獲物を逃す事はないッ!
――その前にあの鬼が残していったものを片付けるとするか……
己に立ちはだかる群れ。それは主人を逃がすために、命を投げ出す覚悟のあるものたちの集合体。まさに巨大な盾と言えよう。
しかし、いかなる盾でも相手の矛が上回る力を持っていればまったくの無意味と化す。
鋭利な刃を備える右腕の肉を急激に盛り上がらせ、変容させる。やがて本人の体格をもはるかにしのぐ大きさへと袖を破きながら膨れ上がり、見た目がアンバランスになるが本人は気にすることはない。
変化を終えた右腕は、まるで海に生息するあのタコの足を想起させるものであった。しかし、それには吸盤はなく、より重量を感じさせる。
それは人間が決して見ることが叶わない古代生物の尾。人間が誕生するはるか以前に地球を支配していた生物。
それは恐竜の尻尾であったッ! それも最大級の大きさを持つ草食恐竜のものッ!
「究極の生命とは、すべての生命を兼ねるもの…… つまり、地球が誕生してから生まれてきたものをすべて自由に操れる存在のことを言う」
目を怪しく光らせながら、カーズは肩に遠心力を乗せ、軽々とそれを振るう。容赦なく己に立ち向かうモノたちに。
尾は、まるで巨神が罪人を裁くための鞭のようにしなり、稲妻のごとく獲物へと襲い掛かる。
15メートル以上の長さを持ち、何十トンも誇る尻尾の唸りを止めうる存在はいない。
強力な波紋が流れる尾に触れただけで、一瞬で傷口から気化し始め消滅するもの。
まともに喰らってしまい、体を引き裂かれるもの。
頭から、その巨大な鞭を浴び、圧死するもの。
大蛇のような尻尾に巻かれ、吸収されるもの。
圧倒的な暴力と蹂躙が場を支配する。
たとえ、どんなに強化されているモノでもこの男の前では、アリがバッタに変わったに過ぎないようなもの。それらが決して勝つことはない。
「あらかた片づけたか。しかし、まだ残っているな。ならば……」
それらを一瞥し、己の右腕をまたもや変化させる。尻尾の表面にはいくつもの小さなトゲが隙間なく生え始め、残っている標的に例外なく向けて放つ。
あらゆる方向へと、高速な回転を帯びているトゲは標的に吸い込まれるように突き刺さる。トゲは肉を抉り風穴を開くが、貫通する事無く体の中へと留まり、中から粘り気の強い紫色の液体が流れ込む。
攻撃を浴びた鬼化した動物たちは、例外なく体を痙攣させ、皮膚が毒々しい色へと染まり事切れた。森を覆っていた無数と思われる咆哮は途絶え、喧騒としていた森を静寂が包む。
「少々時間をかけてしまったが、自分の能力を存分に試せた。まあよかろう」
己の周りにある骸を少しの間だけ見つめ、これらを操っていた鬼の後を追いかける。
***
「まだ、追いかけてきている!」
女の姿をした鬼が、頭で地形を思い出しながら肩で息をしながら険しい山道を全速で駆ける。その顔には焦りの表情を浮かべ、額から大量の汗がにじみ出ている。
無事にあの男から逃れたと思ったら、どこからともなく無数の蜂が進路の前に現れ自分を執拗に追いかけているからだ。
連れてきた護衛の何体かをけしかけるも、瞬きの内に全身を蜂に覆われ、毒を注入させられてしまいすぐに絶命してしまう。
アイツの手からまだ逃れていない……
其れを察するには時間は掛からなかった。顔に血糊で覆われていたはずなのに、それらを吸収したあの男の手先が追ってきている。
だからこそ、己の持つありったけの力を足に込め、息を切らしてもなお全身全霊で突っ走る。
だが、その走りは強制的に止める事となる。何故ならば、自分の前を走らせていた護衛が何の前触れもなく、前頭部から切断されたからだ。
――何か前にある!
勢いを乗せていた走りを無理やり止め、土砂が巻き起こる。
巻き起こった土砂が晴れてから、前方を見やる。そこには注意してみなければわからぬが、透明の糸が一定の間隔を開けて何重にも張られていた。いや、それどころか自分の左右、そして上空にもびっしり張ってあることにようやく気づく。
そんな、私は……
「そうだ。貴様は追い込まれたのだ」
上から声が聞こえる。聞きたくないと思っていたあの声が。現実じゃなければどれほどよかっただろうと思う。しかし、そこには私を見下ろす一人の存在がいる。
「弱者が自分よりも圧倒的な強者に出会ったらどうするか。それは本能に従って逃げることよ。それは当然のことであり、自然の理でもある…… だから、それを見越して罠をあらかじめに作り出し、ここに来るように己の分身を使い追い込んだのだ」
すべてのことを見透かしているかのような目で女の鬼を見つめ、カーズは言葉を続ける。
「貴様はこの欠けている左手を見て何とも思わなかったのか。己の体をあらゆる生物に変えられる存在の手がないことに違和感を覚えなかったのか?」
そうッ! カーズは索敵のために作り出した蜂をあえて戦場に呼ぶことはせず、待機させていたのだ。一部の蜂は鬼を追い込むためにそのままにし、それ以外を蜘蛛へと変化させ罠を作り出していたのだッ!
蜘蛛の糸はとても頑丈である。その強度は鋼鉄をも上回り、伸縮性も十分! 罠を作るのには最適であったのだ。しかも、カーズはそれらを一本では使用せず、いくつもの糸で束ねて使うことにより、ワイヤーカッターと同じような切れ味を持つッ!
「言っておくが、それには触れない方が賢明だぞ。糸と糸には、僅かではあるが無臭でかつ致命的な藤の毒を刷り込ませている。貴様が使役した動物みたいになりたくなければな…」
蜘蛛の糸によって切断されたものを指さす。そこには肉片が転がっており、傷口は紫色に染まり、肉全体もその影響を受けているのが見受けられる。
それらの言葉を聞き、呆然自失している鬼の前にカーズは歩み、いとも簡単に頭を捕まえる。鬼の表情は困惑と恐怖で一杯といった所だろう。だが、カーズがそれを気にすることはない。
「確か貴様は自分のことを十二鬼月と呼んでいたな。貴様の血や能力の強さから察すると、何か特別な意味を持っているようだな。おそらく、鬼の中でも上位の力を持ち、あの御方と呼ばれる者に仕える精鋭というところか。違うか?」
呆けている鬼へと問いただす。ただし、返事が返ってくることはない。なぜなら、十二鬼月は鬼舞辻への忠誠を刷り込まれているから、主に不利となりえる情報を流すことは不可能である。
だが、カーズにとって沈黙は意味をなさない。五感のすべてが突出しているこの究極生命体は、あらゆるものを見逃さない。たとえ、鬼であろうと直に触れているのであれば感情の起伏を読むのは容易な事だからだ。
「やはり、そうか。貴様の左目には “下陸” と刻まれている。他の鬼にはこのような目をするものはいなかったな。つまり、これは十二鬼月特有の物。そして、下と陸を使っているという事は上の陸も存在するかもしれない。これは階級の記号を表しているのではないか?」
問いを投げかけ続ける。どんな嘘も見破ってしまう存在に女の鬼には成す術はない。弱者と強者の縮図がここにある。
――なんでこんな存在と出会ってしまったのだろう。
目の前の存在と出会ったすべての鬼が最後に考えてしまうことを十二鬼月であるこの鬼もまた考えていた。
鬼の中でも特に優れている自分が鬼殺隊の柱とは思えない男、其れどころか未知の生物とも言える存在に敗北する。こんな未来を想像するのは不可能であっただろう。
「貴様の主や他の十二鬼月の居場所を教えてもらうとするか」
――なんで私はこんな目にあっているの?
また問いかけてくる。そして、教えたくない情報が勝手に相手に伝わっていく。でも、この質問に答えることは出来ない。それは、鬼舞辻と会えることは滅多になく、会えたとしてもいつの間に目の前にいるから居場所など分かるはずがないのだ。
他の十二鬼月の場所も同様。それは、互いに無関心という事もあるが、縄張り争いをしないため、散らばって日本各地に潜伏しているからである。
――そんなの知らないわよ! この化け物ッ!
異形の自分を棚に上げ、内心で悪態をつきながら、自分を掴んでいる男を睨みつける。
だが、目の前の男がそれを気にかけることはない。男はただ冷静に私を見つめている。
――やめて。これ以上聞かないで……
「温度、脈拍、筋肉の動きなどにあまり変化が見られない。知っていたら、それなりの反応を示すはずだがな。貴様、奴らの居場所を知らないとみた」
ならば、貴様にはもう用はないな…… 安心してこのカーズの一部になるがよい。痛みを感じるのは一瞬だ。
残酷な言葉が耳を鳴り響く。
――私、死んじゃうの?
胸の奥底から湧き上がる死ぬことに対しての恐怖、これからはあの方のお役に立てないことに対しての絶望が鬼をとめどなく震わせる。
——せっかく末席とはいえ、十二鬼月に成れたのに。まだ血を十分にあの方から頂いていないのに、このまま
何か方法はないかと辺りを模索する。心の中で誰にでもなく必死に助けを請う。しかし、結果は明らかだ。
(もう、ダメだよね。誰も助けに来てくれるわけがない....)
助けに来てくれるものがいないと悟ると、涙を頬に伝わせながらどこか諦めの表情でこれから起こるであろうことをとうとう受け入れる。そして、最後に
――私もあなたたちのところへ行くからね……
死んでいった自分の血を分けた子供たちを最後に思い浮かべ、もう一度の再会を願いながら意識を途絶えさせる。
人間に対しては無慈悲であったが、仲間には情が厚い鬼がこの世から姿を消した。
「十二鬼月か」
戦いを終えたカーズは、己の分身を自らの体へと戻し、分身に預からせていたターバンと帽子を被りながら呟く。
そして抜け殻となった白い装束を見詰めながら、新たに得られた情報に思考を巡らす。
――鬼の中でも特に力を持つ存在、そして吸血鬼よりも多岐に渡る能力を駆使する存在。つくづく、このような存在がどのようにして生まれたのか気になるな。
結局、この鬼も闇の一族などの情報については知ることはなかったが、やはり大元にたどり着かなければならないか……
未知なる鬼の存在。そして、自分の知らない闇の一族の可能性に警戒を強める。
「だが、最後に勝利するのはこのカーズよッ!」
己と同じように太陽を克服してしまえる存在の抹殺。それを心に抱いて闇へと紛れる。
この世界の運命の歯車が徐々に狂いだす。
To be continued >>>>
*Q&A
①波紋で何で猪を操れたの?
原作で金髪の波紋使い(シーザー)が波紋で女性を操り、ジョジョを殴らせた場面とジョジョによる時間差での鳩攻撃?から得た発想です。(アニメの14話)
②リス強すぎませんか?
忘れてはなりません。このリスが、あの誇り高き機械人間(シュトロハイム)の鋼鉄の腹をいとも簡単に食い破った場面を.....
それを行うのに必要そうな数字を載せました。
③自分の体格より大きいものをなぜカーズは作り出せるの?
人間などの生物は、普通なら一定の限度で細胞の分裂が止まり徐々に老化し、死を迎えます。
ですが、カーズは究極生命体になることで完全なる不老不死となり、無限に細胞分裂をすることができる体になったと解釈しました。
体の一部を単細胞生物のように無限に細胞分裂させ、増えた細胞の遺伝子を書き換ることにより、さらに巨大なものを作り出せるのでは?と作者は考えています。
実際に原作ではないのですが、公認のジョジョのテレビゲームでカーズは明らかに自分の腕より長いタコの触手を生やして攻撃していますからね。
筆者の余談
目的の為なら、カーズは非情にもなれるという場面を伝えたくて今回の話を作りました。