究極生命体カーズ 襲来   作:僕は悪いスライムじゃないよ

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 誤字報告をして下さっている方々、毎回お世話になっております。
 
 今回はおっさんのバーゲンセール。モブの話し方が全部似ていると感じるかもしれませんが、気にしないよう頭を空っぽにして読んで頂けると幸いです。



第五話 夢を追い求める者

 下弦の鬼を倒しひと月が経とうとした日の出来事から、今回の奇妙な冒険は始まる!

 カーズはいつものように人気(ひとけ)の少ない夜道を歩き、誘き寄せた鬼を的確かつ無慈悲に屠っていた。

 だが、今回いつもとは違っていたのは、一人の中年と言えるであろう男性にその姿を見られた事だ。

 

 経緯はこうである。

 夜の田舎道を歩くカーズ。その反対側から、なにやら何も持たずに全力で息を切らしながらこちらへと逃げてくる男がいる。そのさらに後ろを一定の間隔を開けて血走りに追ってくる鬼がいた。

 

 人非ざる獣は最初は男を追っていたが、鬼の好む匂いを発していたカーズへと目移りし無謀にも襲ってきたのである。

 当然、カーズは襲ってきた鬼の首を容易く腕で掴み、血鬼術も発動できない鬼だとわかると波紋でこの世から抹殺したのだ。

 

 このような一部始終を男が見てしまったのである。

 

 

 「人間に見られたか」

 

 ――私の姿を見たこの人間をどうするか……

 

 男を消すという選択肢もあっただろう。とはいえ、波紋の力を見せてしまった故に、己に敵意を持たない存在をわざわざ屠る必要性はないとも考えていた。

 

 加え、私はこの男の人間関係を全く知らない。その段階で消す手段を取るのは愚策だろう。一度殺してしまえば、取り返しのつかないことになりうるかもしれん……

 

 カーズは経験から学んでいるのだッ! かつて、自分の仲間でもある部下が意図的にではないが、マルクという青年を殺してしまった事を。それが二人の波紋使いの敵意を増幅させ、消せぬ程の大きな火種となってしまった事をッ!

 結果、少しの間何もせずに立つ事となってしまう。

 

 そこをまだ顔を赤く染め上げている男が気軽に話しかけてくる。

 

 「おめえさんのおかげで助かったよ。礼を言うぜ、ありがとうよ。人を食いそうなヤツを簡単に屠るなんて、まさか噂の鬼狩りか?(ヒック)」

 

 どうやら、顔が紅潮しているのは酒を飲んでいるからのようだ。ほんのりと日本酒の甘い香りが男から漂う。

 

 「戯けた人間よ、このカーズをそこら辺の有象無象と同列に扱うとは愚かな」

 

 非力な人間と同じように扱われて、どこか不機嫌な表情を見せるカーズ。感情を表へと出し、少し威嚇するように男を凝視する。

 

 「そうだな。おめえさんはあんな強そうなヤツを触っただけで倒したんだからな。人間なんかと一緒にしちゃ失礼だよな……」

 

 「フッ、そうだ。矮小な人間にしては分を弁えているではないか。それはそうと、貴様が袖に隠してあるのは藤の花か?」

 

 「袖の下にあるのによくわかったな。オレの故郷では、昔から夜には恐ろしい鬼が出るという伝承があるんだ。だからよ、旅に出る時はいつも藤の花が入っているお守りを小さい頃から持つ習慣があるってわけよ」

 

 会話を少しの間中断し、男は袖の下からかなり古びたお守りを取り出す。そこからはほんのわずかであるが、酒の甘い香りに混ざって、どことなく爽やかな匂いが鼻腔をくすぐる。

 

 ――なるほど、藤の花が入った護符か。このカーズの嗅覚でなければ、嗅ぎ分けられぬ程の微弱な香り。もし鬼が遠距離攻撃を私と出会う前に男にしていたならば、間違いなくこの男はここにはいない。なかなか運の良い人間だ。

 

 強運の持ち主を見ながら、男が陥てたであろう状況を分析し黙考する。すると甘い吐息を吐きながら、酔っ払いの男が再び話を切り出す。

 

 「おめえさんがいなきゃ、旅の目的も果たさずに死んでいたかもしれんからな。改めて礼を言うぜ。でも、言葉だけじゃ申し訳ねえからな! 俺が持っている情報をおめえさんにもくれてやるよ」

 

 「情報か…… 話をしてみるがよい」

 

 意図的に助けたわけではないが、恩人と認識されているならば、それなりの情報を渡してくれるだろうと考えを巡らしたゆえの発言。実利があるならば、人間の会話だろうと聞く柔軟な思考を有するカーズゆえの行動。

 両腕を組みながら、近くにある木に背中を預け、話を促す。

 

 「オレはな。昔はこの今の堕落しきった姿からは想像できねえかもしれねえがよ。汗水たらして毎日おっ母と娘を養うために働いていたんだ…… でもよ、ある日帰ってきたら娘が血痰を吐きながら咳をしてたんだよ。だから、急いで医者に連れて行ったんだがよ。回復する見込みは全く見られなかった」

 

 男はどこか遠くを見据えながら、語り掛ける。瞼は膨らみ始め、水滴が瞳に浮かぶ。

 

 「毎日、毎日欠かさず仏様に祈りを捧げた。でも、事態は悪化するばかり…… しばらくしたら、おっ母も同じように亡国病(結核)に成っちまったんだ。貯めていた貯金をすり減らしながら、治療を続けていたのによ。その甲斐もなく、娘は仏になっちまったんだ。

 そして、それを追うようにおっ母も亡くなっちまうしよ。どんなに祈りを捧げても仏は見てくれねえッ!」

 

 赤く染まっていた温和そうな顔立ちは怒りで膨れ上がり、誰に言うともなく罵倒を浴びせる。だが、その両目からは涙があふれ地面へとはらはら流れ出る。

 

 その様子を微かな音も立てずに、じっと見つめるカーズ。表情からは何を考えているかを読み取ることは出来ない。

 

 「貴様の話は理解した。だが、それがこの私になんの役に立つと言うのだ。情報を伝えると言ったからにはそれなりの理由があろう」

 

 「そうだな。悪いな昔の話ばっかりしちゃってよ。――ここからが、本題だ。実はオレの住んでいた町に、同じように嫁さんを病魔で亡くしたやつがいたんだよ。

 そいつも嫁を亡くしてから俺と同じように死人のような見た目をしていたんだが、ある日を境に急に生気を宿した顔に戻ったんだ。

 だから、聞いたんだ。『なんでそんなに幸福そうな顔になれるのか』ってね」

 

 そしたら、ヤツがなんて言ったと思う。とまるで問いかけをするかのように聞いてくる。それに対する返事は聞こえてこないが、男は声を若干興奮させながら話を続ける。

 

 「信じられない事に、『嫁に会ってきた』と言ってきたんだ。やっぱり、そんな顔をするよな。おめえさんの気持ちはよう分かる。オレもこいつが寝ぼけているのかと最初は思ったぜ。

 でも、話を聞いてみると妙なんだ。普通の夢だったら、覚めてから少し経てばほとんどの事は忘れるはずなんだよ。

 ――だがよ、あいつは自分の嫁に出会って抱きしめた時の感触や薫りを今でも感じてとれるって言ってきたんだ。それに加えて、嫁と話した内容もすべて覚えていると来た。まるで、現実であったかのようにね」

 

 隈が目を覆い病人のような顔ではあるが、話をしているうちにその瞳孔からは一筋の光を宿すようになる。そして、短い吐息を漏らし再び語る。

 

 「だから、俺も二人に会えるなら夢でもいいから会いに行きたいと思っちまったんだ…… そいつは自分の親戚がいる町で嫁に再会したって言ったんだ。長い旅だったが、あと二・三日ぐらいの距離でそこにつける」

 

 

 「その話に信憑性はあるのか?」

 

 判断材料の少なさの余り、疑心のこもった声で男に尋ねてしまう。

 

 「ああ、信用してもいいぜ。なんせあいつは、嘘をついたら本当に地獄に落ちると信じているような馬鹿正直な奴だからな! それだけじゃねえ。あいつはその人の良さからいろんな人に慕われているような人物で、同じ境遇の俺にも同情してくれる根が良い奴だからな」

 

 男は大きく頷きながら、自信を持って答える。そして苦笑しながら話の続きを切り出した。

 

 「そうじゃなかったら、わざわざ残りの金をはたいてこんな遠いところまで来ねぇよ。それに命の恩人に嘘をついちゃ俺の信義に反するってもんよ!(ヒック)」

 

 「そうか……」

 

 

 ――どうやら、行先は決まったようだな。この男の話を完全に信じられんが、この地に降りてからすでに何度も奇妙な相手と遭遇している。なにか妙な噂が流れるところに何かしらの原因があるはずだ。

 

 「その顔を見ると、この話に少し興味が湧いたようだな! どうだ、おめえさんも一緒に行かねえか? 風内津(ふうないつ)町まではまだ距離があるからな」

 

 「断る。貴様では唯の足手まといにしかならん。それに……」

  

 カーズはゆっくりと男へと歩み寄り、男の側頭部に両手をかざす。男は突然手を添えられたことに困惑する。

 

 「おいおい、なんだよ……」

 

 「私は自分の存在をあまり世に晒すつもりはない。ましてやただの人間ならなおさら、なんのメリットも存在しない」

 

 人間は弱い。何の特殊な訓練も受けてはいない人間ならば、己の命の保身のために情報を漏洩する事がありうる。

 

 漏れた情報がもし敵の手や国家機関などの第三者に渡ってしまえば、面倒極まりない。だからこそ、必要最低限の時だけに姿を現すアプローチを取っているのだ。

 

 「安心するが良い。ほんの少し波紋を使うにすぎん」

 

 そうッ! カーズは黄金色の波紋を流したのだ。波紋は男の脳へと伝わり、海馬と大脳皮質を刺激する。これはかつて、とある波紋使いの師匠が自分のメイドに使った波紋法と似ているモノ。 

 だが、性質は真逆ッ! これは記憶を呼び起こすためのものではなく、代わりに記憶を脳の奥底へと鎮める波紋。つまり、記憶を消すという事とほぼ同じッ!

 

 あらゆる波紋使いを一夜で超越し、己の波紋の能力を把握したカーズだからこそできる芸当なのだッ!

 

 「おそらく波紋そして酩酊状態により、私との記憶は無くしているだろう。だが、知識として知っていたとしても、実際に成功しているかはわからん…… おい! 人間起きろッ!」

 

 自分が流した波紋によって眠っている男に平手打ちをかます。もちろん、手加減をしているが、負い目は感じてはいない。

 やがて、額からくる痛みで男は目を開く。そのような可哀想な相手にカーズは容赦なく質問を浴びせた。

 

 「貴様は眠ってしまったが、最後に記憶にあるものはなんだ?」

 

 男は目が覚めたら突然、目の前の異国人から質問され錯乱する。だが、その迫力に押され素直に答えるしかなかったと言えよう。

 

 「ん――確か、道の端で休憩がてらに酒を飲み、少し歩いてからの記憶がまったくねぇわ。ちょっと飲みすぎちまったみてぇだな。ところでよ、オレの荷物知らねぇか? 見当たらないんだがよ」

 

 「知らんな。もと来た道へ戻ればよかろう。貴様が来た道はあっちだ」

 

 どこか呆れた顔を浮かべ、これ以上関わる必要はないと判断し、顎でとりあえず道を示す。

 

 「おめえが誰だか知らねぇが、ありがとさん! いや~。しかし、月明りしかねぇのによくもこんなところまでこれたもんだ……」 

 

 雑な道案内に笑顔で返礼する男。やがて、能天気な男は来た道へと戻ってゆく。

 

 

 

 ――鬼との遭遇の記憶まで消してしまったか…… まあ、誤差の範囲と言える。元々かなり泥酔していたから、記憶も曖昧だったのだろう。

 しかし、あの男も鬼の伝承と鬼狩りを知っているとはな。皺や皮膚の張りから判断すると、おおよそ四十といったところ。その男が幼い頃から藤の護符を持ち、昔から伝承が伝わっていると言う事はその以前から鬼と鬼狩りが存在した事となる。

 

 通常伝承というのは、慣習や信仰、言い伝えなどが何世代に渡って後世に伝わったもの。長い歳月を掛けて人間社会で成り立つ事を表す。

 

 おそらく私の想像以上に鬼は昔からこの地を跋扈していたのであろう。そして、鬼を逐う鬼狩りもまた同様。組織を維持し、戦闘をそのような年月継続するのは並大抵のことではないはず――余り軽く見積もらない方が賢明かも知れん。

 

 鬼の旗頭と同じく未知である勢力ーー黒い制服を纏う者達。近い未来いずれ対面の予感がする者達を頭によぎらせ、次の目的の方向を見据える。

 

 

 「風内津町か。人の足ならば、確かにここから二日位のところか。まあ、唯の人間の足ならばの話だがな……」

 

 今更だが、カーズは覚えているのだッ! この日ノ本にある町や村の場所をすべて把握している。それは、町に訪れるごとに毎回地図を丹念に確認していたからであるッ!

 

 人間では到底真似できない敏速で、今再び闇が蔓延るであろう町へと歩を進める。

 

 

***

 

 

 風内津(ふうないつ)町、そこは険しい岩山に囲まれた地形にあり、古くから住民たちは炭礦での採掘で生計を立てていた。この当時は石炭の需要はまだ高く、様々な重工業や燃料として活躍を見せ、町は繁栄していたのである。

 だが、その繁栄の陰では幾度に渡る事故によって多数の犠牲を出している。つまり、幸福と不幸が表裏一体として町に存在していたのだッ!

 

 

 「王森町とは、対照的な町だ。まだ夜が明けて間もないというのに、すでに町は活気を見せ始めている」

 

 町の大通りには、すでに人々の往来でごった返しとなっている。炭礦(たんこう)へと向かう屈強な男たち、店開きをする主人、道を駆け走る子供の集団などの多様性のある住人でこの町は満ちていた。

 

 「日が暮れるまで、また待機するしかなさそうだな」

 

 ――この町はかなり広い。そして、人間も大勢いる。たとえ鬼がいたとしてもその残り香はかき消されているだろう。情報の収集にあたるとしよう……

 

 まず、カーズが足を運んだのはこの町の産業の中心となっている炭礦。そこでは、空洞のある円柱から黒い煙を吐く日本家屋、すすを顔につけてトンネルへとせわしく向かう男たちなどが見受けられる。

 

 「坑道か。石炭の採掘の為にその中はおよそ何層にも分かれ、全長はおよそ数十キロにも渡るはず。それゆえに、日の光が決して入ることのない空洞…… 鬼がいる可能性は否定できんな」

 

 通常、炭礦で掘られる石炭は台車などを用いて地上に運ばれる。それは、大量の石炭を一度に運ぶためでもあるが、長い航続距離が原因とも言えよう。世界には深さ3000mをも超え、正確な全長が把握しきれていない鉱山も存在している。

 現在と比較して、技術が発達しきっていないこの時代では行方不明者が出現するのもあり得ない話ではない。つまり、人間の目が届かない所が多数あるという事だッ!

 

 足を踏み込もうとするが、後ろから聞こえる野太い声によって引き止められてしまう。

 

 「ハイカラな服を着ているあんちゃん。これ以上は関係者以外は入っちゃダメだぜ。なにせ鉱山は危ねえからな」

 

 当然と言えるが、正面から入るのを拒まれてしまった。朝っぱらからトラブルを避けたいカーズは一旦はその場から大人しく引き下がる。

 

 ――だが、私が何もしないと思うなよ。

 

 そう! 別に坑道の中にカーズが直接入る必要は皆無なのだ。

 

 人目がない所で己の体の一部を使い、いくつもの夜目が優れているハエを生成し、坑道へと難なく忍ばせることに成功する。いちいち入口に集っているハエを気にする者などいないからだ。

 やがて、その姿は終わりがないように見える穴へと吸い込まれてゆく。

 

 

 そして、数刻が過ぎる!

 

 

 結果は……

 

 

 

 

 「くまなく調べさせたが、何もないだとッ! 目論見が外れてしまったようだな……」

 

 鬼の姿どころか、鬼のいた形跡すら見あたる事はなかったのだ。

 だが、腹積もりが外れることは経験上珍しいことではない。落胆せずに、すぐに意識を切り替え他に探索していない所に向けて出発をする。

 

 炭礦は山の斜面に位置する所にあり、入るには上り坂を上る必要があった。だから、戻るときは当然下り坂を降りることとなる。

 

 「む? 来るときには気づかなかったが、あのような石碑があったのか」

 

 カーズの視線の先には、石碑が鎮座していた。それは大木の左横にあり、来る道とは反対側にあったため、完全に影となって見えていなかったのだ。

 

 僅かな興味に引かれ岩山の正面へと立ち寄り、刻まれていた文字を読み上げる。

 

 「『慰霊ノ碑 明治四十三年五月二十五日 不意ノ落盤ニヨリ、ココニ刻マレシ三十七名ノ尊イ命ガ犠牲ト為ル。再ビ悲劇ヲ繰リ返サヌ事ヲ願イ、コノ慰霊碑ヲ建立スル』か」

 

 ――亡くなった者に捧げる鎮魂碑というところか。この国ではこのような代物を建てるのだな。

 

 石碑を眺めながら、自分がかつていた国々とはまた違う形を持つそれに関心を示すカーズ。

 その姿を一人の男が捉え、パタパタと足を鳴らしながら、石碑の近くに向かう。

 

 「異人のあんちゃん、まだこんな所にいたのか。もう数刻は経っているっていうのによ」

 

 其れは、顔に煤を付けて注意喚起をしたおっさんであった!

 

 「慰霊碑を見ていたのか。その中には俺とも面識があるやつも含まれているんだよな……」

 

 おっさんは頼まれてもいないのに、硬い岩肌に手を置きながら勝手に語り始める。だが、カーズはそれを無下にせず逆に自分が思ったことを聞く。

 

 「この落盤事故の原因は何だ?」

 

 「ん? ああ。地中にある瓦斯(ガス)が突然漏れ出し、爆発を起こしたんだよ。そのせいで坑道を支える柱もぶっ壊れ、落石が降りかかったんだ。俺は何とか無事だったけど、若いもんが大量に死んじまった……」

 

 惨劇を思い返しながら静かに、追悼しながら重い口調で話を続ける。

 

 「俺の部下にも、仲間を亡くしひどく落ち込み自責の念に駆られていたやつもいた。なんせ、そいつはその日に体調を崩し、代理として入ったのが死んじまったからな。無理もねぇよ。酒におぼれ、仕事も来なくなり、もう精神も摩耗しきって廃人のようだったぜ」

 

 カーズは一応話を傾聴していたが、鬼が原因ではないと理解すると話の半分を聞き流していた。

 次に男が言う内容を聞くまでは。

 

 「まあ、嬉しい事に、最近何か吹っ切れた顔をして仕事には戻ってきたんだがよ」

 

 「なんだと? その男が復帰したのはいつ頃だ?」

 

 「ん~。二か月と少し前くらいだぞ」

 

 

 ――計算からして一年以上仲間の死に打ちひしがれていた男が、急に戻ってきただと? 何かの転換点がなければそれは難しいはずだ。

 あの道端であった男も希望を見出したからこそ、再び絶望から立ち上がれたのだ。どうもあの話の中の男とも状況が似ている……

 

 カーズは感触を抱く。こいつはくせぇ! 何か絶対あるとッ!

 

 「戻ってきた男、復帰する少し前から何か不可解な行動を取っていなかったか?」

 

 「すまんな。ほぼ一日中、家に引きこもっていたからわからんな。聞いた話によると外に出るのは、墓参りの時だけだったらしいからな」

 

 「墓参りだと? 」

 

 「そうさ。いつの時間帯に行っていたかは知らんが、かなりの頻度で通っていたと聞くぜ」

 

 「墓地を管理している者はいるのか?」

 

 「一応いるぞ。町はずれにある唯一の墓地だけど、かなりの大きさを誇るからな。有り難いことに住職が数か月に一度訪れて、定期的に管理をしてくれている」

 

 定期的に訪れる。つまり、昼夜問わず墓地にいるわけではない事を意味する。それにわざわざ夜目が優れていない人間が、町はずれの墓地を夜に訪れる事はほぼありえない。

 鬼が隠れるには都合の良さそうな場所。カーズがその結論に至るのは至極当然であった。

 

 ——亡き者との思い出を忘れられず、再び会えることを願って、墓場へと向かう人間。人間の心理を知っていて、鬼は恣意的にそこにいるというのか?

 

 その後、軽快に話をしてくれた男との会話を締めくくり、カーズは炭礦を後にする。これから接敵するかもしれない存在を念頭に入れ、町を行き交う人々の中へと溶け込んでゆく。

 

 

 

To be continued>>>

 




 ・カーズが人を積極的に殺さない理由

 今回の話で出たように、第三者などから身を隠すためが理由の一つです。おそらく必要な時だけしか自分の正体を晒さないと今後も思われます。
 なにせカーズは二度も人間に邪魔されて、目的を果たすことに失敗していますからね。

 一回目:古代ローマ時代に敵対していた波紋使いを全て倒すも、結局は皇帝が持っていたエイジャの赤石を手に入れることに失敗しています。たぶん、皇帝を守る古代ローマ軍とも戦ったのでは? と作者は考えております。

 二回目:究極の目的を果たすも、皆さんおなじみのドイツ軍とスピードワゴン財団の協力のおかげで結局はジョジョに負けてしまう。
 ただおそらく古代ローマの時とは違い、二度目はどちらかというと挑まれた立場なので、生存のための戦いと言えます。

 もう一つの理由は、鬼を定期的に食べているからわざわざ人間を食べる必要はないでしょう。それに何も食べなくても一年間は活動可能な体を持っていますからね。


*筆者の余談

・今回の舞台となった町の元ネタ:漢字一文字を英語表記にしてみてください。

・今回登場したハエの元ネタ:ヒカリキノコバエの成虫と暗黒バエ





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