SAO HR 〜深淵の巫女の日常〜   作:ジャズ

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巫女の一日

朝、七時にセットしていたアラームが鳴り、私の意識は眠りから引き起こされる。

一人で寝るにはやや広く、ふかふかで温かいベッドにもう少しだけ入っていたいという欲求が沸き起こるがそれらを押しとどめ、私は起き上がった。

メニューを操作し、普段着に着替える。一瞬視界が光に包まれ、寝間着の青いキャミソールから腹部の露出したV字ネック、ジーパン、膝くらいまでの高さがあるブーツ、両肩のアーマーとそこから伸びる白いマントに一瞬で衣装が切り替えられる。これが私の普段着。かつての私は双子のプレミアと全く同じ独特の模様が入ったワンピースだったが、とある出来事により姿が変わってしまった。当初はあまり好きではなかったこの姿だが、今では割と気に入っている。

 

寝室から出て、鏡を見て少し髪型を整えるとドアノブに手をかけて部屋を出た。

宿屋のフロントにはいくつものテーブルや椅子が並ぶが、朝の時間帯ということもあり人の姿はない。

以前なら、ここには既にストレアやユイ、そしてたまに早く起きていたプレミアが待っており、ここで朝の挨拶や雑談をかわすのが日常だったが、彼らの姿はここにはない。

一瞬その理由が分からず困惑したが、寝起きであまり働いていなかった思考が冴えすぐに思い出し、苦笑する。

 

今、彼らは銃の世界ーーなんと言ったか、《ガンゲイル・オンライン》、という世界に行っているのだ。

彼らがそこへ行くことが決まり、キリトは当然のように私を誘った。プレミアが行くと言っていたので、私も行こうかと思った。

しかし、私はその誘いを断った。無論、彼らと共に居たくない、と言うわけではない。寧ろ、キリト達と共にもっと様々な冒険をしたいとさえ思っていた。

にも関わらず、私が彼の申し出を断った理由は幾つかある。

 

 

 

 

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始まりの街から出ると、すぐにモンスターの生息するフィールドに出る。とはいえここは始まりの街から近いこともあり、遭遇する敵mobの強さはそこまで脅威ではない。

ここで私は日課である素振りをやっている。

適当な場所に足を運び、メニュー欄から大剣をオブジェクト化する。

私の手の中にまばゆい光が現れ、それらが収束していくにつれ、私の身の丈ほどもある漆黒の大剣が徐々に姿をあらわす。

《アインツレーヴェ》。私の師、『ジェネシス』が使用していた剣。

 

剣の柄を左右の手で強く握り、低く腰を落とし、剣の切っ先を右後方へ持っていくような形で構える。

目を閉じ、剣を振ること以外余計な思考を全て排除していく。すると、私の集中力が高まるのに呼応するように、アインツレーヴェの刃が赤い光を帯びる。

 

「ーーーーーーーっ!!」

 

集中力を極限まで高め、無言の掛け声と共に大剣を横薙ぎする。

だがこれでは終わらない。間髪入れずにそのまま反対側へ降り、そして今度は真上から上段斬り、左右の斜め方向の袈裟斬りを繰り出す。

両手剣OSS《ジェノサイダー・メサイア》。かつてジェネシスが使用していたスキルだが、私はこれを完全再現することを目標に毎日このスキルを素振りしている。

 

「(……まだ……あの人の剣はもっと速かった)」

 

まだイメージと自身の姿にズレがあることを感じ、少々歯噛みしながらも再び同じ構えを取り、もう一度振る。

これを私は何度も繰り返しているが、中々イメージ通りに行かない。

 

 

 

 

 

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素振りを適当なところで切り上げると、私は次にここから遠く離れたとある村に向かう。

約数十分歩き続けると、そこに到着する。

そこは、建物などはあるものの人は全くいない。もっというと、所々に何か継ぎ接ぎのような違和感を覚える箇所がある。

 

ここはかつて、私が引き起こした《大地切断》により消し飛んだ場所だ。継ぎ接ぎのようなところがあるのも、消滅した村をカーディナルシステムが簡易に復旧した為。

だがこの世界のNPCは私を含めユニークな存在。つまり一度死ねばもう戻らないのだ。したがってこの村に住んでいたNPC達は、大地切断によって全て犠牲となってしまったのだ。

 

私は、この場所に毎日足を運んでいる。

理由はどうあれ、ここに住んでいたNPC達の命を奪ったのは他でもないこの私だ。

なので私は、私が死なせてしまったNPC達への謝罪と共に、二度とこのような惨事を引き起こさないよう自身への戒めとしてここに来ている。

これが、私がキリトの誘いを断った一つめの理由だ。

私が殺したNPC達への償いが出来ていないのに、この世界を勝手に離れるなど出来ようか。

私がいつ彼らに許されるのか、それは分からない。だがそれでも、私がやってしまった行いから目を背けたりせずに向き合い続けなければならない。それこそが、私が彼らに出来る最大の償いだと思っている。

 

 

 

 

 

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街に戻ると、突如として空腹が襲った。

そう言えばまだ朝食を済ませていなかったことを思い出し、いつも通っているカフェへと足を運んだ。

いつもの席に座り、いつものメニューであるサンドウィッチとコーヒーのセットを注文する。

数分すると注文したサンドウィッチとコーヒーが用意され、一人「いただきます」と呟くと早速サンドウィッチを頬張る。その瞬間、私の顔は無意識に綻んだ。

パンに挟まれているのは、トマトとレタス、そしてマヨネーズだ。トマトの酸味とレタスの水々しさ、そしてそれらに添えられるマヨネーズのコクを、パンの甘みが包み込む。

やはり食事とはいいものだ。自分の好きな食べ物の味わいが口内に広がり、そしてそれが喉を通って自身の空腹が満たされていく感覚。これを至福と言わずして何と言おうか。美味しい食べ物があるだけで日常の鬱憤やストレスが全て解消されていく。

そしてそれは、飲み物にも同じことが言える。

最近マイブームとなっているのが、今テーブルに置かれているコーヒーだ。因みにコーヒーには幾つか種類があるらしいが、私が今飲んでいるのはエスプレッソだ。

最初は好奇心で頼んだエスプレッソだったが、いざ飲んでみるとある種の感動のようなものが私に芽生えた。

最初こそその量の少なさに驚かされたものだが、その量に見合う味の奥深さがこれにはある。味は、正直苦い。だがそれ以上に、一口口に含むだけで充満する、嗅いだだけで脳が冴え渡るコーヒーの深い香りが堪らないのだ。

また、エスプレッソの苦味がそれまで口に残っていた食材の味を洗い流して口内をスッキリさせてくれる。

 

コーヒーを飲むのは、何も食事の時だけではない。

プレミアがキリト達と共に旅立った後、セブンの計らいによって私は現実世界に存在する書物に触れることが出来るようになった。特にやることが無く暇を持て余しているときは必ず本を読んでいるのだが、その読書のお供として欠かせないのがコーヒーだ。コーヒーの苦味が脳内を活性化させ、読んでいる内容がますます頭に入りやすくなり、結果として更に知識を積むことが出来る。コーヒーの味を楽しみながら、読書をして知識を積める…素晴らしい。

 

ちなみにこれも、私がキリトの誘いを断った理由でもある。私はまだこの世界の美味しい食材を堪能できていないし、向こうにここと同じかそれ以上の美味しいものがあるとは限らないからだ。美味しい料理というのは時として人の人生や生き方すら左右するのだ。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

さて、小腹を満たして私は再びフィールドに出た。

今回は素振りの為ではない。目的は様々だ。モンスターを狩ったり、クエストをこなして自身ののレベルアップを図る為でもあるしーーーーー

 

「オラオラ!さっさとやられろやこのモブが!!」

 

ーーーーーおっと、早速来たようだ。

罵声の聞こえた方へ向かうと、そこにはモンスターに集られているクエストNPCの少女と、それを揶揄するように囲んでいる数名のプレイヤー。

私は迷う事なく剣を引き抜き、その渦中へと飛び込んでいった。

 

両手剣スキル《サイクロン》を発動し、文字通り突風と共にモンスターを切り裂いていく。まあ、私くらいのレベルにもなればこの程度のモンスターが何体いたところで大した問題はない。

NPCを襲っていたモンスターを一掃し、彼女を庇うように前に立ち、プレイヤーに対峙する。

 

「…オイオイ、いきなり何しに来たんだテメェ」

 

プレイヤーの一人が私の方を睨みながら言う。

 

「…別に。ただ同胞が命の危機に晒されていたから助けたまでだ」

 

私はあっけらかんと答える。

私が言った“同胞”と言う単語に疑問を抱いたのか訝しんだ表情のプレイヤー達だったが、ひとりの男が何かを思い出したように「あっ!」と叫んだ。

 

「白い髪の女NPC……こいつまさか、この間まで噂されてた『レアモブ』じゃねえか?!」

 

『レアモブ』……私が仮面を付けていた頃に勝手に付けられていたあだ名だ。あの頃は仮面を付けたり黒いローブを着ていたので、今では私の事をそんな呼び名で言う人は滅多にいないが、まさかここで言われることになるとは思っていなかった。

 

「まじかよ!レアモブなら、こいつを倒せばレアなアイテムが手に入るんじゃねえ?!」

 

「よっしゃ!お前ら戦闘準備だぁー!!」

 

そうやって次々と剣を構え始めるプレイヤー。

こうなればもう奴らは止まらない事を私は知っている。何故なら……そう言う人間を何人も見てきたからだ。

 

私は後ろのNPCの方を振り返る。

彼女は恐怖で体が震えており、涙目になっている。

とりあえずここにいては危険な為、私はなるべく優しい表情で語りかける。

 

「…ここは私に任せて。貴女は隠れていて」

 

「ぁ……はいっ」

 

そう答えた彼女は恐怖を押し殺して立ち上がり、そこから数メートル離れた木の陰に隠れた。少し顔を出してこちらを見ており、不安そうな表情を浮かべている。

私はそれを見届けると、彼女に向けて右手を突き出して親指を立て、笑顔で頷く。「大丈夫だ」と伝える為に。

 

そして、再びプレイヤーに振り返る。人数は3人。持っている装備から察するに、そこそこやり手のプレイヤーのようだ。まあ、油断しなければ私が負けることなどないだろうが、念には念をだ。

そこで私は、あのスキルを解放することにした。

体が赤黒いオーラで覆われていき、体の内からとてつもないパワーが漲る感覚が全身に走る。

 

「お、おい……なんだよこいつ……」

 

突如として雰囲気が変わった私を見て戸惑いの表情を浮かべるプレイヤー。

それに対して私は不敵な笑みを浮かべ、大剣《アインツレーヴェ》を引き抜き、右肩に担ぐような体制をとる。左手を突き出して中指をクイッとうごかし、

 

「……かかってこい」

 

その言葉でプレイヤー達が一斉に飛び出し、私に斬りかかる。

私は左手を大剣の柄に添え、ソードスキルのモーションをとる。赤黒いオーラが剣の刃を包み、徐々に肥大化していく。

 

「ーーーーふっっ!!!」

 

そして一思いにそれを横薙ぎに振る。

 

両手剣EXスキル《冥界剣》

“ヘイルストライク”

 

冥界剣の中では基本の技だが、基礎攻撃力が最も高い両手剣のEXスキルだけあり、直撃すれば並みのモンスター程度ならば一瞬で消し飛ばせる威力を持つ。

 

私の一撃を受けた3人のプレイヤーは、悲鳴をあげることもなく一瞬でその身を消滅させた。

ヘイルストライクは二連撃のスキルなのだが、一撃で倒してしまったので仕方なくスキルをキャンセルする。

剣を左右に振り、背中に収まる。

振り返ると、先ほどの少女が目を見開き、あっけにとられた表情をしていた。

 

「……もう大丈夫だ。街まで送ろう」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「助けていただいてありがとうございました!」

 

そう言ってNPCの少女は街の人混みの中へと消えて行った。

彼女の笑顔を見ると、私のやっていることは間違っていないんだ、と安心できる。

 

私がキリトと共に行かなかった理由の一つがこれだ。

この世界には、不当な扱いを受けるNPCを守る活動をしている。

私のように、人に対して良くないイメージを持ったり、人に絶望してこの世界を破壊するようなことが無いように。

 

確かに、NPCに対して良くない行動をとるプレイヤーはいる。でもこの世界にはそんな人しかいないわけではない。

キリトのように暖かい場所や、ジェネシスのように少し冷たいがそれでも生き方を示してくれる人もいる。

 

私のような人間は、私だけでいい。

もうこれ以上、人とAIの間で溝が出来るようなことがあってはならない。もしそんなことになれば、私のように多くのNPCを死なせてしまうような事態が起こるかもしれない。それを起こさない為に、私は活動している。

そうする事が、ジェネシスやキリトに救われた私に出来る使命だと思っている。

 

 

 

だが、私がキリト達と共に行かなかった最大の理由はーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界にいれば、もう一度あの人と……ジェネシスと会えるかもしれないと、思っているからーーーーー。

 

 




喫茶店でコーヒー片手に読書してるティアちゃん(大人)なんて見たら100%惚れると思います。
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